5
「――さて。先ず、巨人について話すか」
その言葉に気が引き締まる。
「霜の巨人の異常発生が起きている。その対応に、各地から巨人と戦える実力を持つ者が招集されているのは聞いているな。
お前達【妖精の輪】がこの異常事態を観測したのは一週間前。己が巨人の村に着いたのは五日前だ。その間に無視できない変化が二つ起きている。
一つは、霜の巨人の性質がかなり変質していることだ。霜の巨人は自然の精霊、冬が具象化した存在。当然ながら実体は無い。だが、増加している霜の巨人にその躯が残る巨人が出ていた。【妖精の輪】が観測していた時点でだ」
「死体が…?」
「実体がある、ということでしょうか。氷のようなものではなく…肉の身体、だと?」
「察しが良いな、部門長。『肉持つ巨人』と山の巨人は呼んでいる。だがこっちはそう脅威ではない。精々躯が邪魔なだけだ。
問題はもう一つの方、お前達も戦った不死の巨人だ」
ウォルフとクロードが苦い顔をする。白兵戦を得意とする二人だが、あの泥仕合は後から思えば山ほど反省点が出てきた。できればもう二度と戦いたくない相手だが、テオドールの口振りからしてあれはあの場限りの出現ではないようだ。
「彼奴等は条件付きの不死だ。大地に足を付いている限り、どんな攻撃でも死なず再生する。足裏が大地についていない時に止めを刺せば死ぬ」
「…師匠、あの巨人は、巨人族でも倒せるのですか」
「ああ。未成熟か、偶然か分からないがな。
不死の巨人が現れたのは六日前。【妖精の輪】の協力要請を撥ね退けようとしていた矢先に彼奴等は現れた。巨人の戦士一人が、不死の巨人を谷底に道連れにしてようやく斃したそうだ。それがあって山の巨人は要請を受け入れた。それが最初の不死の巨人だ。
二番目に現れたのは四日前。己と山の巨人の戦士とで斃した。そこで漸く彼奴等が不死だと分かった。転ばせたら当たりだった」
「…なあ、あんたら師弟は不死の巨人が何なのか心当たりあんのか?どっちも転ばせて止めじゃねえか」
痺れを切らしたウォルフが口を挟む。明確な弱点があるならともかく、特に四人が戦った時はあの空気にとても似つかわしくない魔法が勝利のきっかけになったのだ。過程に文句を言うほど嘗めてはいないが、疑問が残るままだ。
「――まだ、推測でしかないけれど。あの巨人は、恐らく北欧の巨人じゃあない。ギリシャの巨人だ」
「は?」
「え?ギリシャ…?」
突如出てきた、北欧とは真逆の国に三人供ぽかんとする。
「不死の神はよく居るけれど、不死の巨人はそう居ない。不死性を持つ巨人で思い当たったのがギガントマキアの巨人、ギガースだったんだ。彼らは地面に足の裏が付いている限り不死身で無敵、人間にしか倒せないとされていたから。ギガースの特性以外思い浮かばなかった」
「じゃあ、あの魔法は…」
「幼稚だけれど、あれでも妖精の魔法だよ。転ばせる魔法」
嫌な思い出があるのか崇は珍しく眉を顰める。
「ですが、ギリシャ神話と北欧神話って直接繋がっていないですよね?地形的にも、伝承が伝わって混ざるとかは難しいと思うんですが…」
「ああ。取り敢えず、正しく分かっているのはこの事態は人間が想定している以上に何かが何処かでおかしくなっているという事だけだ。孰れにせよ事態の解決に向けて動くのは変わらない」
それに些細でさも当たり前のように見えることだが、霜の巨人は巨人族と人間に対し敵対していることを付け足される。
「お前達が拠点にするのは湖の村だ。今日斃した巨人の首を土産に持って行く。それでごねる者は居ないだろう。戦士は対等に扱うのが巨人だ」
続けて、明日のルートをざっと見積もり役割を確認する。それが終わると、各自自分の寝床を整える。
「――崇」
「はい。何でしょうか、師匠」
「お前本当にでかくなったなあ」
「っ、何ですかおもむろに――」
テオドールが崇の頭を掴み下げさせる。
「(お前、巨人から何か感じたか)」
「……!
(…自分で言うのも変ですが。薄らと、匂いがした感覚がありました)」
「そうか」
なら良い、とテオドールは崇の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「寝る前なのでやめて下さい」
「昔は同じ毛布に丸まってすぴすぴ言っていた奴がな~~流石にもう無理だな」
「あの頃のテントだって二人で入るのは無理ですよ」
「…」
声は聞こえてないが、クロードやウォルフとは別のベクトルで師とは仲の良さそうな(そしていつも以上にマイペースな)崇を優一は遠巻きに見る。
「どうした、優一」
「あ、いえ。焚火の火はつけたままでいいんですか?」
「いや、消す。ここ洞窟だしな。一酸化炭素中毒で死ぬ可能性普通にあるからな」
そうなったらいくら強くても全滅は避けられない。寒くなりそうね、とクロードは毛布を広げる。
「こういう時炎属性の使い魔だといいわよねー」
「あれ、クロードは炎属性でしょ」
「アタシ単一属性じゃないからそんなに恩恵ないのよ」
話を終えて崇も自分の寝床を整える。焚火は消すものの、外でのキャンプより快適に眠れそうだ。
ウォルフが焚き木を崩して火を消すと洞窟が真っ暗になる。外では吹雪の音が鳴っている。すぐには慣れない。しかし今日一日の疲労は、全員を苦も無く眠りの世界に連れて行った。
翌朝。日の出。
崇が目を覚ますと既にテオドールは毛布から抜け出し顔を洗いに行っていた。右手側を見ると小・大・中な並びの寝袋蓑虫。小蓑虫と中蓑虫が大蓑虫を圧迫して寄り添っている。筋肉量の多い人は体温が高いと聞くが、寝袋に入っていてもそれは感知できる程なのだろうか。
崇も昨日ウォルフが見つけた小川に向かう。顔を洗ってさっぱりして戻ると、枝を集めてきたテオドールと顔を合わせた。
朝露で湿気た枝も火の属性なら問題ない。テオドールの使い魔の炎の精霊が枝の上に腰かけると難なく水分が抜けた。
「有難うございます、フレイミア」
『ふ、気安く呼ばれるのも久しいものよな。顔を合わせるのも久しいというのに、彼奴は話が長い…昨夜は話しそびれたではないか』
崇が「フレイミア」と呼んだこの炎の精霊は、かつて崇が古代の蘇生を行った際に力を借りた精霊だ。燃え盛る炎の髪を持つ、原初の炎の精霊である。フレイミアはすん、と鼻を鳴らすと、やっと起きてきた三人の方向を注視した。
「どうかしましたか?」
『あの男の児、夜の精と契約しておるな。寒さには耐えられぬのか?』
「!ああ…彼らですか。出発前に覚悟はしていましたが、ここは相当こちらに干渉してくる魔力が強いようですから…彼女は特に強く影響しているそうで。馴染む為に彼の中で眠っているそうです」
『嗚呼、成程な。感じはするが姿は無いのは。…しかし、随分と馴染んでおる。よもや熔けてはおらぬだろうな』
「それは無いかと…」
薪を組んで焚火を作る。湯を沸かし、ホットサンドメーカーも出してコーヒーとホットサンドの朝食を作る。
朝食を終え、身支度を整えたら昨日倒した巨人の所に向かう。
「うーわー……」
「見ないで良いよ…」
どこからか出した巨大な麻袋に不死の巨人の首を入れて口をきつく縛ると、テオドールは深みの戦車を召喚し麻袋を乗せる。
ルートは小川を遡り、湖に繋がる本流を登っていくルートだ。テオドールが来た道を使うため先導はテオドールが代わる。
昨日に比べると二日目の道中は平和だった。途中熊と遭遇するもこのメンバーなら問題にもならず、倒した後丁重に埋葬して本筋に戻る。変化を挙げるなら熊の大きさが普通のヒグマの倍以上あったことくらいだが、これは山の中心に近付いているからのようだ。
そして、三日目。
「…あ?」
「どうしましたか」
「地形が変わってやがる」
テオドールが杖を振ると微妙に眼前の風景を遮っていた霧が晴れる。
「崖……?」
「ここまで来て此れか。後一刻位だったと思うんだがな。誰か上空から見れる奴は居ないか。使い魔でも良い」
「あ、じゃあ飛翔体を出しますね」
優一が飛翔体を書き、飛ばすと崖上の画像が端末に送られてくる。
「えーと、ピントが…」
「付けたままでも操作できそう?」
「はい、大丈夫です!できました、確かに道が丁度この真上に続いてます。巨人、ですかね」
ちゃんと優一用に調整して作ったグローブの出来に崇は微笑んだが、丁度目の前の崖で途切れた道と崖上が繋がっているのが分かる映像に眉を下げる。
「遠回りすると…夜になりそうですね。川沿いにはいなかったですけど、山の中だと遭遇率上がりそう…」
「だろうなあ」
どうしようか、と一同考え込む。
「よし、崇」
「はい?」
「行って来ーい」
「いたっ!?」
テオドールが杖の頭で崇の額を叩く。すると、崇の姿が白く煌めく角を持った、あの黒山羊の姿に変わった。
『何するんですか!!いきなり!!』
「その姿なら出来んだろ。梯子乗せてやるから」
『この崖を登れと!』
「出来る出来る」
『一回失敗したら止めますからね!』
「失敗するな」
『ふざけるな』
一通り文句を垂れたところで山羊に変身させられた崇が目の前に切り立つ崖を見上げる。
「大丈夫なのかあれ…」
「野生ならあれくらい平気だろう」
「がっつり家飼いみてぇなもんだと思うんですが」
「元野良が言うと違うなあ」
隠す気の無い皮肉のような返しにウォルフは一瞬苛ついたが、そうこうしている間に崇は三分の二までの高さまで辿り着いていた。しかし高くなればなるほど血の気が引いてくる思いになる。
「足場ないじゃないですか……!!」
「ああもう、見てられないわ……」
そうして、数分後。下からの心配と胃痛を引き換えに、崇は崖上に到達した。
「――着いた!!!」
人間に戻ると魔法で声を拡声し下に伝え、持たされた縄梯子を落す。
『(…大丈夫か?)』
「これは虚勢だよ。怖すぎた……!!」
しかしまだ仕事は終わりではない。へたり込んだ足腰を叱咤してどうにか立ち、下にいる全員に向けて補助の魔法をかける。更に風除けや揺れ防止の魔法を使い、環境を整えようやく崇はゴーサインを出せた。
地形が変わった時の変化か辛うじて草が生えている所に腰を下ろし、全員が登ってくるまで古代を抱きかかえて体育座りで待つとする。
「今すぐ温かいココアが飲みたい……それかグリューワイン……」
『(…任務が終わったら黒い森に寄って帰ってもいいんじゃないか。ホフマンおばさんに作ってもらうのはどうだろう)』
「あーいいね。賛成……」
やがてクロードが登りきり、続いて優一とウォルフが登ってくる。思っていたより優一が気丈だったのは、崇が一人でいつ落ちるか分からない崖を登ったのに自分が泣き言を言ってられない、という決心があったかららしい。師匠はどうやって登るのだろう、と考えながら待っていると、するすると大蛇に変身したテオドールが何食わぬ顔で梯子を登ってきた。人間に戻った時に涼しい顔をしていた事に腹が立つ。
そうして進行を再開し、それ以降ハプニングもなく歩くこと一時間。村の前、川を跨ぐ巨大な門が見えてくる。山の巨人が暮らす『湖の村』に、一行はようやく到着した。




