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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
うちの魔法使いがPatter of little feet!
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「…おそと」

 崇が目を開けると、そこは緑の芝生広がる公園だった。閉塞感が支配する警邏隊舎は影も形も無く、気持ちの良い青空が広がっている。

 遊歩道では老夫婦がゆったりとした足取りで散歩を楽しみ、ベンチでは乳母車に子供を乗せた母親が休憩している。人通りはそれほど多くないものの、それぞれが思い思いに過ごしている。

 陽射しは柔らかく、景色はこの崇には馴染みの薄い、新鮮なもの。崇は遊歩道を通って公園の出口へ向かった。


 一方、目の前で崇が消えるのを見た大人達は大騒ぎだった。

「隊舎から消えただと!?結界をどうやって抜けた!」

「わ、分かりません!探知機には何も引っかからず…!」

「使えん奴め!」

「ああもううるさいわね…!管理官さん、アタシ達も出させてもらうわよ!ここじゃ追跡ができないわ」

「待て貴様ら!元々とはお前達が原因!これだから異人は――」

 唾を飛ばしながら怒鳴る警官に流石のクロードも眉根に皺を寄せる。不安そうに見上げる優一に個人的な憤りはすぐに隠しどう返すかと考えたところに、白袖が間に入った。

「結界のことは君達でどうにかしておくれ。彼らには消えた子の追跡を命じたから」

(「後から僕も出るから、先行っておいて」)

(「ありがとうございます」)

 小声でやり取りしてクロードは優一の腕を叩き足早に隊舎を出る。

「ここなら開ける?」

「はい。メルヴィス、執記(ルート)に魔力を乗せて」

『分かったわ』

「いくよ。…竹中さんの発信機は外してましたけど、古代さんがついてくれて助かりました。ロストはしてません」

「とりあえずは安心ね」

『それはいいけど、これどこか分かるの?』

「「……」」

 執記で描かれたのはどこか見覚えがあるようなないような、「魔力世界側」の東京の地図。昏いオレンジ色のポイント――古代の発信機だ――はゆっくりと移動している。見たところ、公園と思われる場所から出た様子だ。

龍水郷(りゅうすいごう)公園やね」

「宗像さん」

「やあ、的確に飛んだと思ったらここなら納得だね。龍が棲んでいたと云われる霊場だ。でも少し危険かもしれない」

 宗像は懐から人形(ひとがた)の札を取り出すと息を吹きかけ、飛ばす。

「彼女、霊力も別格だ。あんなに澄んだ銀白の眼をしていたら(けがれ)も寄ってくる」

「え、今はいないんじゃなかったんですか?」

「討伐軍を編制するようなものはいないけど、低級のはそこらにいるよ。妖怪もいるかもしれない。まあ大丈夫、現場はこっちに任せてよ。その追跡、こっちに転用できる?」

 宗像は先程の人形札より一回りほど大きいものを優一に渡す。優一は自分が知る方法で追跡術式を組み合わせ、札が今古代がいる所に飛ぶよう仕掛けた。

「これでどうでしょう…?初めてやったのでおかしいところあるかもしれないんですけど…」

「まあ、大丈夫やろ。じゃあちょっと僕も行くから、引き続き追跡お願いね。巻き込まれないよう後からおいで」

「速っ!!」

 おっとりとした人柄からは思い至らない速さで宗像は駆けだした。すぐに後ろ姿は小さくなり見えなくなる。

 不甲斐ないがこちら側での土地勘も無く戦闘経験も無い自分達ではどうにかしようとしたところで足手纏いだ。悔しさをぐっと拳に握り、二人は宗像の後を迷わないよう追い始めた。



 公園から出た崇はどこへ行くでもなくぽてぽてと歩く。街中であるため道は舗装されており、通る人は洋装も和装も混在しており崇を珍しそうに見る人はいても奇異の視線はない。

 そうしているといつの間にか人が少ない道に入ったようだ。少し不安にはなったが、危険な空気は感じなかったためそのまま進んでみる。

『――おや。そこな童、銀眼ではないか』

「……。……」

 すると、声が聞こえた。左手側を見ると大人が座るのに丁度良いくらいの岩に浅葱色の龍の角と尾を、それより薄い透き通った水のような色の髪と目を持つ美丈夫が座り物珍しそうに崇を見つめていた。

 その姿を崇はしっかりと捉えていた。が、何も見えなかったように声を無視して再び歩き出す。が、その胴にぐるりと龍の尾が巻き付き宙に足が浮いた。

『待て待て待て。そうしっかり無視することもないだろう』

 崇は美丈夫の膝に下ろされる。全く知らない大人にも人見知りする様子を見せなかった崇だが、何故かこの美丈夫には素っ気ない。

『この匂い……大陸のではないな。だが異国の匂いだ。しかし佳い目をしている。銀眼を最後に見たのはいつだったか――』

「や」

『ぶっ。……童、不敬であるぞ。龍水郷の名を知らぬか』

「しあない」

 崇は間近に近付いてきた美丈夫――「龍水郷」の顔をテディベアで拒否する。龍水郷の額に薄く青筋が浮かぶが、そんなことは知った事では無いと言いたげに顔を押し返す。

「や!」

『これ、暴れるでないわ!取って食いなどせん、大人しくしておれ!』

「や!!!」

『(…離せ!)』

『っつ…!?』

 古代が龍水郷の手を燃やした。フードの中に潜り込んでいた古代に龍水郷は気付いていなかったらしく、思わず崇を離す。崇は転びそうになったが古代が妖精の魔法で上手く立たせると、そのままある所まで走っていく。

『くっ…』

「つえてかれないもんね!」

『こっ…の……!』

 べーっと舌を出すと崇は背を向け元来た道を走っていく。龍水郷は手を伸ばそうとしたがそこから動けない。崇が立ち止まった所は龍水郷の領域、すなわち『神社』の境界の外だった。

『とんだじゃじゃ馬ではないか…!おのれ…』

 残念だ、と龍水郷は大きく溜息を吐いていた。


 再び人通りの多い通りに出ると、今度は真っ直ぐに進む。しかしそこで、崇の肩を誰かが叩いた。

「あー、お嬢ちゃん?こんなー…ところで、どうした?」

「…異人の子か?でも現世っぽいカッコだよな」

「迷い子か?」

 それは黒装束に刀を携えた男三人だった。元の崇なら背丈は同じか、もしくは彼らの方が低いかもしれないが、今の崇にとっては山のような大男。袴の上下が黒いのも良くなかった。

「っ……う…」

 崇には警邏隊と御刀衆の区別はついていない。テディベアを抱きしめ、じり、と足が後ろへ下がる。

「あっ、や、怖くないから!ええっと、おい、どうするよ!」

「馬鹿、デカい声で話すな!」

「~~~っ!!」

「あっ!!」

 崇は脱兎の勢いで走り出した。注目が集まったのにも気にせず人の間をすり抜けとにかく御刀衆の見回りから逃げ出す。服装が珍しいとはいえ人の多い通りで逃げた子供を追うのは難しく、三人は崇を見失った。

「っ…!はっ…はっ……」

 とにかく走って走って、息が苦しくなって崇は足を止める。だがそこは先程の大きな通りではなく、人のいない暗い道だった。加えて空は雲が広がり、青空ではなくなっている。崇はふと、肌寒さを感じた。

「さむい……」

『(…ロベルタ。じっとしていてくれ)』

 古代は崇の周りに結界を張る。空はどろどろと暗くなり、気味の悪い空気が広がっている。

『(…!そこか!!)』

「きゃっ!?」

 古代が炎を吐いた。崇は思わず目を瞑り縮こまったが、錆びた金属をこすり合わせたような臭いが鼻をつく。

『ゲ……ヒヒ……』

『(…ロベルタ、目を瞑っておくんだ。大丈夫。俺が、守る)』

 悪霊だ。崇の霊力に誘われ集まった悪霊が一つになったのだろう。相当な大きさの悪霊が結界越しにとぐろを巻いている。

 やがて悪霊は結界を破ろうと鬼火を飛ばし、体当たりを始めた。古代は盾を形成するが悪霊は執拗に攻撃を続ける。直接ぶつからなくても崇はその霊力を衝撃として感じてしまっている。

『(…ロベルタ、怖がるな。こいつらは怖がると面白がる。…大丈夫。大丈夫だからな)』

 古代は一つ、判断を誤っていた。崇がパニックになるのを避けるあまり、その行動を自由にさせすぎていた。崇の“魔精殺し(ブリシム)”は先天性のもので、魔力や霊力について何も分からず知らない年齢でも発現しないなどとは言い切れない。泣いて嫌がったり怖がったりしているだけならまだいいが、その恐怖心が魔精殺しと繋がることこそ最も恐れるべき事態だと古代は考えていた。

 古代は崇が悪霊に囲まれる前に人型をとり、崇を連れて逃げるのが最善策だった。今なら学院での戦いの時のように『退化』し強制離脱を選択すれば逃げられるかもしれないが、それは古代自身の魔力だけでなく崇の魔力も使うことになる。何が起こるか分からない以上リスクが上回る。

(俺の場所はユウイチが把握しているはずだ……それか、さっきの御刀衆の男らが追って来ていればまだ……)

『キキッ、寄越セ、ヨコセ…!』『綺麗ダナア(オイシソウ)綺麗ダナア(オイシソウ)…!』

『だ…ま…れ!!』

 結晶の顎が悪霊の頭を粉砕する。しかし悪霊はすぐさま分離し、結界に突進する。

『やめ…ろ…!!』

 だがその瞬間、鈴の音が響いた。

『――!?』

「…?」

 続いてもう一回、二回と鈴の音が響く。その感覚はどんどん短くなっていくにつれ、悪霊の「臭い」が薄まっていく。

(これは…)

 連続した鈴が止み、最後に一回、シャンと澄んだ音が鳴る。そして黒い霧を払い現れたのは、宗像だった。

「ようやく追いついた…!遅くなってごめんよ、古代君。それと、ありがとう」

『(…主人を守るのは当然のことだ)』

「いや…本当に、よく持ちこたえてくれた。もう大丈夫。これでも副隊長を預かる身だからね――」

 眼鏡の奥の目が細められる。それだけで悪霊達は身を竦ませたが、逃げるには遅かった。

「――一番隊の領分で好き勝手してくれたね。仕置きをしなければ」

 宗像が強く地面を踏むと霊力が一気に広がり、悪霊の半分が消え霧が完全に無くなった。背を向け遠ざかる残りの悪霊に向け宗像は札を構える。

「《召霊、不動明王俱利伽羅剣。急急如律令》!!」

 そう唱え札を投げると空中で札が燃え、その炎が龍のように巻き纏っている剣になる。その剣は瞬時に悪霊の数だけ分かれると、一匹も逃さず貫き焼き祓った。

「ふう。もう大丈夫、全部祓ったよ!」

「『………』」

「あれ?ふたりとも大丈夫かい?あっ、来るの遅れたの怒ってる?」

 先程の気迫はどこへ行ったのか、わたわたと慌てる宗像の足に崇が抱きつく。

「…ごめんなさい……ぅ、ぅ……」

「…いいんだよ。よくがんばったね、ロベルタちゃん」

 ぐじゅぐじゅと泣く崇の頭を優しく撫で、ほら、と顔を上げるよう促す。

「クロードさんと藤崎君だよ。まずは怪我してないよーって安心させてあげんとね。それで、ちゃんとごめんなさいで万事解決。ちゃんと言える子やからな、怒られるのもちょっとだけさ」

 崇の姿を見つけた二人が走ってくる。崇はこくんと頷き、クロードに力いっぱい抱きしめられた。


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