22話 『最初の依頼の終わりって話』
「なぁ、もう帰っていいか」
生徒会が終わり、夕焼けの差し込む放課後――
怪人研究部の部室でゲームをしながら、俺は隣で静かに本を読む神鬼にそう尋ねた。
「答えはノーよ」
片手に持った本に視線を向けたまま、神鬼はそう返答する。
「何でだよ。どうせやることないじゃん」
「貴方を拘束し、危険人物を世の中に出さない事がこの部活の主な活動目標だからよ」
「いつからそんな部活方針に⁉︎」
「あら知らなかった?ここは元より『淫鬼夜ひなたから世界を守ろう部』よ」
「そんな部活名だった事はこれまで1秒たりとも無かったよ!嘘をつくにしてももっと頑張れよ!」
「はいはい。私が悪かったわ。次から気をつけます」
「何だよその投げやりな回答は!急に面倒くさくなるなよな」
「はぁ……」と俺はため息をつく。
本当にコイツといると一つ会話をするだけで体力を持っていかれる。
これから毎日こんな事が続くと思うと憂鬱でしかない。
「これからが長いなぁ……」
俺は未来に絶望し、再び重いため息をついた。
そう――結局この部活の状態は、1ヶ月前と同じのままで進むことになった。
終わってみれば、生徒会長選挙の結果は一目瞭然だった。
全校生徒から8割の票数を獲得し、天使先輩が圧倒的勝利を収め、生徒会長を続投する事が決まった。
まぁ誰しもが恩義のある天使先輩にあそこまで頭を下げられ、熱弁されたら投票するに決まってるだろう。
流石先輩と言ったところだ。
だが、天使先輩のあの演説を聞いてもなお2割もの生徒に指示を受けていたのだから、神鬼も相当凄いというのも事実だ。
先輩が言っていた『神鬼はすごい奴』っていう言葉は事実なんだろうと思う。
「こんにちは〜……」
遠慮した声と共にガラガラと教室の扉が開く。
「あっ!先輩!」
その来訪者に俺は自然と声が大きくなった。
「先程ぶりです。淫鬼夜さん、神鬼さん」
天使先輩は頭の光輪を揺らし、お辞儀をした。
「こんにちは天使先輩。どうぞおかけになって下さい」
と先輩を神鬼が依頼者用の椅子へと案内し座らせた。
「あ、あの〜……どうしましょう……まずは何と言いましょうか……」
いつもハキハキとした先輩が、珍しく目を泳がせ落ち着かない様子で口を開いた。
それもそうだろう。俺にそそのかされたとはいえ、当初の予定を依頼者である先輩自らが壊してしまったわけだし。面目ないとは正に今のこの状況を表す為にある気がする。
「そ、その……ごめんなさい神鬼さん!私が依頼したのにも関わらず、結局こんな事態を起こしてしまいまして!」
色々唸りながら考えた結果、天使先輩は勢いよく頭を下げ謝罪した。
非常にシンプルな対応だ。
「別にいいですよ。私はあくまでただのエグゼクターに過ぎません。クライアントである天使先輩の気持ちが解決したのであれば、それで問題ありません」
そう静かに神鬼は喋った。
(なんだ、超怒るかと思ったけど案外優しいな)
と俺は心の中で呟く。
それと神鬼が「ですが――」と続けるのはほぼ同じ時だった。
「結果はどうであれ、依頼を遂行したのですから報酬はきっちり頂きます」
そう神鬼はピシャリと言い切った。
流石鬼の一族である。滅茶苦茶厳しい……。
だが神鬼のその言葉に天使先輩はまるで動じた様子は無く「ふふっ」と微笑む。
「もちろんです。私の裸体写真をお送りすればよかったのですよね?」
「はい。そうなります」と淡白に神鬼は言う。
「おいおい、本当にやるのかよ」
いくら大変な依頼だったとはいっても、流石にそれで裸体写真を貰うっていうのは無理があるだろう。
そう思い俺は神鬼を止めるが、
「いいんです。やらせて下さい」
と逆に先輩が俺を止めた。
「今回、神鬼さんと淫鬼夜さんに依頼したことで、自分が何を大切にしているのかという事を思い出す事が出来ました。私の体を見せる事でその恩義を返す事が出来るというのなら、それはとても喜ばしい事です」
と先輩はそう言ったが、
「でもその……一応の確認なのですが……」と言ってやや顔を顔を赤らめると頬をかいた。
「えぇっと……私のその……裸体の写真は……淫鬼夜さんも見る事になるのでしょうか?」
(なんだそんな事か……)
「フッ」と俺は鼻を鳴らした。
そんな心配をする必要は無い。何故なら俺はリアルには興味が無いからな。
まぁここはカッコよく答えて先輩を安心させてやるとするか。
「大丈夫ですよ先輩。俺は――」
「問題ありません。この吸血鬼はただの雑用係ですので、天使さんの写真を見る事はありません」
俺が言い切る前に神鬼が返答した。
いや別にいいよ?どうせ見ないって言うわけだったし、結果は同じなんだし。けど今回頑張ったわけじゃん?ちょっとぐらいカッコつけさせてくれてもいいじゃんか。
「そうでしたか。それならその……良かったです」
照れた様子で先輩は頬をかくと、ゆっくりと立ち上がった。
「ではお二人とも、この一ヶ月の長い間本当にお世話になりました」
「こちらこそ。天使族の名家の怪人と選挙会で競い合う事が出来るなんて光栄でした。ありがとうございます」
と神鬼も頭を下げた。
本当コイツ、俺以外にはめっちゃ丁寧だな……。
「じゃあまたです!いつでもお暇な時は生徒会室に遊びに来てくださいね」
と先輩はそう言い残し、教室を出て行った。
「…………」
賑やかだった部室が静かになり、また俺と神鬼だけの二人になる。
「ほんと、長い1ヶ月だったな――」
学園中の部活を周り、生徒と話し、悩みを解決し――
自由だった帰宅部生活とは比べ物にならない忙しさだった。
(これからも部活は続くといえど、この1ヶ月間よりはだいぶ楽にはなるだろうな)
そんな事を考えていると、
キーンコーン
と帰宅を知らせる学園の鐘が鳴った。
「うっしゃあ!終わったァッ!」
俺は叫び、席を立ち上がる。
「んじゃ神鬼、俺帰るから」
「えぇどうぞ。さようなら。家で幻想に目を背けながら、ゆっくりと近づく確実な死への浪費を続けるといいわ」
「お前は俺を罵倒しないと本当に会話出来ねえのかよ⁉︎」
「いえ、出来るわ」
「なら――」と言う俺に、
「けど――」と言って、神鬼は本から視線を逸らし俺の目を見た。
「こうした方が、淫鬼夜くんの反応が面白いから」
夕日に当てられた神鬼の瞳は、少し潤んで見える。
「あ……あっそう……」
何だろうか。こう言われてしまうと流石に返す言葉が無い。
「冗談よ。普通に嫌いよ。早く帰って」
言うと、フフッと神鬼は薄く笑みを浮かべ本へと視線を戻した。
「冗談かよッ!」
(何なんだよホント……)
俺は「はぁ……」とため息をつくと、鞄を持って扉へと手をかけ廊下へと出た。
「ん……?ゴミ袋?なんでこんな大量に」
入る時はゲームに集中してて気付かなかったが、部室の前に何十個ものゴミ袋が並べてあるのに気付いた。
この周りには教室は無いし、ウチの部活から出た物であるのは確かだ。
俺はこんなにゴミを出した記憶は無いし、神鬼か?
だが何をこんな大量に――
魔が差した俺は、手前のゴミ袋の口を開けた。
「ん……?これは――」
ゴミ袋の中に入っていたのは、何千枚もの丸められた紙だった。
『高等部1-D。スタークロノス。ケンタウロス。ハードル走で使う備品の修理をお願いされた。話の節々に足につける蹄鉄を気にしていた所が見受けられたので、今度提示してみる』
『高等部2-B。腐岸田洋介。ゾンビナイト。よく好む場所はジメジメした所。校舎裏の区域に彼の気に入りそうな場所を見つけた。紹介しようと思う』
書かれていたのはどれもこの学園の生徒の情報。それと――
『私が生徒会長になった暁にはこの学園の未来のために――』
『より良い社会貢献と、誇れる生徒の輩出を――』
演説の為の大量の下書きだった。
A4用紙にびっしりと書き溜められた原稿には、いくつものバツが書かれていた。
「こんなに何個もゴミ袋を出すほど、神鬼は考えてたわけか――」
俺はゴミ袋の口を縛ると、再び部室へと戻った。
「あら淫鬼夜くん、戻ってきたの。珍しいわね。罵倒が欲しくなった?」
「そんなんじゃねぇよ」と俺は静かに返した後、続ける。
「なぁ神鬼、一緒にワクドナルド食い行こうぜ?」
「……何故?」
突然のその誘いに、神鬼はやや困惑した表情を見せる。
まぁそうだろう。いつもいの一番に帰る俺が戻ってきて、しかも一緒に帰ろうだなんて前代未聞だ。
けれど今回は、そうしなければならない責任が俺にはある。
「まぁ今回神鬼は超頑張ってたし、その頑張りを……間接的にとはいえ俺が壊してしまったから……そのお詫びみたいなもんだ」
「そう……淫鬼夜くんにそんな気を遣える脳があったとはね。意外だわ」
パタンと読んでいた本を閉じ、神鬼は椅子から立ち上がる。
「お詫びと言うからには、全額淫鬼夜くんが払ってくれるのよね?」
「い、いや……それはちょっと……6割で許してくれない?ゲーム買い過ぎてお財布カツカツで……」
その俺の答えに神鬼は「はぁ……」とため息をついた。
「そこはちゃんとカッコつけなさいよ、バカ……」
「え……?なんて……?」
ボソッと言った神鬼の言葉が分からず、俺は聞き返した。
「何でも無いわ。流石ド陰キャ吸血鬼さんは普通の怪人とは違うわね、と言っただけよ」
「陰キャじゃねぇ!俺は淫鬼夜だ!」
「はいはい。ほら、早く行きましょう。私の気が変わるのは鋼スライムより早いのよ」
と言って神鬼はそそくさと鞄を持って教室を出た。
「あっ!待てよ!」
神鬼角無――この角の無い鬼族の人間の事が少しだけ分かった気がする。
いじっぱりで負けず嫌いでだいぶ突拍子もなくて、
けれど――それでも自分の存在に意味を見出そうと頑張っているすげぇヤツだなって思う。
こんなマネ、とてもじゃないが俺には出来ない。
「なぁ、やっぱワクドナルド行く前にゲームセンター寄っていいか?なんかやってるゲームの新グッズが出たらしくてさ」
「良いわ。その代わり1秒ごとに1万円の同行料を頂くけれど」
「そこら辺の悪魔族よりタチが悪い⁉︎」
「嘘よ。その代わり狙った物は確実に勝ち取りなさいね」
「おぉ任せろよ!俺、こう見えてクレーンゲームの腕には自信があるんだぜ!」
「そ、見たまんまだから分かるわよ」
だからだ。
俺の持っていないモノをたくさん持っている神鬼角無というこの人間の少女の自分探しに、俺はもう少しの間だけ付き合ってみようと思う。




