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ド陰キャ吸血鬼は本当の恋に憧れる。  作者: 月刊少年やりいか
3章〜最弱のスライムは、最強を目指す〜
37/43

36話 『地獄のトレーニング開始って話』

 翌日――


「よ、よよろしくお願いしまひゅ!せ、先輩!」


 自宅から猫バスで3時間、そしてそこから更に2時間ほど歩いた午前7時の早朝――怪しい霧のかかった山中に俺とスラミはいた。


「それで先輩、ここは何処なんでしょうか?随分と遠くまで来ましたけど」


 スラミはここまでの過酷な道のりを物語るように体からというかスライムを流し、息も絶え絶えながら喋る。


「ここは吸血鬼族専用の訓練所――ヴラド・ラーク(血染めの丘)と呼ばれてる場所だ」


 俺はそうスラミに説明した。

 通常、吸血鬼は物心ついた頃より自身が何者であり、そして最強の種族であればどう他種族に対して振る舞うべきか教えられる。

 そして力の覚醒を迎える10歳になると、このヴラド・ラークへと強制連行され、最強になる為の過酷な特訓を強いられる。

 そして大人達から認められた者のみが、この山を下山する事を許されるのだ。


 俺はハーフなので純潔の吸血鬼達からは疎み嫌われ省かれる存在なのだが、まがいなりにも吸血鬼である事には変わりはない。

 だから最強を汚されないよう俺にも純潔の春流々達と同じように同年代の吸血鬼と一緒にこの訓練を課した。


 嫌われていたから無理難題を課される事が多かったといたというのもあり、結局俺はこの山を下山するのに1年もの年月を要した。

 心の底から二度と来たくなかった場所だ。


「ヴラド・ラーク……血染めの丘ですか。たしかに吸血鬼族のコミュニティでそう言った場所からあるのは噂程度では知っていましたが、まさか私がこんな風に足を踏み入れる事が出来るなんて……か、感無量でひゅ!」


「ぁ…………」とスラミは最後の所で噛んだ事を恥じらい、顔を朱色に染めた。

 本当に抜けたとこのある奴だ。だからこそ心配になる。


「スラミ、お前を訓練するにあたって俺から条件がある」


 俺はおもむろにそう口にする。


「条件……ですか?」


 とスラミ。


「あぁ、正直俺がお前に課す修行は相当過酷なものだ。スライム族のお前に吸血鬼の修行を行うという時点で苦行だが、俺でも1年かかった修行をお前にはたった1ヶ月で施すわけで正直言って死ぬよりも辛い地獄の修行だ。だから――」


「“辛くなったら逃げろ”それが俺が修行をつける条件だ」と俺はスラミに告げた。


「辛くなったら逃げろ……ですか」


 スラミはそう呟き俯いた。だがすぐ、


「いえ、先輩。私は逃げません。私は最強の怪人になる事を決めたんです。そして運命の神様が私にその機会を与えてくれたんです。どんなに辛くても私は進みます!」


 そう言って満面の笑みで微笑んだ。


「全く……生真面目な奴だよ。俺よりよっぽど吸血鬼に向いてるな」


 とスラミの能天気さに俺は思わず鼻を鳴らした。


「よし!いいだろうスラミ!なら特訓を始めるぞ!」


「ぴゃい!お願いします()()!」


「失格!」


「ぴぇッ⁉︎」


 突然の指摘にスラミが驚き液体のスライムが衝撃で飛び散る。


「吸血鬼族の掟に習い、お前に修行をつけている間は俺の事は“師匠(マスター)”と呼べ。そしてマスターの命令は絶対だ。いいな?」


「ぴゃ、ぴゃい!マスター!」


 スラミは緊張した様子でそう言って俺に敬礼をして見せた。

 ふむ、初めてこうして人に教える側に立ったが、マスターと呼ばれるのは中々に悪くない。将来はガキ達にこうして稽古をつけて自尊心と承認欲求を満たすのもありか。


「マ、マスター!まずは何をしましょうか?腹筋ですか?腕立て伏せですか?」


 妄想に(ふけ)る俺にスラミがそう問いかけた。


「いや、そんな事をしても無駄だ」


「ぴぇ!そうなんですか?でもまずは力が無いと勝てない気が……」


「いや、そんな事はない。神鬼は筋肉はを鍛えればどうにかなるとか言っていたが、どんなに鍛えたとしても1ヶ月で鍛えられる量なんてたかがしれているし、そんなんじゃ強者だらけの学対では通用しない」


「だから俺は、筋肉の代わりに脳を使った使った戦い――つまり“戦術”をお前に教える事にした」


「戦術……?ですか……?」


 難しく小首を傾げるスラミに俺は質問をする。


「なぁスラミ、喧嘩ってのはどういうヤツが勝つと思う?」


「そ、それはもちろん“強い人”です!」


「不正解だ」


「ぴぇ⁉︎そうなんですか?考えても見なかった事実です!」


「じゃあどういう人が喧嘩に勝つんですか?」とスラミが質問を返す。

 俺はその待ち侘びていた質問に鼻を鳴らし笑う。


「喧嘩において勝つのは“強いヤツ”ではなく、“賢いヤツ”だ」


 俺は得意げにそう過去の俺に教えてくれたマスターの言葉を真似した。


「力が強くとも賢い奴にはいなされる。魔力が強くとも賢い奴には反射魔法を使われ意味が無い――それが世の中の常だ」


 と俺が告げた直後、


「ま、マスター!お、恐れ多いのですが一ついいでしょうか!」


 とスラミが口を開いた。


「良いだろう。特別に答えてやる。なんでも聞け」


「そ、その……そういう賢さも含めて“強さ”と評するのではないでしょうか?」


「………………」


 スラミのあまりの正論に俺は沈黙した。

 よく考えてみれば、賢さも強さを定義するステータスの一つだ。どう考えてもスラミの言い分は正しい。間違っているのは俺だ。

 何故俺は当時マスターにこの言葉を言い返せなかったのだろう。滅茶苦茶アホな名言じゃないか。もはや()言だ。


「スラミ、じゃあまずは魔力探知の修行に――」


 なので俺は話を切り替え、無視することにした。


「ま、マスター!今の質問の答えはどうなったんですか⁉︎」


「甘ったれるな!」


「ぴぇ⁉︎」


 至極当然の質問をしたスラミに俺は理不尽にキレる。

 何故ならマスターというのは、弟子に理不尽にキレる役職だからである。俺もこういう風にマスターに理不尽にキレられたんだ。こう教えるのは自然だ…………多分。


「質問したら答えが必ず返ってくると思ってる時点で、お前がまだまだ生ぬるい雑魚怪人であると反省しろ!」


「ひゃ、ひゃい!分かりました!」


「罰として腹筋3000回!」


「さ、3000回ですか⁉︎」


「早くしろ!既に懲罰は始まっている‼︎」


「ひゃ、ひゃいッッ!」


 スラミはそう答えると健気に地面に背中をつけ腹筋を始めた――



 xxx



「お、終わりまじだ…………」


 数時間後――3000回もの腹筋を終えたスラミが息も絶え絶えにそう口にした。


「ふむ、よく頑張った。褒めてやろう」


 俺はプレイしていたギャルゲーを一時やめると、椅子から立ち上がった。


「あ、ありがどうございまず…………」


「じゃあ――」と俺は息切れするスラミに言葉を続ける。


「改めて、学対優勝に向けて技を磨くトレーニングを開始する。覚悟はいいな?」


「ぴゃ、ぴゃい!」


 スラミが思い切り背筋を伸ばし答える。


「じゃあ早速だが、まずは賢さを鍛えるという事の醍醐味――“魔力探知”から教えてやる」


 魔力探知――それは魔術を扱うものとしての基礎の基礎。

 怪人も人間も平等にその身に魔力を宿す存在はその人物特有の魔力の波動を持つ。そしてそれはその持ち主の心情に呼応し時に虚しく、そして時に激しく波を形作る。

 魔力探知とはその波を選別し、自身の望む物のみを摘出する技巧だ。


「……痛ッ」


 俺は自分の親指を噛み出血すると、すぐそこで拾っ石ころに滴らせた。


「じゃあスラミ、俺は今からこの石を遠くへ投げる。そしたら目を瞑ったまま見つけてこい。制限時間は日没までだ」


「ぴぇ⁉︎」とスラミがスライム状の体を揺らし驚いた表情を見せる。


「む、無理です……!こんな広い森の中ですよ⁉︎」


「無理じゃない。この石には微量ではあるが俺の血液を付けた。ようするに多少の魔力を発している石なわけだ。魔力の波動を感じ取れるようになれ。見えるものだけを信じるな。感じ取るんだ。そうすれば攻撃に当たる事はない」


「ぴぇ⁉︎そんな事、私に出来るんですか?」


「知らん。だがやるんだ!最強になるんだろ!」


「ぴ、ぴぃ……!わ、わかりました先輩……ではなくてマスター!」


 まだ完全に納得のいった様子では無いが、スラミはそう言って首を縦に振る。


「ち、ちなみに一度、お手本をお見せしてもらえないでしょうか……」


 直後、スラミがそう口にした。


「なんだと……?」


 俺は怪訝に眉を顰めた。

 そらそうだろう。マスターである俺は弟子であるスラミの言う事を聞く必要など無い。


「もちろんマスターにお手本を頼むなんて図々しいのは承知しています!けどマスターのお力を近くで体感してみたいんです!」


「お願いです!マスター!」とスラミは深々と体を直角に曲げ、頭を下げた。


「うーん……あぁそう……」


 年下からここまで頼られるというのも人生初めてなので普通に嬉しい。


「しょ、しょうがないなぁ……1回だけだからなぁ、特別だぞぉ」


 その嬉しさに思わずニヤつきそうになるのを必死に堪えながら俺は承諾した。


「あ、ありがとうございます!さすがマスターはお優しい方です!」


「そ、そんな事は別にないけどなぁ〜ククク〜」


 俺はにやけながらも、魔力探知特訓の手本を見せる為に目を閉じた。


「スラミ、何処でもいいから俺の耳に聴こえないよう、音を立てずにその石を隠せ」


「ぴゃ、ぴゃい!」


 スラミはそう言うとバタバタと音を立てて遠くへと走る。


「スラミ、足音もなるべく立てるな。1kmぐらいなら俺は音を追えるから意味が無い」


「ぴぇ⁉︎1kmもですか⁉︎わ、わかりました!遠くの方に行ってきましゅ!」


 スラミはそう言い残すと、音を立てないように俺から離れて行った。時折りガサガサと草木に当たって座標を丸わかりにしてくれたが、なるべくそこは無視するようにした。




「せ、先輩!終わりました!」


 数十分後、スラミが目を瞑る俺にそう声をかけた。


「よし。じゃあ今から見本を見せてやる。本当に1回しかやらないからちゃんと覚えろよ」


「はい!マスター!」と言うスラミの快活な声を受け取った後、俺は精神を集中させ魔力探知を開始した。


『……〜〜……』


 刹那、少し離れた場所からざわついた魔力の波を感じる。

 酷くボソボソとしていて聴こえづらい陰湿とした魔力の波――間違いなく俺の魔力だ。


「んじゃ、行ってくるわ」


「ぴぇ⁉︎もう分かったんですか?」


「当たり前だ。お前5kmしか離してないだろ。こんなんじゃ妹のリリィでも秒殺だ」


 俺はそうスラミに言うと、目的の石に向けて走る。


「俺の20歩後をついて来い。それ以上でもそれ以下でも死ぬ可能性あるから気をつけろよ」


「ぴゃい!マスター!」とスラミが後方で返事をする。


 スラミにも言った通り、魔力探知自体は元々魔力適正の高い吸血鬼とサキュバスのハーフである俺なら楽勝だ。

 だがそれは見つけるまでの話――



 “問題なのは、ここからだ”



『――――』


 10時の方向、さっきの俺の魔力の波とは全く違うハッキリとした魔力の波を感じる。


「よっ……と……」


 俺は軽く体を後方に倒すと、コンマ数秒後に勢いよく何かが俺の体の前を横切った。


「懐かしいな。まだあれ使ってんだ」


 俺は確認の為に目を開け、背後のそれを見る――そこには血で出来た剣が木に突き刺さっていた。先代の吸血鬼達が作った特訓用のトラップだ。


 あの剣には“殺意の魔力”が込められており、的確な魔力探知を行えば避けられるという仕様になっている。

 だが初めたその日からそんな事を行える程強い奴はいない。皆、あの剣に刺され痛みを通して魔力探知を学習していくのだ。


『痛みはどんな高等な教えよりも学習を促進させる』というのが吸血鬼族の教えの中に一つある。とんだ()の一族だ。


『――――』


「次は2時の方向……」


 再び目を閉じた刹那、殺意の魔力を感じ俺は片腕で軽々と側転して見せると、同じように剣が俺の前を通過して行くのを風で感じた。


「おっと……」


 剣を避けた刹那、地面が割れ俺は体勢を崩した。

 落下トラップに引っかかったようで落とし穴へと俺は落ちる。だが焦る事は無い。幼少期に何度も潜り抜けてきた試練だ。


「クク、完璧だ。もはや美しさすら感じるな」


 落とし穴の底に立てられた無数の剣――俺はその剣の切先に器用に片足を置き、事なきを得た。


「本当クソみたいなトラップだよな。吸血鬼はいくら体が頑丈だって言っても、このトラップで全治3ヶ月の奴いたもんな……おーこわこわ……」


 一応治癒力に優れたフェニックスの羽を使えば怪我なんて一瞬で治りはするのだが、痛みを身体に覚えさせるために回復アイテムの使用は絶対に許してはくれなかった。全く酷い話だ。


「ちょっと1本借りるぜ」


 俺は地面からから1本剣を抜き取ると、跳躍し落とし穴から抜けた。


『――――』『――――』


 落とし穴を抜けてしばらくすると、再び殺気の波動を感じた。

 しかもさっきまでとは違い四方八方から同時に感じる。体を逸らしても避ける事は不可能だろう。


「“備えあれば憂いなし”ってな」


 俺に向かって飛んでくる大量の剣――俺は先程手に入れた剣を華麗に振る事で、その剣を1本1本いなしながら前進する。


「1,2――」


 一瞬の間に無数に降り注いでくる剣――俺はそれらを数えながらいなす。

 血で出来た剣が衝撃で弾け、空中に血液の花がいくつも咲き誇る。


「――998,999……1000!」


 そしてちょうど1000本目の剣をいなした所で、周りにあった殺気が全て消えたのを感じた。


「ふぅ……ようやく終わったか……」


 石のある所も魔力の波的にあと数メートルの所だ。

 俺はボロボロになった剣を地面へと投げ捨てた。


「痛て」


 投げた瞬間、腕の関節部に鋭い痛みが走る感覚があった。

 腕を上げて見ると、俺の腕には一本の剣が掠った後があり、そこから出血していた。


「まじかよ……昔はこんなの全部いなせてたのになぁ……はぁ……歳を取るってつれぇわ」


 過去の栄光に想いを寄せながら、俺は石の魔力が流れてくる方へと歩く。そして、


「さて、これかな」


 数歩あるいた所で目的の石の場所へと辿り着いた。

 俺はそれを持ち上げ、両目を開ける。


 俺の手のひらにあるのは間違い無く先程スラミに持って行かせた俺の血液のついた石ころだった。


「す、すごいです先輩!さすが先輩は最強の怪人です!」


「ククッ、そうだろう。もっと褒めてもいいぞ」


「目を瞑ったままなのに全部剣を弾き返しちゃうなんて凄すぎます!すごくカッコ良かったです!」


「あれも魔力探知の一環だからな。お前も殺意の魔力を感じ取れるようになれば楽勝だよ」


「なるほど。殺意の魔力……そんなモノがあるんですね」


 スラミは真面目にそう言いながら手帳に俺の言った事を記入する。


「その殺意の魔力って、どんな感じなんですか?」


「どんな感じ?」


「は、はい!魔力の波の形が分かれば習得の近道になると思って、是非参考にさせて下さい!」


「うーん……そう言われてもなぁ……」


 論理づけて覚えたわけじゃ無いし、体感で覚えたモノだからあまり良い言葉が見つからない。


「そんなのあれだよ。ビビッて魔力の波動感じたら避けるんだよ。でヴワって感じの魔力を感じたらめっちゃ近いから超危険。そんだけ」


 だがマスターとして、俺はスラミに何とも分かりやすい説明をしてやった。


「そ、そうなんですか………ビビッで、ヴワ……なるほど……」


 スラミは真剣にメモに書きながらブツブツと一人で呟いていた。


「分かりました!マスター!じゃあ私もやってみようと思います!」


 メモを書き終るとスラミはそう言って快活に宣言した。


「うむ。いいぞ。じゃあ目を潰れ。そしたら石投げるから」


「ぴゃい!」とスラミは返事をすると『痛くない?』と心配になるぐらいギュッと瞳を閉じた。

 それを確認して、俺はスラミの後方5km先に石ころを投げた。


「よしスラミ、準備出来たぞ。行って来い!」


「はい!マスター!」


とスラミが目を閉じたまま敬礼する。俺とは反対の方向に……。


「ハッ!か、感じた気がしますマスター!なんかビビッていう気配がします!あっちの方です!」


 目を瞑ったスラミは俺の投げた石ころとは全く真逆の位置に前進した。

そして、


「ぴえぇえええ‼︎」


 開始1秒――トラップが作動し、スラミの絶叫が森中にこだました。



 

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