9話 『天使天使は天使をやめたいって話』
「なんだよあの小さな文字!気付かないまま依頼完了してたらどうするんだよ⁉︎」
「もちろん払ってもらうわよ。気付かなかったのなら、気付かなかった方が悪いに決まってるじゃない。私はちゃんと書いておいたのだから」
「書いておいたとしても、気付けなくちゃ意味ねぇだろ!」
鬼のような鬼畜さだ……。というか鬼か本当に。一応は。
「まぁいいじゃない。彼女は納得した上で来ているのだから」
まぁ……それは確かに……。
「本当に納得してるんですか?裸ですよ?」
「はい!問題ありません」
眩しい!笑顔が眩しい!
「その代わり、報酬としてここまでの事を強要するのです。もし私が依頼の結果に対し納得がいかなかった場合、それ相応の補填はあるのですよね?」
よく通る声で天使先輩が話す。
そりゃそうだよな。全裸を提供して依頼失敗じゃ話に割に合う訳がない。
割りに合う補填……以後天使先輩の椅子になるとか、以後天使先輩のカーペットになるとかそんな感じか?
「えぇ、もちろんです」
神鬼が頷き、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私が隣にいるこの男に平謝りをするわ」
えっ⁉︎ちっさッッ‼︎
「えっ……てか天使先輩じゃなくて俺に謝るの⁉︎しかも平謝り⁉︎どうして⁉︎」
「私の最大の侮辱は下劣な人に頭を下げる事なの。ようするに貴方に頭を下げるのが最大の侮辱なのよ。恥ずかしすぎてもう一生外に出られないわ」
「なんだその滅茶苦茶な理論は!そんなんで裸見せた後の補填になるかよ!」
もしかしたら、神鬼は俺が思っているより馬鹿な奴なのかもしれない。
こんなんで天使先輩が納得する訳ないことも分から無いなんて……。
「先輩こんな奴の言うこと別に聞かなくていいですから帰った方が――」
「分かりました。それだけ貴方も責任を負うのであれば、許可しましょう」
天使先輩が何の邪気も無い真っ直ぐな声で話した。
許可しちゃうんだ!裸って安いもんだね‼︎
「……ですが」
キュッと唇をキツく締めると、天使先輩が頬を赤らめ、もじもじと体をくねらせる。
「どうかしましたか?」
神鬼の問いかけにしばらく黙った後、ようやく口を開く。
「……流石に殿方にも裸体を晒すというのは……抵抗がありまして……出来れば……あの……神鬼さんだけに留めて頂けはしないでしょうか」
耳の先まで赤く染めあげ、天使先輩がそう口にした。
「良かったわね淫鬼夜くん。貴方ちゃんと異性として見られているみたいよ?」
「あーそーかよ。そりゃありがたいね」
いつもなら多少は盛り上がったかも知れないが、久しぶりに大声を出したせいで疲れたせいだろう。正直そんなのどうでもいい。けど一応記憶にはこの天使先輩の表情は焼き付けておこう。
「では天使先輩――」
天使先輩に向き直り、神鬼が仕切り直す。
「依頼をお受けする前に、前払い報酬として、貴方の怪人としての特性をまず教えていただいてよろしいですか?」
「分かりました」
ゆっくりと頷き、エンジェルスマイルを浮かべる。
「改めまして、この学園の生徒会長を務めております、三年の天使天使と申します。種族は名前から分かる通り天使で、尊敬する大お祖母様の名から受け継いでおります。
天使族の名は世襲制だと、風の噂で聞いたことがある。
いくつかの名前を何世代か交代でループさせてるらしい。
例えば天使天使先輩の母親が天使天使、父親が天使天使と言うらしい。漫画や小説で絶対に現れて欲しくない家系ナンバーワンだ。
「天使族の特徴としてはですね、この天使の輪っかと――」
頭に浮かぶ金色に光る天使の輪を指差した後、天使先輩が深呼吸をする。
すると――
バサッ
と天使先輩の背中から、白鳥のように美しく巨大な翼が出現した。
「この変幻自在の天使の羽ですね」
ニコリと天使先輩が笑う。
天使の翼も相まって、神々しい。
『Hallelujah〜♪ Hallelujah〜♪ Hallelujah,Hallelujah,Hallelujah〜♪』
「な、なんだ⁉︎何処から声が⁉︎」
天使の羽が出現した直後、何処からともなく教会などで流れる聖歌が聞こえ始めた。
合唱団がいるわけでもないのに、一体何処から……。
「これが我等天使族のみが扱える最高位の特性。空間を光で包み込み、天使の賛美歌を流す……その名も……天使ザ・ワールドです」
な、なんてカッコいい名前だ。
それにこの天使ザ・ワールドから発せられるオーラ――相当すごい能力があるのだろうか。例えば闇属性の怪人を消し去るとか……いや、そしたら俺が消えてるか。
「その天使ザ・ワールドというのには、聖歌を流す他に何か特性はあるのですか?」
神鬼が質問する。
「いえ、ありません!」
何かおかしいですか?と言わんばかりの笑顔で天使先輩が微笑む。
「聖歌が流れ、何となく神々しい雰囲気を出すだけです!」
「え…………」
名前の割にしょっっぼ……。
「ふーん……なるほどね。やっぱり脱がして見ないとヒントは無さそうか……」
天使先輩の返答に神鬼は気を落としてこそいなかったが、真面目な顔で変態じみた事を言っている。怖い。
「ご協力頂きありがとうございます。天使族について少し理解が深まりました」
俺も少し深まった。
天使族はすごく可愛い。以上。
「それでは改めて、ご依頼の方にお話を移しましょうか」
天使の羽が消えたタイミングで、神鬼が再び話を始める。
「はい……」
深呼吸を数回行い、天使先輩は呼吸を整える。
そして、俺の予想を遥かに超える依頼を申し出た。
「私を――生徒会長から下ろしてもらえませんか?」
夕焼けの赤――少し開いた窓から吹く冷たい風は、その場にいた俺と神鬼を震え上がらせるには充分な冷たさだった。