17話 『生徒会長っていうのは残業が基本なんですか?って話』
「で、先輩。こんなとこまで来て何をするんです?」
俺は剣道部から拝借した鉄の剣を振り回しながら質問する。
武道場を後にし、俺と天使先輩の二人は学園の隅にある廃れた焼却炉に来ていた。
周りは人の顔が浮かび上がる不気味な木々が生い茂っていて、最近人が立ちいっている雰囲気は無い。
「先程の陸上部と剣道部の問題を解決するんですよ」
言いながら天使先輩は自分の体ぐらいある重い焼却炉の扉を開ける。
「淫鬼夜さん、スイッチを押していただけますか?」
頷き、俺は焼却炉のスイッチを押す。
すると焼却炉の中にある炎神シヴァの体から分け与えられた“貰い火”が轟々と燃え盛る。
廃棄されたとはいえ、使えないという訳ではないらしい。
「よいしょっと……」
先輩は陸上部から預かったボロボロのハードルを、焼却炉へと突っ込んだ。
「えぇッ⁉︎何してるんですか先輩⁉︎」
「……?燃やしてるんですよ?」
「いやいやいや!それは見れば分かりますけどね⁉︎」
(もしかして生徒会長から降りる為にわざと自分の好感度が下がる事をしてるのか?)
そう俺は考えたが、依頼の内容が『自分の名声を落とさずに生徒会長から降りること』であるのを思い出す。
であれば更に謎は深まる。
どうしてこんな自分の名声を落とすような事をするんだ?神鬼が勝てないとふんで最終手段に出たのか?だがそうだとするならあまりにも早計な様な――
「淫鬼夜さん、さっきの剣を下さい」
「あ、はい」と天使先輩に言われ反射的に手に持っていた鉄の剣を先輩へと手渡した。
「ひょいっと……」
先輩はその鉄の剣を何の躊躇も無く焼却炉へと突っ込んだ。
「ええぇえッ⁉︎マジで先輩何をッ⁉︎」
本当に何がしたいのか分からず驚く俺を尻目に、先輩は作業を続ける。
「あとはこの木の枝を少々っと……」
地面へ屈み落ちた木の枝を拾い上げると、それを焼却炉へと突っ込み先輩は焼却炉の扉を締めた。
「ふぅ……これで完了ですね。上手くいけばいいんですが」
「上手くいくって……預かった物全部燃やしちゃったのにそんな事あるわけないじゃないですか!」
「……?淫鬼夜さん、さっきから何か勘違いをしておりませんか?」
不思議そうにそう言うと先輩は小首を傾げる。
「勘違い……?焼却炉で物を燃やして廃棄する事の何が勘違いなんですか!」
そう俺が叫ぶと「あぁ、なるほどですか!」と何故か先輩は嬉しそうに手を叩いた。
「ふふっ、淫鬼夜さん。これはただの焼却炉では無いのですよ?」と小悪魔っぽく天使先輩は微笑んだ。
「実はこれ――学園に唯一ある錬金釜なんです!」
「錬金釜?」
疑問符を持った物の聞いたことはある。
複数の異なるを混ぜ合わせる事を入れる事で、全く新しい物を創造する施設だ。
「実はこれ、ずっと昔にその利便性から封印されていたのですが、まだ使える様で助かりました」
チン。と錬金釜からだいぶ現代的な音が鳴る。
そして爆発音と共に焼却炉の中から物体が飛び出してきた。
「出来ました!」
先輩は地面に転がるその物体を手に取り、嬉しそうに俺へと見せる。
「どうです淫鬼夜さん?新品同様では無いですか?」
「すげぇ――本当に直ってる」
俺はその焼却炉から出てきたハードルを見て息を飲む。
粉々に砕けていた木材で出来た部分は、今はこれっぽちの傷もなく綺麗な木目をしていた。
ありえない方向に曲がり修復不可能と思われた金具部分に関しては、素材が高級な鉄だったせいかもはや修復前よりも綺麗に輝いていた。
「これで陸上部の問題は解決ですね。剣道部については後でご用意して頂く様伝えておきますので、神鬼さんに明日の朝にスタークロノスさんと腐岸田さんを訪れるよう重ねてお伝えください」
「用意って何をですか?」
「実は以前、スタークロノスがレースで使用する蹄鉄が壊れたと仰っていたのを先ほど腐岸田さんと話をしている内に思い出しました。古い物は彼女がまだ持っているはずです」
「蹄鉄……」
先程の陸上部での出来事を思い出す。
スタークロノスの蹄の部分には確かに金属製の光りを放つ蹄鉄が装着されていた。
「あの蹄鉄には鋼がふんだんに使われていましたので、剣道部にある他の壊れた剣と合成すれば見事鋼の剣の完成です!」
「そんな事、神鬼に任せてしまっていいんですか?」
「えぇもちろん。神鬼さんの得票数を稼ぐ為に、私も協力しないとですから」
「だからってそんな事……。錬金釜がある事を知っていたのも、スタークロノスの蹄鉄が壊れたっていうのを知ってたのも全部天使先輩がちゃんと学園の事を見ていたからじゃないですか!」
「そんな功績まで、他人に譲る事ないですよ……」
先輩が悩んで生徒会長の座を降りたいと言った事、それを理解はしている。
けれどここまで学園の事を愛し、見守ってきてくれた先輩がいなくなろうとしている事が納得出来なかった。
「先輩――」
「はい、何でしょう淫鬼夜さん?」
まるで次に言う言葉が分かっているかのように、薄い笑みを浮かべ先輩が振り向く。
「先輩は――本当に生徒会長をやめるんですか?」
どうしても拭いきれなかったその違和感を、俺は敢えて口にした。
やはりどう考えてもこんなのはおかしい。
今まで学園の為に頑張ってきた先輩が、こんな誰かに花を譲るような形で終わらないといけないなんて。
「勿論ですよ。私は今月をもって生徒会長の座を降り、普通の生徒となるのです」
「自分が悪魔だからって理由で、ですか?」
「えぇ、理由に変わりはございません」
「…………」
先輩はそれ以上答えてはくれなかった。
しんと静まり返る空間。
夕暮れに吹く風は、春とはいえ肌寒い。
そこに18時の下校を知らせる鐘が鳴り響いた。
「おっと、もうこんな時間でしたか」と先輩はいつもと変わらない微笑みを浮かべる。
だがその微笑みは、今は自分を拒絶しているように見えた。
「ごめんなさい淫鬼夜さん。帰って遊戯をする時間はあると言ったのにこんな時間までお付き合いさせてしまって……」
「まぁそんぐらい良いですよ。希も彼方も逃げはしないし」
「そうでしたか。お待たせしてごめんなさいとお二方にもお伝えください」
「――分かりました」
一瞬驚き黙った後、遅れてそう答えた。
ゲームのキャラクターが待ってるなんて言ったらいつもは『ゲームの話しでしょ』と返される事に慣れていたから、天使先輩の俺の大切な人達をちゃんと“存在しているモノ”と扱ってくれた姿勢に少し喜びを覚えてしまった。
「あ!そういえば!」
そんな事を考えていると、一つ思い出すことがあった。
「ぬりかべの耳回収するの忘れてた!」
「ぬりかべの耳、ですか?」
「生徒の会話を録音する為に使ってて、神鬼に放課後に回収して持ってくるよう言われてるんです!」
(まずい……朝1時間もかかった作業だ。帰りも同じ時間かかると考えるとギャルゲーなんてやってる暇ないぞ!)
「じゃ先輩!お疲れ様です!」
「はい。お付き合い頂きありがとうございました。神鬼さんによろしくお伝えください」
ヒラヒラとそう手を振る天使先輩。
俺はそれを尻目にぬりかべの耳の回収へと急いだ。
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「結局……こんな時間かよ……」
息を切らしながら俺は部室へと繋がる長い廊下を歩く。
付ける時に印をつけてはいたものの、結局何百と仕掛けたそれの場所を全部覚えてるはずもなく、探すのに苦労した結果、いつの間にか時刻は21時を回っていた。
「はぁ……」とため息を吐きながら部室の前の最後の一個を回収する。
(こんな時間じゃ神鬼もういねぇだろうし、明日にすりゃ良かったな……)
もう少しこの天才的発想に辿り着いていれば……。と後悔してももう遅い。
とりあえず回収した物を置いて今日は帰ろう。
と俺は部室のドアを開けた。
「遅かったわね。今他に用事が無かったら紫外線を体に浴びせていた所だわ」
「神鬼――まだいたのか」
軽口より気になったその事を、俺は思わず口にした。
「お前、もう何時か分かってるのか?」
「21時13分」
「めっちゃ正確に分かってらっしゃる!」
神鬼に俺が付け入る隙などないと思い知らされた。
「というかお前、こんな時間まで何をしているんだよ……」
「文字を読みページをめくり、また文字を読みページをめくる単純作業よ」
「読書って普通に言えないのかお前は……」
言いながら、俺は昨日とは随分教室の雰囲気が違う事に気づいた。
「なんか本、多くね?」
見渡せば山積みにされた本の山……それの全てはこの学園の歴史資料や今流行りの雑誌などだった。
教室には魔導書の様に分厚い小難しそうな本がぎゅうぎゅうに山積みにされていた。
「生徒会室にあった本を借りてきたのよ」
「借りてきたってもはやそんな言葉で収まる量じゃないだろ……どうやって持ってきたんだよ……」
今朝訪れた生徒会室には重厚そうな黒本棚が何個もあり、そこには似たような本が並んでいた。
今目の前にある本にはそこで見た本が何冊もある。生徒会室から持ってきたのは明白だった。
「偶然よ。私が『この本を持ち運ぶなら、あの陰キャラ吸血鬼をボロ雑巾になるまで使い果たすしかないわね』と言ったら勝手に本が動き出したわ」
(それ、どう考えてもあのゴーストのおかげじゃないか……)
そう心の中でツッコミを入れる。
「それで?天使さんから有益な情報はもらえた?」
「あぁ、部活の問題を聞けたよ。あとで詳しいことは連絡する」
「そ、ありがと」
そう神鬼が礼を言う。
珍しい――神鬼に初めて礼なんて言われた気がする。
今日は魔術師が隕石を降らせる日だっただろうか。
「袋はそこに置いておいて。また明日新しい耳を渡すから今日と同じ時間に来なさい」
「神鬼はどうするんだ?帰らないのか?」
「まだ私はやる事があるから、もう少しここにいるわ」
「そうか、じゃあ俺眠いし帰るけど」
「えぇ分かったわ。ではまた明日」
「おう」と言って、教室の外へ出る。
中からはまだ、神鬼が本をめくる音が聞こえてきた。
「本当に、帰らないのか?」
時刻は21時を過ぎている。
普通の学生ならとっくの昔に帰宅している時間だ。
振り返り、神鬼に向かってそう言うが、その言葉に返答は無かった。
どうやら神鬼から俺の存在はもう消えたらしい。
「そうか、じゃあな」
そう残し、俺は教室を後にした。




