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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
第三次巨人戦争 中編
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 十七日。滞在十日目。


 狼煙が上がる。


――――――――――


 全員で朝食を食べながら、今日の調査方針をまとめていた時だった。

「…何だ?誰かがこっちに来てるが――」

 最初に気付いたのはウォルフだったが、程なくして全員の耳にも届くほどの足音が聞こえてくる。

「っごめんアルヴァラ!それとクロード!大変だ、隣の村から狼煙が上がってる!!襲撃だ!!」

 強く入り口を開け転がり込んできたのはエコレだった。ぜいぜいと息を切らし、手に持った小さな紙をクロードに渡す。

「何だと!?」

「何ですって…!?エコレ、狼煙の色は?」

「色?いや、普通の狼煙だよ!村長がすぐに来てくれ、って。今向かわせる戦士を決めてるそうだから、ウォルフも行った方がいいと思う!」

「了解した。すぐに向かうと村長に伝えてくれ。……クロード、それには何と」

 エコレが持ってきたのは電報だった。それを目にした途端、クロードの表情から色が抜け落ちる。

「……襲撃を受けた報せよ。でもおかしい。発信時刻は夜明け前なのに、受信時刻がついさっきなのよ…!」

「!?ちょっ、明らかにおかしいですよ!ラグとかそういうレベルじゃない!」

「ええ。――崇ちゃんと優一君はここで待機。アタシ達は村長の家に行くけど、もしこれが何かの誘導だったら村の入り口に敵が来てもおかしくない。優一君、手間をかけるけど瞬間移動の準備をしておいて。あっちで話がまとまったら電報と機材の調査をかけてもらうから」

 慌ただしくアルヴァラとクロード、テオドールにウォルフが宿屋を出て行く。待機を命じられた崇と優一もゆっくりしている余裕は無く、優一と崇はそれぞれのやり方で村とその外に感知を行うべく術式や魔力を放出する。

 優一は空で、崇は地で感知を行う。優一の感知方法は普段使う飛翔体などで空から目視で対象範囲内を調べるもので、確実性が高い。一方、崇の感知は岩、つまり大地の属性を持つ古代の力を使うもので、地中に魔力の神経を広げ擬似的な触覚感知を行う。範囲を厳密に決定して調べることはできないが、熟達の魔法使いとなれば目視範囲外のものや目に見えないものでも捉えることが可能な程の恐ろしい感度を有する。

「藤崎君、山の巨人と霜の巨人、魔力型の差はどれくらい?」

「ええと…魔力自体は精霊や妖精が近いんですけど、属性が全く異なります。名前のまま、霜の巨人が氷の属性で、山の巨人は大地全般の属性です」

「基盤は同じか。了解した」

 崇は魔力を村の外、門の外までじりじりと伸ばしていく。門から体感二十メートルまで伸ばしたところで長く息を吐いた。

「そちらの設置は終わった?」

「はい!この村の東西南北にある櫓に待機させておいた飛翔体はもう起動してますし、鳥観タイプも今飛ばして上空から見ています」

「ありがとう。私は門の方向に魔力を多く割いているから、村の中は任せるよ」

「了解です」

 門番の巨人にも狼煙の件は伝わっているのだろうが、無駄に狼狽えている様子は無くどっしりと構えているのを感じ取れる。目視での探知と異なり擬似とはいえ触覚による探知はかなりの神経を使うものであるため、門番が落ち着いていることにかなり安心できる。

 だが、それは長続きしなかった。

「――来た」

 崇は杖を掴み黒い薄手のローブを羽織る。優一が声をかける間もなく出入口に向かう崇に、後ろからノルンが崇を呼び止めた。

「待ちな、崇!こいつを使ってきな、感知分の補充にはなるだろ!」

「っ、ありがとうございます!」

 ノルンが投げたものは透き通った黄色の魔力水晶だった。すぐにそれを使いつつ、崇は魔法でシェシュを呼び出し飛び乗る。

「全速力で走ってくれ!」

 人間の足で一時間でも馬の脚なら数分で辿り着ける。その数分が惜しいが、シェシュの全速力は崇が思っていた速さより段違いに速かった。振り落とされないよう姿勢を保持し、崇は自分に身体能力を底上げする魔法を次々とかけていく。やがて門が正面に見えてきた。

「シェシュ、安全な所にいてくれ。ありがとう!古代、足を頼む!」

『(ああ!)』

 シェシュの背から跳躍し、崇は木でできた防壁を駆け上がる。ほんの僅かでも窪みや継ぎ目があれば崇にとって充分な足場であり、それも無い滑らかな部分は古代が結晶で足場を作る。五十メートル程の壁を駆け上がると、崇は門の上に着地した。

「っ、テオドール殿の弟子か…!?そのようなところにどうして!」

「ユーニグリンド殿か!正面より右手から山の巨人一人と霜の巨人が数体!おそらく追われている!!」

「な!?――いや、そうか!隣の村の…!!」

 ユーニグリンドが武器を手に取った瞬間、とうとう地響きがやって来る。崇の感知の通り何かを抱えた巨人族の男性が必死の形相で走り、その後ろに三体の霜の巨人(ヨトゥン)が迫ってきていた。

「やはり!大麦(ビュグヴィル)の村人だ!」

「あれらは私が止める!その間に門を!」

「…見せてもらおう!大麦の村人よ、そのままこちらへ入れ!!」

 門が開く音が足元から聞こえてくる。崇は杖を構え、結晶の杭を地面から生やし「大麦の村人」と霜の巨人の距離を離す。

「《深みの淵を此処に》!!」

 闇の大壁が霜の巨人の眼前に湧き立ち、そのまま崩れて呑み込む。しかし三体の内二体は肉持つ巨人(イェッタ)だったようで壁に潰されたが、本物の霜の巨人は壁をすり抜け邁進する。

「――《消えぬ焔よ。炉の火よ。永世の霜を今ひと時だけ穿つ穂先として宿り給え》」

 崇の頭上にメキメキと音を立てて燃える結晶の鎗が顕れる。炎の匂いに気付いた霜の巨人が崇を捉えたその時、巨人が口を開いた。

『お前。母、と、同じ――」

「…!!」

 鎗が巨人の胸を貫く。熱波で溶けて蒸発した雪で巨人がまだ生きているかどうかも見えないが、崇は門から飛び降りて巨人が立っていた場所へと駆けて行く。愕然とする時間すら与えられない。

「おい、霜の巨人!間違い無い――お前、どこで『言葉』を得た!!」

 水蒸気に鉄の匂いが籠っている。肉持つ巨人のそれよりはかなり薄いが、間違いなく血の匂いだ。

 しかし、崇にとってそれは二の次だった。他はどうなのかはまだ分からないが、間違いなくこの霜の巨人は崇を認識して言葉を発した。それだけの知能を得て、確かな原因があってこの村へあの山の巨人を追って来ていたのだ。

『……ど、こ、か。分から。ない。……お前、は、母、なのか?同じ、もの、なの――」

 ぎょろりとその眼が動く。発声はたどたどしいが、間違いなく言語を介している。

 言葉を続けようとしていた霜の巨人が、消える。肉片の一欠けすら残さず、薄らと溶けた血の匂いだけを満たして霜の巨人は消滅した。



「――おい、大丈夫か、弟子の…」

「……あ、あ。はい。大丈夫です」

 肩を気遣った力加減で揺すられ我に返る。振り返ると、ユーニグリンドが崇を心配そうな目で見つめていた。

「そうか…。…女人に戦わせるなど、戦士の、男の名折れ。だがあの霜の巨人からは尋常ならぬ覇気を感じた。お前が居なければどうなっていたかも分からん。礼を言わせてくれ」

「…いえ。最善と思う働きをしても、貴方がたの掟に触れる事をしたのは変わりません。そう思って頂けただけで十分です」

「いや…。…ならば、名を教えてもらえないだろうか」

 「弟子の」と呼ぶだけでは不便だろう、と、ユーニグリンドは言う。それには崇も素直に応えた。

「“煌角の黒山羊”、竹中崇といいます」

「耀ける角、か。成程、確かに名に違わぬ魔法だった」

「ありがとうございます。そうだ、先程の…『大麦の村人』の方は無事ですか?」

「ああ、怪我はあったが軽傷だ。隣の村は『大麦の村(ビュグヴィル)』といって、旧い神に由来する村なのだが…。…やはり、襲撃を受けたそうだ。霜の巨人に襲われたというが、おそらく肉持つ巨人も混じっていただろう」

 どうやら襲撃されたという情報と狼煙は事実のようだ。もう一人の門番が既に村長へ使い鳥を飛ばしたというので待っていると、少しして戻ってきた使い鳥が足に掴んだ筒をユーニグリンドの手に落とす。届いた文には、[霜の巨人と戦った魔法使いと大麦の村の巨人を連れて来るように]とだけ書かれていた。


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