3話 『思いあがると罰を受けるって話』
「やめろよ。この子嫌がってんだろ」
ナンパされている女子高生とゴブリンとの間に割り入った俺は、筋肉質のゴブリンの拳を片腕で引き留めながらそう話す。
「あぁん⁉︎外野がでしゃばってんじゃねぇぞ‼︎」
掴んだ腕を振り払おうとゴブリンが拳に力を入れる。
「な……なんだよ腕が……」
だがその拳が動くことはない。
完全に俺に押さえつけられ、ゴブリンの顔がどんどん青ざめていく。
まぁそりゃそうだろう。体格が一回り以上も小さく、マッチ棒のような体格の奴に押さえ込まれてるのだから。
「ここは俺が何とかする。君は下がってて」
「あ、ありがとう」
少女はそう言うと数メートル後ろの河川敷の坂に身を隠した。
「さて……もういいか」
少女が距離をとったのを確認したところで、掴んでいたゴブリンの腕を離す。
「テメェ……兄貴になんてことを!オレ達の邪魔をした落とし前、ちゃんと理解してるよなぁ?」
「そうだぜ!オラ達の親分に傷をおわせたこと、後悔させてやるべ!」
青ざめたゴブリンを守るような形で、取り巻きのゴブリン二人が割って入った。
リーダー格のゴブリンをAと置くなら、こいつらはゴブリンBとCといったとこだろうか。
「そっちこそ……しばらくナンパ出来ない覚悟でいろよ?」
まぁ所詮はゴブリン、何人集まろうが敵ではない。
そう思える絶対的な自信が、俺にはあった。
もう何年もこの力は使ってはいないが、俺は
「今日の俺は部活に入れられたとか、部活に入れられたとか、部活に入れられたとかのせいで少し苛立っててな……」
意識せずとも、恨みのこもった言葉が俺の言葉が漏れた。しかも三回も。
「だから……手加減しねぇから覚悟しろよ!」
眼鏡を外し、全身の筋肉に意識を集中させると、体が急激に熱を帯び、眠っていたヴァンパイアの力が解放される。
染料材で染めていた黒髪が本来の月色に輝く金色に、全身の毛穴からは蒸発した血液が溢れ出し、赤い霧が俺の体を覆った。
「あの金色の髪……サキュバス⁉︎」
「いや待て!あの目の色にあの赤い霧――ヴァンパイアだぜアイツ‼︎」
「ヴァ……ヴァンパイア⁉︎なんて厄介なもんに喧嘩をオラはふっかけちまったんだべさ……」
「ヴァンパイアとサキュバスのハーフなんて……そんなのいるんかよ」
恐怖と驚愕の入り混じった顔で、ゴブリンBCが俺を見つめた。
ヴァンパイア――それは怪人の中でも、特に優れた戦闘能力を持つ種族。血の力により強化されたその肉体を駆使すれば、敵う種族などいないと言われている。
俺はサキュバスのハーフだから、純血に比べればそこまでの力は無いが、ゴブリン程度であれば楽勝だ。
「へっ、ヴァンパイアだからなんだってんだ」
豚鼻をふがふがと鳴らしながら、リーダー格のゴブリンAが立ち上がった。
「たしかに噂によれば強いらしいが、ハーフって事はヴァンパイアの力は半分だ。いくら最強のヴァンパイア族って言っても、半分なら勝機はあるぜ!なんせ俺らは三人――ゴフッ⁉︎」
話すゴブリンAの顔面を、ゴブリンBがストレートパンチをかました。
「て……テメェ何しやがる‼︎気でも狂ったか⁉︎」
「いやぁ……すまねぇなぁ兄貴……俺は、アンタよりあの男に着くことにするよ。やっぱ時代は細マッチョよ」
言ってゴブリンBが更に拳をふるい、ゴブリンAをノックアウトさせた。
たしかに俺はハーフヴァンパイア。力は純血に比べれば弱いかもしれない。だが、ハーフだからこそできる芸当というものがあった。
「どうですか淫鬼夜さん?俺やってやりましたよ?」
チャーム。本来は異性にしか効かないその能力だが、ヴァンパイアの血の力により強化されたそれは、一人であれば同性にもかけることが出来る。
これが、ハーフヴァンパイアだからこそ出来る芸当だ。
「よしよし偉いな。じゃあ後は泳いで遊んでていいぞ」
「あいあいさー!」
ゴブリンBは敬礼すると、河川敷の崖下に猛ダッシュし、川に飛び込み、そこで泳ぎ始めた。
「やれやれ……本当に怖い能力だな、これ」
俺に敵意を向けていた相手でさえも、従順な奴隷に変えてしまうチャーム。
改めて過去の自分が、この力で異性の気持ちを捻じ曲げていただけという事を感じた。
まぁそれでも、チャームが無い俺をキモいだの何だの言うのは酷いと思うけどな、リアル女子達。
「オメーよくも二人を……!オラが一人でのしてやる!」
シャドーボクシングで威嚇しながら、ゴブリンCが俺を睨む。
(そうか、まだ残っているのをすっかり忘れていたな)
ふと崖下を見ると、河川敷に敷かれた野球のグラウンドの上に、巨大な建設機械が置いてあるのを見つけた。
巨大な車体に、それと同じぐらいの大きさの車輪がついたロードローラーだった。
「そこでちょっと待ってろよ」
俺はゴブリンCにそう言い残すと、高速で崖を下り、アフリカ象一頭分もの重量があるロードローラーを持ち上げる。
そして跳躍し、夜の満月をバックにゴブリンの前に現れると、俺はニヤリと笑った。
「ロードローラーだ――」
「ひいいぃぃ――――⁉︎」
あまりの恐怖にゴブリンは甲高い悲鳴をあげると、白目を剥いて気絶した。
「一度やってみたかったんだよ。ありがとう、夢が叶った」
ロードローラーをその場に下ろす。
やっぱりヴァンパイア種族の夢といったら、このロードローラーを持ち上げる事と、気化冷凍法だ。
「はぁ……久しぶりにこんな動いたな」
ふぅ……とため息をついたところで、背後から鈴を転がしたような澄んだ声が俺を呼んだ。
「貴方、見た目の割に強いのね」
隠れていた少女が俺の前に姿を現すと、そう言った。
「見た目の割にって……まぁいいか、事実だし」
改めてその少女を見る。
その少女は、どことなくかなでと風貌が似ていた。
艶のある長い黒髪、夜闇でも分かる透き通った白い肌。
綺麗だな、と二次元専門の俺でもそう感じてしまうぐらいに、綺麗な少女だった。
きっと……彼女に流れる血液も、さぞ美味いんだろうな。
「え……?」
一瞬、頭に流れたその思考に俺は疑問を持った。
なんだ今のは?俺は何を考えた……?美味そうって、俺は何を――
どくん
心臓が跳ねる。
急激に喉が渇いていき、全身の血の気が引いていく。
この感覚に、俺は覚えがあった。
それは、ヴァンパイアの血の力を使い過ぎたことによる、本能の暴走だった。
「まさかたったあれだけで……」
チャームと共に、ヴァンパイアの力を使わなくなって3年。
日頃からランニングなどの基礎体力作りを怠った事はないが、まさかこれ程までに自分の体が衰えているなんて。
「どうしたの……?顔色が悪そうだけれど」
心配そうな顔つきで少女が俺の顔を覗き込んだ。
少女の顔を間近で見た事で、ドロリとした粘り気のある唾液が口から自然と溢れ出た。
「救急車呼びましょうか?」
今の俺は、本来のヴァンパイアとサキュバスのハーフとしての力を取り戻している。
すなわち、この女にもチャームはかかっているということだ。なら問題はない……。
俺は彼女の制服の襟を掴むと、一気に肩まで引き下げた。
「きゃっ……な、なに⁉︎」
服を乱暴に流されたことで、少女が悲鳴を上げた。
だがそんなものに構っているわけにはいかない。
咎は後で受ければいいさ、今は一刻も早く血を飲まないと……。
俺は構わず口を開くと、彼女の首筋に噛み付き吸血する――
そのはずだった。
「やめて!」
噛みつく直前、彼女が俺の頬を叩いた。