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ド陰キャ吸血鬼は本当の恋に憧れる。  作者: 月刊少年やりいか
1章〜自称悪魔な天使の話〜
22/43

21話 『天使は堕天使である事を懺悔するって話』

「我が兄よ――」


「んぁ?リリィか。どうした?」


 天使(あまつか)先輩と別れた後、帰宅しリビングのソファでボーッと天井を眺めていると、妹のリリィが“ぴょこ”という擬音がついてそうな雰囲気でソファの横から顔を出した。


「いや、珍しいと思ってな。我が兄がこの時間に光媒体(ゲーム機)をいじっておらんとは」


 言われて壁にかけてある時計に目をやれば、時刻は夜の7時を指していた。

 確かにいつもならパソコンの前でゲーム機を両手持ちして、日々の嫁達との日課を済ませている時間だ。


「なんか考え事しててな。そんな気分じゃないんだ」


 脳裏に夕方にあった天使先輩との事がフラッシュバックする――


『私は本当は皆さんが思うような怪人ではないのです!』


 天使先輩の言っていたあの言葉。


 俺は、今の自分は本当の自分だって言える。

 たまに自分を良く魅せようと虚勢を張って嘘をつく事もある。

 だがそれだけで、俺は今の本当の自分じゃないとは思わない。


 そういうのを含めて、俺は俺なんだと思う。


『少しだけ、考えてみようと思います』


 そう言って笑った先輩の笑顔――あれは心から先輩が笑っているように見えた。

 あれが先輩の中で何かが変わった合図であればいいんだけど――


「なぁ、リリィ」


 寝転がったままリリィに話しかける。


「本当の自分って、一体何なんだろうな――」


(って……こんな事小学生に聞いて分かるわけないか……)


 そう思い「ごめんリリィ、忘れてくれ」と修正した。

 が――


「ほー!よい!よいぞ我が兄!素晴らしい疑問である!我も一緒に考えようぞ!」


 だいぶ高いテンションでピョンピョンと体を弾ませリリィが答えた。


「本当の自分とは何か、であるか――うむ!非常に難儀な悩みよな。我等人がこの地上に生まれついてからの一生の悩みであろう。人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか――その答えを導き出す事が我等の人生の運命(サーガ)であると我は思う。そして全ての祖である最強の吸血鬼である我は既にその答えへと辿り着いている」


「どうだ!凄いだろう我が兄!」と紅い瞳をキラキラと輝かせリリィが俺に返答を求める。


 どうやら相当面倒な厨二病スイッチを押してしまったらしい……。

 哲学的な話は厨二病には禁止だな……。


「うん。まぁ最強でウルトラな感じがするわ」


「そうであろう!そうであろう!」と嬉しそうにリリィは声を弾ませる。

 適当にあしらわれてるのに気づかない辺り、最強の吸血鬼を自称しているが、やはりただの小学1年生だ。


「では我が兄よ。なぜまだ幾らも歳がいっていない我がその答えに辿り着いているのか、というのを話さねばならぬな。実はこれは一千年前の地上の始まり(サタンレクイエム)の時代に遡り、真なる我の偉業を話す所から始めねばならぬのだが――」


「……………………」


 俺は天使先輩に想いを馳せながら、再び天井を見た。


「であるからして、我はこの地上を始まりの園(エデン)と名付け旅に出たのだが――」


 そうしながら、隣でリリィの話を聞いているうちに俺は深い眠りへと落ちた――



 xxx



 生徒会選挙当日。

 怪妖学園校庭――



「私は神と敬われ、尊まれる神鬼家の者として、私が属するこの怪妖学園をより素晴らしい学園となるよう全力で取り組む所存であります!」


 熱のこもった強い演説。

 いつもの覇気のない神鬼の声とは違うその声は、全身の血液を奮えたたせるような活気溢れるものだった。


「怪妖学園をこの地に根差す最強の学園となるよう、全生徒の皆様、この神鬼角無に清き一票をお願い致します!」


「「「うおおぉぉおおおおッッ!」」」


 と聴衆達は神鬼のその演説に高らかに雄叫びを上げた。


「ひ、ひえぇぇ……なんぞこの気迫は……」と隣にいる春流々がうるさそうに耳を塞いでいた。


「まるで軍隊の演説みたいだな。戦争にでも行くのかねコイツらは……」


 俺は乾いた笑いを浮かべ、周りの生徒を嘲笑う。


「これで私の演説は終了とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました」


 神鬼は静かにそう言ってお辞儀をすると、壇上から降りた。

 すると再び聴衆から神鬼を讃える歓声が上がった。


「やっぱ神鬼さんだよな!超綺麗だし、性格良いし、マジ生徒会長待ったなしだわ!」


「ホントそれな!俺この前消しゴム拾って貰っちゃったし、もしかしたら神鬼さん俺の事好きかもしれないし投票するわ!」


「は?私も拾って貰ったんだけどー」


「私も私もー」「俺も!」


 わらわらと全体は口々に神鬼の事を口にして高揚していた。


 流石は神鬼家の奴だ。

 怪人では無くただの人間であろうと、聴衆を惹きつけるそのカリスマ性は圧倒的で、確かなものだった。


「あーマイクテステス……」


 羽毛のように柔らかな声がマイクを通して校庭に響いた。

 いつの間にか壇上へ上がっていた天使先輩がマイクのテストをしている最中だった。


「神鬼ちゃんが生徒会長になったら私新しいネイルの――」

「俺は耐熱サッカーボールを――」


 だが神鬼の演説の興奮がまだ治らない生徒達は、先輩の事など気づいていないようで誰しもが喋り続けている。


(おい、お前ら静かにしろよ)


 俺は目の前のクラスメイトに急に話しかける勇気が無いので、心の中でそう注意した。

 まぁ天使先輩も演説前に喧嘩沙汰とか嫌だろうし、それを考慮して心の中に留めたというのもある――ホントダヨ?


「皆さん、お久しぶりで御座います!」


 弾んだ声色で、天使先輩は声を出した。


「――――」


 さっきまでうるさかった生徒達が一斉に口を閉じ、天使先輩の方を見た。


「こうしてここに立つのは随分と久しぶりのように感じますが、皆さんが元気そうで何よりです」


 エンジェルスマイルを浮かべ、心を和らげてくれる優しいトーンの声で先輩は喋る。


「なによりもまず、私は、皆さんに謝らねばならない事があります」と先輩は切り出した。


「実のところ、私は今回で生徒会長の座を降りようと思っておりました」


「え……」「嘘だろ……」


 と先輩のその唐突な発言に、生徒達が困惑した様子を見せた。


「…………」


 だが俺はただ一人、真剣に先輩の事を見た。

 ずっとひた隠しにしてきた心の奥底にある闇を、全生徒に打ち明ける覚悟を決めたんだ。それはとても勇気がいる事だろう。


 頑張れ、と心の奥でエールを送る。


「皆から私のために期待を込めて投票して下さって得たこの権利であるのに、私は皆の期待に応えられない自分が怖くて、誠に恥ずかしい事に降りようとしてしまっていたのです」


「本当にごめんなさい――」そう言って天使先輩は深々と頭を下げた。

 その姿に全生徒は何を言うでもなく見入っていた。

「ですが――」と先輩は言葉を続ける。


「ある生徒が、私にこういってくれたのです。“人間も怪人も、人は等しく善人である。天使先輩の罪は、俺が赦しましょう――”と」


「…………」


 俺は無言で腕を組んだ。


(うわ、俺じゃん……こうして改めて聴くとめっちゃ恥ずかしいな……)


 羞恥心に駆られる俺の事など知る由もなく、先輩は言葉を続けた。


「私はその言葉に救われました。そして再び、思い出すことが出来ました。目指す目標を達成できた時の喜び。恋が冷たく終わってしまった時の哀しみ。理不尽な事に対する怒り。けれどそれと共に必ずや訪れる楽しみ。皆さんから頂いた思い出の数々を――」


 一つ一つ、何かを思い出すように先輩は言葉を紡いだ。

 先輩の頭の上に浮かぶ天使(てんし)の輪が光る。


「私は皆さんに比べれば微塵も才の無い怪人です。けれど皆さんが居てくれたからこそ多くの出来事に触れられ、多くの感情を共有して頂く事が出来ました」


 そこで先輩は胸の前で手を組み、何かを思考した。

 そして、



「私は――我が儘で愚かな堕天使です!」



 そうマイク越しに声を響かせ、先輩は叫んだ。

 突然のその発言と声量に、俺を含め全生徒は固まる。だが気にする様子もなく、先輩は言葉を続ける。


「だから皆と喜びや哀しみを共有出来るこの職を他の人に渡したくないのです!皆が立派に育っていく事のお手伝いをさせてもっともっとしていたいのです!」


 そうやって力任せに叫ぶ先輩のその表情は、まるで駄々をこねる子供のようだった。

 けれどそれを子供っぽいなどと揶揄する者などいない。


 ずっと学園の為に頑張ってくれていた先輩を、誰もが感謝し、応援しているようだった。


「母やお婆様の事は関係ありません!一人の怪人として、皆さんに寄り添う立場でありたいのです!」


 先輩の心に呼応し、巨大な翼が出現した。

 白い天使の羽が校庭に舞う。


「劣っているかもしれません。至らぬ事ばかりかもしれません。皆さんの本当の幸福を実現させてあげられないかもしれません。けれど――ッッ!」


 と先輩は天使の輪を揺らし、頭を下げた。


「どうかもう一度、私に生徒会長を務めさせてください!皆さんの夢を応援させてほしいんです!」


 長い長いお辞儀だ。

 その洗練された覚悟はまるで芸術品のように綺麗で、美しいものに感じた。

 天使と呼ぶに相応しい気品と尊厳にありふれるその姿は、俺含め生徒達の視線を釘付けにしていた。


「これで私の演説は終了致します。皆さんからの清き一票を期待しております」


 そう言って先輩は壇上を降りようとしたところで「あっ!」と何かを思い出し、再び壇上へ上がってマイクを持った。


「申し訳ございません。一つ、言い忘れている事がありました」


 そう言うと、さっきまでの緊張した趣きとは違い、先輩は柔らかなエンジェルスマイルを浮かべた。


「昨年度は違反物の没収を3ヶ月に短縮しましたが、今回私が当選した場合には1ヶ月にまで短縮出来るよう先生方に掛け合ってみようと考えております」


 そう言うと先輩は俺の方を見て、可愛らしく舌を出して笑った。


「これで、私の演説を終了致します。ご清聴を頂きありがとうございました」


 そう言ってお辞儀をすると、先輩は今度こそ壇上を後にした。


 先輩がいなくなった校庭で、俺は静かに笑った。



「流石、俺の選んだ最高の生徒会長だよ――」



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