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ド陰キャ吸血鬼は本当の恋に憧れる。  作者: 月刊少年やりいか
2章〜淫鬼夜、女になる〜
31/43

30話 『こんにちは!淫鬼夜日奈々です!って話』

(ま、まさか神鬼がここにいるなんて……)


 ショッピングモールのランジェリーショップ内――

 俺はブラジャーを片手に携える神鬼に対し、恐怖で一歩後ずさる。


 緊張で喉奥から唾液が干上がっていく感覚だ。

 もし神鬼が俺の正体に気付けばきっとこう言うだろう。


『異性との交わりが出来ないからって、遂に自分で自分を慰める事にしたのね。でも結局自分だけでは満足出来ず“性”を盾にこの場所に侵入し、他の女性を視姦するなんて品性下劣ね。酷く軽蔑の意を表するわ』


 そして俺は神鬼に警察へと通報され、二度と日の光を浴びる事は出来ないだろう。あまりにも想像に容易い事象だ。


 正直下着売り場にいるぐらいなら春流々もいるし事情を説明して貰えば、かろうじて言い訳がつくだろう。

 けれど俺は今、幸か不幸か神鬼のバストサイズを知ってしまった。

 いくら春流々に守ってもらったとしても、この事実がバレれば俺の命は無いのは明らかだ……。


「大丈夫ですか?ひどい汗ですよ?」


 慌てる俺に不思議そうに神鬼が心配そうに俺の顔を覗く。


「だ、だだだ大丈夫です!俺――じゃなくて、(わたし)サキュバスでして、可愛い女の子の近くにいると体が熱っちゃって、あはは〜」


 サキュバスにそんな特性があるかは知らないが、俺は適当に言い訳をしながら視線を外へやる。

 勘の良い神鬼の側にこれ以上いるのはまずい。確実にボロが出る。


「か、可愛いなんて。大袈裟ですよ――」


 神鬼が少し照れた様子で頬を染める。


(神鬼が俺の正体に気付く前に取り敢えずここを去ろう。神鬼が俺の正体に感づいていない今ならまだ間に合う。春流々には店の外にいるって後で連絡して――)


 そう俺が逃げ出す算段を立てていた時だった。

 その能天気な声が聞こえてきたのは――


「お待たせー、終わったよー」


(なんというバッドタイミング⁉︎)


 快活な声と共に試着室から春流々が出てくると、俺に手を振って近づいて来た。


「結果は上上でしたよー。将来的にはこれは春流々の勝ちですね。えっへん」


 そう言って胸を張る春流々。

 言い終えて、目の前に神鬼がいる事に気付き、目を丸くする。


「あれ?神鬼ちゃん?」


(“ちゃん”……?)


 思わずその親しげな呼び方に引っかかってしまった。

 神鬼とそれなりに面識があるとは春流々から聞いていたが、まさかそんな風に呼ぶ間柄だったとは少し意外だった。


「あら、月鬼城さん。学校以外で会うのは初めてね」


 神鬼も平然と春流々からの“ちゃん”呼びを受け入れている。

 どこか表情も落ち着いているし、声色も優しい。本当に仲が良いらしい。


「うんうん。そだね」


 嬉しそうに春流々が首をブンブンと縦に振る。


「うわー嬉しいな。こんな所で神鬼ちゃんとお話出来るなんて。神鬼ちゃんも買い物?」


「えぇ、新しいサイズの下着を買いにね。そしたら親切なそちらの方が取ってくれたわ」


 神鬼が俺の方を見る。


「あ、あはは〜。ど、どどどういたしまして」


 まさか神鬼からそんな肯定的な言葉を貰えるとは思っていなくて若干の嬉しさがある。が、緊張のし過ぎで声が震える。

 バレる前に早く立ち去りたいのだが、神鬼は春流々と会話を続ける。


「このサキュバスの方は月鬼城さんのお友達?手を振っていたようだけど」


「うん、そだよ。というかひな――ンン⁉︎」


 ペガサスも驚くだろう程の速さで、俺は春流々の口を両手で塞いだ。

 いつか春流々ならやるだろうと思ったが案の定だったとは……春流々の天然ぶりには尊敬する。


「え、えぇ!そうです!」


 俺は春流々の代わりに口を開いた。


「春流々ちゃんのお友達でして、淫鬼夜ひな……」


(し、しまった……!)


 言いかけて、自分が今本名を口にしようとした事に気付き口をつぐむ。

 春流々を天然だと言ったばかりだが、相応に俺も天然らしかった。


「淫鬼夜ひな……?」


 神鬼の切長の目が俺を睨んだ。 

 狼のような鋭い眼光――嘘などつけるような雰囲気ではない。

 だが俺は今すぐにでも土下座して全てを許してもらいたい気持ちを必死で抑え、この場を逃げ切る為の思考を開始した。


 どうする……?既に“淫鬼夜ひな”までは既に言ってしまった。もはやここまでは後戻りは出来ない。

 考えろ俺、ここから女っぽくなる名前を……淫鬼夜ひなこ、ひなき、ひなみ……


 そしてこの間たったの0.2秒。

 俺は脳みそをフルに回転させ、答えに辿り着いた。


「い、淫鬼夜日奈々(ひなな)です!よろしくです!」


 怪しまれないよう、出来る限りの精一杯の笑みで答えた。


「淫鬼夜……淫鬼夜さん――と言ってもこれでは彼と苗字が同じで分からないわよね。日奈々さんと呼んでもいい?」


「も、もちろんです!」


「苗字が淫鬼夜という事は日奈々さんは淫鬼夜くん……………………ひなたくんの親戚の方という事かしら?」


 “淫鬼夜くん”と呼んでからかなり長い間の後、神鬼がそう口にした。

 名前を覚えてて貰えて若干嬉しい。


「そ、そうなんです!ひなた君のお父さんのいとこの妹の友達の娘の元彼のはとこの孫の不倫相手の養子の血の繋がらない兄の友達の娘です!」


 俺――淫鬼夜ひなたとの関係を聞かれた時にヘマをしないように、なるべく遠縁という設定にした。


「随分と複雑なのね……まぁ遠縁の親戚というのは分かったわ。彼の親戚だからサキュバスなのね」


 懐疑的ではあるが、神鬼はそう言って納得してくれた。

 どうやら別人のフリは成功したようだ。自分の天才加減に拍手を送りたくなる。


「もごもごもごもー(何するのさー)」


 口を塞がれた春流々がもこもごと口を動かし俺に抗議する。


「バレたら色々ややこしいだろ。黙っててくれ」


 俺は春流々にだけ聞こえる声量で耳打ちする。


「もごもごもごもごー(嘘ついても神鬼ちゃんならきっとバレちゃうよ)」


「分かってる。けどバレたら俺の命が無いんだ。その場しのぎで良いから協力してくれ」


「もごもごもごもごもごもごもー(協力してもいいけど、ちゃんとお礼はもらうからねー)」


「あぁ分かってる。ちゃんとB型血液シャーベット奢ってやる」


 俺がそう口にした瞬間「わーい」と言って春流々が俺の拘束から抜け出た。


「日奈々さん――」


 おもむろに神鬼が俺を呼んだ。


「申し遅れたわね。私は神鬼角無。貴方のご親戚のひなたくんにはとてもお世話になっているわ」


 そう言って神鬼は俺に微笑んだ。


(あれ?俺に対しての評価が優しい)


 てっきり『いつも困らせられているわ……』とか言うものだと思ったが。

 だがまぁそれもそうか。親戚の前でゴミとかスケルトン以下の脳みそとかそんな事言えないよな……。


「あぁ、アナタが神鬼さん!お話はひなたから聞いてます!とても良い人だと!」


「そうですか。それは良かったです」


 フフッと神鬼は嬉しそうに笑う。

 よし、とりあえず掴みは問題無さそうだ。このまま適当に話して隙を見て別れよう――そう考えた俺に、神鬼が疑問を投げてきた。


「それにしても日奈々さん、名前をお聞きしてすぐで申し訳ないのだけれど、一ついいかしら?」


「あ、あぁいいぞ……い、いえ。いいですよ」


「日奈々さん、怪妖学園の制服を着ているけれど、ウチの生徒だったかしら?それに男子生徒のものだし」


 そう言って神鬼が俺の制服を指差した。


(し、しまった――ッッ!) 


 そういえば女体化してからずっと制服のままだった。神鬼はこの前の生徒会長選挙の事もあって全生徒の名前を覚えてるだろうし、怪妖学園の生徒という言い訳は使えない。


「あ、えーと……私、私はぁ…………」


 どうしたものか良い言い訳が思いつかない。


「日奈々さん……?」


 神鬼の目が先程より懐疑的に俺を睨む。

 やばい……このままじゃバレる。何か良い言い訳を――

 そう焦る俺に、助け舟が来た。


「実はね神鬼さん、日奈々ちゃんはコスプレが趣味なんだよ!」


 春流々が神鬼にそう説明する。


「え、コスプレ?」


「そうそう!あのアニメとかゲームのキャラに成り切るヤツ。それでこの前練習の為に怪妖学園の制服作って、自分で着てるんだよ」


「そういうこと――学園の刺繍も綺麗に再現されているし、素材も同じドラゴンの翼膜を使っていて防護性が高そうだし素晴らしいわ。とても才能があるわ、日奈々さん」


「えへへ〜。あ、ありがとうございます」


 俺は安堵し、にへらと笑った後、春流々の方を見る。


「ナイス春流々!助かったぜ!」


「ふっふー。春流々は賢いですからね。報酬は2倍で頼みますよー」


「あぁ、2倍でも100倍でも好きなだけ買ってやるよ」


「やったー」と春流々は両の手をあげて子供のように喜ぶ。


「ねえ月鬼城さん、日奈々さん。一ついいかしら?」


 春流々と話す俺に、おもむろに神鬼が声をかけた。


「ここで出会ったのも何かの縁だし、三人で少しお茶でもどうかしら?」


 意外だ。

 神鬼って氷の魔人みたいな雰囲気だし、あまり人とは関わらないタイプかと思っていたが、結構社交的なんだな。

 だが悪い。今はボロを出すわけにはいかない。俺は帰らせてもらうぜ。


「わ、私は遠慮……」


「行く行くー!もちろんだよ!日奈々ちゃんもね?ね?」


 断ろうした直前、春流々が『逃がさない』とでも言ったように俺の腕を掴み、そう答えた。

 春流々め……さっきは助け船を出してくれた良い奴だと思ったが、この状況を楽しんでやがるな……。


「も、もちろんです!タノシミデスー」


 俺は必死で笑顔を作り、そうか返した。

 不安で笑顔が引き攣っていただろう事は言うまでも無い。

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