僕たちの幸せ01
最終章始まりました。
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あぁ、どうしてまた私は目を覚ましたのだろう。
もうさっきの苦痛が夢なんかじゃないことをしっかりと理解している。
何度目の今日が始まったのか、数えることも嫌になってしまった。
まだ片手で数えられる程度だとわかってはいるが、自分が死ぬ経験は人生に一度なのが正しいはずだ。
それよりも、立秋君も今日をやり直させていることの方が苦しい。
もういっそ、私なんておいて明日に進んでくれて構わないのに。
カーテンの隙間から、青空がのぞいている。少し前まで降り続いていた雨が遠い昔のように感じる。シーツが汗で湿っている不快感にも慣れてきてしまった。もう、シャワーを浴びるのも面倒だ。
きっと今日も立秋君は迎えに来てくれるだろう。
もしかしたら、波留と高橋君も来てくれるのかもしれない。みんなが私も明日にと考えてくれることは素直に嬉しかった。
だけど、ここまで何度も失敗を繰り返していると、自分が明日を生きている姿を想像することが難しい。家にいても、学校にいても、下校してもダメ。それならば、どこに逃げ道を探せばよいのか。
きっと、今日で私はみんなとお別れをしなければならない運命だったのだ。
それに、もう痛いのも怖いのも私には耐えきれそうにない。死にたくないと思う気持ちは薄くなってきている。怖くない死に方をしたい、そう考えるようになってきた。自分の未来を他人に奪われることには、もう耐えられない。
その点で、前回は特に最悪だった。知らない人に追いかけまわされて、目の前で大切な人が傷ついて。それならば、最初の交通事故の方がいくらかましだ。
「いっそ、立秋君が終わらせてくれたらいいのに」
一人きりの部屋で呟いた言葉は、壁に吸い込まれていった。
言葉にすると、それが無茶な願いであることがよくわかる。立秋君が私を殺すことなんてできるはずがないのだ。天と地がひっくり返ったとしてもあり得ない。
彼はとても不器用な人間だ。
ホワイトデーに告白されて付き合い始めたが、彼はそれよりもずっと前から私のことが好きだったはずだ。自意識過剰取られるかもしれないが、彼は言葉に出して表現することが下手くそなだけで、表情や行動にはすぐに表れるわかりやすい人間なのだ。
もうずっと付き合うより前から沢山の愛情をもらってきた。
それは、日数を重ねても減ることなんてなく、ずっと私にだけ向けてくれる。これ以上の幸せがあるだろうか。
ともかく、そんな彼が私を手にかけることなんてできるはずがないのだ。手にかけるどころか、私が死ぬ今日を受け入れることも出来ないだろう。
私はきっとまだ一度も完璧には死んではいない。命が尽きていくのを感じている最中に、必ず明け方に戻っている。完璧な死こそ、今日の終わりなのだろう。心のどこかで気が付いていた。
だから立秋君を明日に進めるためには、もう私自身で終わらせるしかないのだ。
揺れるカーテンの隙間に除く空は、もう見飽きた快晴だ。
そして、もう見ることはない快晴だ。
学校に行かなければ。そう思い、ドアノブに手をかける。
そうそう。この扉を開けたら、お母さんがいるんだよね。
「顔色悪いけど、大丈夫? 学校休む?」
何回も繰り返したこの会話。何度も心配をかけて申し訳ないとも思った。それでも、このセリフを聞くたびに、私は愛されていたことを実感できた。
「大丈夫だよ、少し怖い夢を見ただけだから」
なるべく、今できる限りの精いっぱいの明るい表情を作る。そして力の限り、お母さんを強く抱きしめた。
そうしなければ、お母さんはきっと心配してしまうから。それに、泣き顔が最後なんて嫌だもの。
着慣れた制服の袖に腕を通す。いつもよりも念入りに髪の毛を巻いて、お気に入りのヘアピンを挿した。
凝った髪型はいつも波留がしてくれていた。本当は今日も波留にお願いしたいのだが、波留の顔を見ると決意が揺らいでしまいそうだ。だから、仕方がない。
「本当に大丈夫なの? 無理しちゃだめよ」
お母さんはそう言って何度も引き留めてくれる。振り向いたら、涙がこぼれるのが分かっていたから、私は振り向かずに軽い返事だけをする。
「ほんとに大丈夫だから。ありがとう」
ガチャリと音を立てて閉じた扉に背を向けて、足を進めた。
今までよりもずっと早い時刻。一人で歩くアスファルトはひどくにじんでいた。
これが夢ならどんなに良かったか。
何度も繰り返す今日を過ごす中でずっと願っていた。
出来ることならば、立秋君と生きていきたかった。
でも、それは立秋君の明日を奪ってまで叶えたい願いじゃない。
私は一生分の幸せをもらった。きっとこれは、差異をゼロにするための不幸が一気に来ただけ。仕方のないことなんだ。
だから、今回で今日はおしまい。立秋君には明日を生きて欲しい。
また明日投稿します。




