14話 『生徒会長なら雑草取りは当然ですよね?って話』
あらすじ:1ヶ月後の選挙に向けて、淫鬼夜は神鬼の下僕となった。
「あっ、淫鬼夜さん!」
第二校舎の裏へ行くと、そこには幽谷の言った通り天使先輩の姿があった。
「おはようございます。12時間の22分ぶりですね」
白い軍手を装着し、土埃を頬につけた天使先輩が微笑んだ。
「細かいですね……」
分単位で最後に会ったのを覚えていた人なんて初めてだよ。
「おはようございます、天使先輩」
とりあえず先輩だし会釈する。
視線が落ちた拍子に、天使先輩の足元に広がる雑草畑が見えた。
「凄いですね。朝から学校の草むしりですか」
校舎の影に隠れ、あまり日の当たらないこの裏側には月光草やマンドラゴラの雑種など多種多様な草が伸び放題だ。
マンドラゴラなんて抜けば幻覚魔法で失神する可能性もあるのに、よくやるものだ。
「別に凄くなんて無いですよ。この学園の生徒会長として当たり前の職務です」
「だとしたらとんだブラック学園ですね、ここ……」
無償で生徒会長の仕事に学校の草むしりとか、労働基準が地獄の鬼と一緒レベルだ。
「それで淫鬼夜さん、私に何か御用があったのですか?」
ぼうっとする俺に天使先輩がそう尋ねる。
「あぁ、そうなんです。実は神鬼から選挙に勝つ為に必要な生徒情報を貰えないか聞いてこい、って頼まれまして」
「なるほどなるほど。生徒の情報――そういうことですか」
ふむふむと顎に手を当てて考える天使先輩。
その姿にフェアリーのような愛くるしさを感じる。まぁ実際のフェアリーは男たらしのクソ性格悪い悪魔みたいな種族なんだが。
「分かりました。ではこうしましょう」
ややあって、天使先輩が口を開く。
「もうすぐ朝のホームルームが始まりますし、この話は放課後にまたしましょう」
「放課後ですか?昼休みでもいいんじゃないですか?」
昼休みに話を終わらせてさっさと帰りたい、というのが正直なところだ。
「昼休みより放課後の方が、この学園の生徒達の素性が見えるかと私は思います。その方が有益な情報を得られるかと」
「ですが先輩――」
と食い下がる俺を、天使先輩が遮る。
「大丈夫ですよ淫鬼夜さん。そんなに時間はかかりません。帰ってゲームをする時間は私が保証します」
ニコリと先輩が微笑む。
何者の反論も許さないという強い意志を感じる。
「ま、まぁ別に俺はゲームがしたいから昼休みを勧めた訳じゃないですが……まぁ先輩がそう言うなら、放課後にやりましょうかね、はい」
心を見透かされた事を悟られないよう、俺は冷静を装いスマートに言葉を返した。
「ありがとうございます、淫鬼夜さん♪」
嬉しそうに先輩は笑うと、校舎の方へ歩き出した。
「そういえは天使先輩」
俺の呼び掛けに先輩が振り向く。
「どうしました淫鬼夜さん?」
「……いや、何でもないです」
「……?そうですか。また何かあれば言ってくださいね」
と言って先輩はまた歩き出す。
(何故呼び止めたのだろうか)
腕を組み、思考する。
何か理由があって呼び止めたのはずなのだが、どうにも言葉が出てこない。
随分昔から、会ったら言わないといけないことだったような気がする。
「喉まで出かかってるんだけどなぁ……」
と俺はぼやき、そのまま先輩の後についていった。
xxx
放課後――
「じゃ、さっさとやってさっさと終わらましょうか」
「はい!速攻でサクッと終わらせましょうね淫鬼夜さん!」
俺は身支度を済ませ、待ち合わせの第一校舎前にいた。
先に待っていた天使先輩は朝と全く変わらず、柔らかな微笑みを保っていた。
マジで一日中生徒会長としての顔を崩してないとは、本当に凄い人だ。
怪人というより、もはや怪物だ。
「で、天使先輩。一つ質問いいですか?」
「はい、何でしょう?」
「待ち合わせ場所、どうして生徒会室じゃなくて外なんですか?」
昼頃、先輩から『放課後、第一校舎の前でお待ちしております』とメッセージが来た。
生徒の情報をくれるというから、てっきり生徒会室で資料でも見せてくれるかと思っていたので、疑問の待ち合わせ場所だった。
「それはもちろん、淫鬼夜さんに直接生徒達の様子を見てもらう為です」
「直接?」
「はい!これから選挙までの1ヶ月間、淫鬼夜さんには私と一緒に全生徒とお話しして頂きます!」
「はぁ⁉︎マジですか⁉︎」
思わず性格にも無く叫ぶ。
自分の学園の偏差値を調べていた時、ふと学園の生徒数が見えた事がある。たしかあの時書いてあった数値は2000人とかだった気がする。
「大マジです!どうぞ、こちらこの怪妖学園の生徒名簿です」
先輩は何処からともなく辞書並に分厚い本を取り出すと、俺へと投げ渡した。
「重ッッ⁉︎」
両手で受け取ったが、その重みに思わず落としそうになるのを必死に堪えた。
「それらには生徒の悩み事などは書いてありませんので、一緒に周り書き加えていきましょう!」
「一緒に周るって……うちの生徒数分かってますか⁉︎2000人ぐらいいるんですよ⁉︎」
なんとかバランスをとり、俺は先輩に向かって叫ぶ。
「2000人ぐらいではありませんよ淫鬼夜さん。2237人です」
「そんな細かい事はどうだっていいんですよ!そんな人数の生徒を把握するのなんて、土台無理な話だって言ってるんです‼︎」
そう俺が言い切ると、先輩は何を言うでも無く口を閉ざした。
(勝ったか……?)
と思った矢先、目を閉じたまま静かに先輩が口を開いた。
「中等部1年3組、出席番号28番、紅蓮・スカルマグナ・マリアンナ――サラマンダーの明るくて優しい女の子」
「何を……言ってるんですか?」
どうして急に生徒の名前なんか。
そう疑問を抱く俺を無視して、先輩は続ける。
「高等部2年2組、出席番号61番、刹那夜彦骨――アジア系スケルトンのよく皆の注目を集める男の子」
「だからさっきから何を……どうして生徒の名前なんか――」
いや、待てよ――
ある考えが思い立ち、俺は怪妖学園の生徒名簿を急いで開く。
「たしか中等部1年3組のサラマンダー……」
何百ページもある本をめくっていると、たしかにその名前は存在した。
「…………」
思わず言葉を失う。
そこに書かれている名前も、出席番号も、種族さえも先程先輩が言った通りだった。
(たしか次は、高等部2年2組のスケルトン……)
中等部からだいぶ離れたページに、その探していた生徒の名前は存在した。
さっきの生徒と同じで、全て先輩の言った通りの情報だ。
呆気にとられる俺を他所に、先輩がまた再び口を開く。
「高等部1年1組、出席番号44番――」
「入洲来夢……スライムの女の子、ですよね?性格までは書いてないですけど」
俺のその答えに、天使先輩は明るく微笑んだ。
「はい、正解です」
「素晴らしいですね淫鬼夜さん。探すのがお早いです」と先輩。
「まさか、全生徒の情報を頭に入れてるって言うんですか?」
「まだやりますか?どんとこいですよ♪」
ふふっといたずらっぽく先輩は笑う。
「いえ、結構です。充分先輩の凄さは分かったので……」
「はは……ほんとすげぇ……」と乾いた笑いが溢れる。
全生徒の名前だけでなく、種族に出席番号、それに学生生活の様子さえ覚えてるとかマジで凄すぎだ。学園長だってここまで覚えてはいないのではないだろうか。
「無理では無いという事、証明出来ましたか?」
その先輩の質問に、俺は少し黙った後答えた。
「確かにさっきの発言は俺の負けです。2000人を覚える事は無理では無いみたいです」
「けど――」と俺は言葉に熱を込める。
「それは天使先輩だから出来た事です。この学園を愛してる先輩だから。けど神鬼は違います。先輩のように愛があってこの学園の生徒会長になろうとしているわけじゃない。そんな生半可な気持ちの奴が覚えられると思えますか?」
「思えますよ」
俺の言葉を、いとも簡単に先輩はそう言い切った。
「何故か理由を聞いても?」
「なんとなくです」
「なんとなく?」
今までの理論的な先輩とはかけ離れたそのぼんやりとした言葉に、思わず俺は聞き返した。
「あまり上手く言葉には出来ませんが、彼女は成し遂げられると、そう思うんです。だから淫鬼夜さん、神鬼さんを信じてみませんか?」
「……まぁ、先輩がそこまで言うのでしたら」
「流石淫鬼夜さんです♪」と先輩は微笑む。
正直なところ、なんだか丸め込まれた気がしてならない。
結局のところ、俺はこれから全生徒の顔を覚え、生徒名簿に有益な情報を加えて神鬼に渡さなければいけないのだ。
「これはだいぶ骨が折れる仕事だ……」
ゲーム機の為だけに怪人研究部に入部したものの、あれは非常に間違った選択だったのかもしれない。
たとえゲーム機が返却されようと、それをプレイする時間がないのなら、何の意味もないじゃないか……。
「淫鬼夜さん、悩んでいても時は待ってはくれません!前を向いて歩き出しましょう!」
「はい……分かってますよ……」
「はぁ……」と重いため息が溢れた。
確かにもう逃げる事は出来ないんだ。
ならせめてさっさと終わらせて、さっさと帰ろう。俺の事を待っていてくれてるあの子の為にも。
「よし!行きますか先輩!」
「流石淫鬼夜さん。ゴーレムのような精神力です」
ふふっと玉の鈴を転がしたように先輩は微笑んだ。
「そういえば――」
と俺はふと疑問に思うことがあり口を開く。
「先輩の中では、俺はどういう生徒情報だったんですか?」
「淫鬼夜さんですか――」
先輩は少し考えた後、天使のような笑顔で微笑んだ。
「恥ずかしがり屋だけど、とても優しい男の子です」
「なるほど、そうでしたか」
淡白なその返答に、先輩が小首をかしげる。
「ごめんなさい、間違っていましたでしょうか?」
「いえ……『授業中にゲームをする素行の悪い生徒』じゃなくて良かったと安心したんです」
「ふふっ、そうでしたか」と先輩は微笑む。
「引き止めてすみません。行きましょうか先輩」
陰キャと揶揄され、いつもクラスの端っこの机の下で隠れてゲームに勤しむ毎日。
そんな俺をこんな風に誰かが見ていてくれていて、評価してくれていたのだと思うと、どこか俺の心は温かった。




