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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
うちの魔法使いがPatter of little feet!
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 三日目。時刻は午前三時。


 地の文から失礼するよ!こんばんは諸君!十九世紀から現役バリバリ活動中の魔法使いにして魔力技師(ハントヴェルカー)、そう、“オズの魔法使い”!オズ・ライマン・バンクロフトだ!

 何故ここで私が話しているか?それはだな、私は今【学院】の研究室ではなく、ロベルタに昔贈ったテディベアに精神を飛ばしたからだ!

 まあ聞くといい。私はな、とても疲れていた。学院に戻ったら研究と製作のエンドレスサイクル生活。一つの遺伝子ミスも許されぬ『器』の作製はとんでもなく骨が折れる。発狂ものに作業が面倒くさい。第一これは国一つ分の人口に相当する人格を持つ我らでなければできない製作方法だ。深く知りたがるのはやめておけ、SAN(サニティー)値が減るぞ。とにかく“オズの魔法使い”という魔法使いは人格が複数あり、それがあって『魂の器(シェーセル)』などという完全無欠の代替肉体を造ることができるのだ。

 話を戻そう。その“オズの魔法使い”のメインの人格といえるのが私だ。「オズ王」だ。張りぼての王だが弁が立つ。だからメインとして表れるのだが私も生物だ。疲労はする。だから癒しが欲しかったのだよ。そこで思い出したのが、ロベルタの部屋には今も我らが贈ったテディベアがあるということだ。

 自身の制作物に精神を飛ばすなど造作もない。私は肉体と仕事を他の人格に任せいざテディベアの中へ飛んだ。そして現在に至る!

 さて日本は深夜か?真っ暗で何も見えんな。やろうと思えば動けるだろうが確かこの家はシェアハウス、つまり我らが急ピッチで製作している「腕」の客も住んでいるはずだ。取引中止とはなるまいが、騒ぎは起こさないに限る。

 ぷうぷうと寝息が聞こえる。うーん大人になっても変わらないものだな。…何だか頭がしっとりしているような気がする。

「んん……」

 ぐるんと視界が回る。ちょっと待て、テディベアは窓際に置いていたのではなかったか?

「すう……」

 かっ。


 世界が止まった。かわいい。目の前ですやすやと眠るのはあの頃の、そう丁度テディベアを贈った頃のロベルタだ。かわいい。一体何があった?かわいいな?縮んだのか?かわいいな!!!!!!!!!!

 天の思し召しに違いない。神よ感謝する。ちなみにしっとりとしたものの正体はよだれだった。ああ、そういえばロベルタはよくテディベアをしゃぶってよだれまみれにしていた記憶がある。

 そうか…とりあえず寝顔は私の脳内記憶フォルダに永久保存しておこう。



 朝だ!私はロベルタに抱きかかえられて移動している。大き目に作ってよかった。引きずられるのは少々忍びない。一緒にウサギのぬいぐるみもロベルタは抱えていたが途中から引きずられていた。ふっ。

 目覚まし時計が鳴ると使い魔(ファミリア)の熔鉱蜥蜴が人型になってロベルタを起こし子供服に着替えさせていた。少し落胆したような、安心したような表情をしていたところから察するに何らかの術でこの状態になってしまったのだろう。相当な術師なのだろうな。ロベルタの魔力抵抗を破って発動した術がこれというのはなんともいえないが。

 リビングには他のメンバーが既に下りてきていた。家事は普段から分担して行っているようで、茶髪に眼鏡の男…グレイズだったか。そいつが朝食を作っていた。まあ、イギリスの朝食は美味いからな。ロベルタにはトーストとスクランブルエッグ、ミートボールを食べさせていた。ロベルタは食べるのが下手なのだなあ。子供というのは皆こうなのだろうか?

「昨日から変化はないわね。順調、ということよ。あと四日ね」

「昨日のが影響してなくてよかったですね。あ、ウォルフさん目玉焼きいくつ食べます?」

「三枚。ありがとな」

 男三人だというのに滞りなく家事をしロベルタの面倒を見ている。雑な世話はされていないようで何よりだ。

「優一君、今日は午前授業だったかしら?」

「はい。午後何か用事ですか?」

「ええ、昨日崇ちゃんが会った神様の神社にお礼に行っておいた方がいいって宗像さんが。現世(こっち)にも同じ神社があるそうだから、行けるうちに行っておきましょう」

「分かりました」

 「カミサマ」、だと?…昨日何があったんだ。もしや、ロベルタがまた何かを視たのか?切羽詰まっているようには見えないから大丈夫なのだろうが、心配だ。しかも全員日本語で会話をしている。私も日本語を学ぶべきか。これでは単語を聞き取るのも怪しい。

 ロベルタが朝食を食べ終わった頃に藤崎はカバンを持って出て行った。学校だろう。私はというと、積み木で遊ぶロベルタに足を掴まれている。せめて手にしてくれと願ったら手を口に含まれた。違う、そうではない。

 後悔はしない。後悔はしないが、私の見立てが甘かった。いや、想像力をしっかり働かせるべきだった。窓際に置かれておらず、ロベルタのお気に入りのぬいぐるみとしていつでも一緒、なのはいい。しかし持ち方に始まりとにかく「物」扱いなのだ。当たり前だ。掴む、引っ張る、そしてしゃぶる。痛覚は無いが感覚はあるため、色々な意味でしんどい。お願いだから振り回したり投げたりしないでくれよ。手足が取れようものならしばらく幻肢痛に悩まされそうな予感さえする。

 …だが、こうして間近でロベルタの様子を見ることは無かった。笑顔のかわいい、よく動き、よく遊ぶ子。人見知りもほとんどない、あの頃のロベルタ。時折何もない所を見つめていたが、それでロベルタが怖がっているとステイルは真っ直ぐに引き金を引いて悪魔だの悪霊だのを殺していた。幼子というのが拍車をかけ、常人はおろか我ら魔法使いにも見えないものを視ることができたくらいに強い妖精眼を持っていた。

 この家はそういったものがいないように見える。まあ、【教会】の騎士が居れば当然のこと。多少のいたずらをしても基本的に善良な、良い『隣人』ばかりだ。

 合格。今更何をとロベルタは言うかもしれんが、そもそも男二人女一人でシェアハウスに住むなど私は断固反対なのに報告は事後報告もいいところのシェアハウス生活開始から四年後だったのだ。乗り込むにもロベルタから情報は与えられないどころか一切の足取りを追えなくされた。流石は諮問探偵の孫娘というべきなのだろうが本気でされてしまっては手も足も出ん。人格総出で探し出そうとした時は「それはどうかと思う」などと言う者が現れる始末。悲しい。

 しかしまあ、こうして今見れたので満足である。今日はロベルタが眠るまで私は体に戻らんぞ。

「ロベルタちゃん、昨日会った神様のこと、分かる?」

「…や」

 おや、珍しい。ロベルタが不機嫌そうにしている。カミサマというのが原因か。

「もう。昨日、宗像さんがロベルタちゃんを探していた時、手伝ってくれていたそうなのよ。だからね、ちゃんとお礼を言いに行きましょう?」

「むー……」

 抱っこされているため表情は見えないが渋っているようだ。

「それでね、その帰りにウサちゃんのお洋服を買いに行きましょう?」

「およおふく?」

「ええ、とってもかわいいお洋服とか、リボンがあるお店屋さんがあるの!とっても可愛くなると思うなあ」

「…いく!」

「ふふ、決定ね!それじゃあ今日はウサちゃんとお出かけしましょ!」

 えっ。

「うん!」

 ちょっと。

 ちょっと待ってくれ。私ではなくウサギのぬいぐるみを選ぶのか?あんなに一緒だったのに?

 ロベルタはあっさりと私を離し積み木のそばに置いていたウサギを抱っこしてきた。そんな。

 私は倒れた状態で放り出されたまま、ロベルタがリビングに行くのを見ることしかできない。が、すぐに何者かに持ち上げられた。

 リュピだ。その時、ばっちり目が合った。

「…………」

 あ、気付かれているな。

 待て。話せば分かる。きっとお前なら分かってくれると信じたい。激務に追われる者同士共感できるストレスの結果なのだ。信じてくれ。その養豚場の豚を見るような目をやめんか!

「よかった。これでテディベアちゃんを洗えるわね」

 洗う?

「ウォルフ、お出かけしてる間にこの子洗ってくれない?」

「洗濯機で洗えんのか?」

「ええ、ブラッシングしてから洗濯ネットに入れて、手洗いコースで洗えば大丈夫よ。脱水はタオルでやってね」

「分かった」

 …洗濯機?は?え?

 洗濯機というのは、あれだろう。洗濯する機械。最近だとドラム式がどうのこうの。とにかく回転するやつ。

 私の首根っこを大きい手が掴む。向かう先はランドリールーム。

 雑にブラシがかけられる。もうちょっと丁寧にやらんか。そしてそのまま網の袋に入れられる。狭いし外が見えん。待て待て待て。今開けたのは洗濯機か。話をさせてくれ。あ、これに発声機能は付けていない。思い出した。それをしようとしたらステイルが額に銃を押し当ててきたのだった。

 グレイズが洗濯ネットに入れた私を洗濯機の中に放り込む。投げるな。

 まずいまずい。蓋を閉めないでくれ。しかし無情にも洗濯機の蓋は閉められ、僅かな透明アクリルの部分から光が漏れている。

 そして、終末を告げる音がした。


ピッ。


 妙に泡立つ水が流れ込んでくる。そして、世界は回り出す。

 いやだあああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


――――――――――


 ゴウンゴウンと洗濯機が回る。

「…なあんかうるっせーなあ今日の洗濯機」

 ウォルフは洗濯機の前で首を傾げていた。


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