34話 『堕天使というかただの変態天使ですよねって話』
「ごきげんよう、淫鬼夜さん」
電話越しから聖夜に流れる鈴の音のような、優しく、気品と心に安らぎを与えてくれる天使・声で、我が校の生徒会長――天使天使が話した。
「お久しぶりです。先輩」
なんだかんだ『生徒会長から天使先輩を降ろす』という依頼を解決してからもう2週間ほど――久しぶりに聴く先輩の声に何処となく心が昂った。
「淫鬼夜さんからお電話なんて珍しいですね。没収中のゲーム機さんとゲーム機さんの返却期限は短縮しませんよ?」
「いや返却期間のお願いをしたいわけじゃなくて、実は――」
俺はこれまでのスラミとの経緯を天使先輩に説明した。
「なるほど……学園対抗戦に出場したいと……」
一通りこれまでの経緯を説明すると、電話の向こうで天使先輩が難しく低い声で話した。
「やっぱり難しいですよね、いきなりウチの代表選手として無名の1年を出場させるなんて……」
そう諦めかけた俺、だがそれとは打って変わって天使先輩は明るい声で返した。
「まるで運命の様に、ちょうど良いお話です」
「え……?」
固まる俺に、天使先輩は続ける。
「実のところ、我が怪妖学園の代表として出場予定だった候補生徒達が合宿中に誤って提供されたゾンビ肉を使ったシチューを食べてしまい、全員体調を崩してしまっておりまして……代わりに出場してくれる生徒を探していたところなのです」
「えぇ⁉︎そんな事件が⁉︎大変じゃないですか!全く知らなかったんですけど」
「無論、私が隠蔽しましたから♪」
「うっわー!さすが堕天使の中の堕天使天使天使!かっくいー!超アウトロー!」
「ふふふ、それほどでもないです」
と照れた声で先輩が電話の奥で笑った。
「嘘ですよ!ほめてないですよ!何普通に隠蔽してるんすか⁉︎悪行が過ぎますよ⁉︎」
「許し天使♪」
可愛らしい声で天使先輩がそうおどけた。
なんだその今思いつきましたみたいなクソみたいな謝罪は。
べ、別に本当は可愛かったとかそんな事思ってないんだからね!
「ともあれ――」と電話の奥で先輩がいつもの落ち着いた声で話す。
「そう言った理由で参加生徒がいなかったのです。私としては出場を希望する生徒がいるというのなら願ったりのお話しです」
「じゃあ――」と話し始めた刹那、
「ですが、だからと言って何の実績も無い生徒をそう簡単に代表選手とする事は出来ません」
厳しい口調で先輩はそう言い切った。
「我が校は学園対抗戦で最多優勝記録を持つ強豪校です。シード権の恩恵もあり、試合は決勝のみという待遇です。それほど注目されているわけなのです」
「試合がたったの1回だけ……たしかにウチの強さを象徴するような話ですね……」
「それほど強い我が校が、決勝戦で無惨な試合をすれば非難轟々の嵐でしょう。棄権するというのも一つの手ではありますが、出場したいという生徒がいるのならその芽を潰すのは良く無いというのもあります」
「え、じゃあ――!」
と前のめりに話す俺に、再び天使先輩は厳しく諭す。
「ですが一つ、私の要望を呑んでもらいます」
「要望……ですか?」
「はい」と電話の奥で天使先輩が肯定した。
「私も推薦をするという立場上、パピプラフィンさんの戦績が奮わず敗退となった場合には相応のリスクを背負わけですし、その場合の条件として要望を交渉しても良いはずです。如何でしょう?」
「OKです。取り敢えず出してもらえるなら要望の一つや二つ聞きますよ。あ、でも法を犯す的な危ないのはやめてくださいね」
「分かりました――」と天使先輩は言う。
そして一呼吸置いた後、重い口を開くと、その要望を口にした。
「神鬼さんに、私の裸体をもう一度晒してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、そんな簡単な事なら良いで………………え、なんて?」
聞き間違いだろうか。先輩は今『自分の裸体を晒したい』っそう言ったのか?
いや、聞き間違いだと信じたい。容姿端麗で成績優秀――全生徒から尊敬の眼差しを向けられる清く正しい我が怪妖学園の生徒会長がそんなイカれた発言をする訳がない。
「私の全裸を、もう一度神鬼さんに見せたいんです。神鬼さんが望むのであればあと数十回はお見せしたいです」
さっきよりも力強い声で天使先輩は確かにそう言った。
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「あぁそうですか…………全裸を…………」
俺はただぼんやりとそう答えた。
何を言ってるんだこの人?堕天使とかの次元じゃ無いじゃん。悪行とか関係ないよ、もうただの変態だよ。頭ん中は天国か?
「理由をお伺いしても?」
もしかしたら天使先輩がこう言うのには深い訳があるのかもしれない。
実は天使家が神鬼家に弱みを握られていて仕方なくとか、そう言う理由があるかもしれないじゃないか。
その一寸の希望に賭け俺はそう質問した。
「私、神鬼さんに裸体を晒してから……その、何と言いますか……あの自分の裸体を年下の女の子に送るという行為の背徳感と緊張感が忘れられなくなってしまいまして……夜な夜なあの時の高揚感を思い出し、燃えたぎる情欲を抑える日々でして……だからもう一度神鬼さんに裸体を見て欲しいのです!」
「えぇ……なるほど…………」
希望は今、ついえた…………。
「という訳で淫鬼夜さん!よろしくお願いします!」
「は、はぁ……わかりました…………」
嬉々とした声で話す天使先輩に俺は混乱をしたまま、あやふやに返答した。
よろしくって言われても、そんな「はいそうですか」と易々受け入れられるものでもない。
「でも仕方ないよな……この要望を呑まないとスラミ・パピプラフィンは学対に出場出来ないわけだし……」
チラリとスラミの方を見る。「ぴぃぃ……」と独特な擬音をたてながら俺の方を心配そうに見ている。
スラミが学対に出場出来なければ、今回の依頼ははなから成立しない。そうなった場合責められるのは誰か――紛れも無く俺だ。
きっと神鬼の事だから『私の辞書に失敗の二文字は存在しないの。故に辞書に失敗、後悔、無念、懺悔、謝罪の二文字が刻まれている淫鬼夜くんが責任をとって自害なさい』と言ってくる事だろう。
そうなれば俺の人生はここで幕を閉じる事になる。なんとしてもそれは避けなければならない。
「なぁ神鬼」と俺は耳元からスマホを離すと、神鬼に話しかける。
「何?」と神鬼は本に目を向けたまま返事をした。
「天使先輩が神鬼の研究の為に、もう一回裸の写真を送りたいがいいかって」
俺は敢えて詳細を伏せて神鬼にそう伝えた。
『露出狂の性癖の餌食になってもらいたいんだが、どうだ?』なんて口が裂けても言えない。
「…………もう一度?」
と神鬼は本から目を離すと、小首をかけげる。
無理もない。だって意味分からないもん。もう一回裸見せたいってくる怪人。てか狂人。
「あぁ、スラミを出場させる条件として、もう一度神鬼に研究データとして見せたいんだそうだ」
「天使先輩の全裸写真については、もう130カット分もらったからこれ以上はいらないわ。他の条件を提示させて」
その神鬼の返答を受け、
「いらないっぽいです」
と俺はスマホの向こうにいる天使先輩に答えた。
「エェ⁉︎」と電話の奥で天使先輩とは思えないほど甲高いまぬけな声が上がった。
「い、嫌です!絶対送りたいんです!裸体を晒したいんです!」
俺は再びスマホを離すと、神鬼へと話しかける。
「どうしても神鬼のために送りたいって」
「いらないわよ。私の為と思うならパソコンの容量圧迫しないよう送らないでと伝えて」
「そうか」
と、俺は再びスマホを近づける。
「パソコンの容量圧迫するからいらないって言ってます……」
「ソンナコトガッ⁉︎」
と天使先輩が驚嘆の声を上げる。
「ひ、酷い!私そんな重い女じゃありません!私は軽い女です!きっとデータに変換しても1MBぐらいの軽い裸です!神鬼さんの負担には絶対にならないとお約束致しますとお伝えください!」
酷く焦った様子で先輩は電話越しで必死に説明する。
「なんなら神鬼さんの迷惑にならないよう低画質で裸体データを365等分して年単位に分けて送るのでパソコンの負担は相当軽いはずです!だから見捨てないでください!」
「発言が重い…………」
どんだけ全裸になりたいんだよこの人……。
あまりの天使先輩の必死さに一周回って心配になってきた。
「なぁ神鬼、本当に送っちゃダメか?」
「いらないと言ってるでしょ?私だって好んで他人の裸体を収集している訳では無いの。他の条件になるよう交渉して」
改めて神鬼に問いかけたが、答えは変わらなかった。
「そ、そんなァ…………」と電話越しに聞こえた神鬼の返答に先輩が落胆した声を出した。
「私、神鬼さんに見てもらえなかったら、もうこの裸体の写真をSNSに晒そうと思うのです」
「SNSに……⁉︎本当に言ってるんですか⁉︎」
「特定の一人に自分を曝け出したいという欲望は、不特定多数の方々に見てもらわねば均等がとれませんので……その為にはSNSで晒すしかありません……私のような堕天使の体でも、きっと世界の誰かが“いいね”を思し召してくれるはずです……」
「そこまで裸体を晒したいんですか⁉︎」
「はい」と天使先輩は何の邪な気持ちを感じさせない澄んだ声で答えた。どうやら本気のようだ。
まずい……このままでは最悪の場合SNSの天使先輩の全裸画像が週刊誌にバレて『【極上素人流出!】怪妖学園生徒会長。Hな裸体を全国披露。これであなたも天国へ昇天間違いなし!』という見出しと共に一大ニュースになってしまう。そうなれば学園のみならず、天使先輩の名声も地獄の果てまで堕ちてしまう。
それだけは全力で阻止しなければならない。
そのためには――
「神鬼!お願いだ!天使パイセンの裸体を見てやってくれ!」
俺は椅子から立ち上がり床に全力で頭をつくと、土下座をした。
「え…………何なのよ急に」
突然の俺の土下座に神鬼がドン引きした様子で俺を見た。
無理もない、いつも軽口を叩いてる俺が何の脈絡も無く土下座をすれば当然の反応だろう。
「天使パイセンの裸体はきっと神鬼の研究に役立つはずなんだ!130カットじゃ伝わない良さがきっとあるはずなんだ!だからどうか見てやってくれ!」
神鬼が俺の事をどう思おうが構わない。
天使先輩の人生を、ひいてはこの学園の名誉を守る為、俺は必死に頭を下げた。
だが――
「ならないわよ。もう知り合いの鍛冶屋に立体模型として作ってもらって立体物としてもくまなく観察したし、研究のしどころはないわ」
「そこまでやったの⁉︎」
神鬼の家に行けば実物大天使パイセンのフィギュアがあるのか……。リアルに興味がある俺では無いが、“実物大”という言葉に惹かれる。オタクが皆憧れるが、手に届かない聖遺物の一つだ。だってあれ高くない?
「目がエロい。死んで」
「ハッ!い、いや違う!別にエロい事を考えてたわけじゃ無い!勘違いするな!」
うっすらとではあるが天使先輩の裸体を想像してしまってた俺は慌てて取り繕う。
「あっそ、どうでもいいけど……」
と神鬼。
「で、何で急にそんな必死なわけ?天使先輩に何か取引でもしたの?そうでもないと貴方のような怠惰の塊が必死になるわけないものね」
「ち、違う!本当にそんなんじゃないんだ!俺は本当に天使先輩の身体の可能性を信じて、もう一度お前に見てもらいだけなんだ!」
「嫌よ、もう必要無いと何度も言っているでしょ」
「お願いだ!一度でいいんだ!」俺はただがむしゃらに頭を下げ続けた。
「これからは真面目に部活動に励むし、絶対にサボったりしない!神鬼の言う事は必ず『YES』と答えるし、神鬼のお気に入りのハーブティーを毎日バリエーション変えて持ってきてやる!だからお願いだ!」
「そう、じゃあ取り敢えず死んで見せて。話はそれからよ」
「死んだらお話出来ないよ⁉︎」
そのツッコミに神鬼が「チッ」とイラついたように舌打ちをした。
いや流石にそんな要望を「YES」とは答えられないだろ…… 。
「全く…………」
神鬼はそう言うと、黙って俺を静観した。
そして5分ほどが経った頃、
「分かったわ……」
と神鬼は一言そう言った。
「え?本当か?」
神鬼が折れた事に驚き、思わず俺は聞き返した。
「淫鬼夜くんを信用した訳では無いわ。ただ天使先輩がそこまで言うのだから、もう一度確認してみようと思っただけよ」
「聞きましたか先輩!今の言葉!裸体OKでましたよ!」
「ま、誠ですか……⁉︎」と天使先輩が浮ついた声で驚く。
「これでスラミは学対に出場させてもらえるんですよね?」
「もちろんです!
「はぁ……本当良かった……」
俺は心から安堵した。
これでどうやら、我が校の生徒会長が地獄に堕ちる未来は回避できたらしい。




