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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
第三次巨人戦争 中編
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「――ノルンおばさんこんにちはー!」

「――今日もよろしくお願いします!」

 窓を開けて糸車を回していると外から若い女性の声が聞こえてくる。彼女達がノルンに編物を習いに来た女性だろうか。崇は一番最初に紡いだ、練習に使える毛糸を持って部屋を出る。

「はいはい、いらっしゃい!今日はもう一人いっしょに教えるからね。今呼んで――ああ、下りて来てたのかい!あの子だよ」

 崇はひとつ会釈しノルンが手招きしたテーブルに座る。

「あれ…もしかして、この前アルヴァラ君と市場に来てた」

「!!あ、あんたがまさかアルヴァラが世話してるっていう――」

「オスタラちゃん、早いよ早いよ!……中性…そういうのもありですね…」

「?…ええと、初めまして。私は竹中崇といいます。先週からこちらにお世話になっている、魔法使いです」

 何やらざわついていた三人だが、気を取り直すように居住まいを正しこほん、と仕切り直す。

「えっと、そうだね、はじめまして。あたしはオスタラ、遠見のオスタラだ。物見櫓の守りをしているよ」

「わたしはエイル。薬草畑の家の娘です」

「私はシオンです。【妖精の輪(フェー=ルウェン)】の魔法使いさん、ですよね?父からお話を伺っております」

「父。…もしかして、貴女はファルステン殿の」

「はい、娘です。よくお気付きに…」

 恥ずかしそうにシオンは頷く。一通り顔合わせが終わったところで、まず三人が編んだノルド編みをノルンがチェックする。

「ふむ…。エイル、どうもまだ持久力がついてないね。ここが緩んできているだろ?これじゃフュルギャが落ち着いて留まれない。ここら辺は休憩挟みながらでも丁寧にやらなきゃ」

「ううん…はい、分かってはいるんですが」

「全体的には良くなってきてるよ。シオン、あんたは逆にきつく編みすぎ。また考え事してたのかい」

「うっ…えっと、その……」

「もっと力を抜きな。まだ婚儀の日取りも決まってないんだから、今からそんなに(りき)みすぎてたら身がもたないよ?」

「おっ、おばさん!そ、そんな、婚儀……!!」

 シオンの顔が一気に紅潮する。ノルンは笑っていたが、次のオスタラの作品を手に取ると眉を寄せた。

「…とりあえず、最後まで編みきることはできたね」

「はい…」

 遠目に見えたが、オスタラのノルド編みは前二人のものに比べると編み目の大きさがばらついており全体的に歪んでいるように見える。

「今日は崇に基本から教えるから、オスタラももう一回そこからだね」

 ノルンの編み棒を貸してもらい、大きさを調節し早速説明を受けつつノルンの編み方を見て学ぶ。ノルド編みはこの北欧で発展した巨人族の技法で、分類としては魔女術(ウィッチクラフト)が当てはまる、昔ながらの編み方だ。とはいえ人間の編み物から大きく離れているわけではなく、二本の編み棒を使って毛糸を編んでいくものであるのは変わらない。重要なのは、編みながら意識的に魔力を込め、また模様(パターン)によってその魔力を微妙に変化させること。

 ノルド編みは「模様」として自然を表現することでそこに馴染み、共存関係を築き、生き方や技術を後代に遺すための技術。これが上手な女性は精霊からの助言を受け取りやすく、自然の機微を感じ取ることができるという。村の「内」を支える女性はこのノルド編みが巧みであるほど良い妻になるといわれており、嫁入り修行の一つに数えられるそうだ。

 流れるようなノルンの手さばきに目が釘付けになる。新しいものに触れることができる喜びと魔力技師のプライドに火が付き、崇は意気込んで拳を握り締めた。



「…――うん、今日はここまでだね。片付けてフィーカにしようか」

 やや窓の外が薄暗くなってきた頃、ノルンの言葉で今日の授業は終わりとなった。四人は机の上を片付け、ノルンがコーヒーとシナモンロールをトレーに乗せて運んでくる。

 「フィーカ」というのは、北欧のコーヒーブレイクのことだ。しかし意味は普通のコーヒーブレイクとは少し異なり、ただコーヒーを飲んで休憩する時間ではなく、家族や友人と時間を共有し「コミュニケーションを楽しむ」ことに重点を置く、生活習慣の一つだ。

 コーヒーを啜り、一息つく。一緒に同じものを練習していけばおのずと相手がどんな人物かは分かるものであり、好意的だと感じ取れば自然と相手への好奇心が警戒心より勝る。ぎこちないのは最初だけだった。

「へえ、ニホンから来たんだ…!」

「人間は久しぶりに見たな。いつもなら一週間弱で帰るんだが、崇達は違うのか?」

「まあ、仕事でね…。私は仲間から情報を聞く事しかできてないからなんとも言えないんだけど」

「グラースさん達のお手伝いをされてるんですよね。魔法使いの方が置いて行った品を直しているとかって…」

「ああ。…そうだ。…その、私は馴染みが無いから分からないのだけれど、この村の男性は女性が村の外に出るのを良く思わないのは、どうしてなんだ?」

 崇は今まで聞くに聞けなかったことを口にした。実際の年齢は分からないが、感性の年齢が近い彼女達にならこの疑問に同じ目線での答えをくれるだろう、という期待を込めた考えがあった。

「?それは、危ないからでしょ?」

「――。!

あー、いや、そういうことね!ああなるほど、それは分かるよ。どうしてだーって」

「えっと…オスタラは分かるのって、どういう?」

 エイルとシオンは首を傾げたが、オスタラは崇の疑問の本質に思い当たったようで腕を組み深く頷いた。

「女は外に出るな、ってやつだよ。戦いに出るなっていう」

「あ、なるほど。確かにオスタラなら分かるよね」

「そうそう。男ってさ、とにかくあたしら女を外に出したがらないんだよ。あたしは物見の仕事だけど、櫓に登るのにも嫌な顔したやつだっていたんだぜ?」

「戦う仕事ではないのに?」

「ああ。女は子供を産んで、家を守らなきゃならない。だから村の外に出たいなんていう馬鹿なことを言うな、ってさ。母さんも父さんも、あたしが小さい頃はそれしか言わなかったんだよ。あたしはそれに反発してたから、納得いかないのも分かるんだ」

 そもそもの価値観が異なる地だから、質問が自分の解釈そのままに伝わらないかもしれない――崇の目に浮かんだ不安は、オスタラの力強く温かい言葉と雄弁な目に拭い去られた。

「…全員がそうじゃないけどさ、女が出ると邪魔になるって思ってる奴はいる。けど、本当に大事なことを分かってる奴は、ちゃんと女を大切にしてるから、戦いに関係するものに女を近付かせたくないんだよ。どうしたって女は男より力が弱いし、戦いじゃ生き残れない。でも女は男を支えてやれる。お互いに得意不得意があって、補い合って生きていくもんなんだって。だから男は女を死なせないために、守るために外に出させないんだよ。お互いに必要だし、お互いにできることで守り合ってるっていうの?そういう感じ」

「…文化が違うと、こういうの結構辛いですか?」

「いや、何というか…うん、そういう事だったんだね。ありがとう。腑に落ちたよ」

「無理しなくていいんだよ?分かってない男ってほんとガサツだしそういうとこ考えてないし!脳筋ばっかりだしさあ」

「脳筋って…」

「ぶっちゃけ大半が脳筋だよ、この村。なんか最近外の危険度が上がってるみたいでいつにも増して落ち着きないし」

「二人共落ち着いてる人がタイプだもんね」

「タイプ、っていうか、いや、そういうのじゃないけど…!」

「私は人間の男の方がいいなあ。物知りだし、色んな話をしてくれるもん」

 いつの間にか話は恋愛のあれそれになる。年頃の娘が集まったとなれば当然のことだった。

「そういえば、もう結婚を考える歳なんだっけ?」

「そうそう!私達は大体二十から四十くらい…?大体そこら辺で結婚の話が出てくるよ。人間はどれくらい?」

「ええっと……。人による、かな。というか、肉体年齢に引きずられるというか…。その国で成人として認められてから結婚する人が多いよ」

「崇さんはいないんですか?」

「いないよ」

「…!今来てる人間の中にも…?」

「ああ」

 簡潔な崇の返答にオスタラは難しい表情で黙り込む。そしてノルンが酒場の外で仕入れ相手と話しているのを確認すると、身を乗り出して距離を詰め声を潜める。

「…アルヴァラとはどういう関係だ?」

「アルヴァラ?良くしてもらっているけれど…」

 耳を真っ赤にしてまた唸るオスタラに、エイルはニマニマと口元を押さえシオンは頬を赤らめ目を輝かせている。崇も「そういう事か」と気付いた。

「大丈夫、何とも無いよ」

「!っ……!!や、優しい顔をしてるんじゃなーい!!いやっ、でも、分からないんだぞ!?崇は違うかもしれないが、あいつがどう思ってるかは……!!」

「…?いや、案内役になっただけだからそういうのは無いだろう?」

 どうやら崇には分からない部分で何かがあるらしい。その答えをエイルが教えてくれた。

「崇、市場に来た時アルヴァラ君と一緒だったでしょ?その時に、アルヴァラ君が崇のこと「お嫁さんを見つけたの」って聞かれてたところ見えてて」

「…………ああ、あれか!」

「うう…アルヴァラが動揺するところなんて初めて見たんだぞ!そういうことじゃないか!」

「いや、あの。…こう言うのもなんだけれど、(うぶ)なんじゃあないか?」

「分からない!分からないよ、そりゃあ!――うん、だが、決心はついた!」

「お?」

「あたしはジメジメすんの嫌いだからさ!これに関しては友達だけどライバルだ!」

「……ははっ!真っ直ぐだな、オスタラは」

「いい子ですよ~」

「ということでそこで安心してるシオン!氷樹の村の奴とはどうなんだ!」

「ふあっ!?」

 最初の方でシオンには婚約者がいるということをノルンが言っていたのを思い出す。聞けば、その婚約者は氷樹の村の次期村長候補であるらしく、シルバーブロンドの大層な美丈夫だという。

「ど、どうって、一回会ってからはずっと文通だけだよお…!」

「じゃあ文通はどんなことを書いてるの?最初は教えてくれてたのに最近めっきり話してくれないじゃない」

「っ、えっと、その、ちょっと見せるのが恥ずかしいんだって……!」

「さては口説かれてるな~?氷樹の色男は流石だな!」

「!!??ちっ、違うよ!ヴィズさんが褒め上手ってだけだから!!」

「…という事は、口説かれているのは合っているんだね」

「……あ~~っ!!」

 シオンが顔を真っ赤にしてオスタラをぽかぽかと叩く。ヒートアップしていく恋バナは途中一度ノルンにブレーキをかけられたがその後も和気藹々と話が弾み、陽が完全に暮れたところで解散となった。


* * *


 その日の夜。

「…精が出るな」

「…。ああ、アルヴァラ。お疲れ様」

 集中していたせいで反応が一拍遅れたものの、アルヴァラは気を悪くした様子はなく崇の手元にあるものに目線を向ける。

「…ノルド語の書き取りか?」

「ああ、うん、そう。上手じゃあ無いからあまりまじまじと見ないで欲しいのだけれど…」

 崇がしていたのはノルド語の勉強だった。今日は定休日のためいつもの喧騒は無く、崇はノルンから借りた村の子供達用の教科書を酒場のテーブルに数冊広げていた。

「あ、これ、君の使っていたものだよね。借りているよ」

「ああ…。お前は、本当に言語に熱心なのだな」

「あはは…ずっと、これでやってきたからさ。他の人には簡単には追い越されたくないものだし、自分で手を抜くなんてもっと出来ないから」

「読むだけでは足りないのか?」

「うん。鍵と錠の関係が分かりやすいかな。こちらの魔法や魔術を理解したり解いたりするなら、その言葉で行うのが当たり前だろう?」

「ああ…成程、そういう」

「藤崎君も勉強してくれているけれど、これは私が一番強いからね」

 大変だと口では言うものの、アルヴァラの目には楽しそうに話しているように見える。

 何となく座ったのはいいが会話が途切れる。どうしたものかと考えていたアルヴァラに、崇にとっては何の気なしの質問が飛んできた。

「そういえば、巨人族の婚期って男性はどうなの?」

「!?」

 思わず噎せそうになったアルヴァラを気にした様子もなく崇は質問の経緯を話す。昼間、母親からノルド編みを一緒に教わった若い女性の巨人とそういう話になったというのだ。

「そういう事だったのだけれど、男性はどうなのかなと思って」

「………。それを聞くのはいい。が、あー…あまり外でそういう話は控えておけ…」

「分かっているよ。私も君くらいしか訊ける相手なんていないし」

 喜ぶべきか悲しむべきか微妙な返答に若干眩暈がする。とはいえ、そう言った以上訊かれた文化は知識としてしっかり返さないといけないだろう。

「人間の成人、のような具体的な年齢基準は無いが…大型の熊や猪、牡鹿を一人で仕留め、正しく切り分けることができるようになったら一人前とみなされる」

「正しく?」

「ああ。まず、一番良い部分は神と祖先に。一番大きく切ったものは妻子のいる仲間に、その次は妻を持つ仲間に。その他は均等に分け、狩りを共にした仲間と分け合い先達に贈る。何らかの素材として使う部分は必要な分だけいただき、残った骨や皮、角は山にお返しする。この一連の流れができて、はじめて一人前なんだ」

 ほう、と崇は感嘆の溜息をつく。己が汲んだ「流れ」とは語られる神話や風習が全く異なる地でも、共感し理解が及ぼせる価値観は尊いものに映るのだ。

「成程…。じゃあ、アルヴァラはもう一人前なの?」

「む。…ああ、まあ、そうだ」

 流暢に語っていた後にそう答えるのは若干の羞恥を伴う。

「凄いねえ」

 だがそれを茶化す事もせず、「一人前」というのは今はただの事実だけなのだがそれを丁寧に受け取ってくれた声色に、アルヴァラは「ありがとう」と簡素に言うことしかできなかった。


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