マッドサイエンティストを目指す理系学生達の話
ここはマッド大こと東都狂科学大学。日本で唯一、兵器・世界征服・ミュータント等倫理的にアウトな研究を行う理工系総合大学である。
マッドサイエンティストを目指して全国の意欲ある学生がこの学舎へ集まってクレイジーなキャンパスライフを送るのだ。
本日はビックイベント「発明発表会」が行われる。2年生以上のマッド大の学生で特に優秀な生徒は、毎年この発表会で自らの発明を披露する。発明品は邪悪であればあるほど評価され、高い評価は就職や進学に有利になり、優勝者には賞金も与えられる。今日はこの発表会を覗いてみよう。
「いよいよ開会だね…緊張するなあ…」そう語る背の低い女性は今回が初参加となる2年生の比丘田藍。幼い頃から怪人が大好きで、マッド大では改造人間学部の動物怪人学科に所属している。
「大丈夫だよ。まだ卒業まで2回もあるんだし」そう言って比丘田に話しかける背の高い女性は同じく2年生で母校も同じ、愛奇円。工学部の殺戮兵器学科の所属である。
親友同士の彼女らは、世界一のマッドサイエンティストになるという高い目標を持っている。今日の発明発表会はその道への第一歩なのだ。
「でも発表会が毎年あるとは限らないじゃん、去年は反物質ミサイルを作った生徒がいて会場ごと対消滅しちゃったし、4年前はワープ装置の故障で審査員を含む全員が冥王星までワープしちゃったんだよ?」不安そうに藍が話す。
「まあ…そこらへんはどうしようもないけど…不慮のトラブルなら院に進学するとしたら考慮はしてくれるんじゃない?ところでびーちゃんは何作ってきたの?」円が答える。
「私のは見てからのお楽しみ。自信作の怪人なんだ。まどちゃんは?」
円はニヤリと微笑んで鞄の中を見せる。「よく聞いてくれました!私が作ったのは最凶最悪の拷問・暗殺兵器!『硫酸トイレ』!!」円が見せた大きな鞄の中には便器が入っている。円は早口で語り出す。「この発明品!見た目は完全に普通のトイレだが、ウォシュレットを含めて使用される液体が全て濃硫酸なのだ!座った人間の尻を焼くトイレ!拷問によし、暗殺によし、最高に邪悪だって思わない??」
「見た目はともかく発想は邪悪だね…」藍が苦笑いする。
その時アナウンスが鳴った。「会場の皆様は静粛に。開会式を始めます。」ついに発表会が始まるのだ。談笑していた学生達も真剣な表情で前を向く。
「よく集まった…難しい話はひとまず置いて、開会式と行こうじゃないか…フヒヒッ」
ボサボサの頭に得体の知れないゴーグルをかけ、右手がサイボーグ化された初老の男性が車椅子に乗って現れた。バイオ学部長で司会を務める日傘悪次郎博士である。
「これより第103回東都狂科学大学学部発明発表会を始める…。今年は1000件を超えるエントリーがあった…ウヒャヒャ!意欲の高い学生の増加に総統…じゃなかった、総長もお喜びだ。」時折不気味な笑い声を上げながら日傘博士は会を進行する。「審査するのは私を含めた七人の学部長だ。優勝者には総統から賞品と激励が送られる。」
壇上の長机には目つきの悪い男女7名と「総長」と書かれた水槽に浮かぶ脳みそが現れた。「それでは開会だ…諸君らの邪悪さ、とやらを見せてもらおう、キシシッ!」
初めにエントリーしたのは理学部危険物質学科3年生の男子学生だった。日傘博士は尋ねる。「クク…今日は素晴らしい兵器を持ってきてくれたと聞いているよ?」男子生徒は答える。「はい、私の作品はこの超小型爆弾です。」そういうと彼はポケットから手榴弾のような物体を取り出した。「これはこの大きさで大都市を吹き飛ばす程の破壊力を持ち、重さはわずか500グラムです。もちろん、ドローンや小包での輸送も可能です。私のこの発明によって兵器の歴史は180度転換します!全ての戦争を終わらせる戦争の始まりだ!私は新世界の-」彼がここまで能弁を振るった時、手が滑って持っていた超小型爆弾は床に落ちた。落下の瞬間、会場の全員が息を呑んだが、幸いにも起爆することはなかった。青ざめた顔の日傘博士が口を開く。「これは…不発ということかね?」同じく青ざめた学生が答える「…みたいですね…」「実用化を妨げる技術的問題が見られる!それに管理がなってない!失格!!」日傘博士が怒鳴り、男子学生はがっくりした表情で壇上から降りた。
「私…一瞬心臓止まった…」観客席では藍が呆然として話す。「私、自分の番が来るまでに遺書書いとく。」円が答える。
続いてエントリーしたのは工学部殺戮兵器学科4年生の男子学生。目つきは血走っており明らかにまともではない。観客席では藍が円に尋ねる。「あの先輩、まどちゃん知ってる?」「顔は見たことあるけど話したことはないなあ。」
日傘博士が話しかける。「これはまた…大作の予感だな。」男子学生が持ってきたのは手術台とそれに付随する無数のロボットアームだった。「まずこの発明品について教えてもらおうか。」尋ねられた男子学生は語り出す。「はい…私は幼い頃から生物を切り刻む…その美しさに魅せられてきました…。解剖台の上の動物、ホルマリン漬けの臓器!なんてすばらしいんだ!私はこの崇高な趣味の中で、いつしか美しい女性を解剖したいと思うようになったのです。」会場が息を呑む。本物のサイコ野郎だ。このマッド大にくるエリートは主に2種類。秀才と、天才。努力によって成り上がった秀才達は、マッド大でも一握りの生まれながらの邪悪である天才に憧れているのである。その天才の一人である彼は続ける。「この『自動解剖マシン』に人間を拘束すれば、ものの数分で私の「作品」が完成するのです!」完成度の高さと狂気の深淵に、壇上の審査員達も目を見張っていた。
しかし、横槍を挟む者がいた。審査員の一人が怪訝な顔で学生に尋ねる。「質問、いいかな。」「どうぞ。」審査員は話しだす。「君はさっき、美しい女性を解剖したいと言ったね…それ自体は非常に邪悪で評価したいんだけど…。」「だけど?」
「今のところこの装置の場所まで連れて来れる女性の友人や恋人はいるのかい?」
学生の顔が曇る。「いや…それは…今は……てか、関係ないじゃないですか…」饒舌だった彼の口調が、途端にしどろもどろになる。それを見て質問した審査員はため息をつく。「やはりな。」「ど、どういうことですか?」
一瞬の沈黙の後審査員は口を開く。
「工学系の男子学生に!彼女なんているわけがない!!!!!」
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
学生は泣き叫んで崩れ落ちた。日傘博士がマイクを取る。
「現実性に欠けるアイデア!失格!」
観客席では所々で悶絶が聞こえるなか、円が口を開く。「へ、偏見だ…!」
その後も数々の発明品が披露されたが、どれも帯に短し襷に長し。悪の秘密結社が採用するような邪悪な発明品は一向に現れないまま、ついに藍の順番が回ってきた。
「改造人間学部、比丘田くん!」名前が呼ばれ、藍は壇上に上がる。緊張で倒れそうだったが、観客席では円が頑張れとジェスチャーで伝えてくれた。「今日は…怪人を作ってきてくれたみたいだね…。見せてもらおうか。」日傘博士が話しかける。「は、はい!え、えっと。私はちっちゃい頃から怪人が大好きで、今日も私の考えたすごい怪人を持ってきました。み、皆さんはこんなのが好きなんじゃないかと思いました…私の怪人は……怪人38号こと『ウルトラスーパーアルティメット恐竜・昆虫・サイボーグ怪人』です!」
そう言って藍は箱を開いた。壇上に現れたのは無数の強そうな恐竜と昆虫のパーツを組み合わせたサイボーグ怪人だった!審査員の目の色が変わり、藍は説明を開始する。
※読み飛ばして構いません
「頭はティラノ、ツノはヘラクレスオオカブトとトリケラトプス、左手はカマキリの鎌で右手はクワガタの牙とビーム砲、背中にはオニヤンマとプテラノドンの羽が生えていて、両足はギガントサウルス、尻尾の先はアンキロサウルスとレーザー、牙にはスズメバチの毒です!動力源は肉とウランと太陽光で、スーパーコンピューター10台分の頭脳を持ちます!パンチの力はボクサーの1000倍、走ればチーターより早く、飛べばハヤブサより早いです!」
日傘博士を含めた審査員が大興奮で質問をする。「牙の力は?」「必殺技は?」「泳ぐ速度は?」「持っている武器は?」「火は吹くのか?」等々。藍はその一つ一つに丁寧に答え、その度に会場では歓声が上がった。質疑応答も終盤に差し掛かった時、藍の所属する改造人間学部の学部長が質問をした。「私はこの分野に関しては詳しくなく…素人質問で恐縮なのだが…その怪人の肩に生えた角、それは何の角かね?…まさか素体・用途を考慮していない、ただの飾りではないだろうね?」空気が引き締まり、藍は息を呑んでから口を開く「こ…」「こ?」
沈黙の後に藍は答える。「コーカサスオオカブトです!」「素晴らしい!僕の大好きな昆虫だ!」学部長が満面の笑みで評価する。藍も心底嬉しそうだ。今年の優勝はこの子だろう、誰もがそう思っていた。
その時だった。「あの…皆様宜しいでしょうか。」困惑した表情の老婦人、審査員の猛毒薬学部長が口を開く。「この発明品…強いことと格好良いことは十分理解できたんですが…本発表会のテーマである「邪悪さ」は何処にあるのでしょうか…。趣旨が完全にズレていますよね?失格では?」
会場の全員が何も言えなかった。「たしかに」誰もが我に返った。この怪人、何処ら辺が邪悪なのか分からないじゃないか。
しばらくの沈黙の後、泣きそうな顔の藍が喋った。「怪人38号、襲え」ウルトラスーパー(以下略)怪人は火を吹いて審査員席に飛びかかり、会場は大混乱に陥った。
ようやく会場が静かになった頃、失格した藍は会場から出て、独り外で泣いていた。
「ひっく、どうして…私、あんなに頑張ったのに、うっうっ…」
その時、藍の元に一人の男子学生が近寄ってきて話しかけた。
「あ、あの…取り込み中申し訳ありませんが、さっき発表されていた比丘田先輩ですよね?」
泣きながら藍は答える「ぞうでずげど…何ですか…」男子学生はよく通る声で語りだした。
「俺、先輩と同じ学科で1年の松戸って言います。あの…さっきの発表会で見た先輩の怪人が凄くかっこよくて…お話を聞かせて欲しいなって…迷惑ですかね?」
「でも松戸くん…私は失格だったのに?」
「そんなの関係ないです!」彼は真剣な顔で訴えた。「先輩の作った怪人、めっちゃカッコよかったです!あの…先輩さえよければ、怪人について色々僕に教えてくれますか?」
藍は驚いた。自分を見ていてくれて、失敗しても評価してくれる人がいるなんて。
「うん…いいよ…。」松戸が飛び跳ねる「ありがとうございます!」
ここはマッド大こと東都狂科学大学。若者達は今日も夢と目標に向かって進み続ける。時には失敗を、時にはそれを乗り越える成功、そして出会いを携えて。
【重要】大学運営からのお知らせ:第103回発明発表会の優勝作品は全審査員が邪悪さに震えた恐怖の発明、工学部・愛奇円作「硫酸トイレ」に決定しました。