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藤堂海来探偵社  作者: 蜉蝣
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第六話 203号室

またまた、三ヶ月前。とあるラブホテルが何件かある一角にて。



「来れば分かるよ、ほらさっさと。あんまりもう時間ないかも」


 ぽかんとしたまま突っ立ってる漆原麟太郎の左腕をぐいっと引っ張って、半ば引きずるようにしてその目的のホテル「Peach Love」に向かう。


「わ、わかったからさ。そんなに強く引っ張んないでさ。誰なんだよ? その香西ナントカってさ?」

「いーから、ついてくるのよ。私を笑顔にしたいんでしょう?」

「そう言ったけどさ、これじゃなんのことやらさっぱり……」


 掴んでいた私の手を、漆原は振りほどくと、怪訝そうに私を見て立ち止まった。そりゃそうだよな、いきなり知らない人の名前出されて、そのホテルに行くって不信感ありすぎだよね。しかし、まだ説明には早い。私はもう少しニヤニヤしたい――。


「だからさ、さっき言ったじゃん、目的はこれだって。ラブホ行くのにこれ以外に理由ある?」


 と言ってまた私は、漆原に右手で例の"品"を作って示す。


「そりゃそうだが、その香西ナントカって――」

「するの? しないの? しないなら帰ってくれてもいいよ?」


 すると、少しの間、漆原は腕組みして思案すると、腹を決めたようだった。


「わかったよ。どっちにしろ、俺、杏樹さん、気に入ってるしさ、ついてく!」


 そうこなきゃね。と、わたしはその答えで再びそのラブホへ向かった。



 えーっと、何号室だったかな? 確か……。


「杏樹さん、迷う必要ある? ほとんど部屋あいてるんだから、こことかにしちゃおうよ」

「待って。あなたが押しちゃ駄目」


 全客室内の写真が貼ってある、その客室選択案内ボードの前で、適当な部屋の選択ボタンを押そうとした漆原を制止する。……あの部屋の隣でないと駄目なのだけど、まいったな、すっかり忘れてしまった。しょうがない――。


「って何? スマホなんか取り出して?」

「いーから、ちょっと待って」


 私は、三島にLINE。直ぐに返信あり。


「204号室、麟太郎くん、押して」

「えっ、なんで204号室?」

「いーから、さっさとすることしようよ、エヘッ」


 部屋に入った後、セックスに応じない私にどんな態度をするのだろうか? それを想像すると、おかしくて笑えてしまう。今のはその笑いだったわけだが……。


「あ、杏樹さん、笑った顔がすっげーいいよね」


 って、このやろ。どうしてこんなタイミングで私をドキッとさせる言葉が出るんだ? 一気に白けた私は、漆原に背を向けて、受付で部屋鍵をもらい、足早にエレベーターに乗り込んだ。二階で降りると、清掃係のハウスキーパーさん数名とすれ違う。私も昔はよくやったんだよね、潜入調査でさ。これが結構きついんだよね。ご苦労さまです。


 えっと、204号室は……あった。ジャスト203号室の右隣りだ。通路とか隔ててたら、どうしようかと思った。


 部屋に入ると、メインの部屋が十畳くらいのスペースで奥にキングサイズベッドが置いてある。手前の壁にソファーがあって、60インチはあろうかという液晶テレビが側面の壁に埋め込んであった。入って右側にバスルームがある。ちょうどその反対側の壁の向こうが203号室――。


「ごく普通のラブホだよね、ちょっと古っぽいけどさ」


 そういいながら、漆原はショルダーポーチをソファーに投げて、着ていた紺色の長袖ポロを脱ごうとしていた――っておい、早いよ。


「あー、う、漆原さん、先にさ、シャワー浴びてきなよ。今日暑いから汗かいたでしょ?」

「えっ、だって今から汗かくじゃん。それに俺朝シャワーしてきたしさ、いいよ別に」

「いやいや、あの、私って結構、潔癖症でさ、申し訳ないけど先にシャワーしてきて、念入りにね。お願い」

「そう? じゃぁそうする」


 と言って、そのままそこでズボンまで脱ごうとする。ていうか、こいつ、パンツまで一緒に――。


「脱ぐのはバスルームでしなよ」

「あー……なんだ、杏樹さん、恥ずかしいんだ、そゆとこも可愛いんだね」


 いーから、さっさと行け。てめぇの汚ねぇちんぽなんざ見たくもねぇ。


「おほほ。そ、そうなの。は、恥ずかしいからさ」


 漆原はバスルームに入った。はぁ……。ていうか、マジもう時間ないじゃん。絶対あの二人、サービスタイムのギリギリまでいるはずだけど、あと三十分か。録れるかな……。

 私は、仕事用のバッグから、コンクリートマイク一式を取り出し、203号室側の壁に固定、録音を開始した。

 普通の浮気調査の場合は、99%ここまでする必要はない。今回の場合も、午前中に尾行して対象がホテルに入る瞬間は写真に撮っている。それで十分浮気の証明になるのだけど、対象の二人はかなり慎重で、二人同時には入らず、男が先に入ってから、その十分後に女が入っていた。部屋番は男が入ったときに三島が確認していたものの、女が同じ部屋に入ったかと突っ込まれたら、それはそれで成功報酬が取れない場合もある。但し、それでも大抵はその写真を突きつけりゃ浮気がバレたと諦めてくれるわけなんだが……一点気になることがあった。

 女の名前だ。香西雪愛こうざいゆきめ、この名前は私はどこかで聞いた記憶があったのだ。雪愛なんて珍しい名前だから、誰かと勘違いするはずはない。旦那さんのLINEにその名前があったらしいけど、そんな珍しい名前をわざわざフルネームで旦那が作るとも思えない。とは言え、今回は単に旦那の浮気調査を妻が依頼してきただけの話しで、調査項目として入っていない女の名前などどうでもいいと言えばどうでもいいのだが……。その上、その女、やけに慎重で、ホテルに入る時に始めて見たけど、チューリップハットを深くかぶりサングラス姿にマスク。あれではまるで芸能人だ。


 マイクにセットされたアンプにイヤホンを繋ぐと……やってるやってる。いやいや、何回聞いてもこういうのはほんと、真っ昼間からお盛んだわねーとしか言いようがないな。私はすぐにイヤホンを耳から離した。これで証拠としては十分だ。多分部屋を出るまでに、普通の会話だってするだろうし、声聞けば誰だか分かるし。文句言われたら、最近はスマホでさえ簡単に声紋分析できるしね。

 録音を機械に任せて、私はベッドに大の字に仰向けになった。……香西雪愛なぁ、そんな名前どこで知ったんだろう? 一応は、着手する時に、その名前は簡単に調べてはいるのだけど、特にヒットはしなかった。でもなぁ、私ほど人の名前をすぐに覚えない人間がどうして――。


「わー、気持ちよかった。杏樹さんもシャワー浴びてきなよ。ここのボディーソープ結構いいの使ってるみたいだぜ?」


 バスループから勢いよく出てきた漆原をベッドに仰向けになった状態で、首だけ起こして眺めると……、わっ!


「ま、前、隠してよ!」


 漆原は、バスタオルで頭を拭きながら、簡易のバスローブみたいなパジャマを着て、前をガバっと開けていた。


「あ、そっか。悪い悪い。忘れてた。杏樹さんってば、お顔と一緒でその辺幼かったですね。ったく、可愛いーなーもう」


 っの、バカタレが。一体何考えてるんだこいつは? 普通のチンポでも嫌なのに、こいつおっきくしてやがったぞ? 何者だ? この男は。やる気まんまんってことかよ。――って、えっ、何だ? 前閉めながら、漆原、こっちに近づいてくるけど? えっ、まさか、あたし、襲われるのか? まじかよ? やべぇ、ベッドに寝るんじゃなかった……、えっと、護身用具は……、と慌てていたら、漆原は私の足元をそのままゆっくりと通り過ぎる。


「何、これ? まさか盗聴マイク?」


 あ、それか――。はぁ、ったくヒヤヒヤさせやがって。


「そうだよ。コンクリマイク」

「ってことは、もしかして杏樹さんってば……」

「やっと分かった?」

「えー! そうなんだ。警察の人だったのか」


 って違う違う。


「探偵だよ、探偵」

「あっ、探偵ね。なるほど、なるほど。……てことは、もしかして、これは」


 と漆原は、股間にテントを作ったままの状態で、コンクリートマイクの方向を指差して私の方を向いた。その指とテントが同じ方向を指していたので、ちょっとおかしかった。


「プッ……。それどうやったら小さくなるわけ?」

「それって……、ああこれか。最近さぁ、あんまちゃんとやってないから溜まっちゃってて。杏樹さんすっごく魅力的だし」


 だから、もういいってばさ。いちいち褒めんな。


「すぐ小さくなるさ。なぁ君。よしよし」


 と言ってその亀さんの頭を撫でる漆原についまた笑ってしまった。


「あはっ。やめて、それクソ面白いから。あはははははは」


 駄目だ、面白すぎる。私はとうとうベッドの上で、腹を抱えてしまった。


「やった! 杏樹さん笑った!」

「あはは、そ、そりゃ笑うさ、あたしだってさ」


 漆原の方を見ると、満面の笑みでこちらを見つめてた。なんかそれを見て、すぐに私は後悔した。ていうか情けない。男のチンポ見せられて笑うとか、あり得ない話だ。だって、セクハラじゃないか。くそっ。

 私はベッドから体を起こした。どうしてこうなるんだ? この女の敵でもあるクソナンパ師をがっかりさせてやろうと思ってたのに――。

 漆原はベッドの端に、足元になる方に腰を下ろした。


「そうなのか、探偵さんだったんだ。それで、女一人じゃホテルに入れないから、俺を誘ったと、そういうことだったんだね。だったら――」

「そう言えばいいのにって? ダメダメ」

「なんでさ? 俺、杏樹さんが探偵だって全然構わないぜ?」

「嫌なの。それじゃあたしのプライドが許さない」

「プライドねぇ……、プライドかぁ……」

「何? プライドがどうかした?」


 私がそう尋ねると、それには答えず、漆原はすっと立って、ソファーの方で服を着始めた。


「今回は負けたよ、杏樹さん」

「負けたとは? エッチできなかったからか?」

「……んー、そうなるかな。今回はね。杏樹さんはそういう気はなかったってことだしさ。馬鹿だなぁ俺は、それ見抜けなかったし」


 てことは、私の勝ちか。結局やらせなかたもんな、そっかそっか、うん。


「でも、笑顔見れたし。イーブンかな」


 どっちなんだよ。別に良いけど……って、おい、もう10分前だ! くそっ、気になって仕方がない、香西雪愛って誰なんだ?

 私は急いでベッドから離れて、コンクリートマイクのイヤホンを装着した。


「杏樹さん、どうした?」

「しっ、黙って」


 壁の向こうでは、今まさに、香西雪愛が先に部屋を出ようとしているところ。どうする、どうする? ……私じゃ、もしかして午前中見られてるかもだし。


「悪いけど、この後予定は?」

「えっ? べ、別に何も」

「じゃぁ、すぐに香西雪愛が部屋を出るから尾行してくれない?」

「び、び、尾行?」

「そう、ナンパ師の漆原くんだったら、女の子の後つけるくらいしょっちゅうやってるでしょ?」

「え? ……ああ、そりゃまぁ何度か」

「お金は払うわ。彼女の自宅までばれないように尾行してくれない? それと、これ連絡先だから」


 私は、自分の名刺を漆原に渡した。


「……藤堂海来って」

「それが私の本名よ。お願い、急いで!」


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