第3話 二人の不安
「…ってこと。わかった?」
二人だけの部屋に林檎さんの声が響く。
「わかったけど…、それじゃあお兄ちゃんが言っても…」
棗の声も林檎さんに向かって響く。
「そう、だから止めたのに、あのヘンタイ…。」
「ご、ごめんなさい、林檎さん。お兄ちゃんも私も一度言ったら聞かないから…。」
「別に謝らなくてもいいんだけどね。ってか、林檎さんってなに?
いいよ林檎で、これから一緒に暮らすんだから。同い年だし。」
「うんっ!じゃあ、私のことも棗ってよんで。」
なんか、凄くうれしかった。
素で話せる初めての友達。
まだ知り合ったばかりだけど、もっと仲良くなれる気がした。
「でも、何で棗はあのヘンタイと二人で暮らしてるの?」
「ッ!……………。」
見るからに不快な、嫌な顔をしたかもしれない。
「…あッ!ご、ごめん。悪いこと聞いたかな、忘れて。」
「………。」
さっきまでの雰囲気が消えて暗くなった。
二人の間に沈黙が支配する。
「あ、あのヘンタイは何やってんだろうね。」
沈黙をやぶったのは林檎だった。
…ちょっとホッとした。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんは人捜しもすごいから。」
「へぇー、でも、蜜柑も隠れるのうまいよ?」
説得できるかという不安に、捜しあたてられるかという不安が増えた。
「お兄ちゃん、ちゃんとみつけて蜜柑さん、連れて帰ってこれるかな……。」
つい、不安を口走ってしまう。
「大丈夫。今は信じて待とう。」
林檎はまるで大切なものを包むように言う。
その言葉からくる優しく強い気持ちに不安が凄く軽くなった気がした。
「ありがとう、林檎。」
「ううん、気にしないの!」
そういってくれる林檎の優しさに感動を覚えた瞬間、
ぐぅ〜ぅ〜
お腹の虫が鳴いた。
「ご、ごめん棗。ご飯の準備しよ……。」
「ぷっ、ふははッ!」
思わず笑ってしまう。
「ち、ちょっと棗ぇ〜?」
林檎の拗ねた顔がかわいらしくてもっと笑ってしまう。
「ご、ごめん、フフッ、ご飯の準備、はぁー、はぁー、し、しようか。」
「棗ぇ〜?」
ちょっと怒ってしまったようだ。
「こ、ごめん。」
「もう。…ご飯、ご飯〜。」
機嫌はなおってくれたが、その姿が子供みたいでまたかわいらしくて笑う。
「ぷっ、ぷっくくッ!」
「も、もう。棗ぇ〜!」
こんな何でもない事が棗には、幸せに感じられた。
………
……
…
「よし。ご飯の準備終わったから、後は二人を待とう。」
「うん!」
……その後、夕食の準備が終わった棗と林檎は二人の帰りを待っていた。
……お兄ちゃんが家を出てから約1時間。
そろそろ本当に不安になってくる。
ピンポーンッ!
家のチャイムが鳴り響く。
「お兄ちゃん!!」
「蜜柑!!」
二人は玄関に駆け出し、その扉を開けた。
開けてしまった。その後の運命が変わろうとしているのも知らずに……。