25話 『脳内会議で意見募集しますって話』
「くそ……!なんなんだよアイツらッッ!」
会場から少し離れた公園のベンチ。
そこで俺は苛立ちに苛立っていた。
「せっかく人が好意でフィギュア買ってやるって言ってやってるのに何だよ女しか買えないとか……!マジで顧客需要理解してないクソ運営がよぉッ!クソッ!クソッ!」
ベンチを殴りつけ苛立ちを発散する。
すると、
「お兄さん、物を叩いちゃダメだよ」
「んあ……?」
突然、見知らぬ人型の少年に注意された。
狼のような獣耳とふさふさのしっぽがあるし、獣人族だろう。
まぁそんな事はどうでもいいか。何なんだこの少年は突然。俺は年上だぞ。年長者を敬う心が無いとは、これだから近頃の若い奴はダメだ……。
「お兄さん。そのベンチは公共の物で、みんなが使う物だから大切にしないといけないんだよ」
「確かにそうだな少年。けどな、このベンチは住民の税金で出来てるんだ。そして俺も税金を払っている。という事はこれはみんなの物ではあるが俺の物でもあるわけだ。だから少しぐらい叩くぐらい良いんだよ」
「……お兄さん、最低だね」
少年はそう言って、俺に軽蔑の視線を向けた。
「そういう人はいずれ痛い目に遭うって、お母さんとお父さんが言ってたよ」
と少年は言い放つ。
「ぼく、お兄さんみたいな駄目な大人にはならないように頑張るよ。もうお兄さんは助けられないや、じゃあね!」
「はぁ……?」
少年は言うだけ言うと俺に背を向け走って行ってしまった。
「何なんだよ……言いたい事だけ言って行きやがって……」
「はぁ……」とため息がもれる。
神鬼に弱みを握られ、結局フィギュアは買えず、公園で見知らぬ少年に駄目な大人と罵られる……こんな酷いことが世の中あっていいのか?
「あークソッ!何もかも『萌え萌えゾンビ幼女に転生した中卒三浪ダメリーマンの俺は異世界で俺にだけ優しい最カワ怪人達を娘にし社畜人生をやり直す!』なんか始めたからこんな事になったんだ!もう二度とやるかよこんなクソゲー!」
むしゃくしゃしてきて、俺はスマホを取り出すと“萌えゾン”のアプリアイコンを押し『削除』ボタンを表示させる。
「こんなクソゲーアンインストールだ!開発者全員路頭に迷えば良いさ。ついでに小学生に駄目な大人って注意されちまえ!大口顧客様であるこの俺をを切り捨てた事を後悔すれば良いさ!はははは!」
高らかにそう笑うと、俺は削除ボタンへと指を滑らせる。
そうだ、これでいいんだ。
さっさとこんなクソゲーやめてれば良かったんだ。元々事前登録してたのも好きな声優が出演するからってだけだったし、別にこのゲーム自体に興味があった訳じゃない。
こんなクソゲーにこれ以上付き合う義理は無いんだ。
「…………」
義理は無いんだ……。そのはずなんだ……。
けれど、
「……出来ねぇ」
俺の指は、画面に映る『削除』のボタンを押す事は出来なかった。
「娘を捨てるなんてそんな事、俺には出来ねぇよ……」
理由はそれだけじゃない。
今こうして思い返してみると、運営の不祥事もネットの奴等と一緒に悪口を言い合って交流したりして、一体感みたいな物を感じて実のところ楽しいものだった。良い思い出だと素直に言い切れる。
それに――
「このクソゲー、重課金者様の俺が支えてやらないとダメだからな!」
そうだ。この俺がいないとこのゲームはダメなんだ。あの運営者達はそれに気付いて無かったようだが、まぁもう少しすれば俺のありがたみに気付いて、あっちから御礼の品を持ってくるだろう。
だから今は御礼の品を貰うためにも、まずは“萌えゾン”がサービス終了しないよう、俺が運営に金を渡す手段――つまり式ノ森リナのフィギュアを購入する方法を考えねばならない。
「考えろ……考えろ俺……ッッ!」
目を強く瞑り、俺は思考を始めた――
【淫鬼夜ひなた脳内会議室】
「今から淫鬼夜ひなた脳内会議の開廷を宣言する!」
裁判長の席に座った俺は、右手に持ったハンマーで机を叩き開廷の宣言をした。
すると二つの白い照明が点灯し、目の前の二人の人物を照らし出す。
「騒がしいな。そう喚かなくとも聴こえてあるぞ、我が大いなる淫鬼夜よ」
「ふふっ、喘ぎ声がここまで届いていましたよマザー淫鬼夜。エクスタシーを極めるのは構いませんが、もう少しお静かに」
混沌を模した漆黒の黒髪、そして凶悪な2本の牙。
黒いスーツを着込み、いかにも出来るやつみたいな雰囲気を醸し出すヴァンパイアの俺。
月光のような艶かしい金色の髪に、純白のシーツ1枚を服代わりに体を隠す変態気質な雰囲気のサキュバスの俺、この2人が姿を現した。
「頼む!吸血鬼の俺とサキュバスの俺!一大事なんだ!」
「式ノ森リナ――あのエロティックヴィーナスのフィギュアの事ですよね?」
「あぁそうだ。流石俺、話が早くて助かる」
「あの偶像を入手出来る手段を、大いなる淫鬼夜に示せばよいのだな?我が大いなる淫鬼夜?」
「あぁ」と俺は吸血鬼の俺に頷く。
「なれば我に妙案があるぞ。大いなる淫鬼夜よ」
「ほぅ?聞かせてもらおうか、吸血鬼の俺」
その問いに「ククッ」と吸血鬼の俺が不敵に微笑み口を開いた。
「力を使うのだ。我が大いなる淫鬼夜よ」
「力……?」
「左様。我等吸血鬼の一族のみに許されたあらゆる種族を凌駕する深淵なる闇の力――《夜叉黒影》。その圧倒的な力を行使し、あの取るに足らない下等種族達を屈服させるのだ。さすれば奴等は恐れ慄き、偶像を買えるよう制度を変更するだろう。何なら誠意として1つ奴等から差し出してくるかもしれん、ククッ――」
そう言ってヴァンパイアの俺は不敵に笑う。
「屈服……?全く、そういうのは今の時代には合いませんよ脳筋吸血鬼。ノット暴力、ラブアンドピースですよ」
とサキュバスの俺。
「フッ……。喚くな。下劣な装いの小童よ。我の才の溢れる提言が羨ましいのは分かるがな」
「そんな訳ありますか……。ナルシストのチャンピオンですよアナタ……。アナタのようにスマートじゃないアイデアの何に羨ましがるポイントがあるというのですか……」
「ならサキュバスの俺、お前には何か良いアイデアはあるのか?」
「Exactly!マザー淫鬼夜!」
待ってましたと言わんばかりにサキュバスの俺は嬉々とした声色でそう答えた。
「聴かせてもらおうか」
そう俺が言うと「えぇ」とサキュバスの俺は頷き口を開く。
「チャームを使えばイイのですよ。マザー淫鬼夜。あの店員にチャームを使えばそれで解決です。チャームを使いあの店員にフィギュアを売るよう命じればいいのです」
「なるほど、チャームか」
「Yes。マザー淫鬼夜は我らサキュバス族のエロティックパワー《チャーム》が使えるのですからアプリシエイトしていかないと勿体無いです。まさに『cast pearls before swine(豚に真珠)』ですよ」
「なるほど……そうだよなぁ……勿体無いよなぁ……」
「何をこんな金髪変態魔族に騙されておる我が大いなる淫鬼夜!力だ!闇の力に心を委ねるのだ!闇は全てを支配してくれるぞ!」
「うーん……力かぁ……そうだよなぁ……」
「マザー淫鬼夜!チャームです!こんな脳筋厨二病吸血鬼に騙されないで!」
「大いなる淫鬼夜よ!力だ!」
「チャーム!」
「力!」
「チャーム!」「力!」「チャーム!」「力!」「チャーム……」「力……」
「チャームぅ!」「力ぁ!」「チャーム⁉︎」「力⁉︎」「チャーム♡」「力♡」「チャーム?」「力?」「チャーム!!」「力!!」
「うるせぇッッ!もう面倒だからチャームでいいわッッ!」
俺はハンマーを強く叩いた。
「うがあぁぁぁあああああーーーーーーーッッ!」
突如、吸血鬼の俺の足元に地面に穴が空くと、吸血鬼の俺は奈落の底へと落下した。謎に悪役のやられた時のような断末魔を叫びながら。
「フフッ、パーフェクトチョイスです。マザー淫鬼夜」
勝利したサキュバスの俺は微笑み、パチパチと称賛の拍手を俺に手向けた。
「やはりチャームですよね、マザー淫鬼夜。それしかあの純情エチエチガールフィギュアを手に入れる術はありませんもの」
「いやぁ……だがなぁ……」
「どうしました?チャームを使うことに何か不満が?」
「いやぁ、こうポンポンそうやってチャーム使うのもなぁ……の思ってさ。俺ってチャームを使わない為にこの外見してるのに心情ブレブレになっちゃうじゃん?分かるだろ?」
「今更ですか……少し前に神鬼さんに使ってたじゃないですか……」
ボソリとサキュバスの俺が何かを呟いた。
「何か言ったか……?サキュバスの俺」
「あっ……いえいえ、何でもありません!ただの独り言でございます!」
サキュバスの俺はそう言って慌てた様子で笑顔を見せた。
「そうですねぇ――チャームを使いたくないですか。ですがマザー淫鬼夜。あのリナのエチエチフィギュアは待ってはくれませんよ?こうして脳内で会話をしている間にも他の人に買われてしまう可能性があります」
「うーん……それはそうなんだがぁ……」
迷う俺に、サキュバスの俺が優しく諭す。
「チャームを使う事は別に悪いことではありませんよ、マザー淫鬼夜。チャームはただ、使われた相手が自分に好意を抱いてくれて、そしてその好意に従い自分達の為に動いてくれるだけなのですから。使用された人達は自分が利用されているなんて事は感じません」
「だから罪悪感を感じる必要は無い……って事か?」
「Exactly」とサキュバスの俺は頷く。
そう。確かにサキュバスの俺の意見は正しい。
チャームはただ相手を魅了して好意を抱かせるだけ。そして俺はチャームにかかった奴にお願いをするだけ。それを許諾してるのはかかった相手側自身が決めた事で、俺が無理にそうしてくれと言ったわけじゃない。だから俺が気に病む必要は無いのかも知れない。
「そうだよな……じゃあやっぱチャーム使うか……」
まだ心に引っかかる部分はあるが、チャームを使うのが一番効率が良いのは間違いない。
今回は緊急を要する訳だし、さっさとチャーム使ってリナをあの運営の魔の手から救いにいかないとな。
そう思い、俺が脳内会議の閉廷を宣言しようとした瞬間だった――
「我に考えがあるぞ」
「お前は――」「アナタは……」
声の方に視線を向けると、身体中にゴミを被せながら、吸血鬼の俺が落とし穴から這い上がってきていた。
「何だよ。お前みたいな暴力単細胞はもういい、下がってろ吸血鬼の俺。サキュバスの俺の助言で、今回はチャームを使って店員に売ってもらう事に決めた」
「そうですそうです。下がってください厨二病吸血鬼。凄い臭いですよアナタ」
「そ、そんなに否定する事ないではないか。我とて少し傷つくぞ……」
尻すぼみに吸血鬼の俺はそう言った。
その姿が神鬼に罵倒されている時の自分を見ているようで物悲しくなる。
「しょうがないな……何だよ要件は。吸血鬼の俺」
「き、聞いてくれるか!我が大いなる淫鬼夜!」
パァッと子供のように吸血鬼の俺の表情が明るくなる。
「我が大いなる淫鬼夜よ、我は先の大いなる我の意見を尊重し、新たな提案を持ってきたのだ。ぜひ聞いて欲しい!」
「どうせ“吸血して眠りにつかせてその間に盗む”とかまた暴力の類だろ?」
「いや、そうではない。大いなる我が暴力を望まないというのは我は承知した。それを見越しての提案だ」
「ふむ。お前がそこまで言うんだったら聞いてやろうじゃないか。言ってみろ、そのお前の提案を」
コクリと吸血鬼の俺は黒髪を縦に揺らすと、口を開いた。
「母なる淫鬼夜よ。女しかあの偶像を買えぬというのなら、汝自身が女になれば良いのだ」
「はい?アナタ何言ってるんですか?マザー淫鬼夜が女になる……?そんなの出来るわけないじゃないで――ッッ⁉︎」
突如、喋るサキュバスの俺の足元に穴が空く。
「WhhhhhhHHHHYYYYyyyyyyーーーーー⁉︎」
そしてそのまま重力に乗っとり、断末魔をあげながらサキュバスの俺は穴の底へと落ちていった。
「お前、採用」
そう言って俺は吸血鬼の俺に向かいニヤリと笑う。
「ありがたき幸せ」と吸血鬼の俺は片膝をついてお辞儀をする。
「そうだよな。女しか買えないなら、俺が女になれば良いんだよな」
俺は先程吸血鬼の俺が言った言葉を復唱する。
そう。気づいてしまえば解決策は何とも単純明快なモノだった。
吸血鬼の俺の提案で、俺はある事を思い出す事が出来た。
先日この町に、変化を得意とする妖狐が運営する性転換施設が新設された事を――




