SS33 「壁」
坂の上で彼女が振り返り、シルエットが揺らめいた。
羽毛があしらわれた黒いワンピースが風に吹かれ、音を立てる。
針金にように細い手足じゃ地面とつなぎとめられない。
僕は荷物を引きづりながら、彼女の後を追った。
折りたたみ式の断頭台は一人で運ぶには重過ぎた。
キャスターが付いているが、すり減っているので、結局は引きずることになる。
アスファルトに金具が擦れる感触が手に響く。
日給7000円の首切り役人じゃ機材の修理もできやしない。
急いで、と彼女が言う。
黒髪が風に舞い、顔を隠す。
唇だけが光を放つように赤い。
背後の空は象牙色の雲で塗りつぶされ、まるで一枚の壁。
壁。
急いで。
じきに嵐が来るわ。
振動が地を這っていく。
空を切り、亀裂を作る。
足元に空の破片が落ちて、砕けた。
……目が覚めた。
昼食の後に少し眠ってしまったらしい。
夢に中で七つの州を回ったが、時計を見ると五分も過ぎていなかった。
工場第三棟の食堂。定位置は隅の席だ。
分厚いコンクリートが目に前にそびえている。
手を伸ばし、壁に触れた。
壁は未だ、そびえ立っている。