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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
第三次巨人戦争 中編
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 二十日。

「本っっっっっ当にごめん……………………」

「もー!村長さんとも昨日話はついたじゃない!崇ちゃんが怒ったのもあの二人の素行じゃ当然って!」

「まだ凹んでんのか」

「凹むよ……それと恥ずかしいんだよ……」

「恥ずかしい、ですか?」

 喧嘩から丸一日以上が経っても崇は落ち込んでいた。昨日はとんでもないことをしてしまったという怒りの反動による自責の念と心労で葬式のような精神状態だったが、今日も今日で落ち込んでいた。

「だって……。市場にお使いに行ったら!会う人会う人が何かしらおまけしてくれるんだよ!そっ…そりゃあ、彼奴等(あいつら)が女の人に嫌われているのは明らかだったけれど!もう勘弁してぇ!」

「まーそりゃ鬱憤溜まってたからねえ、スカッとしたさ!しばらく大人しくおまけされときな!」

「ううぅ……」

 崇が大きな溜め息をついたその時、クロードのスマートフォンから聞きなれない着信音が鳴る。

「!警邏隊からよ」

「警邏隊…?」

「応援の話だ。警邏隊が一番動きが早いって話だったろ」

「……ごめん、あまり覚えていない」

 ウォルフは軽く崇の額を小突いた。そんなことをしていると話が済んだクロードが通話を終える。

「朗報よ!警邏隊から応援がもうすぐ到着するそうよ。従労囚人で、崇ちゃん達が扱った案件で捕まった人らしいのだけど…」

「しゅ、囚人!?」

「おい、それどこの管轄だ?」

「我が祖国、フランスよ。大丈夫よ、優一君。こういうのは珍しくないわ。聞いた感じだと大人しいみたいだし、拘束はしっかりされているから」

「フランス人……?誰かいたっけ……」

「覚えがねえな。日本で事件を起こしてたフランス野郎……」

 崇とウォルフが首を捻るその時、外からヘリコプターのプロペラ音が聞こえてくる。

「もう来たのかよ!?」

「そりゃそうよ、従労囚人なら移動手段を気にする必要がないもの。行きましょう、物資もいくらか頼んであるわ」

 外に出ると【警邏隊】の軍用ヘリがホバリングしている。そこからまず、ワイヤーでコンテナが慎重に降ろされる。クロードが誘導しコンテナは横転せず宿屋裏の草地に着地する。

 しかし次に降りてきた黒い長方形の箱は、先程のコンテナとはかけ離れた粗雑さでむき出しの地面に投げ捨てるように降ろされた。

「えっ……えええ!?」

「…もうちょい下がれ。多分魔性の何かだ」

 挨拶を交わしてヘリは上昇し、あっという間に小さくなり見えなくなる。クロードは厳重に拘束されたその箱を立てると、軽くノックし声をかけた。

「Bonjour, Monsieur. (おはようございます、ムシュー) 空の旅はいかがだったかしら?」

「Bonsoir, Monsieur. (こんばんは、ムシュー) あの操縦士は腕が一本無かったようだ」

 クロードが指を鳴らすと拘束バンドが一斉に解ける。その瞬間、箱から大量のコウモリが噴き出し、それらは確かな意思を持って寄り集まり人間の姿形を成していく。

「……!」

「はぁ!?お前かよ!」

「あ……貴方、は………」

 ダークブラウンのスーツにホワイトのタートルネックが似合う、長い茶髪に紅い眼の伊達男。どこからか取り出した濃いフレームの眼鏡をかけ、その口端を吊り上げる。

「やあ、久しぶりだね諸君。トール・フェリエ……いや、「遥透(はるかとおる)」。推参さ」



「ああ…心当たりがなさそうだったのは偽名だったからなのね」

「マジで味方なのかよ」

「無駄に警戒心を強めるのは心労になるぞ、『夜を庭とするもの(ルー・ガルー)』」

「また胡散臭えロン毛のメガネが増えやがった……。よくもまあ、おめおめと元教え子の前にその(ツラ)晒せるもんだな?」

「それが彼本人からの言葉なら私も聞くけれどね。そう威嚇しないでよろしい。「これ」がある以上、私は君達のボスには逆らえないのだから」

 「トール・フェリエ」…いや、ここでは「遥透」と記しておこう。彼が自分の首元を指で引っ掛けると、その下に継ぎ目の無い黒いチョーカーが覗く。それは【警邏隊】の管理下にある囚人が付ける「首輪」だ。

 遥は以前、“パンドラの檻”が拠点を置く銀座の隣、「留塚町」で起こった連続女子誘拐事件の犯人であり、優一が所属しているゼミの元教授だった男だ。

 事件は崇とウォルフ、当時出向してきたばかりの優一が解決に導いたが、特に優一にとって心に深く刻まれた事件だった。遥自身が優一を手酷く裏切った、といえるものではないのがかえって(たち)が悪い。優一も立ち直ってはいるが、やはり複雑な心境が表情に表れている。

「おいクロード、こいつで本当に大丈夫なのか?一回戦ったが、こいつが防衛絡みの技使った覚えなんざ無えぞ」

「短絡的だな。出す相手を選んでいただけに決まっているだろう?」

「あ゛あ゛?」

「どっちも喧嘩腰になるのはやめなさい。貴方達が知らないのは、単純に情報ランクが一つ上だからなのよ」

 遥とウォルフを強引に仲裁し、口には出さないがウォルフと同じ疑問を持っていた崇と優一に応えるようにクロードが理由の一端を示す。

「『ランクⅤの情報閲覧を許可するわ』。…優一君は聞いたことはないと思うけど、崇ちゃんとウォルフなら知ってる筈よ。彼は『内象顕界』保有者。防衛型の内象を持っているのよ」

「ないしょう…顕界?」

 優一の唇が聞きなれない言葉を紡ぐ。ウォルフは不機嫌そうに舌打ちしたが、崇は納得がいった様子で軽く頷いた。

「簡単に説明しようか。『内象』というのは、『内象世界』とも呼ばれているもので、いわば私達の精神世界、心のことなんだ」

「…心、ですか?」

「ああ。君、以前メルヴィスと契約した時、()()()()()()()()()()()で彼女と言葉を交わさなかった?」

「あ、ああ、はい。それが、『内象』…なんですか?」

「そう。心の中、自分の精神、明晰夢の舞台とも言われているけれど…まあ、君の中でしっくりくるもので考えてくれれば良いよ。『内象』は現実にあるものじゃあないけれど、ごく稀にそれを「現実」に出すことができるケースが存在する。それが『内象顕界』というんだ」

「………『自分』の心とか精神を、現実にする……ってことですか?」

「そう。よっぽど強固なイメージや感情がないと不可能といわれているけれどね。まあ、そんな事が出来る人が居る、くらいで良いよ」

 輪郭でしか分からない、途方もない話だ。しかしその力が「防衛」に向くから、かつての師だった遥がここに来ているということになる。

「まあ、実際に見るのが早いだろう。力を買われてここへ放り出されたのだ、仕事はしっかりするさ」

「ええ、是非そうしてちょうだい。それじゃあ、村長の所へ行ってから――」

「…待って。彼が寝る所って、この宿?」

「ええ。……あ」

 クロードも頷いてから気が付いた。この宿は、原則二人部屋。部屋数に限りがあるから一人部屋は避けるようにと女将に頼まれている。

 遥が来るまで宿泊者は奇数だった。現在一人部屋なのは優一だ。

「藤崎君。私達の部屋においで」

「へ!?」

「駄目。絶対に駄目。同じ部屋になんて寝させられない」

「おい待て、お前の部屋師匠がいるだろ……じゃねえよ!クロード、部屋替えしろ部屋替え!優一が襲われるだろ!」

「あのベッドなら二人でも余裕だよ」

「竹中、君は女性だろう。いくら仲が良いとはいってもだね…。第一!私にだって相手を選ぶ権利はある!藤崎君レベルでは言っては悪いが非常食だ!」

「はあ!?」

「そうだ、ついでに要求するが、対価として私は血液を求める。当然「吸血」で、だ」

「輸血パックも一緒に来てんだそっち飲んでろ!」

「いいや拒否する。少なくともそこの日本人二人は反論などできないと踏んでいるよ。「果汁百パーセント」の広告にホイホイ引っかかるだろう君達は反論できないだろう!」

「すっごい具体的な例を出してきましたねこの人!」

「クロード、お前同室でいいだろ」

「属性相性が天敵レベルだから無理よ。彼が灰になっちゃう」

「……ってなると俺かよ」

「私でも大丈「駄目に決まってんだろうが」

 最初から「優一は遥と同室は無理」という前提で三人が額を突き合わせている光景に優一は呆然としていたが、次第に妙に腹立たしくなってくる。横目で遥を見れば「当然だろうな」という表情をしている彼と目が合った。

 大変遺憾である。

「だーーーーーもーーーーー!!!大体何で僕が吸われること前提で話進めてるんですか!!!」

「…ごめん」

「素直なので竹中さんは許します!」

「許すのか」

「そこまで過保護ならこっちもやってやろうじゃないですか!!同室で大丈夫です!!大体あれから一年経ってるんですよ、そう簡単にやられますか!!!」

「…おお」

 眦を吊り上げ憤慨する優一に遥までも呆然とする。しかしおよそ人らしい微笑みに優一は眉間の谷を深くした。


* * *


「そういえば、先に降ろされたコンテナは何だったんですか?」

「ああ、そういや任せたきりだったね。藤崎君も見に行く?」

「?はい」

 先に出たウォルフの後を追うように崇と優一も外に出る。しかし、コンテナは空だ。

「あれ?もう空っぽですけど…。もう運び終わったんですか?」

「ああ、違うよ。あの中は…」

「なんだ、お前らも見に来たのかよ。こっちだ」

 二人の声が聞こえたか、ウォルフがコンテナの中身が移動した場所まで連れて行ってくれた。

「こいつらだよ」

「……!馬、ですか!?」

 優一達の前には、この村の馬に比べれば当然小さいものの、ビロードのような青毛が美しい立派な軍馬が並んでいた。

「こいつらは【討伐隊】の第五師団…巨人を相手取る師団から借りてきた軍馬だ。こいつらは巨人との戦闘用に調教されてる馬だから、霜の巨人(ヨトゥン)と遭遇しても逃げ出したり怖がったりしねえ。ようやく、俺達人間側の準備も整ったってとこだ」

「じゃあ、とうとうその『五つの山の先』を調べることができるんですね!」

「ああ。巨人達には霜の巨人から村を守ることを最優先に動いてもらわなきゃならねえからな。ギリギリだが、これで準備は整った」

 勇む二人を後ろに、崇は軍馬の蹄を見ている。

(…呪詛返しをこんな所に付けているのか)

 馬は大切な移動手段であり、この任務においての生命線だ。呪詛返しは万能ではないが、この蹄鉄に刻まれている呪文は並大抵のものではない。上からの期待が静かにのしかかる。

 しかしどうしてだろうか、それ以上の不安を感じる。胸騒ぎを否定できないまま、崇は連れ立って宿に戻った。


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