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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
第三次巨人戦争 中編
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「戻って来たぞー!!」

 誰かの喜色に弾む声が聞こえた。崇が宿を出ると昨日見送った顔が戻ってきている。

「師匠」

如何(どう)した。お前が出迎えとは珍しいな」

「聞いて頂きたいものがあります。巨人に聞かせていいものかどうか分からなかったので…」

「――テオドールさん、どうした?」

「ああ、お前達、先に行っていろ。後から向かう」

 三人を先に行かせ、師弟は部屋に入る。崇は小型のボイスレコーダーを取り出した。

「先に、聞いて貰えますか」

「ああ」

 崇は再生機能のボタンを押す。

『――。―、―、―― ――」

「……?……。これ以外には」

「あります」

 他の音声を再生するとテオドールがその数だけ眉間を狭める。最後まで聞き終えるとテオドールが舌打ちをした。

「…此奴(こいつ)、言語を!」

「…何を言っているか、分かりましたか」

「分からん。巨人のそれに似通っている部分はあるが耳の限界だ。崇、お前は分かったのか」

「…はい」

「……不味いぞ。霜の巨人(ヨトゥン)彼奴等(あいつら)は本格的に種として居座る気だ。…崇、彼奴等は遂に生殖に向かった。大麦の村では死んだ女と交わっていたが、生きた女に目を向けるのはもう(すぐ)だろう。それと、彼奴等は“魔精殺し(ブリシム)”を持っている。間違い無い。其等(それら)は――」

 テオドールはじっと崇の目を見る

本懐(やくめ)を果たさせようと、するだろう」

 背が泡立つ。その音の覚えが呼び起こしたのは、『白』を冠する邪滅の騎士。

「――……そうですか」

 だが沸いた感情の割合を占めたのは、嫌悪でも憎悪でもなく畢竟(ひっきょう)の思いだった。妙に偵察結果を濁されたのも生々しい生殖の実態があったからだろう。異種との交わりは崇の持つものと相性が「良過ぎる」。それがある故にテオドールは崇を遠ざけたかったのだろうが、「敵」の思惑は邁進し衝突も時間の問題に思えた。

「五つの山を越えた谷、魔力が溜まる場所にある、だったな。…お前の()()を除いて全て共有するぞ。…ああ、それと『上』に不死の巨人の事も伝えなければならないな」

 最後の言葉は独り言のように吐き出したがその表情は純粋に嫌厭としている。テオドールとしては関わり合いになりたくないのだろうが、そうも言っていられないと渋々ながら吐いたそれは深刻性の深さを示すに他ならない。

 崇もシェシュに跨り、テオドールと共に村長の家に向かう。これから語るべきものの重さに崇は同じくらいの溜息を吐いた。



「種になろうと…している…?」

「左様。漸く情報が揃ってきたからこうして伝える算段が出来た。…このままだと脅かされるのはお前達だけでは無くなる。〈魔力世界〉と〈現世〉の境界が崩れるだろう」

 巨人達は呆気にとられていた。種のことは分かっても「世界」のことは飲み込めていない様子にテオドールはクロードを視線で促す。説明をしろと。

「〈現世〉という世界があるのはご存知だと思います。…いえ、率直に申し上げましょう。その〈現世〉は、貴方がたが知る『魔力』や『精霊』の概念が失われて久しい世界です」

「なんと!?」

「どういう……どういうことだ、それは!失われるなどと!」

「明確にいつからそうだったかは判明しておりませんが、〈現世〉の人々は魔法や魔術、果ては妖精や貴方がたのような巨人を『物語の中のもの』、もしくは『そういった物語の分類(ジャンル)』としか認識していません。神を信じる人は多くいますが、その信じ方もこちらとは大きく異なります。現世の人々はこのスウェーデンのような環境を開拓し、神の加護や魔力が無くとも定住する(すべ)を持つようになりました。…そのような人々が住む世界と、この世界が混ざってしまったら、まず間違いなく争いが起こるでしょう。人間はこちらの世界では生きられないでしょうし、貴方がたも魔力の存在しない世界ではどうなるか分かったものではない」

 巨人達は顔を青くし動揺を口にする。居住する地から離れない種だからこそ衝撃は大きいだろう。

「…だからこそ、私達【妖精の輪(フェー=ルウェン)】が存在するのです。現状を維持し、不要な争いを生まないために私達は派遣されてきました」

「…う、うむ。成程、前々から聞いていた、霜の巨人が増えると危険だというのは、その『境界』が崩れるのもあるから、という事だったのだな」

「ええ、瀬戸際まで迫ってきていると考えていいでしょう。誰の指揮によるものかも分かりませんが…次は生きている女性を狙うはずです」

「女を…」

「大麦に攻めてきたのは、物資が豊かだからなのもあったのかもしれん。北へ向かうか、南に来るか…」

「……生殖を目的にするなら、次はこの村だろう。奴らが生物に近付いているなら、可能な限り温暖な地を望むはずだ」

 レイオの見立てに村長は頷き、指示を出す。巨人達はすぐさま武器の数や防備の状態の確認に向かった。元々毎年といっていいほど霜の巨人と戦う種族であるためその動きは早く、防衛に関しては何も問題ない。

「…ファルステン、やはり時間がないぞ。分かっていたことではあるが……」

「む……。だが、割ける人員が限られているのはあちらも同じだ」

「如何した、お前達。この際心配事は全て挙げてみろ。何がある?」

 村長は口を引き結んだがザクスノットは嬉しそうにテオドールを見る。

「テオドール殿。ああ…有り難い。実を言うなら、戦士にあと一手が足りなくてな…」

「ザクスノット…!」

「ここは素直に言うしかあるまい、ファルステン。最初に不死のを倒した戦士…狼皮(ウールヴヘジン)のヴァール、その一人分の戦力が不足しておってな。護りに長ける者が居てくれればと」

「ああ…確かに、聞くだけであったが奴の武勇は知っている。成程それだけの男の穴は急拵えでは埋められんな。防衛だけなら如何にかならんか聞いておこう」

「かたじけない」

「…………」

「そう不服そうにするな。レイオ、お前も分かっているだろう?」

 現役の戦士である二人はまだ排他の(さが)が強かったが、老年のザクスノットは若い戦士を鍛える立場にありその思考は柔軟だった。その性格は巨人と【妖精の輪】が協力するようになったのには彼が一役買ったのを窺わせる。

 着々と準備が進められていく。しかしその日、誰も予期しないトラブルが起こった。


* * *


 それは午後二時頃、訓練場で起こった。

「エコレさん、ザクスノットさん。昨日お渡ししたアンプルの回収に来ました」

 昨日は行き帰りのどちらも敵の巨人に遭遇することは無かったと聞き、崇は預けていたバジリスクの毒のアンプルを返してもらいに訓練場にある詰所に来た。

「あ、弟子ちゃん!持ってきてるよー」

「うむ、確かこの袋に……。…おや?」

 エコレが崇に返した袋とザクスノットが懐から出した袋はものが異なる。

「ザクスノットさん?」

「すまんすまん、間違えたわい」

「えっ」

「えーと…あー、取りに行ってくるから、この事は黙っといてくれるかの」

「?分かりました」

「あー、りょーかいです」

 そそくさとザクスノットは頭を掻いて詰所を出る。

「鷹の調子が悪いのですか?」

「や、多分バレたら奥さんに怒られるからだと思う。恐妻家ってやつ」

「ああ…」

 どこの家も亭主関白といえないのは人間と変わらないようだ。

「まっ、お話して待ってようよ。大分長くこの村いるけど調子どう?」

 ノリは軽いが気遣いの分かる声に崇は無意識にあった警戒心を解く。素直に村での出来事を話していた二人だったが、詰所の扉が開いたのとほぼ同時にあからさまな声が投げられた。

「げえ。誰かと思えばあの魔法使いさんじゃねえか」

「こんなとこで何してんだよ。ここは『戦士』がいる所だぜ?」

「――こんにちは、顎岩のお二方。ザクスノットさんを待たせてもらっています」

 顎岩出身の巨人――ダロンとデュアだ。

 嫌味たっぷりの言葉に崇は柔らかく微笑んで返す。明らかな「仮面」を付けた表情にエコレは崇を守るように体の向きを微妙に変えるが、顎岩の二人はそれを意に介さず舌打ちをする。

「分かんねえのか愚図が。ここはお前のような女、足手纏いがいていい所じゃねえんだよ」

「お前らまだそんなこと言ってんのかよ。じゃあ何だ、外で体冷やさせて立たせとけって言いたいのか!!」

「…エコレさん、構いませんから…」

「あー?お前そんな口利けると思ってんのか「足だけ野郎」が。文句あるっつうならお前からぶっ潰すぞ」

「なんっも分かってねえんだなお前ら二人共。そもそも客人にとる態度じゃねえし、彼女は霜の巨人三人を退けた魔法使いだ。ふざけるのもいい加減にしろ」

 武器に手はかけないものの、今にも殴りかかりそうな様相でエコレは拳に力を込める。顎岩の二人の物言いを受け入れることは全く出来ないが、それ以上にエコレは何も悪くないのにここで喧嘩に発展してしまうのが崇にとって何より心苦しかった。

 だが、どうにか押し留めていた怒りはダロンの相手を舐め腐るどころか侮辱、汚辱に等しい台詞で堰を切った。

「ハッ、ユーニグリンドさんが助けてやってどうにかなったに違いねえだろ。大体女なんざ男に股を開かなきゃ生きてけねえ奴らじゃねえか。ああ、お前には確かに丁度いいな、お互い楽しく傷を舐め合ってるのがお似合いだ!」

「――!!」

 木が割れる巨大な音が詰所に響いた。崇は机に叩き付けた拳を下げ、大きく息を吐く。

「……見え透いていますね。どうしても認めたくないと。そうまでして人間の女に絡んで何が愉しいのやら。思春期の子供以下だ」

「ッ!!」

「なっ……何でお前喋れるんだよ……」

 崇はこれまでスウェーデン語を使っていたが、今は敢えて、より確実に意味が通じるノルド語で話し始めた。顎岩の二人の動揺は目に見えており、今まで何も通じないと思って散々馬鹿にしていたのがよく分かる。

「先程の威勢は何処にいきました?ああ、全く不甲斐なさに呆れますね。こんな能の足りない戦士にも分かるよう相手をしてやれない自分に」

「ってめえ……自分の状況分かってんのか!!ええ!?」

「お前、それは自分に訊いてみろ」

 恫喝する巨人に崇はぎょろりと視線を向けた。その眼力に顎岩の巨人は簡単に気圧される。

「こうなったらしっかり『分かって』貰いましょう。伝聞では信じられないようですから、その身で(しっか)りと。ねえ?まさか(いや)だとは言わないでしょう?自分を最強の戦士だと誇っているお二人ですから」


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