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ド陰キャ吸血鬼は本当の恋に憧れる。  作者: 月刊少年やりいか
2章〜淫鬼夜、女になる〜
27/43

26話 『俺、美少女になりますって話』

「ここだぁ!」


 地図アプリを頼りに歩き、目的地と重なった所で俺は頭上を見た。

 目の前にはネオンの少し怪しい雰囲気で『SEX FOX』と看板に書かれている店があった。

 検索した場所と店名が一緒だし、ここで間違い無いだろう。


「ククッ、にしても冴えてるな俺は。まさか性転換が出来る店を覚えているとは。自分の記憶力が末恐ろしい」


『我のおかげであろうが!』と頭の隅で声が響いた感覚がある。

 が、そんなのは無視して俺は店の入口前に立つ。

 透明なガラス張りの扉が自動で横に開いた。


「おっ!お客さんやん!いらっしゃい!」


 店に入るとすぐ、少し耳障りな甲高い声で店主が俺へ声を掛けた。


「はよこっち来いや!めちゃ可愛がったるで!」


 肩の所で結えた長い白髪。

 服装は胸元がはだけた白の和装で、頭頂部には長い獣耳――そして何より目立つのは、背中から生えてる何本もの尻尾だ。その一本一本がふさふさしていてとても柔らかそうな印象がある。


 間違いなくその店員の姿は、この地域が『日本』と呼ばれていた頃の妖怪――“妖狐(ようこ)”の姿に酷使していた。


 妖狐は歴史書によれば色々な物や人に化けるのが得意で、よく道行く旅人などを化かして遊んでいたらしい。ちなみにただの狐の姿が本当の姿らしい。

 もっぱら今はその変化の術を活かし、生活を営んでいる怪人が多いらしい。


「あの!女になりたいんですけど!」


 俺はその妖狐の店員の目の前に駆け寄ると、そう叫んだ。


「はははっ!えらいド直球なお客さんやな。言わなくても目的それしか無いやろし分かるで」


 ケラケラと楽しそうに店員は笑う。

 キュッと細まる瞼を見ると、やはり狐なんだなとよく分かる。


「お客さんウチは初めてやろ?規約書書いてもらわなあかんけどええの?結構面倒くさいで」

「そうなのか?」

「せやせや。そりゃあ女になったからって更衣室とか化粧室を女物の場所入れるようにしたら犯罪し放題やし、後は風営的な店には働けんようされとるから、そこらへんの規約に同意してもらわなあかんのや」

「ふーん、結構しっかりしてるんだな」


 金さえ払えばすぐに性転換出来るとばかり思っていたが、(いささ)か面倒だ。

 だが俺がリナを手に入れる為にはしかたない。このぐらいの困難すぐに乗り切ってやる所存だ。


「まぁいいです。女になるのはもう決めてるんで、さっさとその規約書とかいうのを書かせて下さい」

「話しの早いお客さんで助かるわ。じゃあこれ、全部チェックつけてまた持ってきてや」


 そう言って店員が机の上に置いた規約書――それはあまりにも重厚で、()というか、もはや分厚さ的には本とか辞書とかそのぐらいの領域に達していた。


「はぁ⁉︎こんな長ったるいの書けるか‼︎」

「はぁん?お客さん今自分で書ける言うたばっかやん。心境の変化めっちゃ早いな」

「こんなに長いとは思ってなかったんですよ!3ページぐらいの長さを想像してました!」


 そりゃ面倒だとは予想してたよ?

 けど辞書ぐらいの分厚さって、こんなの読み飛ばしてチェックだけ入れたとしても日が暮れる程の作業だ。そんな事をしていればリナのフィギュアの販売時間に間に合わない。


「そやったか。まぁ同意出来へんっていうならウチは何も出来へんしなぁ……」

「そ、そんな……!何か方法は無いんですか⁉︎後で書くとか」

「それは無理や。法律でサービスの施行は規約書に全て同意もらってからってなっとるんや」

「そこをなんとか!何なら大事な箇所だけ同意するとかそんな感じで対応を――」

「そんなこと言うても無理なもんは無理や」


 と店員はピシャリと言い放った。


「折角ウチが頑張って貯金して建てた店なんや。規約違反なんかで潰す訳にはいかんのや。悪いけど書かへんのなら今日は帰り」

「そ、そんな……」


 絶望に駆られ、俺は地面へと視線を落とした。


 折角ここまで来たと言うのに、ここで終わりなのか……?

 式ノ森リナのフィギュアの販売時間は今日の19時まで。

 現在の時刻は16時30――目の前にある規約書が終わる頃には日付が変わっている可能性もあるだろう。どう短く見積もっても今日中に19時までに書き終わるのは絶望的だ。


「ほらお客さん、ぼーっとそこに立ってられても邪魔やで。書かないなら帰ってくれや」


 いや、俺は諦める訳にはいかない。

 あの日――萌えゾンのサービス開始の告知でリナを見た日、俺はリナに約束したんだ。


 リナの事は何があっても、俺が守って見せるって――


「娘が……待ってるんだ……」

「……ん?なんて言うた?」


 俺の言葉に店員が首を傾げる。


「娘が俺の事を待ってるんだ――」

「娘……?どういう事や?」

「俺は今日、(リナ)をあの愚か者共(運営)から引き取らないといけないんだ。そうしないと奴等(他の客)に娘は取られてしまうんだ……」


 俺は地面に膝を突き、頭を床へと擦り付けた。


「急展開過ぎひん?話読めへんのやけど……」


 店員は困惑した様子を見せるが、俺は構わず心の内の気持ちを叫んだ。


「娘を取り返す為には、どうしても女になる必要があるんだ!どうか……今回だけは見逃してほしい!」

「む、娘って……お客さんどう見ても高校生ぐらいにしか見えへんけど……てか制服やし……」

「頼む!俺は本当に娘と一緒にいたいっていう、ただそれだけなんだッッ!」


 キツく尖った店員の目尻が困ったように下へ下がる。


「うーん……人は見た目で判断出来へんしなぁ……エルフとかだったらこの見た目でも100歳余裕で超えとるし。なら娘さんがいたっておかしくないしなぁ……それに土下座までするって只事じゃないやろし……」


「うーん……」と店員は数秒何度も頭を白い髪をガシガシと掻きながら思考していた。


(頼む神様……俺はアナタの娘である神鬼角無のストレス発散に貢献しています。どうか今回は俺に御慈悲をください)


 そう心で祈った直後だった。


「お客さん――」と店員が悩むのをやめ、俺の方へと向き直った。

 そして、


「良いで。今回は特例でアンタを規約書無しで女にしたる」


 と言い放った。

 どうやら日頃の善行が功を成したらしい。


「ほ、本当ですか⁉︎」


「本当に今回だけや。アンタの熱量から切羽詰まってるのは分かったし、ウチもアンタに力貸したる」

「ありがとうございます!

「その代わり、絶対にトイレとか温泉施設とか公共施設を利用する時は性転換した人専用の場所を使ってくれや。後は普通に過ごしてれば大丈夫やから」

「分かりました!それだけはしっかり守ります!」


「よろしい」と店員は頷く。


「でお客さん、コースはどないする?一日性転換体験コースとか一年コースとか色々期間あるけど?」

「一番安くて短いので良いです。どうせ娘を連れかえれれば後はどうでもいいんで。いや、むしろ父親として接したいから早く男に戻りたいんで」

「ふーん。若く見えるけど結構良い父親なんやねアンタ。分かったわ。じゃあお試し性転換コースがええと思うからこれにしいや」

「お試し性転換コース――6時間で5,800円か」


 結構高いんだな。


「なるほど、じゃあそれで頼む」

「支払いは現金か――」

「カードで」


 と店員が喋り終わる前に俺はカードを掲げた。(無論母親の)


「じゃあココに差し込んで、暗証番号入れてくれや」


 そう言うと店員は暗証番号を見ないよう扇子で目元を隠した。

 その内に俺は機械にカードを差し込み、暗証番号を入力する。

 ちなみにこの母親のクレジットカードの暗証番号は“0606”――俺の誕生日だ。覚えやすくて非常に助かる。


「そんじゃこっち来いや。すぐに始めんで」


 店員に案内され、店の奥へと進んでいく。

 そして突き当たりにある襖の部屋へと入った。


 部屋は狭い4畳ぐらいほどの部屋で、床の上に丸い鏡が置いてあるだけ。なんとも殺風景な部屋だ。


「じゃあ上着は脱いで下着だけになってくれや。体の変化で服が破れると勿体ないからな」


 店員に促され、俺は制服を脱ぐと白シャツと白ブリーフだけの格好となった。

 女になる為で勢いで脱いだが、女性の前で下着姿とか冷静に考えると恥ずかしい。


「ほないくで!肩の力抜いてそのまま立ってたや」


 だが俺の羞恥心など気にする様子も無く、店員は性転換の為の準備を整えると、床に置いてある丸い鏡を頭上へと持ち上げた。


「出雲の山の神々よ。今この鏡に八咫鏡(やたのかがみ)集い、この怪人の虚構なる姿を映し給え!」


「うぉ……⁉︎」


 突如、鏡から眩い光が放たれ俺は思わず腕で視線を覆った。

 そして体が光に包まれしばらくした後、体の違和感に気付き、俺は恐る恐る目を開けた。


「おぉ!本当に女になってる」


 目の前にある鏡に映る顔――それは正しく俺の顔なのだが、赤い眼を持つ瞳はいつもよりキラキラと輝いていて、まつげが長くなった分瞳がくりんと可愛らしい雰囲気だ。

 肌艶もどことなく良くなっていて、髪も腰まで伸びていて女性らしい。


 自分が女になっただろう事は間違いなかった。


「てか胸がクソほど重いな……苦しい……」


 細身の体にストンと被さっていたシャツは、今や巨大な二つの山に圧迫され盛り上がっている。

 サキュバスの血が流れているんだなというのを実感する大きさだ。


 男の時は髪はストレートで父親と似ているし目も赤いから、俺はどちらかというと父親似なのかと思っていたが、毛先の若干カールした感じと何より今のグラマラスな体型から察するに、本当はだいぶ母親に近かかったという事実にちょっと感心する。


「わぉ〜!えらいべっぴんさんになったなお客さん!」


 店員が目の前で歓喜の声をあげ、尻尾をぶんぶんと振っている。


「お客さん、男よりこのまま女として生きた方がええんやないか?スタイルええし、前髪であんま見えへんけど肌も綺麗やし絶対モテるわ。100年コース格安で案内したろか?」

「別に良いです。モテるとかモテないとか、そんな安っぽい理由で女になったわけじゃないんで」

「釣れん人やなぁ。絶対ええと思うんに……」


 と少し残念そうに言った後、店員は俺の胸をじーっと見つめてきた。


「な、なんですか……」

「いやぁ、にしてもえらい大きいと思ってな。その胸。今まで結構なお客さん見てきたけど、アンタぐらい変わった人はおらへんで」

「まぁ俺の母親がサキュバスなんで、遺伝子の影響で胸と尻は基本デカいんです」


 サキュバスは催淫の為にスタイルが良くセクシャルな身体つきの個体が多い。母の家族写真を見せてもらったことがあるが、祖母も曽祖母も親戚も全員色々デカかった。

 最近では貧乳の需要も広がってきた事で遺伝子が進化した結果、たまにだが幼児体型のサキュバスもいたりする。


「へぇ?アンタ、サキュバスやったんか。黒髪やし全然気付かんかったわ」

「そりゃそうですよ。気付かれないように染めてるんで」

「何でそないな面倒な事するんや?サキュバスなら男でも普通にしてればモテるやん」

「…………それが嫌なんだよ」


 俺はこの店員に聞こえない声量でそう呟いた。


「ん……?なんて言うた?」

「いや、何でもないです。ただの独り言です」


「とにかく――」と俺は話を切り上げる為に違う話題を展開する。


「融通聞いてもらってありがとうございました。じゃあ俺は娘を迎えに行くんで」


 そう言って制服に手を伸ばそうとする俺を、店員が静止した。


「いやいや無理やでアンタ。流石にそんなどエロい乳を何もなしでぶら下げて外歩かせる訳にはいかんわ。ブラジャー用意したるから待っとれ」

「いや、そんなの別にいらないんですけど……」


 と断るが、店員は目を細め俺を睨んだ。


「アンタはいらんかもしれんが、他の人らの為に着けなあかんのや。元男として、お客さんの体見て歩き辛くなる男達の気持ちも分かってやれや」

「いや、そんな性欲に塗れた男達の事なんて想定してやれないんだが……」


 と断るが「いいから待っとれよ」と言い残し、店員は扉の奥へと消えて行った。


「そんなの待ってられるかよ。俺にはリナが待ってるんだ!」


 俺は制服を拾い上げると、急いでそれに着替える。

 状況を打破する為の策は既に揃ったのだ。

 善は急げ、すぐに行動しなければ――

 が、ここで一つ問題が起こった。


「マジかよ……尻が入らない⁉︎」


 女になった事で丸みを帯び、だいぶ脂肪が付いたせいで尻の所でズボンがつかえた。

 よく女になった事で服がぶかぶかになる話があるが、俺にとってはそれは当てはまらないらしい。


「く、クソ……サキュバスの血がこれ程までに憎いと思った事は無いぜ」


 俺は息を止め、体を引き締めると一気にズボンを上まであげた。

 そしてその拍子に制服の上着も装着する。

 何とか着る事は出来たものの、正直全体的にピチピチで息苦しくてしょうがない。


『拘束感がたまらないのよね』とか言ってわざわざタイトな服を着てる母さんはやはり異常なのだと再認識した。マジでどうなってんだあの人の感覚……。


「う〜ん……Dじゃ合わないやろしなぁ……もっと大きいサイズが奥に……」


 廊下へ出ると、隣の試着室で店員は俺の下着を探しているようだった。


「今なら行けるな――」


 俺はその隙をつき、俺は足音を立てないようゆっくりの店を出る。

 リナのフィギュアが売り切れているとは正直思えないが、万が一ということもありえる。

 俺にはゆっくりしている時間など無いのだ。


「よし!」


 店を出た俺は、全速力でリナの元へと走った。

 が、1秒で止まった。


「痛……!めっちゃ胸痛ぇ……」


 胸が揺れる事で筋肉の引っ張られる痛みに耐えかね、俺は足を止めた。


 ブラジャーなんて物はただ胸を隠す為だけのものだと思っていたが、どうやら大きな俺の勘違いだったらしい。


「けどこんな事で、諦めてられるかよッッ!」


 俺は両手で胸を抑えると再び立ち上がり、走り出した。

 自分の胸ながら柔らかなその感覚に謎の幸福を感じてしまうが、そこはリナの為、理性で抑え込んだ。


「待ってろリナ!今迎えに行くからなッ!」


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