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ド陰キャ吸血鬼は本当の恋に憧れる。  作者: 月刊少年やりいか
3章〜最弱のスライムは、最強を目指す〜
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37話 『二の腕は胸と同じ柔らかさって話』

 修行を始め3日後の夜――


「ほ、ほほ本日もありがとうございました……マスター……」


 終電の時間が近くなったので今日の修行を切り上げた所で、スラミが長椅子に寝そべる俺にそう頭を下げた。


 スラミは今日も今日とて何度も血の剣に刺され、体はいつも以上に溶けている。

 それに体内から感じる魔力の反応からして、魔力量の消費も相当だ。


「お疲れ、ほれポーション(回復薬)フェニックスエーテル(魔力薬)


 用意しておいたその2つを混ぜ合わせ、スラミの体にかける。


「ぴえぇ〜〜癒される〜」


 緑の光がスラミを包み、傷付いたスラミの体と魔力を癒した。

 本来であれば痛みを忘れさせない為に修行中は回復アイテムの使用は禁止されているが、今は時間に余裕が無い。だから明日も全力で修行をする必要があるし、回復させないなんてあり得ない。

 何より学校に傷だらけのまま行くわけにはいかない。


「んじゃ、帰るぞ」


 俺は鞄を持ち上げ、下山する為に椅子から立ち上がろうとする。

 だがその俺をスラミが引き留めた。


「あ、マスター!待ってください!」


「ん……?なんだ?」


「よかったらこれ、もらってください!」


 と言ってスラミは学生カバンから綺麗な空色の包み紙に包まれたお菓子を俺へと手渡した。


「い、いいいつもマスターにはお世話になってますので!お、礼です!お口に合えば嬉しいです!」


「へぇ、クッキーか。お前が作ったのか?」


「ぴゃ、ぴゃい!お菓子作りが(たしな)みなので、休日なんかに作ってるんです!」


「ふーん、そうなのか」


「ど、どうぞ!」


 最強になるのが目標の割には随分と可愛らしい趣味だ。

 てっきり趣味もバトルロイヤルとか血生臭いモノだと勝手に想像していた。


「んじゃ、ありがたく貰うわ」


 ひょい、と俺はスラミからその包みを受け取る。


「もう食ってもいいのか?」


「ぴゃ、ぴゃい!もちろんでひゅ!ぜ、ぜぜぜひマスターのご感想を聞ければ嬉しいです!」


 汗のようにスライムを体から溶けだしながら、スラミは恥ずかしそうにそう話す。


 俺は正直甘い物は好みじゃない。お菓子は食べるが、いつも血液スパイスや魔族系の液体を調合させたしょっぱい系のお菓子だ。


 だがここでスラミに素直に嫌いだと言っても可哀想だ。取り敢えずここは『素朴な味』とかそれっぽい言葉を言って適当にすませよう。

 ククッ。淫鬼夜ひなた、なんて気の利く男よ。


 俺はそう思いながら、クッキーを一つ取り出し口へと放り込む。


「あ、美味い」


 スラミのクッキーを食べた瞬間、俺の口からは自然とそう言葉が漏れた。

 清涼感を感じるソーダのような味に、食感は通常のクッキーとは違いグミのような弾力がある。

 素朴な感想を言おうと思ったが味については俺の予想を遥かに超えていた。


「本当ですかマスター!とっても嬉しい、です!」


 と言ってスラミは俺の横で満面の笑みを見せた。


「あぁ、普通に美味いよ。店で260ドラーで売ってても買うレベルだわ」


「260ドラー……割とお手頃価格なので素直に喜んでいいのかは分かりませんが……で、でもマスターから美味しいと言っていただけたなら本当に嬉しいです!」


「ぜひいっぱい食べてください」と言って微笑むスラミの横で俺はクッキーをほうばりながら、ふと頭に浮かんだ疑問をスラミに投げかけた。


「おう、サンキュー」


 俺はそう答えるとひょいひょい、とクッキーを食べる。

 結構ガチで美味い。


「そういえば、魔力探知のコツとか何か分かったか?」


 何個か食べたところで俺はおもむろにスラミにそう質問した。


「ぴゃ、ぴゃい!だいぶ分かってきました!」


 とスラミ。


「えーっとですね――」


 そしてスラミはしばらく考えた後、珍しくハキハキと言葉を続けた。


「物理とか数学の問題を解くのと同じで、魔力探知も論理、検証の繰り返しでした!殺意の魔力もマスターの魔力との違いが分からなかったので、体に感じる波動をこの3日で38664通り検証して細分化して……それでちょっとずつ自分自身の魔力も変えてみて、その行動による波動の変化と照らし合わせて魔力の痕跡による軌道が読めるようになった気がします!」


「…………」


 突然の難しい単語の連打に俺は押し黙った後、


「な、なるほど……?」


 と答えた。というかそれしか言葉が出て来なかった。

 論理……?細分化……?

 頭の痛くなるような単語の羅列に俺の頭にはいくつもの『?』マークが浮かぶ。

 だがそんな俺の様子など気付いてないようで、スラミは更に話を続ける。


「ちなみに現時点での検証結果によればマスターの魔力指数は9000行の286列目におおよそ分類されるはずです!この仮説を元に明日はまだ試してない検証を加えることで先輩の魔力を見つけられる周波を私の魔力の中で見つけられるはずです!マスターの魔力指数を掴んでしまえば後は他の種族間での魔力配列を演算してカテゴライズすれば分解ディレクトリに代入されてより洗練されます!そしたら他種族に関しても構築しやすい魔力探知が――って、マスターッ⁉︎」


 そこまで言ったところで、スラミは俺の顔面が蒼白している様子を見て話を止めた。


「あ、あー……なるほどなぁ……アプローチは、そうだよなぁ……高いよなぁ……カテゴライズ、大事だよなぁ……イニシアチブもファンダメンタルでスクリュードライバーがドリルスマッシャーだよなぁ……」


「し、しっかりして下さいマスター!最後に至ってはもはや意味が分かりません!」


「ハッ⁉︎」


 スラミに体をゆすられ、俺は唐突に意識を覚醒させる。

 どうやらスラミの話が難解過ぎていつの間にか脳が混乱していたらしい。


「ご、ごめんなさいマスター!私一人でいっぱい喋っちゃって……混乱しちゃいました、よね…………」


 慌てた様子でスラミが深々と俺に頭を下げた。


「い、いやそんな事ないぞ!マスターだからな!」


 俺は威厳を失わないようそう見栄を張る。

 だが、


「本当に、ごめんなさい……」


 とスラミは再び頭を下げた。


「ダメですよね……私……」


 そしてポツリとそう出会った時と同じような弱々しい声で呟いた。

 どうやら俺が思ってる以上にスラミ的に許せなかぅた行動らしい。


「昔から集中するとすぐに周りの事が見えなくなっちゃって……私、それで突っ張しちゃうタイプだから……ママにもよく怒られます…………」


「スラミ……」


 ただでさえ弱いスラミが、極限まで弱く見えた。


「マスターは…………マスターは私のこと……どう思いますか?」


「どうって?」


 おもむろに投げかけられたその質問に俺は首を傾げた。


「ママもパパも……親戚の人達もみんな、スライムは弱いんだから最強なんて絶対無理だって言ってました。そんなの夢を壊すだけだからやめなさいって…………マスターも本当は、そう思ってますか?」


 スラミはそう言うと、俯き俺とは視線を合わせてはくれなかった。

 相当に自信が無いのだろう。きっと俺に否定される事が怖いのだ。


「うーん……別にいいんじゃね?」


「ぴぇ?」


 俺の答えにスラミは間の抜けた声を出した。それだけ俺のこの肯定は、スラミにとってあり得ない事だったらしい。

 だが別にスラミを元気付けようと嘘をついた訳ではない。ただ心の底からそう思っただけだ。


「夢を見るのは自由だろ。確かにスライム族は弱いけど、だからって最強を目指しちゃいけないなんて事はないはずだ。だろ?」


「ぴ、ぴい」とスラミはコクコクと頷いた。


「それに俺も最初はお前に『無理だ』って言ってたけど、正直この3日間の成長を見ると割とどうにかなる気がしてきたし、最強を目指すっていうのは別にそんな無理な夢なんかじゃねぇと思うよ」


「ほ、本当ですか⁉︎私に気を遣って言って下さってるとかそう言うわけじゃなくてですか?」


「当たり前だろ。何故マスターの俺が弟子に忖度しないといけない。これは俺の本心だ」


「ま、マスター……ッ!」


 スライムで形成された瞳を潤ませながら、


「あ、ありがとうございまひゅッ!」


 そう言ってスラミは俺へと急に抱きついた。

 スライム族特有の“ぷにょん”とした柔らかな感触が制服越しに伝わる。


「お、おわ⁉︎いきなり抱きつくなよ⁉︎」


「私、がんばりまじゅ!絶対絶対、学対で優勝して見せまじゅ!」


 涙ぐんだ声でスラミはそう言うと俺に向かって、柔らかに微笑んだ。


「はいはい。頑張れよ」


 そう言って俺は微笑むスラミの事を見て釣られて顔を緩ませた。


(スラミは頑張ってるのに、俺は……)


 ふと、スラミの真っ直ぐな明るさに照らされたせいか、俺の感情に影が出来た。


「マスター?どうかされました?も、もももしかしてどこか内臓に当たっちゃいましたか⁉︎」


 俺の暗い表情を察してかスラミがそう慌てた様子で話す。


「いや違うんだ。ただ――」


「ただ……?」


「スラミはすげえ奴だって、思っただけだよ」


「わ、私がすごい……ですか?マスターでは、なくてですか?」


 まだよく分からず首を傾げるスラミに、俺は頷いた


「すげぇよ。俺は……逃げたから……」


「逃げた……マスターがですか?」


「あぁ、この姿がその証拠さ……」


 一度差した影は、太陽が昇るに連れて濃くなっていく――


『呪われた子……』『いやらしい金色の髪……』『(いびつ)ね……吸血鬼に相応しくない……』『気持ちの悪い……』


 親戚の大人達は、俺の姿を見るとそう言って罵った。


 いくら現実の女が嫌いであろうと、本当はずっとこんな姿でいる必要は無い。

 嫌いなら無視をすればいいだけ。無視をする事が面倒だと言うのなら、血を大量に摂取して吸血鬼の特性を強くすればサキュバスの特性は薄まり、チャームも効きづらくなる。

 そうすれば他人の心を歪める心配も無くなるはずだし、その方が毎日髪を黒く染める作業よりよっぽど楽だ。


 けれど俺がそうしないのは、きっと俺の心の何処かでまた周りの奴等に差別されるのを怖がっているからだ。この金色の髪を――“まがい物の証”を見せる事で他人から非難される事が怖いんだ。


「俺はお前と違って逃げているだけだ……この姿をやめるチャンスだっていくらでもあったのに……俺は……」


 夜が更けた事がそうさせるのか、スラミの眩しさがそうさせるのかは分からない。ただ俺は弱音を吐いた。


「俺はただの弱い奴だよ…………マスターとして失格だ…………」


 そう言葉にした瞬間だった。


「そんな事ありません!」


 ひんやりとした柔らかい感触が俺の掌を包んだ。


「マスターは逃げてなんかいませんッ!」


 両の手で俺の手を握りながら、スラミはその蒼く綺麗な瞳で、赤黒く濁った俺の瞳を見た。


「今だって過去を忘れないでちゃんと向き合っているじゃないですか!それに、弱い私を学対で優勝させるなんていうとんでもない難題からも逃げずに教えてくれています!」


詭弁(きべん)だ……。別にお前を教えてるのだって俺は神鬼の命令を実行してるだけで、自分から向き合ったわけじゃ無い……」


「きっかけは確かに神鬼先輩です。けど決めたのはマスターじゃないですか!そんな自分を卑下(ひげ)する様な悲しい事を言わないで下さい!」


「私は――」とスラミは蒼い瞳で俺をまっすぐにみつめ続ける。


「私はマスターを信じています!マスターは強くて優しくてカッコよくて、私の事を絶対最強のスライムにさせてくれる最強の怪人だって!」


「い、言い過ぎだろ流石に……」


「いいえ!そんな事ありません!マスターは本当に強くて優しくてカッコいい人です!」


「あ、あぁそう……」


「背も高くて素敵です!髪が黒くて闇っぽくてカッコ良いです!赤い目は私とは正反対で憧れます!ゲームをしながら私を教えてくれるのは器用でとても尊敬します!私をちゃんと叱って導いてくれて本当にお優しい方だって思います!それに――」


「わ、わかった!もういいって!」


 自然と紅くなる頬を見られるが恥ずかしく、俺は急いでスラミから顔を逸らした。

 こんなにも真正面から褒められるなんていうのは随分と久しぶりだ。それこそチャームを抑える為にこの格好をするようになってからは初めてだった。

 そして“嬉しい”と感じ、人から顔を背ける事も初めてだ。


「マスター」


 とスラミは今までより少し低い声で話した。


「もし自分で自分を信じられないのなら、私を信じて下さい」


 スラミはおもむろにそう告げると、俺を支える手を強く握った。


「スラミを……?」


 その質問にスラミはゆっくりと頷き、微笑んだ。


「私は絶対に学対で優勝して、最強のスライムになってみせます!マスターが信じてくれた私が優勝したら、きっとマスターも自分の事を信じてあげられるはずです!マスターの為にも私、絶対頑張りまひゅ!」


「ぁ……噛んじゃった……」とスラミはいつものように弱々しく言葉を漏らした。

 折角感動し掛けたのに、何とも格好のつかない奴だ。


「フッ……」


 だがその格好のつかない感じが、どこか自分に似た感じがして俺は鼻を鳴らした。

 スライムの弟子とと吸血鬼のマスターなんて、全く違う存在なのかと思っていたが、どうやらそんな事は無かったらしい。


「ていっ」


「ぴぇッ⁉︎」


 俺はスラミの柔らかな頭にチョップをかます。


「その為にはちゃんと優勝しろよ。スラミ」


「ま、マスターッ!」


 とスラミは俺の弛んだ顔を見て安心したように明るい声をあげた。


「はい!もちろんでひゅ!」


 とスラミは微笑んだ。


(全く……マスターともあろうものが、弟子に諭されるなんてな。情けのない事だ……)


「けど、悪くない」


 俺は心の底からそう感じていた。


「それにしても――」


 心が晴れた所で、ふと気になる事があった。


(めっちゃ溶けてる……)


 スラミの手に目をやると、俺の体温によりスラミの柔らかなスライムは溶けていた。


「エヘヘ」


 と少し上を見れば微笑むスラミ――なんだろう。凄いな、スライム族って。


「ぴ、ぴぇ?私の顔に何かついてますかマスター?」


 俺の視線に気付き、スラミが首を傾げた。


「いや、なんか改めて見ると凄いよなって思って」


「な、何がですか……?」


「いや、だって俺とか天使先輩はそれなりに元の人間と体の構造は変わらないけど、スラミは本当そのままスライムで動いてて、人間とは全く違うじゃん?心臓とかも無いんだろ?」


「は、はい!私達はスライムの体と、微量の魔力を心臓代わりに動いてる種族なのでマスターや生徒会長とは全然違います!学術的には怪()と呼ぶより、ただの怪物と分類した方が近いかもしれないです!」


「へぇー、やっぱそうなんだ」


 生命の神秘だよなー、なんて適当な事を思いながらふにょふにょと俺はスラミの手を握り返して感触を楽しむ。


「めっちゃ柔らかいよな。全身こんな感じなのか?」


「は、はい!スライムなので体を構成するものは全部一緒です!」


「ふーん」


 と感心していたところで、ふと俺はスラミの胸に目がいった。


(待てよ……。体を構成するものが全て一緒という事は俺がスラミの手に触れるのって、もしかして胸を揉んでいる感触と変わらないんじゃ……)


 その考えに辿り着いた途端、俺はスラミのこの手のひらがとても尊い物に感じてきた。

 この滑らかな感じ、柔らかだが押し返してくれる心地のいい弾力、ずっと触って痛くなるような質感――まじでおっぱ…………



「ぴ、ぴぃッッ!」



 突然スラミは俺から手を離すと、そそくさと俺から距離をとった。


「ど、どうした⁉︎」


「せ、先輩からえっちな魔力を感じました!」


「な……ッ⁉︎」


 思わず思考を当てられた事で俺は呆気に取られる。


(クソ、魔力探知の修行がこんな所で生かされてしまうとは……。教えなければ良かった!)


「ご、誤解だッ!マスターであるこの俺が弟子のお前に欲情などするわけ無いだろッッ!」


「で、ですが確かに4880行目の59番目はえっちな波動のはずで――」


「いいや!まだまだ修行が甘いぞ!腹筋1億回の罰だッッ!」


「ぴ、ぴぇえ⁉︎い、1億ですかッ⁉︎」


「早くしろ!もう1億回追加されたいかッッ!」


「ぴ、ぴえぇぇ………」


 俺は無理やり適当な事を言うと、マスターの権限をフルに活用し話題を逸らした。

ぬり壁の耳でコッソリ盗聴していた神鬼。


「職権濫用……セクハラ……パワハラ……急にメンヘラモードで同情を誘い後輩の体に触れる………………あ、もしもし警察ですか?」

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