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ド陰キャ吸血鬼は本当の恋に憧れる。  作者: 月刊少年やりいか
角の無い鬼との出会い-プロローグ-
4/43

4話 『出会いと別れは一瞬だって話』

「やめて!」


 噛みつく直前、彼女が俺の頬を叩いた。


「…………え?」


 振動で視界が揺れる。


(何だ……?俺は、殴られたのか?)


 込み上げてくる不快感が思考を掻き乱し、考えがまとまらない。何故、という言葉ばかりが脳を支配していく。


 月のように輝く金色の髪、血のように赤い真紅の目――彼女の瞳に映る俺の姿は、間違いなく本来の俺の姿を映していた。

 俺のサキュバスの特性も、彼女に効果を及ぼしているはずだった。

 だが彼女の瞳に映るその色は、恋に悶える桃色の火ではなく、怒りに燃える赤色の火を灯していた。


「助けたのに乗じて襲おうとするなんて……最低ね!」


 怒りに震えた彼女は、目に涙を浮かべ俺に怒鳴った。


「助けてくれたことには感謝するわ。けれど……もう二度と私に近付かないで‼︎」


 彼女は乱れた制服を整え、俺の前から立ち去ろうとする。


「待……待ってくれ!」


 俺は叫び、彼女を引き留めた。

 こんなに大声を出したのなんて久しぶりだった。

 だがそれ程までに、彼女の存在は神秘的で、魅惑的なものだった。


 どくん――


 さっきよりも強い鼓動で心臓がはねた。

 彼女がどうしてチャームが効かないのかは分からない。

 けれど今はそれよりも、やらないといけない事がある。


「お願いだ……どうか……」


 背を向けて歩き続ける彼女に、俺は土下座をした。

 プライドとか、そんな下らないものより、やらなきゃいけないことがあったから。


「俺は吸血鬼なんだ。さっきの奴等を倒すのに力を使いすぎて、血が足りないんだ。このままだと……俺は自分を制御出来なくて、見ず知らずの人達を襲ってしまう!」


 必死に叫んだ。


「それだけは嫌なんだ……どうか……どうか君の血を分けて欲しい!」



 頭の中に思い浮かぶ過去の光景――


『ひなた!やめて!』


 まだ10歳にも満たない幼い頃、些細な事でクラスメイトの奴と喧嘩した俺は、そこで今と同じようにヴァンパイアの血の力を使った。

 幼いという事もあり、力の加減が分かってなかった俺は、一瞬で血が枯渇した。そして血に飢えた俺は、半狂乱で近くにいたクラスメイトを襲い、その子から致死量の吸血を行った。

 その後、その子は病院へ搬送され、一命は取り留めたが、その子の心には深い傷が残ってしまった……。

 血を求めて暴走し、罪の無い人達を傷付けてしまった。


「もう俺は……自分のせいで他の人を傷付けたくないんだ‼︎」



 血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血――――



 思考が食欲に支配されていく。

 もう……ダメか……。

 そう思った時だった。


「そういう大切なことは、ちゃんと言いなさい」


 ふわりと柑橘系の甘い香りと共に、頭上で声が聞こえた。


「戻ってきて、くれたのか」


 頭を上げると、頭上には彼女の姿があった。


「恩を借りたままというのも嫌だし、ここで返しておくわ」


 彼女はそう言うと、制服の第二ボタンまで外し、肩を露出した。

 開かれたワイシャツの隙間から、うっすらと胸元が見えて、慌てて目を逸らす。


「本当に……いいのか?」

「いいに決まってるでしょ……。恥ずかしいんだから、早くしなさい」


 彼女は頬を朱色に染め、俺から顔を背ける。


「じゃあ、頂きます」


 かぷり、と俺は彼女の首筋に噛み付いた。

 彼女の柔肉を硬い牙が貫くと、じわりと温かい血が滴る。

 その血をすすると、甘い香りと独特な血の味が口に広がった。

 そして数分、彼女を傷つけないよう、慎重にゆっくりと俺は吸血を終えた。


「もう……終わったの?」


 首から口を外すと、彼女がそう問いかけた。


「あ、あぁ……終わったよ。ありがとう」


 何故だろうか、緊張して声が震えた。


「あ、あの……これ、貼っとけばすぐかさぶたになるから」


 俺はポケットから取り出した絆創膏を渡す。

 いつ吸血衝動に駆られるか分からないから、ヴァンパイアの必需品だ。


「あら、優しいのね。さっきは無理やり襲おうとした野蛮人だった割に」


「君は……本当に平気なのか?」

「平気……?何が?会話をしたいというのなら、ちゃんと主語を入れて頂戴。人と話したことが無いのかしら?」

「俺のこの姿を見てさ……その……好きになったりとか、しないのか?」


 あぁぁああ何言ってるんだ俺⁉︎いくらチャームが効いてるかの確認の為とはいえ、こんな質問どう考えても頭おかしいだろ⁉︎


「くくっ……ふふふ」


 その質問を受けた彼女は、腹を抱えて笑った。

 どうやらこの少女には、本当にチャームが効いていないようだった。

 本来の姿の俺でも、素直に話してくれる。初めての存在に、俺は出会えることが出来た。

 もしかしたら、いつの日か憧れた“本当の恋”というものが出来るかもしれない。

 そう思ったのだが……


「随分と面白い冗談ね。そう、鏡の無い環境で育つと、人はこんなにも現実とかけ離れた妄想に取り憑かれてしまうのね」


 この女、ゴブリンに絡まれてる時から思っていたが、随分と当たりが強い。鬼の種族なんじゃないかというぐらいの鬼畜さだ。

 そんな奴を好きになったりするほど、俺もマゾでは無い。


「まぁたしかに、さっきの()()()のような風貌に比べれば、今のその姿は大衆受けの良い外見にはなったと思うわ」


 もずくって……あんまり過ぎませんか?


「けれど……貴方、最初ゴブリンに絡まれてる私を見て、無視したわよね?」

「そ、それは……」


 そこで言葉が詰まる。

 あの時、俺はたしかにこの少女を無視して、かなでを優先してしまっていた。


「誰かがやってくれればそれでいい。自分は面倒ごとが嫌いだから関係ない。その他力本願な腐った中身は変わっていないじゃない」


 グサッ、と彼女の刃物のような言葉が俺の心を抉る。


(た、たしかに……正論すぎて言い訳が出来ない……)


「外見が変わろうと、中身が腐ったままなら惹かれるわけないでしょ?」

「た、確かにそうだが……結果的には助けてやったんだから、そんな責めることないじゃ無いか!」

「あら?私も餓死寸前のヴァンパイアを助けてあげたのだけれど、随分と恩着せがましいのね」

「くっ……それを言われると強く出れない」

「しかもその前は、いきなり制服を脱がされて貴方に襲われたというのに、警察に通報したらどうなるかしら」


 彼女はポケットからすまーとスマートフォンを取り出すと、電話を押す仕草をした。


「ごめんなさい!俺が馬鹿でした!許してください!」


 俺は速攻で頭を下げた。

 ヴァンパイアであるというのに、我ながらなんて弱い怪人なのだろうと思う。

 だがしょうがないじゃないか、誰だって明日の朝刊で『誇り高きヴァンパイア一族の少年。河川敷で少女に暴漢』なんて載りたくない。


「ふふっ。分かればいいのよ、分かれば」


 彼女はスマホをポケットに戻すと、俺に背を向ける。


「それじゃ、さようなら。誰かに好かれたいというのなら、外見じゃなく、その腐った中身を変えることね」

「あ……な、名前を――」


 彼女を引き止めようと声をかける。

 初めて出会ったチャームの効かない存在、もう二度と会えないかもしれないその人に、連絡先も何も聞かないわけにはいかなかった。

 だが、それは空から降ってきたモノによって、見事に制止された。


「ひなたー避けてー!」


 頭上を見ると、幼馴染の春流々が空から落下してきている所だった。


「ハ、ハル⁉︎」


 え⁉︎どういう状況⁉︎


「へぶしっ……⁉︎」


 そしてそのまま、俺は落下してきた春流々を体で受け止めた。いや、受け止めさせられた。

 後ろ頭はコンクリートにぶつかった衝撃でじんじんと痛む。

 だが――

 まさに天国と地獄との板挟みだった。


「ご、ごめんねぇ……昔っからどうも着地が下手で。でもほら、ラッキーだね。こんな可愛い女の子に乗ってもらえる機会、中々ないよ」

「びぃびぃばけばいいからどげ(いいから早くどけ)」

「あ、ごめんごめん」


 ぷはぁ、やっと息が出来る!ありがとう酸素!

 俺は肺にたっぷりと新鮮な空気を取り込んだ後、春流々を見る。


「何でこんな所飛んでるんだよ……ハルの家逆方向だろ」


 春流々は蝙蝠のような翼をコンパクトに縮め、口を開く。


「それがさ、空飛んでたらひなたの血の匂いがして、“あっ、これ絶対ひなたがえっちぃ画像見て鼻血ぶーしたやつだ!”と思って慌ててこっちに飛んできたんだよ」

「そんなことしないわ!……多分な」


 断言は出来ない、そんな自分を少し情けなく思う。


「さっきナンパされてる女の子を助けるために、血の力を使ったから多分そのせいだ」

「へぇ、ひなたがそんなヒーローみたいな事するなんて珍しいね。なんかもらったの?」

「何も貰ってねぇよ……別に俺は損得勘定で動いてるわけじゃない」

「ふーん、そんなこともあるんだね。それで、その女の子は?」

「あぁ、それなら――」


 振り向き、彼女が歩いて行った方を見る。

 視界には何も無い道が続いてるだけで、彼女の姿は完全に消え去っていた。


「あらら〜消えちゃったんだ。会いたかったなぁ、あの面倒くさがりやのひなたが助けちゃうような子」


 と言ったところで「それにしても……」と春流々がおもむろに話を切り出した。


「久しぶりだなぁ、ひなたの金髪モード見たの」

「ん?」


 その言葉で思い出す。今自分は、なりふり構わず異性の心を歪ませる姿であるということを。

 さっきのチャームの効かない少女と話していたせいで、すっかり忘れていた。


「あれ⁉︎そうじゃん⁉︎俺いま能力全開放してるじゃん⁉︎は、離れろハル!チャームが!」


 俺は必死の抵抗で顔を両腕で隠す。

 チャームを封印して3年。

 春流々とはチャームを介さ無い、友達としての友好的な関係を築いて来た。

 折角こんなに頑張って築き上げたというのに、これじゃまた振り出しに戻ってしまう!


「ううん、大丈夫だよ」


 そっ、としなやかな指が俺の腕に触れた。


「今のひなた、ヴァンパイア性の方が強いみたいだから。チャームは全然感じない」

「え?そうなの?」


 恐る恐る春流々の顔を見る。

 たしかに春流々の顔は、いつも通りの無表情だった。


「誰かの血吸ったでしょ?そのせいでサキュバスの特性が薄れてるみたい」

「はぁ……そうだったのか」


 どっと疲れた……。

 それを象徴するかのように、大きなため息が無意識に溢れた。


「誰の血吸ったの?」

「ナンパされてた女の子の」

「えぇ⁉︎何で?」

「色々あるんだよ、色々……」


 話せば長くなるし適当に言葉を濁したが「ふーん」と春流々は深くは追求して来なかった。

 流石幼馴染、阿吽の呼吸である。


「そういえばその女の子、チャームが効かなかったんだぜ。凄くないか?」

「えっ……それ、男の子だったんじゃない?」

「違うわ‼︎慎ましくはあるが、おっぱいあったわ!」

「ドン引きだね……どこ見てるのひなた……」

「お前が変な事言うからだろ!」


 全く……そんな返しをされるとは思っても見なかった。


「まぁでも、それなら本当に残念だね。名前聞きそびれちゃったのは……」

「あぁ……もうあんな存在、二度と出会えないかも知れない……」

「まぁまぁ元気だしてよ。チャームが効かない存在、もしかしたら近くにいるかも知れないしさ」


 春流々に肩を叩かれ励まされる。

 こうして、俺の初めてのチャームの効かない存在との出会いは、一瞬で別れとなり幕を閉じた――



 xxx



「はぁ〜…………せっかく会えたのになぁ……チャームの効かない存在……」


 翌朝、俺は教室の机に突っ伏しながらため息をついた。


 今までも色々な女子とは付き合ってきた、だがそこに俺からの愛は無い。チャームにかかっていた相手は俺に無償の愛を提供してくれたし、そこに俺が愛してやる理由もなかった。

 だが彼女と話していて感じた胸の高鳴り。

 あれは単に、狂乱して鼓動が早くなっていただけでは無い気がする。

 何かもっと別の……そうだな、小説で読んだ“人が恋に落ちた時の感情”に近かったかもしれない。


「え……?恋……?」


 はは……と自虐的に笑った。

 リアル女子を捨てた俺が恋?ありえない話だ。

 けれど、頭に浮かんでくるのは彼女の事ばかり。


「振り向いて欲しい相手に振り向いてもらえないとは、こんなにももどかしい気持ちなんだな……」


 はぁ……とため息をついて俺はかなでに話しかける。


「なぁかなで……俺はどうしたらいいと思う?」

「いやいや、そういう恋愛トークは人形じゃなくて、ちゃんと生きてる人にしようよ」


 やれやれ……と、隣の席のハルが呆れ顔をした。


「よーし皆ちゅうもーく」


 直後、朝だというのに溌剌(はつらつ)とした趣で、入間先生が教室へと入ってきた。


「今日はお前達に転校生を紹介する。心して聞くように」


 転校生――その言葉に教室中がざわめく。


「すごいね、ひなた。転校生だってさ」

「おー、そうだなー」

「反応薄過ぎじゃない?もっと興味持とうよ」

「だってどうでもいいし……」


 転校生……そういえばそんなのが来るって、昨日入間先生と話したな。

 そいつと俺は部活を立ち上げるんだっけ?

 あぁ……本当面倒くさいな。家庭の事情ですって言って、やっぱ無理矢理ばっくれるか。


「神鬼、入ってこい」


 入間先生が教室の外に手招きをすると、教室の扉がゆっくりと開けられ、一人の少女が入ってきた。


「失礼します――」


 いつか嗅いだ、甘い柑橘系の匂いが教室に立ち込める。

 そしてその匂いを漂わせる黒髪の少女は、黒板の前に立つとお辞儀をした。


神鬼角無(かみきかな)。鬼から産まれた、()()です」

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