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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
第三次巨人戦争 前編
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 十一月六日、スウェーデン。『山の巨人(ベルグリシ)』が住まう山の入り口に“パンドラの檻”は到着した。

「それじゃあ優一君、マップの確認はお願いね」

「了解です」

「先頭は崇ちゃん、その次に優一君、アタシ、ウォルフの順で行くわ。落ち着いて行きましょう」

 全員がしっかりと頷く。崇が《灼炉の燠よ》と唱えると、杖先に魔力の朱い炎が灯った。

 山を歩く上で気を付けなければいけないのはなにも遭難や雪での失明だけではない。山は、古来より人でないものが住まう。山そのものが神格であることすら考えられるものも少なくない。だからこそ、そこに入るならば十二分に注意しなければならない。

 人が分け入ることのできない山は神域と同義だ。魔力は濃く、自然の魔力(マナ)が溢れている。ここに住まうものの気分を損ねないよう、正しい歩き方で進む。

 崇が先頭を歩くのはそのためだ。崇は年若いが旧い魔法使いとして()()に認識されている。身の丈もある杖はドルイドの流れを汲み、正しい道を示す。灯した火は自身の居場所を知らせると共に、隊を守る結界の役目を果たす。

 崇は妖精眼を細める。わざと隠れている精霊も少なくなく、攫ってしまおうかと優一に手を伸ばす影もいさえした。崇は普段よりも魔力を多く眼に回していた。見え過ぎるが、山を歩くとなれば当然のこと。

「…崇、止まれ」

 しんがりのウォルフが声を掛ける。唇に人差し指を当てるジェスチャーをとると、ウォルフはぐるりと視線を巡らせる。帽子とゴーグルで分かりにくいが、ウォルフは五感全てを使って感知をしていた。

「――ウゥオォォーーーーーー……!!」

「っ!」

 ウォルフが遠吠えをあげた。狼の遠吠えが森に響き渡る。するとその途端、何かが一斉に動く音がした。

「…あれは…?」

「狼だな。調査か何かで人の出入りが多いって学習してんだろうが……。人間を襲うほど飢えてないはずだが、念のためだ。霜の巨人(ヨトゥン)の異変で獲物が少ないのかもしれねぇ」

 夏のほんの僅かな期間を除いて雪の積もる山だが、環境に適応した動植物は現世のそれと同じように生きている。狼や鹿がいるのもおかしいことではない。

「もし…襲ってきたら、どうするんですか…?」

「……クロードの炎で範囲を焼くか、最悪、崇の魔精殺し(ブリシム)だな。人間がいくら強くても、野生の方が何ものよりも強い。常に命懸けだからだ。一度後れを取れば仲間を呼ばれて囲まれる。群れ一つを殺す覚悟をしなきゃいけねえ」

「群れを……」

 炎だけでなく、崇の魔精殺しを使うとまでなると大ごとだ。

「俺達はこの山に入ってきた侵入者だ。この山の生態系も在り方も知らねえ。だが見た感じさっきの狼は生き物で、精霊の類じゃなかった。ならどうするかは子供でも分かる。生き残った奴だけが、生きる資格を得る。…生きるっていうのは、殺して、奪って、食らうことの覚悟だ」

 途中、休憩を挟みながら山を登っていく。目を閉じればそこは無音の世界で、耳を澄ませてようやく枝から雪がさらさらと落ちるのが分かるくらい、静かだ。

 音が無いとよく感じる。自分達には見えないところに強大な存在が座していることが。下手に視てしまえば引き寄せられ、取り込まれてしまう。

 自分達がどれだけ安全な場所に住んでいるかがよく分かる。かといって日本が何も無いわけでもなく、神の数だけ見ても他国の追随を許さないトップクラスでヤバい国なのだが、日本人の血は神というものに慣れきっているので崇も特にそこまでヤバいとは感じていない。

 神に馴染みやすいのは日本人の最大の特徴だ。だからこそインドア派な崇だが変身時の山羊の性質に引っ張られても自然に触れるのは好きなのだが、こういった場所は結構危うい。手招きしているものが視える。ひとつやふたつではない。

 崇はリュックを背負い直した優一を視るが、どうやら大丈夫のようだ。大陸の血が入っていないからか、それともいわゆる「現代人」だからなのか、引きずられるほど神には近くない。つまり、自分の心配を最優先にしなければ。

 いつもは考えつかないが、本能部分の危険察知というものは見事なもので、崇は自然とそういう考えになっていた。そうしないと連れていかれる。それは厭だ。

「…?」

 風が吹きつけているのでもないのに、杖の火がはためく。常ならばないことだ。

「――伏せて下さい!!!」

 優一が叫んだのと同時に雪の地面が割れた。古代が瞬時に結晶の結界を形成し落雪は免れたが、凄まじい重さを持つ何かの音が響く。

「巨人!!」

 四人はすぐさま散会し、突如現れた巨人を見上げる。姿形は人間と変わりなかったが、十メートル以上はありそうな木々を越えるほどその体躯は巨大だった。

(何…?これ……)

 クロードの肌が得も言われぬ気味の悪さに似た違和感を感じる。視線の先にいた崇も、奇妙な感覚に眉を顰めていた。

「メル、セーフゾーンを作るから、皆の荷物の回収お願い!!」

『ええ!場所の目星はついてるの!?』

「さっき岩陰があるのが見えたから、そこに作るよ!!《執記・飛翔体》!」

 優一は戦闘に巻き込まれないよう全速力でその場から離れる傍ら、執記で飛行が可能な偵察機を人数分書き上げる。文字は浮かび上がるとドローンのような物体に変わり、散会した他三人を捉えられる位置に移動した。かなり遠くから対象を視認できるよう書いたため、ドローンは壊されることがないよう相当離れている。

 ウォルフの耳が声を張って遠ざかる優一を確認すると、忍ばせた延焼弾を構える。

 全員が巨人の一挙手一投足に注目していた。元々ここにいたのか、人間の気配を感じて現れたのか、侵入者を排除しようとしているのか。

 分かっているのはこの巨人――『霜の巨人』が、人間に似た、加えて巨大な体躯という外殻を持っただけの「災厄」であるということだけ。

『―――、―――、―――」

 巨人が大口を開き、何かを吠えた。そしてその掌が人間を掴み握り潰そうと動いた。

「崇!!」

「っ…私か!」

 崇と巨人の掌の間に黒い六角紋の壁が立ち塞がる。崇は目くらましの魔法を使おうとしたが、燃える何かが飛んでくるのが分かるとウォルフの方向へ退避する。飛んできたのは延焼弾だ。

『アアアアアアアアッッ!!!」

 顔の左半分に火をもろに喰らい巨人が悶絶する。

「アイゼンを外して補助を掛ける!出来る限り拘束するけれど、過信しないでいてくれ!」

「時間作ってくれりゃ十分だ!」

 弱気だなと軽口を叩く隙もない。巨人が動く度に地面が揺れ、雪や氷柱(つらら)が落ちる。

「《宙を覆うは黒銀の輝き。炎の凱旋阻む空無し》。

《戒めるは冥府の檻。苛み鎖す絶圏の牢となれ》!」

 一つ目の魔法は降り注ぐ危険からウォルフとクロードを守る天蓋を指示するものだ。落雪や育った氷柱を甘く見てはいけない。簡単に気道を塞ぎ、頭蓋骨に穴が開くことだってある。二人は補助が無くても間抜けな死に方はしないだろうが、その一瞬が隙になり命を落とすことは有り得るのだ。

 二つ目は巨人を拘束する氷属性の魔法だ。部位を消し飛ばすなら炎の属性は霜の巨人に有効なのは先程ウォルフが投げた延焼弾で証明されたのだが、拘束となれば逆効果だ。炎で拘束しようとしても、溶けて揮発しすり抜ける。ならば今の環境より、巨人の体温よりも温度を下げて凍らせるしかない。

 魔法の氷が巨人の足元を覆い、温度を下げることでより冷たく、より広く凍らせていく。だが気のせいだろうか。思っていたよりも凍っていないように見える。

 そう思っていたがウォルフが先程の言葉通り、巨人の動きが鈍った瞬間に巨人の腕を駆け上がった。肩から勢いを付けて跳び、巨人の眉間に狙いを定める。

「らあああッッ!!!」

 闘気を練り纏わせた拳の右ストレートが多少右にずれたものの直撃する。ぐらりと大きくよろめき氷が割れた音がする。その隙を逃さず、巨人の背後に赤い影がはためいた。

「はああっ!!!」

 クロードが赤い両手剣を項に振り下ろす。首を落すまではいかなかったが、深々と開いた真っ赤な傷は致命傷だと確信できた。

 巨大な地響きを立てて巨人が倒れる。着地した二人は巨人の他に敵がいないか周囲を見回す。

 だがその時――再び、地面が揺れる。揺れの正体は崇達の目の前で、首の傷から冷気を噴き再生しながら立ち上がった。

(――待った。あの巨人の傷、赤かった……!?)

「おいおいおい…まさか不死か?」

「あれくらい深くてもダメなのかしら…」

 傷が塞がりきっていないうちにクロードが今度は正面から斬撃を飛ばし、首が斬れないか試す。確かに、首は斬れた。だが巨人は多少ずれた頭をものともせず、まとまっている三人に拳を振り下ろしてきた。

「古代!」

 崇が叫ぶより早く六角紋の結晶が分厚い盾となり攻撃を防ぐ。巨人の首はクロードに斬られる前のように繋がっていた。

 勝機の大半が潰えたことを三人は感じていた。環境や不確定要素で不利な状況なのが分かっている戦いで、最初のラッシュで倒せなければ徐々に不利な状況が出来上がってしまう。

 巨人の行動は単調だが、その力は圧倒的だった。まともに攻撃を食らうことはないが、どのように攻撃しても死なないことが絶望的だった。全身を一気に貫いても、心臓を抉り出しても、クロードの炎で全身を燃やしても駄目だった。雪と粉塵で姿が見えなくなっても、この巨人は正確に崇達の居場所を見つけてきた。これだけ消耗している以上逃げ切るのは不可能に等しいだろう。

(北欧の巨人は不死ではなかった筈。致命傷なら回復はしても弱る筈だ。あんなに再生が早いなんてことは…。……不死の巨人は、確か……)

「―――!!クロード!!ウォルフ!!!」

 崇の頭脳が一つの仮説を導き出した。これで駄目ならどうしようもないが、今の状況から思い当たる『不死』といったらこれしかない。

「どうした!?」

「何か分かったの!?」

「正解かどうかは分からない!どうにかしてあいつを()()()()!そこにとどめを刺してくれ!」

 大分間の抜けたことを言っている自覚はあったが、崇が詠唱を始めると二人はすぐに動いた。

「《妖精の輪で踊ろうよ。湖のほとりで踊ろうよ。でもお前の足は汚いから、楽しい踊りに入れてやらない。お前は川で小石を踏んでるのがお似合いさ!つるつる濡れた石と仲良くしてろ!》」

 今まで崇が使っていた魔法とは明らかに違うものだが、ふざけた詠唱とは裏腹に巨人は何もないのに足を上げてすっ転んだ。

「今!!」

「「分かってる!!」」

 クロードが双剣を構え、ウォルフは鉄の爪を伸ばす。互いの間合いを瞬時に把握したクロスアタックが巨人の首を斬り飛ばした。

 地震のような地響きを上げて巨人が倒れる。暫しの静寂、そして巨人が完全に沈黙したと分かると、三人は拳を突き合わせた。

「――ッシ!」

「よかったあー!」

「きつかった……流石に次が出たら無理してでも撤退だ」

「馬鹿、そういう事言うもんじゃねえよ」

 優一!とウォルフが声を張る。優一が作ったセーフゾーンはちゃんと機能しており、優一もメルヴィスも無傷だった。

「無事ですか!」

「ええ!レーダーに他の反応はない?」

「目に見える範囲なら…ですが、ちょっとこれ調整しないといけないです。先程の巨人、反応が直前に出たんです」

「ああ…確かにそうだったな。アラートが鳴る間もなかった」

 そう話していたその時、探図のレーダーにまた巨大な魔力反応が出現する。すぐさまメルヴィスが『昼の帳(ミディ・ヴェール)』を下ろし、全員を巨人の目から隠した。

「マジで来る奴があるかよ……!!」

『…とりあえず隠したけど、これ、どうしようかしら』

「地道に隠れて行く…しかなさそうよ?」

「ここにきて相当妨害されているね……」

 なるべく音を立てないよう、警戒を緩めず立ち上がる。だがその時、レーダーの魔力反応にもう一つの、巨人と比べるとあまりに小さすぎるポイントが現れる。

「!?」

「……っ、……?」

 崇は懐かしい匂いを感じ巨人の方向を振り向く。先の不死の巨人の遺体が残っているそこに、新手の巨人が現れている。巨人がぐるりと首の向きを向こうに変えたその時、巨大な斬撃魔法が正確に巨人の首を刎ね飛ばした。

「「『!!!???』」」

 巨人の首が地面に着く前に新しい巨人は霜となって消えていく。崇はその魔力の匂いを持つ人物がいる方向に目を向ける。

 左目を縫い、右手に身の丈程の杖を持った魔法使いが、崇達をじっと見下ろしていた。


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