君の幸せ08
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暑い。
相変わらずの寝苦しさに目を覚ました。時計はやはり深夜一時を指している。良かった、巻き戻っているはずだ。もう、これが悪夢でないことは明らかで、四回目の今日が始まったのだと確信する。
前回は彼女を家まで送り届けたにもかかわらず、失敗に終わってしまった。
家に送り届けるだけじゃダメだったのだろうか。もうこれ以上どうしたらいいのか、いい案が思いつくはずもなく頭を抱える。こんな時でもお腹は空くようで、空腹感が顔を出し始めた。とりあえず、今回も何か食事をとろう。そう考え、部屋のドアを開けた。
「立秋、どうかしたか? 顔色が良くないぞ」
やはり、父が部屋から顔を出す。仕事をしていたようで、黒縁の眼鏡を相変わらずかけていた。
当たり前だ。俺が何度も繰り返しているだけで、周囲の人間にとっては初めて来た今日なのだから。見慣れなかったはずの父の眼鏡もすっかり見慣れてしまった。
「大丈夫だよ。変な夢を見て目が覚めただけ。キッチンで何か少しだけ拝借してくる」
これで父は部屋へと戻っていくはずだ。父は僕の顔をまじまじと見つめる。この展開は予想しておらず、緊張感が走る。
しかし、「そうか。悩みがあったら相談しろよ」と残して、部屋へ戻っていった。
芹那が死ぬ今日を繰り返している。
父にそう相談することが出来たら、どれだけいいだろうか。それが出来ないことは、俺が一番よく理解している。相談したところで、解決につながるとは思えない。
それどころが、頭が可笑しくなったと言って病院に連れていかれる可能性もある。
実際に風邪をこじらせて寝込んだ時には、救急車を何度も呼ぼうとする父を止めるのに手を焼いたことだ。高校生にもなる息子に対する態度ではないと度々思う。そんな父に、相談することは無駄どころか足手まといになると考え、相談はとうの昔に諦めている。
冷蔵庫の中には、相変わらず焼きそばが鎮座している。俺は正直、もう焼きそばを見るのに飽き飽きしていた。最初はソースの背徳的な香りに心を躍らせていたが、もうその匂いには飽きていた。焼きそばを食べる気にはなれず、諦めて部屋に帰ろうとした。
ポケットに入れていたスマートフォンが振動している。深夜一時にだれが何の用だ。こんな時間に電話をかけてくるなんて、非常識な奴だなと画面を見る。
画面には高橋と表示されている。俺の電話番号を知っている高橋なんて、あいつしかいない。慌てて、電話を取る。
「立秋、いったいこれはどうなってるんだよ! あれは夢の話じゃなかったのか?」
戸惑いからか、高橋が早口になって問い詰めてくる。後ろからは、おそらく波留であろう女の子の声が聞こえている。俺と芹那にとっては四回目の今日に、彼らは巻き込まれてしまったのだろうか。彼らにとっては二回目の今日が訪れていた。
高橋の所にはすでに波留が訪ねていたようで、俺もすぐに行くと伝える。こんな深夜に家を出ると言えば、家族に引き止められてしまうことは目に見えていた。なるべく玄関を閉める音が響かないように、そっと扉を押した。ガチャリと言う無機質な音が大きく響いた気がしたが、誰も気が付かなかったようだ。
扉の外は蒸し暑く、もう見飽きた月が存在感を示していた。いくら珍しい月だとか言っても、もうありがたみなんて感じない。俺は、もう何十年に一度とかいう月を一生分見つくしたのだ。
むしろ不吉の象徴であるかのように感じてしまう。この月が空に浮かんでいる間は、また今日を繰り返しているということなのだから。
「立秋!」
マンションのエントランスの街灯の下には青ざめている波留と、顔をひきつらせた高橋が俺を待っていた。
彼らには前回この現象を一通り説明していたからか、巻き戻ったということには気が付いたそうだ。説明していなければ、巻き戻ったなんて思いはしないだろう。夢見ている、もしくは夢を見ていたと考えるのが常人だ。
彼らは現状を理解しているようだが、現実を受け入れることに躊躇っていた。困惑した表情からは、信じることを拒否したいと言う切実な願いが読み取れる。
俺が二人を巻き込んでしまったのだろうか。
これまでに俺と芹那以外に巻き戻った人間に遭遇してこなかった。父は何度同じ会話をしても、気が付く様子はなかった。他の人間も巻き戻っていて、夢だと思い込んでいる可能性も当初は考えていた。しかし、何度も息子と同じ会話をしていたら、そろそろ表情に出るだろう。父は俺を心配する表情を見せるだけで、そういった疑問を抱いた様子は見えなかった。
それに、波留だって特に変化に気が付いた様子はなかったじゃないか。説明したときにも、夢だと言って笑っていた。確かに俺が前回と異なる動きを起こせば、それに伴って周囲の動きも変動することはあった。ただ、誰かを巻き込んで巻き戻ることは今までにない現象だった。俺がいくら思考を巡らせたところで、わからないということが分かっただけだ。
たった一つ。思い当たる行動があるとしたら、彼らに巻き戻っていると説明したことだけだ。彼らは夢だと言って信じる様子を見せなかったが、最後まで話を聞いてくれた。それが、彼らを巻き込んでしまった原因なのだろうか。
「悪い。俺のせいだ」
そもそも俺が加害者ではないのだが、無関係だった二人を巻き込んだのは紛れもない事実だ。罪悪感が良心を痛めつける。
しかし、それよりも譲れないものがあった。周囲を巻き込んだとしても、芹那だけは守りたい。
事故や事件に二人を巻き込まないように気を付けるから、芹那を救えるまで今日を過ごしてほしいと頭を下げる。無茶な願いなのは理解しているが、断られたとしても辞めるつもりは毛頭ない。
たった数秒程度であろう時間が永遠に感じられる。自分の脈拍がやけに大きく聞こえる。二人が瞬きする音さえも強調して聞こえた。
そんな沈黙を最初に破ったのは高橋だった。
「悪い。それは出来ない」
やはり、こんな無茶で非現実な他人の願いを聞き入れてくれるわけがない。わかってはいたが、心のどこかでは高橋達ならば許してくれると思っていたのだろう。こみあがってくる涙を我慢しようとするが、視界がぼやけ始める。俺だって、たいして仲良くもない奴からこんなことに巻き込まれたら怒る。それなのに、二人ならば許してくれると思っていたなんて都合がよすぎる。
そもそも、芹那でなければ巻き戻すことだってなかったのだ。芹那でなければ、見捨ててもよかったのだ。他の誰でもない芹那だからこそ、俺は諦めきれないのだ。
こらえきれず、涙が頬を伝っていく。
「おいおい、泣くなよ。最後まで聞け」
そう言って、無理やり俺の顔をあげさせる。予想に反して、高橋の表情は穏やかだった。
「俺は、芹那ちゃんのことも立秋のことも好きだ。だから、静観はしない。何 か少しでも力になれることがあったら言ってくれ」
視界の端で、波留が大きくうなずいている。巻き込んでしまった罪悪感は消えることはなかったが、彼らの気持ちが大きな支えに感じられた。
真夜中のマンションのエントランスで、俺たちは芹那を救うことを誓い合った。
大きな月が星の輝きを打ち消している。そんな残酷な夜だった
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