33話 『淫鬼夜くんってお堅いのねって話』
「おつかレミニセンス〜おれハイセンス〜」
適当な挨拶を発しながら、俺は怪人研究部の部室へと入った。
「わぁ可愛い!」
入ると同時に、春流々の声が響いた。
「あ、ひなた!」
俺の姿に気づいた親友――月鬼城春流々が俺に手を振った。
椅子に座る神鬼の後ろに立ち、何かをしているようだった。
「も、もう春流々さん……」とどこか神鬼は照れた様子だ。
「ねぇねぇ見てひなた、角無ちゃんの髪ー」
春流々に言われ、神鬼の髪を見る。
いつも長いストレートの神鬼の頭に、猫耳の形を模したおだんご頭が二つ並んでいた。
「春流々と一緒にしたんだー。可愛くなーい?」
春流々が自分の猫耳ヘアーを指してエヘエヘと微笑んだ。
「ふーん……」
改めて神鬼を見る。
いつも髪を結んだりしないし、清楚というイメージが強い分、今の春流々と同じ猫耳ヘアーはギャップ萌えというか凄い心にくるものがある。
「か、可愛いんじゃねぇの……?」
俺はなんか照れ臭くなり神鬼から目を逸らし、頬を染めながらそう答えた。
「……っ⁉︎」
瞬間、神鬼がいきなり目を見開く。
「春流々さん、剣を出してもらえるかしら?」
「え?う、うん……」
突然の事に春流々は困惑しながらも、親指の肉を噛みちぎり流血させると、その血と魔力を混ぜ合わせ剣を作り出し神鬼へ渡した。
そして――
「え、何してんだお前⁉︎」
神鬼は剣を自身の猫耳ヘアーへと構えた。
「これは春流々さんとの友情の証……けれどそれ以上に淫鬼夜くんの性の対象となる愚鈍の髪……切らなくては……切らなくては……ッッ!」
「そんなに嫌なんですかぁ⁉︎褒めたのに!」
「さようなら!春流々さんッッ!」
決死の覚悟と共にそう言って切ろうとした神鬼の手元に、頭上から一粒の滴が落ちた。その雫はただの水というよりは、妙に水色で粘り気のある物だった。
「これは……水……?」
神鬼は不思議そうに天井を見上げる。
そしてそのまましばらく固まった後、おもむろに口を開いた。
「ねぇ淫鬼夜くん、一つ質問があるのだけどいいかしら?」
「なんだよ」
「天井に異様な物体が張り付いているように見えるのだけれど、あれは淫鬼夜くんにも見えている物かしら?」
「あぁん?天井……?」
神鬼に促され、俺はゆっくりと天井を見上げる。
何も無い無機質なコンクリートの天井。そこに一つ大きな水色のシミがあった。
「んん…………?」
そのシミがぷよぷよと擬音を発しながら蠢くと、突然その真ん中に二つの白い目玉が出現した。
「ほげえぇええ!」「ぴいいぃぃいい!」
目が合った事に恐怖し叫ぶと、その巨大な天井のシミも俺と同じように驚愕の声を上げた。
そして、そのシミはべちゃと音を立てて床へと落ちた。
「い、痛たた……頭打っちゃったぁ…………」
ぷよぷよとした液体が段々と形をなしていく。
そして人型へと形を整形した瞬間に、俺は叫んだ。
「あ!お前昨日のスライム!」
その水色の体。
片目を隠したアンバランスな前髪(スライムだから髪ではないのか?)
少し甲高い人懐っこい声――間違いなく昨日俺が助けたスライムの女生徒だった。
「せ、先輩!覚えていてくれたんですね!光栄です!」
「友達…………いえ、ごめんなさい。知り合い?」
スライムとの会話を見て、神鬼が怪訝そうにそう質問する。
「知り合いで合ってるけど、俺に友達はいない前提みたいな考えやめて下さい……」
俺だって友達いるんだが……いや、春流々は親友枠だしいなかったわ……。
「というか――」
俺はスライムの方へ向き直す。
「どうしてこんな所来たんだよ。というかよく俺の居場所が分かったな」
「せ、先輩の事は以前から知ってたので……が、学校で奇声をあげるヤベーヤツって…………」
「あ、あぁそう……俺1年生からも人気なんだ。ヤッター……アハ、アハハハ」
自分がしでかした事とはいえ、そんな認知のされ方をしている事に若干の悲しさを覚えた。
「で、どうしてまた会いに来たんだ?お礼ならいらんぞ」
と言ったところで俺の脳内アラートが緊急速報を響き渡らせた。
いや待てよ。そういえば今週はやってるソシャゲのガチャ更新日だったな。新キャラの子結構可愛いし、性能良さげなんだよな。
「だがお前がどうしてもと言うのなら受け取ろう。ちなみに俺が今一番欲しいのはプリペイドカ――」
「お、お礼に来たわけじゃ無いですッ!」
「なんだよ、じゃあ帰れよ」
即答する。
「切り替えはや……」
春流々が隣で引いた表情を見せる。
だってしょうがないじゃん。お礼欲しかったんだもん。
しかも助けたんだし貰う権利もしっかりあるよ?
「きょ、今日はこの怪人研究部さんにお……お願いがあって来たんです!」
「あら、依頼者様だったのね」
と神鬼。
「淫鬼夜くん、何をぼーっと突っ立っているの。早くその人の椅子になりなさい」
「俺がなるのかよ⁉︎普通に椅子持ってくるわ」
いそいそと俺は教室の後ろに並べられた椅子から一つを持ってくると、スライムの女生徒を座らせた。
「ではまず自己紹介をお願い出来るかしら?」
まるで面接官のように冷たい口調で神鬼がそう質問をする。
「は、初めまして!わ、私は怪妖学園高等部1年のスラミ・パピプラフィンと申します!キングとかメタルとかじゃ無くて……ふ、普通のスライムですが、よ、よよよろしくお願いしまひゅ!」
「あ……大事な所で噛んじゃった……」
スラミというそのスライムの少女は弱々しくそう言うと、しょぼんと体を溶けさせ落ち込んだ様子を見せた。
「ふーん。普通のスライムか」
俺はそのスラミという女生徒の事を見つめながら考える。
スライム族――吸血鬼や天使族と同じくらい昔から存在する種族で、その原種がスライムのような液体状の生物の塊だった事からそのままスライム族と名付けられたらしい。
特徴としては体が全て液体で構成されており、骨や内臓などの器官は存在しないらしい。正直それだけだ。他に大して言うことはない。
その特徴の弱さから歴史書でも雑魚という扱いが多く戦闘面ではあまり良い功績は無いが、頭が良いので魔法の開発に一役かっているらしい。
あとは余談だが、メタル系のスライム族に出会うと凄い幸運に恵まれるらしい。会った事は無いが。
「それで?お願いって言うのは何かしら?」
神鬼が口を開くと、長い髪を撫でた。
「あ、あの…………」
スラミはそこで数秒躊躇った。何か言いづらい事なのだろうか。
「え、えっと…………その…………」
だが意を決し、教室に響く声で叫んだ。
「わ、私を最強の種族にして下ひゃいッ!」
「ぁ…………また大事な所で噛んじゃった……」
スラミは再び体を溶けさせ落ち込む。会った時よりもはや半分くらいの大きさまで溶けてしまった。
「最強の種族――曖昧な言葉だけれど、それを証明する為の目標は何かあるのかしら?」
神鬼がそうスラミに問いかける。
「じ、実は1ヶ月後に『学園対抗戦』が開催されるんです!わ、わわ私はそこで優勝したいんです!そ、そうすればスライム族が一番であると、世界中の皆さんに証明出来ますッ!」
スラミはそう言って叫んだ。
「あー学対ね……そりゃ大きく出たもんだ」
学園対抗戦――通称“学対”と呼ばれるそのスポーツは、年に一度開催される伝統行事でその名の通り全国の高校から腕に自慢のある怪人達が集まり、己が力を振るい決闘をするというものである。
無論俺達怪人が本気でやりあえば殺し合いに発展しかねないので、ルールとしては半分に割れたクラウンをお互いが被り、相手の頭にあるクラウンを奪い取り、完全なクラウンにして被った方がグランド――その大会の優勝者という事になっている。
この戦いに勝てばその世代で最強の怪人と証明される為、学園の強者がこぞって参加する一大イベントだ。世間での評価も高く決勝戦の視聴率は70%と言われている。それにそこで優勝した生徒は生涯国から相当の援助をされるそうだ。
その血気盛んで野蛮過ぎるクソイベに、目の前のスライムの1年生は出場したいらしい。しかも優勝まで願っている。
俺の知る限りスライム族がこの大会に出るなど聞いたことがないが、大丈夫だろうか。
「わ、私……昨日淫鬼夜先輩に助けてもらって、それで淫鬼夜先輩の力を見て思ったんです。この人に教えをつけてもらえば絶対優勝出来るって!最強になれるって!」
スラミのその言葉に俺は昨日の事を思い出す。
「なるほど……俺の影響か……」
それは悪い事をしてしまった。
この少女は昨日の俺の強さを見て俺に教われば自分も同じように強くなれると思ってしまったんだろう。だがそうはならない。何故なら俺は吸血鬼、この少女はスライムだ。
生まれた時から絶対に埋める事の出来ない壁がある。
「あのな、俺は今までお前の想像を絶する程の辛い訓練を受けて来たんだ。一日二日で強くなったわけじゃない。それに俺はハーフとはいえ最強の吸血鬼だ。お前とは前提条件が違う、諦めろ」
「あ、諦めません!私は本気です!死ぬほど辛くても絶対耐えてみせます!自分がスライムだって――弱いって分かってます!だけど絶対優勝の為に頑張りますので、どうか先輩!お願いします!」
スラミはそう叫ぶと、深々と俺に頭を下げた。
どうやら優勝という気持ちは本物らしい。
「なるほどね――」
神鬼がおもむろに口を開いた。
「では改めてだけど、スラミさんの今回の依頼は『学園対抗戦での優勝』を果たせば達成という事でいいのね?」
「は、はい!」とスラミが首を縦に振る。
「分かったわ。じゃあその依頼、怪人研究部で引き受けます」
神鬼はそう言うと、閉廷の合図のように持っていた本を机に置いた。
「はぁ?おいおいマジかよ。本気で言ってんのか?」
「おいおいマジです。本気で言ってます。この依頼は達成可能よ。私がそう判断したわ」
「コイツはスライムだぞ?種族的に優勝なんて出来るわけないだろ」
俺のその言葉に「ふん」と神鬼は鼻を鳴らすと、
「淫鬼夜くんってお堅いのね。私の中じゃ全然アリよ」
と言って長い黒髪を撫でた。
「そうかよ……」
俺はそれ以上追求するのはやめた。
他でも無い神鬼が言うのなら、なにはともあれそれだけの勝算があるということなのだろう。
「あれ……?けど待てよ……」
そこで俺は一つ疑念がさし口を開く。
「というか疑問なんだけど、学対って出たいって言ってそんな簡単に出場出来るんだっけ?専用の部活とかあったよな?」
「えぇ、無理ね。この怪妖学園は淫鬼夜くんレベルの怪人が存在するから下に見られがちだけれど、実のところエリート学校なの。学対でもシード権を有する程の強豪校だし、なんの実績も無い生徒がいきなり出場なんて出来るはずがないわ。ましてやスライムなんて特に」
「分かりやすい説明ありがとう……けど俺を貶す必要はあったのか?」
「趣味よ」
「あぁそうかよ……」
俺は瞼をひくつかせ、卑屈に笑った。
「じゃあどうするんだよ。出場出来ないんじゃ優勝も何もないじゃねえか」
「何を言ってるのよ淫鬼夜くん――」
そう言うと、神鬼は俺の方を見て意地悪そうに笑った。
「こんな時、私達には頼れる人がいるじゃない」
「頼れる人…………」
数秒思考すると、その人物の顔はすぐに思い浮かんだ。
「そうか!天使パイセンか!」
【怪人レポート】
スライムについて。
体の全てをスライム質の液体で構成している種族。
脳や心臓といった本来生物にあるべき内臓が無く、体内にある微量の魔力を頼りにその体を動かしていると言われている。
起源はおよそ3000年前。食べる物が無く、食料を求めスライムを食べ続けた人間がやがて魔力を宿し怪人となったと言われている。その原種は人間の拳程の大きさで、ぷるぷると弱々しく体を震わせていただけの怪人だったらしい。
そのあまりにも弱い特性からフィクション作品では主人公に最初に倒される雑魚敵として不動の地位を築き上げている(スライム族としては不名誉であるだろう……)
またその構成物質の単純さから幅広い亜種が存在しており、体のオレンジ色の個体や、鋼で出来た個体、回復魔法にのみ特化している個体などが存在する。
これは余談だが、鋼で体を構成したスライム族……通称メタルスライムは、出会うと幸運に恵まれるらしい。
私もその個体に出会えば、幸せを得られるのだろうか。
いや、私の場合きっと何も変わらず、すでに自分の幸せなどこの世に無い事を思い知らされるだけだろう。
怪人研究部部長 神鬼角無




