32話 『“最弱”のスライムは“最強”を目指すって話』
今回の章は水星の魔女見ながら書きました。
私は、最弱と言われる種族に生まれた。
全身は脆く水のような物質で、強く触られれば潰れるし、熱いと溶けるし、寒いと凍る。
特性が弱いから絵本やゲームでは必ず最初に倒される役ばかり。
だから“最弱”である私達の事を知らない種族はいない。
何よりも脆弱で最弱な種族――
私はスライムに産まれた。
体を動かす事は苦手な私だけど、勉強だけはそこそこ出来た。
学年でいえば、まぁ、2位ぐらい。えへへ
でもいくら勉強が出来ても、私が最弱の種族なのは変わらない。ずっと弱いままのスライムだ。
だから私は幼少期からずっと願ってきた。
“最強”になりたい――
そう願っていたある日、そんな私が出会ってしまったのだ。
「諦めろ。俺とお前じゃ格が違う」
夜闇のように黒い髪。輪廻の淵に咲く彼岸花のように紅い瞳――
血で出来た剣をふるい、目の前の男子生徒は自分より何倍も大きい巨大な相手を一瞬でねじ伏せた。
私が出会ったその人は、“最弱”の名を冠する私とは真逆に位置する存在――“最強”の名を冠する種族である吸血鬼だった。
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「あぁ〜金が欲しい〜。理由はどうでもいいから金が欲しい〜」
部活終わりの帰り道――
先日の女体化で母さんのクレジットカードを使ったのがバレて、絶賛金欠中の俺は嘆いていた。
「そうだ。『ハーフ種族助成金』とか国が作ってくれたらどうだろ」
その妙案にパチンと俺は指を鳴らす。
「この国の更なる発展、ひいては種族同士の垣根を越えるという意味でも異種族同士で結婚する事は国としても推奨していった方がいいはずだ。それは間違いない。だから生まれた子供には5億ゼニープレゼントとかそういう法を作ってみればいいんじゃねえか?俺は天才か?淫鬼夜ひなた」
ククッ、自分の才能が怖い。
まさかこんな天才的な発想を思い付いてしまうとは。この法案が通れば俺は一気に金持ちだ。新作のゲームを買えるし、なんなら俺好みのゲームを何処かの制作会社に頼んで作ってもらうことも出来る。
「よし、決まったらまずは行動だ!とりあえずSNSでハーフ種族への風評被害と悲しみをでっち上げる事で世の中から同情を誘い、信者を増やしてハーフ種族を支援する集団を作った後はニュースに取り上げてもらおう!そうすれば国も動いてくれるはずだ!はっはっは!」
自分のその素晴らしい考えに俺が思わず高笑いをした時だった。
「だ、だめです……よ!こ、ここはゴミ捨て場じゃないんです!」
ぷよぷよとした柔らかい声が隣の路地から聞こえてきた。
そしてその声ともう一つ、
「あぁ⁉︎んだテメェなんか文句あんのか⁉︎」
瓦礫が爆破されたような怒声が響いた。
ただ事じゃないその声に、俺はいそいそとその路地の方を覗いてみる。
見ると空き缶を持った男とそれを注意する女とで揉めてるようだ。
「ぴ、ぴいぃ……!そ、そんな訳では!た、ただゴミはここで捨ててはダメって言っただけで……」
「それが文句なんじゃねぇのか⁉︎あぁッ⁉︎」
「ぴ、ぴいぃぃ……」
スライム族の女の子がぷるぷると柔らかい液体状の体を震わせ、怯えている。
少し溶けかかっている体の雫は、まるで汗のように見えて焦っているのが伝わってくる。
「制服は俺と同じ怪妖学園――リボンがオレンジ色だから1年か」
怒声を浴びせているのは3mはあるだろう強靭な肉体。頭にある二本の角と体から燃え盛る炎――イフリート族で間違いないだろう。真っ赤なライダースーツを見に纏い、いかにも悪って感じの風貌だ。
「オラどけよスライム女!」
「ケケケッ、今ならアニキに根性焼きされるぐらいで揺らしてもらえるぜぇ?」
イフリートの隣には炎の精霊――ボム族の男二人が火の玉で出来た体を揺らしゲラゲラと笑っていた。
「ここは世紀末かよ……」
神鬼を助けた時にしくじったのもあるし、こういう面倒事は基本無視の方針なのだが同じ学園の後輩となればまぁ仕方ない。手を貸してやるか。
「おい、お前ら……こんな女の子一人に寄ってたかってダサすぎじゃねえか?」
俺はスライムの女生徒とイフリートの男子生徒の間に入る。
「あぁ……?んだテメェ」
イフリートが狼のような目で俺を睨むと、背中の炎がゆらりと揺れた。
近くで見て改めて思うが、だいぶ背が高い。3メートルはあるだろうその巨体から見下ろされるとすごい迫力だ。
「どう見ても多勢に無勢だ。注意されてムカつくのは理解出来るけど、ここは大人しくこの子に従え」
「今日はうるせぇ雑魚どもが多いなぁ!テメェ俺が地獄の番人――イフリートの末裔であるヴォルガ・ラスターヒート様だって知っての狼藉か?」
威嚇の為にヴォルガは背中の炎を巨大に噴火させる。
肌をさすような強烈な熱を肌で感じた。
「うわ……熱っつ……お前とは冬場に会いたかったよ」
「テメェこの俺の炎を暖房扱いだと⁉︎ふざけんなよッッ‼︎」
激昂に呼応し、ヴォルガの背中の炎が更に眩い炎熱を放つ。
「そう怒るな。別にお前と争いたいわけじゃない」
「争うだと……?テメェみたいなカスが俺と戦える土俵にいるとでも思ってんのか?ムカつく野郎だ。先にテメェから始末してやるよ。1年間は病院から出れないと思え」
ヴォルガが眩い炎熱を放つ。
宥めようとしたが、どうやら逆効果だったらしい。
「はは、そりゃ嬉しい。部活サボる口実になるし是非そうしてもらいたいが――」
穏便に済ます事を諦め、俺は挑発の意味を込め笑った。
「あいにく、お前程度じゃ俺には勝てねぇよ」
「クソが!とことんムカつく野郎だぜッッ!」
ヴォルガが叫ぶ。
「全く……結局戦うしかないわけか。出来れば話し合いで解決したかったんだけどな」
俺は戦闘体制に入ると共に、神鬼と出会った時のことを思い出した。
「あの時と同じようにまた貧血になって問答無用に吸血じゃ、次こそ何があるかわからないからな……ちゃんと血の消費は最小限に抑えないと」
その為には力の解放は無しだ。
あれでチャームを使う為には相当に血の消費が激しい……。だから今回は一番血の消費が少ない戦い方――武力行使と行こうじゃないか。
「痛て……」
俺は指先の肉を噛みちぎり流血させる。
真紅の血液を地面へと伝わせ、魔力を使う為に意識を集中させると武器を生成するための詠唱を始めた。
「The darkness reaches here――(常闇の王はここに在り)」
「なんだよコイツ……なんか変な呪文唱え始めたぞ……」
その様子を見てヴォルガが怪訝そうに目を細める。
「現代じゃ呪文の長口詠唱は魔術を使うのに必要は無いと化学で証明されてるのに……」
「それでもやるって事は、コイツただのカッコつけたい厨二病だ……」
取り巻きのボム共が何かを言っているが、俺は構わず詠唱を続ける。
「Isolated loneliness,The farthest land(孤高の孤独。ただ一人の思念)」
「My passion is not understood, and only loneliness(我が激情は、孤独だけが理解をしてくれる)」
「alone in the farthest land. The truth never bends(最果ての地に至るは常に一人)」
「My loneliness, the blood sword(孤独よ。剣となれ)」
突然、地面を伝う血液が渦を巻くと激しい魔力の火花を散らし、一本の剣となった。
「待たせたな」
「あぁ、本当に待ったぜ。厨二病野郎」
ヴォルガが炎を揺らし、笑う。
「じゃあテメェと話すのはもう飽きたからよ――」とヴォルガは大地を抉り取る程蹴り上げる。
「爆ぜろよ!この陰キャが!」
ヴォルガが拳を合わせると両手から爆炎が燃え盛り、俺へと突進してきた。
「俺は陰キャじゃない。淫鬼夜だ」
言い返してるうちにも、爆炎を纏った拳が俺へと近づく。
「大ぶりの一撃――ただの筋肉馬鹿か」
だがパワーはあれどスピードは無い。見切るのは簡単な事だ。
俺は剣先でヴォルガの拳を捉えると、その力の流れにまかせ剣を後退させ攻撃をいなす。
軌道のそれた拳はよろめくと、空気をその威力で爆散させた。
爆散した空気からは白い蒸気があがる。
「クソ……!ふざけやがって!」
ヴォルガは体勢を直すと、再び爆炎を纏った拳を俺へと振り下ろす。
だが、
「見え見えだぞ。イフリート族も大したことないな」
俺は先程と同じように剣を巧みに扱い、ヴォルガの攻撃を軽くいなす。
「黙って爆ぜろや!クソがァッ!」
何度もヴォルガは強靭な肉体に頼った攻撃を振るってくる。
豪炎を纏ったその攻撃は体が溶けるような熱と、身体をえぐる威力があるのを肌で感じる。単純な力比べならこの男の方が数倍上だろう。
だが、
「クソ……!クソ……ッッ!んだよこのクソ陰キャが!」
俺は小さな力でイフリートの攻撃を正確に剣先で捉えると、それを軽くいなす。
まるで川の流れのように優雅でしなやかな剣技だ。
そして一瞬の隙をつき、
「ハッ……!」
剣を逆手に持ち、ツカの部分でイフリートの腹を突く。
「がはっ……⁉︎」
急所を突かれ、イフリートが地面に膝をついた。
「悪いな――お前と俺とじゃ格が違う。戦闘経験に差がありすぎる」
元来、吸血鬼という種族は“最強”である。
そして吸血鬼は種族の頂点である事が誇りであり、種族としての存在意義だ。その誇りを穢される事を何よりも嫌がり、何よりも恐怖している。
だから吸血鬼は幼い時より死ぬ程厳しい修行を強いられ、頂点を保持する為に鍛え上げられる。
たとえハーフで紛い物の俺となれどそれは変わらない。幼少期より吸血鬼の大人達から死ぬより辛い訓練を受けてきた。
あの地獄の業火を生き抜いた俺からすれば、このヴォルガとかいうイフリートの炎など良く燃える線香花火程度だ。
「お、思い出した……!アイツたしか吸血鬼とサキュバスのハーフの男だ!」
おもむろにボムの一人がそう言うと俺を指差した。
「あぁ……?んだそれ」
「この前ダチのゴブリンのトリオがそんな奴にやられてたって言ってたんです……黒髪黒眼鏡の陰キャが、突然金髪に変わってみんなやられたって……金髪じゃねえがあの血みたいな赤目は吸血鬼の証拠だ。間違い無くその男で間違いねぇ」
「ま、マジかよ……ゴブリントリオってこの辺りでは有名なワルなのに……」
ともう片方のボムが弱々しく言葉をこぼす。
「テメェらなにビビってやがる!相手はただのクソ陰キャ一匹だ!それに俺は業炎の魔王を先祖に持つ地獄の番人イフリート――ヴォルガ・ラスターヒート様だ!」
「おうおう。頑張れー地獄の番犬さんー」
「番人だゴラァッ‼︎」
ヴォルガが一層激しく炎を燃やし激昂した。
熱線で自販機のガラスが膨張し爆発する。
「今までの俺に一発当てたぐらいで勝った気とはな、良い気なもんだクソ陰キャ!」
「だから陰キャじゃない。淫鬼夜だって」
「今までのが俺の本気だと思ってた時点で、テメェの負けだ!」
ヴォルガがそう吠えると、バキバキと炸裂音が響く。
ヴォルガは体内の魔力量を爆発的に活性化させ、自身の肉体を異形な物に変化させる。
筋肉は何倍にも膨れ上がり、身長も5メートルはあるだろう大きさにまで巨大化した。
「ゲハハ、どうだクソ陰キャ。これがイフリート族――王たる種族の真の姿だ」
ヴォルガの地獄の底から引き摺りでたような黒い声で話す。
先程までとは比べ物にならない熱量――もはやヴォルガから発せられる吐息ですら地面を黒く炭へと昇華させる程の威力だ。
魔力の上昇も凄まじいもので、空間がバリバリと音を立てて破壊している。
「やれやれ……追い詰められたら体をデカくするのは負けパターンの典型だぞ」
「典型とか常識とか、そんなもんが俺様に通用するかよ!」
「あぁそうかい。じゃあこれから学ぶんだな。その程度の攻撃が通用しない奴はこの世にごまんといる」
「爆ぜろやァ!クソ陰キャッッ‼︎」
ヴォルガは魔力を一気に集中させると、強靭な肉体からかつてない程の業火で拳を俺へと振りかざす。
「『業炎ノ叫び』ッッ‼︎」
凄まじい熱量に空気が燃え、爆発する。爆発した気流は炭となり辺りへ舞い散り更なる爆発を生む。
威力は申し分ない。焼け付くような熱を肌で感じる。流石イフリート族だ…こんなものを喰らえばひとたまりもない。
だが、正直それだけだ。
「遅い――――」
それだけで俺に勝つ事なんて出来はしない。どんな素晴らしい一撃だろうと、当たらなければどうという事は無い。
俺は剣を腰に構えると、目にも止まらぬ速さで剣を振るった。
「あぁ……?なんでテメェが俺の背後にいるんだ……?」
ヴォルガが振り返るのと同時に、俺は剣をただの血へと戻し形を崩した。
「ハハッ、なんだよクソ陰キャ。おもちゃの剣は閉まって降参か?」
「ばーか、もう終わってんだよ」
「あぁ……?終わった?テメェ何言って――」
ヴォルガがそこまで言った瞬間――
「がはっ……⁉︎」
遅れて俺の斬撃がヴォルガの体を何百回も切り裂いた。
ヴォルガの百度はあるだろう熱い血液が噴き出し、地面を熱で溶かす。
「『次元斬』――高速の剣技で一瞬の間に何度も切り裂く技だ。覚えておくと良い」
ちなみに命名者は俺だ。
吸血鬼達はこの技に名前はつけていなかった。面白味の無い連中だ。
「まぁ安心しろイフリート様。お前みたいな体力バカの種族なら1日で治るような程度の傷しかつけてない」
俺は見下す姿勢を取りながら地面に足をついたヴォルガにそう説明した。
「て、テメェ……舐めやがってッッ‼︎」
ヴォルガは吠えるが、さっきのように体から炎は燃え盛る事は無かった。
「な、何故だ……」とヴォルガは驚愕し、自分の体を見渡す。
「さっきお前を斬った時にお前の皮膚組織全てに俺の血液を凝固させて封じたんだ。かさぶたみたいにな。だからお前ご自慢の炎ももう出せないぜ?」
「な……んだと…………」
「まぁ安心しろ、明日になれば全部溶けるよ。それこそかさぶたみたいにな」
「ち、ちくしょオオォオ……!」
ヴォルガはまだ諦めず、俺に向かってこようと吠えるが、足の神経を傷付けているため、立ち上がることも叶わず虚しく俺を見上げた。
「早く消えろ。俺の気が変わらん内にな」
「テメェ――ッッ!」
「あ、アニキやめましょう!絶対コイツには勝てません!」
「そ、そうです!こんなバケモノ勝てるわけありません!」
取り巻きのボム二人がやってくると、激昂するヴォルガを制止させた。
「テメェら、離せ!俺はまだコイツのクソ頭を一発も殴ってねぇぞッッ!」
「す、すみませんでしたお兄さん。ゴミはちゃんと持ち帰るんで許してくださいね」
ヴォルガを無視してボムの一人がそう言うと、ヴォルガの巨体を持ち上げそそくさと逃げて行った。
「はぁ、疲れた……ようやく終わったか」
俺は三人が消えたのを確認した後、後ろへと振り向き口を開いた。
「大丈夫か?お前」
後方のスライムに話しかけるが返事は無い。
さっきのイフリートの魔力量に当てられ気を失ったのだろうか。
俺は確認のためにそのスライムの少女へと近づく。
「おーい、生きてるかー?」
「か…………」
「か……?」
少女が俯いたまま何か擬音を発する。どうやら気は失ってはいないらしい。
「か……か…………」
そして数回同じ擬音を繰り返した後、
「かっ、かっこいいですッッ!」
少女はそう言うとキラキラと水色の瞳を輝かせ俺の見た。
「さ、さっきの技どうやったんですか⁉︎私もあれ、出来ますか⁉︎」
「さっきの……?あぁ『次元斬』か。出来るんじゃね?頑張れば」
「本当ですか!」
少女は声とスライムで出来た体を弾ませ、嬉しそうにそう答える。
「私にも、出来るんだ……そしたらきっと“最強”になれる……」
「最強……?」
「ま、待っててください!明日必ず、会いに行きますから!」
「え、うん……分かった」
俺がそう頷くと、スライムの少女は嬉しそうに笑い走ってどこかへ行ってしまった。
「なんだったんだあの子…………」
少女がいなくなり、あの不良集団もいなくなり、俺はただ一人路地裏でぽつんと取り残された。
「最強、ねぇ…………」
最強というのは常に孤独なものなんだなと、ふとその時俺は考えた――
【※没案】
①
ヴォルガ「あぁ……?なんでテメェが俺の背後にいるんだ……?」
ヴォルガが振り返るのと同時に、俺は剣をただの血へと戻し形を崩した。
「急に止めるんじゃねえぞ……舐めてんのか?」
「ばーか、もう終わってんだよ」
②
ヴォルガ「て、テメェ……舐めやがってッッ‼︎」
ヴォルガは吠えるが、さっきのように体から炎は燃え盛る事は無かった。
「全く……諦めの悪いヤツだ……」
俺は膝をつくヴォルガの首元を乱暴に掴み上げる。
「ぴぎゅ⁉︎」
「なぁヴォルガとやら、あと何回お前を斬ればいい。あと何回倒せばお前は諦めてくれるんだ?」
「離しやがれッ!」




