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明日になれば君は  作者: 仁科 すばる
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俺たちの幸せ02

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 いつもの時刻に芹那の自宅へ向かう。

 早く家を出るつもりが、右腕の傷口が開いてしまい、止血に時間がかかった。右腕の傷口を覆う包帯が痛々しさを強調する。それを隠そうと長袖なんかを着てきたせいで、汗が滝のように滴る。


 あと数分で芹那が玄関から出てくる頃合いだ。そう予想して、汗をスポーツタオルで拭う。


 ガチャリ。

 そう音を立てて開く扉。何度も体験したはずの、この場面。

 しかし、玄関から姿を現したのは芹那のお母さんだった。

 予想外の出来事に対応が追い付かない。家の前で、立っている俺はストーカーだと思われないだろうか。そう考えると、焦りが増幅してさらに挙動不審になる。

 もちろん、芹那のお母さんとは面識がある。それなのに、無駄な心配ばかりが頭の中をよぎっていた。


「あら、立秋君じゃない。芹那なら今日は少し早めに行くって、家を出たわよ」


 俺の心配なんてつゆ知らず、芹那のお母さんは優しく微笑みかけてくれた。


 今まで芹那は、何を言わなくても俺の迎えを待っててくれていた。

 芹那は巻き戻っているのだから、俺が迎えに行くことを知っている。それでも、今回の芹那は先に行ってしまった。迎えに来るとわかっている俺を置いて登校するなんて、普段の芹那ならば、ありえないことだ。

 俺が来るとわかっていたら、たとえ俺が寝坊をしても一緒に遅刻してくれるような気がする。


 そんな彼女が先に行った。それは、かつてないほどの違和感だった。


 それは父さんの昔話と自分を重ね合わせた妄想か、自分の危機感が見せた幻覚かはわからないが、鮮明に間に合わないイメージが浮かんだ。



 学校に向かって力の限り走しるが、本来よりもずっと速度が出ない。もともと脚力が低いのに加え、右腕の痛みが明らかに邪魔をしている。

交差点の信号で呼吸を整えていると、背後から自転車のベルがけたたましく鳴り響く。



「おい、立秋! 芹那ちゃんはどうした?」


 普段は徒歩で通学をしている彼が自転車にまたがっている。

 自転車はどうしたと尋ねると、そこら辺のやつに借りたと簡単に言う。


 識別シールの色からして、一学年下の生徒のものだろう。

 知らない人にいきなり物を借りるなんて高度な対人スキルを持ち合わせているのは、お前だけだと心の中で毒づいてみる。

 後ろから、同様に誰かに借りたであろう自転車で波留が追い付いてきた。

 それを見て、こいつらではなく自分が異常なのかと錯覚してしまう。


 彼らの行動力のすごさに驚かされているうちに、呼吸は落ち着いていた。

 芹那が家をもう出ていたと告げると、彼らも事の深刻さを理解してくれたようだ。二人そろって口を閉ざし、視線を落とした。


「ねぇ、立秋君。その腕……」


 波留は視線を落とした時に、俺の腕の怪我に気が付いたようだ。あまりの暑さで服の袖をまくっていたため、包帯が見えている。


「どうして? どうして治ってないの?」

 芹那の怪我は巻き戻りと共に元に戻るのに、俺の怪我は治らない。それは俺自身もどうしてと言いたいところだった。


「わからないけど、見た目ほど重症じゃないよ」

 そう言って、肩をすくめて見せる。


 波留は心配そうに腕を見つめていた。そして何かを考えこみ始めて無言になる。


「そんなことよりも、芹那の所に行かないと」


 信号がいつの間にか青に変化していた。

 俺は再び走り出そうとしたが、高橋はそれを片手で制止する。乗っていた自転車から降りて、視線で乗るように促す。


 自転車には明らかに知らない後輩の名前が書かれており、借りてもない俺が乗ることは躊躇われた。それでも、背に腹は代えられないと自転車にまたがる。久しぶりに乗った自転車は、バランスを取ることが思いのほか難しく、操縦がおぼつかない。確かめるようにゆっくりとペダルに足をかけ、力強く踏みこんだ。


「すぐに追いつく。先に行ってろ」

 

 高橋は波留が乗っていた自転車に乗り換え、うしろに波留を乗せる。追いかけてくるつもりなのだろう。俺は黙ってうなずいて、ペダルに体重をかけた。


 校舎から一番近い駐輪場に自転車を乗り捨てる。本当は、適当なところで乗り捨てたかったのだが、後輩の自転車をそこまで無下に扱うことは躊躇われた。


 すぐに、二人が乗った自転車が後を追いかけてくる。一人で乗っていた俺と、高橋の走行速度にあまり差が無いことは彼がスポーツマンであるためだろう。以前、ランニングが趣味だと言っていた。もっと脚力があれば、芹那を救えたのか。そう考えても、もう脚力をつけるだけの時間は残っていない。現実逃避から生れた思考だった。


 波留を俺のところで降車させ、高橋も駐輪場へと向かって行く。その背中を横目で見送っていると、波留が空を指さした。


 雲一つない快晴。

 まぶしすぎるくらいの快晴。


 波留の指さす先を視線で追っていくと、屋上にたどり着いた。

 芹那がいる。そう思った。

 顔は日光に反射していて、しっかりとは確認できない。ぼんやりと見える体格が芹那であると感じさせる。もうあと数歩。あと数歩、足を踏み出せば彼女の体は宙を舞う。そんなところで立っていた。


 屋上に向かわなければ。そう思い、昇降口に体を向けようとした。



 左腕の袖口を思い切り後方に引っ張られる。思いがけない衝撃に、体がよろめく。


「立秋君、行かないで。」

 波留が絞り出すような小さな声で引き止める。


「もう行かないで。もう間に合わないんだよ。もう無理だよ、巻き戻したってまた同じ結末にたどり着いちゃうよ……このままじゃ、芹那も立秋君も可哀想だよ」


 波留は芹那の親友じゃないか。どうして、そんな見捨てるようなことが言えるのかと問いただしたかった。振り返るまでは、そうしてやろうと思っていた。


 振り返った先にいたのは、もう涙でぐしゃぐしゃになった波留がいた。いつ追いついたのだろうか、高橋が唇を固く結び、俺から目を逸らす。波留の意見に大方同調しているようだが、俺の気持ちを考えて、言葉を見つけられなくなっているようにも見える。


 何度も同じ今日を巻き戻している俺が子供なのだろうか。本当は、彼らのように受け入れる準備をしなければならなかったのだろうか。


 神様は助けるチャンスでは無くて、俺に心の準備をする期間を与えただけなのだろうか。


 実際、芹那はもう限界だった、生きることを諦めて、死に向かって歩き始めた。

 芹那が心の底から笑った顔を見たのは、もうずいぶん前のように感じる。何回前の昨日だろうか。向かってくる死に怯え、来ない明日を夢見ている俺が芹那の心を殺した。そう言っても過言ではない。


 父さんは俺に諦めろと伝えたかったのだろうか。何回繰り返したとしても、芹那を助けることは出来ない。むしろ、彼女の平穏な死を遠ざけているのはお前だと言いたかったのだろうか。

 どうして、大切な人を助けることも出来ないのに巻き戻しなんてさせたんだ。

 芹那じゃなくて、俺ならいいのに。そしたら、命の数も問題ないだろう。


 あぁ、そうか。命の数が合えば問題ないのか。そう思った。


 急に肩の力が抜けた気がする。自然と表情が緩む。こんな簡単なことに今までどうして気が付かなかったのか。


「二人とも、ごめん。それでも、俺は芹那の明日を守りたいんだ」


 屋上に見えていた芹那の体が宙に浮く。それを視界にとらえ、今までで一番強く願った。


 これで本当の最後にするから、巻き戻ってほしい。


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