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八日目。七日という日数をかけ、ようやく崇にかかった呪いが解けた。
「やー…お騒がせしました」
「よかった~~!!ちゃんと戻れたのね~~!!」
「ぐえ」
「よかった~…。もう次はないようにしてくださいよ。心臓に悪いんですから…」
「…それにしては楽しんでいたんじゃあないの?」
「えっ」
「…あ?」
「まさか、崇ちゃん……?」
「記憶、あるの?」とその場の空気が崇に問う。
「覚えてはいないよ。ただまあ、写真とかはあるのだろうなと」
「覚えてないのかよ!」
「ほんっと心臓に悪いんでやめてください…!」
「なあに、私が覚えていると不味い事でもあるの?」
「き、気まずいでしょ?特に何もなくても」
ふうん、と崇は信用していなさそうな相槌を返す。
「で、どんな子供だったの?」
「そ、それ僕達に聞きます!?」
「だって覚えていないんだから」
「いい子だったわよ?人見知りもなかったし、好き嫌いもなかったわ」
「ああ。――ああ、だが今とは全然違ったな。喜怒哀楽がかなりはっきりしててよ」
「あー…確かに、それは思いました」
「プリンの形が崩れただけで泣いてよお」
「は?…プリン?」
「後しょっちゅう走って顔から転んで泣いてたな」
「ええ…そんなに泣き虫だったの?」
「かなりアクティブな子だったのよー。写真あるわよ」
クロードのスマートフォンの写真アプリにある「経過観察」のフォルダは一歳児の崇の画像で埋まっていた。決して事務的なものではなく、完全に撮影者の親馬鹿具合が窺えるものが大半を占めている。
「これは撮影会した時の。可愛いでしょ」
「あ、本当だ」
「…珍しいな、否定しねえのか」
「子供が「可愛い」と思われるようにできているのは哺乳類の共通点だからね」
「…。そっちかよ」
「これは雨が降って遊びに行けなかった時のよ」
「うわあへちゃむくれ」
「他人事かよ。拒否られて一番凹んでたのクロードだったんだぞ」
「…ごめんね?」
「いいのよ…」
「はは…。あ、これはその後てるてる坊主作った時のです」
フリルのワンピースを着させられたものや、昼寝をしている様子、顔をべちゃべちゃにして泣いてる顔や公園で笑顔で走っている光景などなど、画像の数は百を優に超えている。
「ああ、そうだった。崇ちゃん、元に戻ったんだから今度龍水郷神社に行ってきてね」
「龍水郷神社?」
「日本の警邏隊で検査をしたんだけど、その時崇ちゃん怖がって逃げちゃってね…」
かくかくしかじか、とクロードが二日目の出来事を話して聞かせれば徐々に崇の表情が面倒臭そうなものに変わっていく。
「ええ…それ多分、私を連れて行く下心があったんじゃあないの?」
「あったとしても…手伝ってくれたのは事実よ?」
「まあこの姿なら大丈夫だと思うけれどさあ」
「あとお前、一昨日誘拐されかかったんだが心当たりねえか」
「え、誘拐?」
「魔術師の男性が竹中さんを連れて行こうとしてたんですよ」
「魔術師?ええ…何だろう、角か血か眼かなあ」
「……今何つった」
あ、と崇は口に手を当てる。
「素材の買手かな、って。もしくは師匠に恨みがある魔術師かも。そっちだったら私も把握しきれないよ」
「そうじゃねえ。角は知ってる。変身での副産物だって聞いてっからな。眼もだ。現世産の妖精眼は希少価値が高いからな?」
「うん」
「お前『血』って言っただろ」
「言ってないよ」
「言ってましたよ」
目を逸らして否定する崇に優一が援護射撃で追い討ちをかけた。
「――なあおい、素直に言えよ、ロベルタ。
い つ ど こ で 売 血 し た ?」
「む、昔の話だよ!人間相手は!」
「ってことは精霊か妖精か!すんなっつってんだろうが!」
「ちゃんと対価は貰っているんだからいいじゃん!」
「お前の言う対価っつうのは物々交換だろーーが!!自分の血を通貨みたく扱うんじゃねえってさんっざん言ってるだろこの森育ちが!!」
「お城育ちに口出しされたくないでーーす!!」
「逃げんなゴラァ!!!」
崇が逃げ出すとすかさずウォルフが後を追う。優一は戸惑ったがクロードは慣れた様子で紅茶を啜っている。
「く、クロードさん、いいんですか?」
「ウォルフから逃げられるわけないもの。崇ちゃんも分かってるわ」
「…クロードさんは怒らないんですか?」
「ウォルフが叱ってくれるからね。現代社会に合わせると圧倒的にウォルフが正しいんだけど、崇ちゃんの感覚だと馴染まないのも分かるから」
二人がそう話している内に廊下からドスドスと足音が聞こえてくる。ドアを開けて入ってきたウォルフは右手に経費の書類を持ち左脇に崇を抱えていた。
「工房で検めっから」
「はいはい」
部門の仲間でも工房には入れたがらない崇だが今回ばかりは観念した様子で一言も発さず、ぴくりとも抵抗しないで工房に連行されていく。
「…どうにも色気のある関係にはならないのよねえ」
「!!??」
「だってそうだったら工房なんていう密室に男女二人きりになんてならないわよ」
「た、確かに…」
優一もここに来た次の日に崇の工房に入ったことがあるからその内装を一部だけだが知っている。確かに密室といえば密室だ。
「まあでも、とりあえずこの件は解決ね」
めでたしめでたし、と笑うクロードだが、工房からは崇の間の抜けたような情けないような声が漏れ聞こえていた。
(了)




