君の幸せ09
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「おはよう」
快晴の空が広がる。少し前までは芹那とこんなふうに毎朝、一緒に登校する日が来るなんて、思いもしなかった。
正確にはずっと今日なんだけれども。
はじめは近くの曲がり角で待ち伏せのように、芹那が出てくるのを待っていた。しかし、家族が芹那よりも早く出てくることはなかったので、もう玄関の前で堂々と待つことにしている。角でずっと待っていると、近所の人からの視線が痛いのだ。
玄関から出てきた芹那は、もうこれが夢でないことに対して確信を持ってしまったようだ。僕の顔をみるなり、小さく「ごめん」と呟いた。
ほんとに謝るべきなのは俺の方なのに。しかし、そう伝えることも出来ないため、彼女の手を強く握った。彼女の手はひどく冷えていて、あまり体調がよくないことが伺えた。無理もない。何度も自分の死と対峙したら、通常の精神でいることの方が難しいだろう。
学校に行くことで様々なリスクが生じることは百も承知だ。学校にさえ行かなければ、交通事故に逢うことはない。
それでも、学校に行って普通の生活を送ることで彼女に気が紛れているのも事実なのだ。
だから芹那がいかないと言うまでは、普通に学校に行こうと決めていた。
それに、前回は芹那の自宅が現場となった。どうやら、場所に関係なく芹那の身には危険が降りかかるらしい。
自宅で起こりうる事故は、あまり多くない。芹那の家のキッチンは電気を使用したもので、出火の心配はないだろう。そうなると、防ぎようもない事故や事件の可能性が必然的に高くなる。そうなれば、交通事故の方が対応の仕様があると考えたのだ。
タクシーが俺たちの目の前で止まった。
俺はタクシーを呼んでいなかったので、何事かと身構えた。今回は誘拐という可能性も捨てきれない。
芹那の一歩前に出て、相手の襲撃に備える。芹那を守ることが出来るのなら、俺の命の一つや二つくらいくれてやる。
そう意気込んでみたものの、助手席から手を振るのは高橋だった。後部座席では波留が早く乗るように促している。
隣にいる芹那の表情が緩んだような気がした。
しかし、それは本当に一瞬の出来事ですぐにもとのこわばった表情に戻っていた。
「どうして二人でタクシーなんて乗ってるの?」
芹那の顔からは不安が見え隠れしている。今までには全くない出来事に混乱しているのだろう。俺が二人に今までの出来事を話したことを知っているはずがないし、二人も巻き戻っているなんて思いつかないのは当たり前だ。
高橋は返答を一瞬の間考え込んだが、隠すことを諦めたようだ。正直に「俺たちにも芹那ちゃんを守らせてよ」なんてくさいセリフを堂々と言ってのける。
芹那は納得しきれていないようだが、素直に感謝の気持ちを述べていた。
不安や罪悪感、それに安堵。様々な表情が交錯する彼女の表情はいつもよりもずっと神秘的なまで美しく見えた。
いつものようなあたたかさを感じるような表情ではなく、もっとずっと冷たさを感じるような。
そう、つい数時間前まで空に浮かんでいた月のような美しさだった。
そして、それはや夜明けとともに失われてしまう。そんなはかなさや不安定さで満ちていた。
失ってなるものか。ひんやりとした芹那の手を握りなおす。
後部座席に一緒に座っていた波留は冷やかしたりはしなかった。それどころか、芹那の反対の手を握りしめる。
それでも、芹那の手の冷たさが緩和されることはなく、俺の手のぬくもりだけが徐々に失われていった。
また明日お願いします。




