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ド陰キャ吸血鬼は本当の恋に憧れる。  作者: 月刊少年やりいか
1章〜自称悪魔な天使の話〜
20/43

19話 『俺の為にやめないでと懇願するって話』

「では淫鬼夜さん。今日まで私にお付き合い頂きありがとうございました」


「いえ別に。神鬼から言われただけなんで。先輩にお礼を言われるような事じゃないですよ」


 放課後。

 西日に照らされ、いつもの穏やかな表情を浮かべる天使先輩。

 その表情には昼間の影のある雰囲気は感じられなかった。


「長いようで、あっという間の一ヶ月でしたね」


 神鬼を生徒会長にする為、天使先輩と学園を回り続けた一ヶ月。

 それが今日、ようやく終わりを迎えた。


「本当にそうですね。この学園にあんなに部活があるなんて初めて知りましたよ。サウナ部だけは二度と回りたくないです」


 先週天使先輩と周ったサウナ部――所属するのは火竜(リザード)やら炎妖精(サラマンダー)やら炎を操る事に長けた種族達で。

『極上の炎を追い求めて』という理念の元、最高に気持ちのいいサウナを日々研究しているらしい。

 暑さに弱い俺は追加で熱を加えられる度、悶絶し叫びまくっていた。


「ははっ、そうですね。あの時の淫鬼夜さん凄い暑そうでしたもの」


「最悪でしたよ……ハーフとはいえ吸血鬼だから暑さには俺弱いのに、あのサラマンダーの奴等、絶対それ知ってて面白がって炎吐いてくるんすもん……」


「ふふっ。火を吹くだけであれだけリアクションをしてくれるんですもん。きっと彼等も嬉しかったんですよ。淫鬼夜さんは周りを笑顔にする天才ですね」


「そんな事ないですよ。ほんと先輩は褒め上手ですね」


「いえいえ。見つける事が多いほど、淫鬼夜さんは魅力的な方という事ですよ」


「そうっすか。まぁ素直にありがとうございます」


「えぇ、どういたしまして」


 先輩は口角を上げ、柔らかに微笑む。

 それは本当に穏やかで気持ちを落ち着かせてくれる。まさに天使の微笑み(エンジェル・スマイル)だ。


「こうして誰かと一緒に学園を回るのなんて初めてでしたから、なんだか寂しく感じてしまいますね……明日からは以前のように学園を回れるか心配です」


 と言ったところで、天使先輩はハッとした顔をして、恥ずかしそうに俯いた。


「いえ、そういえば明日からは見回りをする事なんて無くなるのですよね。寂しく感じることなど杞憂でしたか」


 その天使先輩の口調はやはり昼間の聴衆のまばらな場所での演説と同じように寂しそうに俺には見えた。


「やはり神鬼さんを頼ったのは正解でした。一ヶ月でこの学園の生徒達の心をあそこまで掌握するだなんて。相当な努力がないとそんな事は出来ません。本当に素晴らしい方です」


「別に神鬼がすごいわけじゃないですよ。先輩が全生徒をよく見ていたからこそ、神鬼に質の良い情報がいったってだけです。先輩と組めば誰だって生徒会長になれますよ」


「いいえ、そんなことありませんよ。私の与えた事など、言ってしまえばただの情報でしかありません。その情報を元に思考し、どのように動けば良いかを計画し最善化した結果が、今の神鬼さんの人気の源です。彼女は本当に素晴らしい人ですよ」


 ふと、先輩は西日の差し込む夕暮れの空を窓越しに見た。


「あんな素晴らしい方が生徒会長になるというのなら、母や祖母にも良い言い訳が出来ます。あの方に敗北したというのなら、目的通り天使(あまつか)家の面目が潰れることもなく、私は生徒会長を退任する事が出来ます」


「本当に良かった――」そう言う先輩の言葉は、俺にはどうしても希薄な物に感じられた。

 何処か現実味が無いというか、そうであってはいけない気がする言葉だ。


「天使先輩。一つだけ、俺から頼み事をしてもいいですか?」


「えぇもちろん。淫鬼夜さんの頼みでしたら喜んで」


「なら、遠慮なく――」


 息を呑み、深呼吸をする。

 自分が今から言おうとしてる言葉の愚かさを思考する。


『本当にこれは言わなくてはいけないことなのか?』そう俺の心がそう呟いた。

 だがそんな事を気にする事はもうない。

 俺はもう決めたんだ。



「天使先輩――やっぱり生徒会長でいてくれませんか?」



「……………………」


 長い沈黙。


 覚悟はしていた。

 それだけ俺が言った事は無茶であり無謀な事だ。


 永遠とも思える程に長く感じられた静寂の後、先輩が重い口を開いた。


「その頼み事だけは、申し訳ありませんがお応えするわけにはいきませんね……」


「……分かってます。先輩ならそう言うって思ってました」


「なら――」と喋る先輩の言葉に、声を重ねる。


「けどやっぱり、天使先輩が生徒会長を辞める事に俺はどうしても納得が出来ないんです」


「納得が出来ない?何故です?」


「何故って……そんなの決まってるじゃないですか」


 俺はメガネ越しに真っ直ぐ先輩の綺麗な空色の瞳を見る。


「だって天使先輩が、この学園の事を誰よりも愛しているからです!」


 そう俺は叫んだ。

 そして言葉にしてようやく、自分が天使先輩に言いたかったのはこの事なんだな、と心の底から納得する事が出来た。 


「この一ヶ月間、先輩の隣にずっといて思ったんです。生徒達と話す天使先輩は楽しそうだし、何より幸せそうで。そんな先輩が生徒会長を辞めるなんて、そんなの間違っているって俺は思うんです」


「それに――」と俺は加える。


「先輩と話す生徒達もみんな幸せそうで、先輩を尊敬しているように俺には見えました。先輩はみんなから尊敬されてる人なんですよ。先輩が自分を嫌いだからって、生徒会長を降りる必要はないんです!」


 最初先輩から依頼を受けた時から違和感はあった。

 先輩が生徒会長を辞める理由は、独りよがりで一方的な物に俺は感じた。

『みんなの期待に応えられないから生徒会長を辞める』そんなのは先輩がただ自分で言っていただけだ。

 先輩と話す生徒は皆、先輩と嬉しそうに話し、悩みを打ち明け、先輩を慕っていた。

 先輩を慕っていない人など最初から何処にもいなかったのだ。


 そう、だから――

 だからきっと、天使先輩の問題を解決する為に本当は――


「ありがとうございます。淫鬼夜さん」


 俺の言葉に、静かな声で先輩は返した。


「こんな不出来な私の事をそんな風に評価して下さるのは、後にも先にもきっと淫鬼夜さんだけでしょう」


「そんなことないです!絶対に先輩は完璧なこの学園の生徒会長で、この学園を一番愛している方です!近くで見てた俺が言うんです。間違いありません!」


「……でももう、無理なんですよ淫鬼夜さん」


 何もかも諦めた微笑みを天使先輩は浮かべ、微笑んだ。

 出来れば見たくなかったその表情は、何者でも無い自分がさせてしまったものだ。


「もう遅いんです。これは一ヶ月前に私が決めた事で、現在の学生の雰囲気を踏まえれば変えようの無い事なのです。今投票を行えば、確実に勝つのは私ではなく、神鬼さんになるでしょう」


「そんなのやってみなきゃ分かんないじゃないですか!今だって先輩を慕っている生徒はたくさんいる。先輩が最後の生徒前演説で気持ちを伝えればきっとみんな先輩に――」


「いい加減にして下さいッッ‼︎」


「……⁉︎」


 聞いたことのない怒鳴り声に、俺は思わず怯んだ。

 ガタガタと、その声量に窓ガラスが揺れる。


「何でそんなに淫鬼夜さんは私に期待するんですかッッ‼︎」


 いつだって穏やかだった天使先輩が、拳に力を込め、激昂した。


「もう無理だって言ってるじゃないですか!もう決めたって言ってるじゃないですか!私はもう生徒会長を退任し、普通の生徒に戻るんです!」


 怒りの感情に呼応したのか、天使先輩の両肩から巨大な白い翼が生えると、激しい風邪を起こし、俺を拒絶した。


「くっ……」


 突風を体で受け止め、俺はなんとか吹き飛ばされないように踏ん張る。


「なのにどうして……淫鬼夜さんは私を諦めてはくれないんですか……‼︎」


「それは天使先輩がこの学園の生徒会長に相応しいって、俺が思うからです!」


 風で声がかき消されないよう、大声で俺は叫んだ。

 こんな風に声を張ったのは好きなゲームタイトルの次回作が発表された以来で、だいぶ久しぶりだ。


「私が……生徒会長にふさわしい……」


 そう呟くと、先輩の翼は自然と風邪を起こすのをやめた。


「……淫鬼夜さんはいいんですか?私……本当は汚い怪人なんですよ?天使(てんし)なんて大それた種族を名乗る事の出来る怪人ではないんです」


「それなら知ってます。でも投票数をいじるとかそんなの過去の話で、今の先輩は――」


「いいえ。今の私も堕天使です。いえ、今の方がよっぽどその名に相応しいと言えるでしょうか」


 自虐的な表情で先輩は笑った。

 そんな悲しいように笑う先輩の笑みは、どこか神鬼に似ているものがあった。

 自分を諦めてしまったような、そんな笑みだ。


「最近私、本当は神鬼さんが妬ましいんです」


「え……?神鬼が?」


 思いもしなかったその名前に、俺は思わず聞き返す。


「そうです……。私、自分で頼んでおいた事なのに、他の生徒が私でなく神鬼さんの名前を呼ぶ度に、劣等感で胸が締め付けられるんです」


「酷いですよね?淫鬼夜さん」と先輩はまた自虐的に笑った。


「そんな酷い顔……しないでくださいよ」


 エンジェルスマイルと評され、出会う人達に幸せを与えてたその表情は、今や自分を嘲笑う哀しいものになっていた。


「あれほど覚悟をして決めた事のはずなのに、生徒達と話しているとの成長を聞いて嬉しく感じてしまい、その成長を少しでも支える事の出来た功績に、私は喜びを感じてしまいました。自分の職務を誇らしく感じ、続けたいと思ってしまいました……」


 静かだった先輩の声に、少し熱がこもる。


「今だって、言葉では“無理だ”と言っておきながら、淫鬼夜さんに止められて嬉しい自分がいるんです。分かりますか淫鬼夜さん、これが本当の私なんですッッ!」


 空色の瞳が、明確な悪意を孕み俺を見つめた。


「矛盾した行動ばかりを取り、本当は劣等感の塊で人に見てもらいだけの自己顕示欲の高い愚かな存在――それが私、天使(あまつか)天使(てんし)という怪人なのです!」


「そんな天使族の恥である愚かな私が、生徒会長なんて高貴な座についてて良いはずがないのですッッ!」と先輩が叫ぶと、再び翼が先輩の怒りに呼応し、俺を拒絶する風邪を起こした。


 突風が俺の体に直撃する。

 先輩の意識は、確実に俺を拒絶している。


 だがここで引くわけにはいかない。

 ここで俺が引いてしまえば、もう誰も独りよがりのこの人を救う事はできない。


「この学園の生徒会長はいつも我が天使の一族が担ってきました!偉大なる大叔母様も母上も、誰にでも優しくあり尊名であり素晴らしい方達でした!」


「ですが――」と先輩は喉の奥から絞り出した声で叫ぶ。


「私には何もありません!母達と同じ道をただなぞって教えられた通りに真似をしてきただけ!母達の力が無ければ私は怠惰と嫉妬を抱えるただの愚かな堕天使です!」


 一瞬、とてつもなく強い風が吹き、俺の足が床を離れた。


「しまった――ッッ⁉︎」


 後方に吹き飛ばされながら、間一髪のところで俺はスライド式の教室の扉へとしがみついた。


「くそ……めっちゃ拒絶するじゃねぇか先輩……」


 強い風は吹き続け、床から足が離れ腕だけで扉にしがみつき体を支えた。


「ずっと前から自分の本性には気付いていました。そしていつかは皆が私の本性に気付き、離れていくのです。遅かれ早かれ私は生徒会長を降りる運命の元にあったのです。ただ私はそれが怖くて、自分の愚かさ故に人に見放されたくなくて――だから自分の誇りを守る為、淫鬼夜さん達に頼ったんです!最低な天使なんですよッッ!」


 再び強い風が吹く。


「くそ……もう限界か……!」


 扉の細いヘリを握っている指先が痺れ、感覚が無くなっていく。


「家と学校の往復以外にも、ちゃんと運動しないとな……」と俺は笑った。


「その現実が見える度に、自分の事が嫌になりました。本当の自分はこんなにも愚かなんだと思い知らされる――そんな苦しみをもう抱えたくはないんです!だから私は生徒会長を辞めるんです!」


 違う。

 その考えは独りよがりで間違ったものだ。

 そんな事じゃ先輩の悩みは解決しない。

 だから俺は言うんだ――


「本当の天使(あまつか)先輩ってなんですかッッ‼︎」


「……え?」


「先輩は明るくてみんなの憧れって存在ではなくて――人に劣等感を抱えてて、実は性格が悪い所があるのかもしれません!」


「けどッッ‼︎」叫び、俺は再び指に力を入れじりじりと先輩の方へと距離を詰める。


「他の人の幸せのためだったら、自分の得にならない事だろうと全力を尽くす――それだって本当の天使(あまつか)先輩じゃないですか!」


「違います。それはただ母達の真似をしてきただけで――」


「真似だなんて、そんな事は絶対ありません‼︎先輩だから投票した俺が言うんだから間違いないですッ!俺は先輩に感謝してるんです。だからその恩を返すためにも、絶対先輩を生徒会長から降ろしたりなんてさせませんッッ!」


「か、感謝ですか?淫鬼夜さんが私に……?」


 何の事か分からず、天使先輩は困惑した表情を見せた。

 その先輩に向け、俺は2年前のあの日の事を口にする。


「丁度さっき入間先生に言われて思い出しました。天使(あまつか)先輩が生徒会長に当選した時の演説で何を話していたのか――」


 その白く淡い思い出は、口にすると鮮明に思い出す事が出来た。

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