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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
うちの魔法使いがPatter of little feet!
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「あの…惟神(かんながら)ってどういう組織なんでしょうか…」

「ヤクザさんじゃないよ!誓って違うよ!!」

 定食屋「梅」にて。優一は魔力世界の日本に着いて早々げっそりしていた。

「あの子達は御刀衆(おかたなしゅう)の隊士だから帯刀してて、あと前線配置が多いからこう…厳ついだけだから!」

 こうなっている原因は数分前、鳥居が設置されている建物――【惟神】の隊舎から出た時のこと。

 それまで、隊舎の出入り口まではすれ違う隊士は宗像と同じような陰陽装束だったが、玄関口にいたのは日本刀を持った黒装束の「武人」というべき男達。現代日本では絶対に見ることの無い気迫に、まず優一はここでビビった。しかし極めつけは次の瞬間に起こる。

「「「お疲れ様です宗像副隊長!!!」」」

「お疲れ様。異常はないかい?」

「はっ、(けがれ)の出現はありませんでした。晴天なのもあると思われます」

「ありがとう。今日はお客さんが来てるから、これから変化が起こるかもと午後の子達に伝えておいて」

「了解致しました!行ってらっしゃいませ!」

「「お気をつけて!!」」

「よろしくねー。じゃあ行こうか…あれ、どうしたの?」

「・・・・・・・・・・」

 ――…というのが、一連の誤解の流れである。

「クロードさん、笑ってないでフォローくださいよ!」

「いや、あれは確かに極道よ」

「真顔で言わんといてください。そりゃあ一番隊(うち)は御刀衆が多いですけど…。とりあえず、そこらへんからかな」

 そう言って宗像の説明が始まる。その内容は、以下のようなものであった。


 まず前提として、魔力世界の日本には二つの「御世」がある。これは人為的に移り変わるものではなく、またいつ変わるのかは不明だが、季節が移り変わるものであるのが当たり前の事象であるように二つの御世があることがこちらの日本では摂理となっている。

 一つは、『和御世(にぎみよ)』といい、『穢』と総称される日本固有の化生や災厄がほとんどおらず、平和な御世。もう一つが和御世とは対極の性質を持つ『荒御世(あらみよ)』で、強大な穢が生まれ、国を荒らす御世だという。大嶽丸や大百足など、物語にその名を残す妖怪などはすべからく荒御世に台頭した妖怪、災厄であるそうだ。

 この『荒御世』に備え、生まれ出る『穢』から国と人々を守る組織が【惟神】である。

 【惟神】は事務局と武装局に大別され、その武装局にある衆が話の中に出てきた『御刀衆』と『陰陽衆』である。

 『陰陽衆』は、その名の通り陰陽道を扱うもの、つまり陰陽師や、神道の術師など、日本で発展し受け継がれてきた『術』のエキスパートが揃う衆で白兵戦以外の全般を担っている。

 そしてその白兵戦を担うのが『御刀衆』。こちらも名前の通り刀での白兵戦を主要任務とする衆で、侍や武士のような出で立ちの隊士も少なくない。

 武装局はこの二つの衆が主となり、一番隊から九番隊までが各地にそれぞれ置かれている。東京都に置かれているのは一番隊で通称「武蔵」、京都に置かれているのが二番隊の「京」、だという。御刀衆と陰陽衆、どちらが隊運営の主導権を握っているかは隊によって異なり、一番隊は隊長が御刀衆のトップであることから御刀衆の隊士が多いのだそうだ。


「まあそういうわけでね…御刀衆はゴリゴリの武闘派やから見目もごっつい子が多いんよ。京は陰陽衆の長が隊長やから、陰陽師が多いんやけどね」

「そういう風になってるんですね…」

(ん?京都が二番隊…?)

「どうしたの?」

 ふと、疑問が浮かぶ。建物や服装から見てもこちらの日本は現世とかなり異なり、西洋化はほとんど進んでいないように見える。

 ならばどうして、京都が「二番隊」なのだろうか?

「あの…こちらの天皇様って、もしかして東京(こちら)に遷都していらっしゃるんですか?」

「……勘のいい子は嫌いやないけど、それ、京で言ったらあかんよ」

(ヒエーーーーーー!!!)

 武装局の闇を覗いてしまった衝撃で優一は思わず揚げたてのカニクリームコロッケを飲み込んでしまう。

「そこまで気付いたなら分かると思うけど、もし「京」の隊士と関わることがあっても絶対に「二番隊」って言うたらあかんからね。若い子やったらセーフやけど、見た目じゃ歳分からんから」

「肝に銘じておきます」

「どこの国にもあるのね、そういうの…」

 クロードも心当たりがあるのか崇に食べさせながら遠い目をしている。定食は普通に美味しかった。

 そうして昼食を挟み、食後の運動がてら歩くこと十分程度。旭日章を掲げる門が見え、五人は日本(ひのもと)警邏隊本部に到着した。

「こんにちは、“パンドラの檻”の皆さんに宗像副隊長!お待ちしておりました、どうぞこちらへ!」

 出迎えてくれたのは朗らかな女性隊員だった。警邏隊舎は惟神の隊舎よりも厳格な雰囲気が支配しており、自然と背筋が伸びる。

「改めまして、ご足労いただきありがとうございます!私は刑事局の捜査支援分析管理官の旭山蜜音と申します」

「同じく捜査支援分析管理官の眞崎秀治です。今回は竹中さんが受けた身体及び精神退行系の呪いの検査となります。“パンドラの檻”の皆様はこちらで呪術検査を受けたことはないようなので、簡単に説明させていただきます」

「はいはい、眞崎が説明すると長くなるので、現物を見てもらいます!あ、そうだ。確認なんですけど、竹中さんは使い魔がいますよね?その子は今どうしてます?」

「その子ならここにいるわよ」

「ふむ…使い魔さん、貴方自身に何か異変とか、体調不良はありませんか?」

『(…ない)』

「わ。なるほど…使い魔さんは問題なさそうですね。ありがとうございます!それではこちらをご覧ください!あ、代表さん、()()はありますか?」

「あら、視ていいものなの?」

「はい!というか、視えないと何もないように見えるので!」

 クロードが出したのは黒いフルリムのシンプルな眼鏡だ。クロードは普段は裸眼で、視力の衰えもないためコンタクトも眼鏡もかけない。ではこの眼鏡は何かというと、「霊力を可視化するための眼鏡」である。

 クロードはキリスト教圏の出身であり、また【教会】の『騎士』であるためその関係上普段は「霊力」が視えない。視えないだけで感知は働くため視えずとも問題無いが、今のように視えた方がいい時もある。その時にかけるのがこの眼鏡だ。

「こっちは陰陽術を組み込んでるので、見た目がなかなか凄いんですよー」

「う、わ」

「あはは、現世にあるものと同じように測定できるので結果はご心配なく。このガラス筒の中に入ってもらって調べさせてもらいます。怖がるかもしれないので隠蔽術式を重ねておきますね」

 きょとんとしている崇を装置の中に立たせ、テディベアを持たせる。崇個人のデータをとるため、使い魔の古代はもちろん、大人が抱えて測定することもできない。

「怖くないからねー、ここでじっとしててね。座っても大丈夫だから、終わるまで動かないでね」

「あい」

 崇はかなり物分かりの良い子に見え、おおむねその通りだった。扉が閉まってもテディベアを強く握り締めはしたが、怖がる様子はない。

「それでは始めます」

 測定を開始すると、陰陽印が床に広がった。そこから文字が逆流して染み出すように術式がガラスを覆っていく。確かにこれは不気味だ。

(視えてたら泣いてたかも――…ん?)

 ガラスの中で崇はうずくまっていた。ぬいぐるみを抱きしめ、小刻みに震えている。装置には呪印が広がり、一層おどろおどろしい様相となっている。

 「まさか」とクロードが思ったのと同じタイミングで、崇の瞳から大粒の涙がこぼれた。

「うわあああああああああん!!!!!」

「っ!?」

「…!?視えてないはずでは…」

「ぱぱあああ!ままあああ!うっ、ふぐっ、うあああああん!!!」

「ちょっと見せて…いや、視えてるよ!ここまで隠しても視えてるって……並大抵の妖精眼じゃないな」

「ままあ…!うう、うわああああん!!」

「も、もうちょっとで終わるからね!解析は全てキャンセル、後回しでデータの取得に回します!」

 親を呼んで泣く子供の声はかなりの精神を削られ良心が物凄く痛む。管理官の良心の呵責と見事な手腕によって三分後に全ての項目の測定が終了した。

「終わったよ~!頑張ったね」

「っう、ぐす、ぐす……」

「ロベルタちゃん、もう終わったよ。おいで…」

「っ、や!!」

「っ!!」

「ロベルタちゃん!」

 伸ばされた優一の手を叩き、崇はドアに向かって走り出した。思わぬ拒絶に人間全員の反応が遅れ、半開きになっていたドアから崇は出て行ってしまう。しかし不幸中の幸いか、古代が咄嗟に崇の肩に乗ることに成功していた。

 本来なら崇が安心できるよう言葉をかけてやるものだ。小さな鰐の姿でも今の崇と会話ができているし、意志疎通が困難というわけではない。だが、古代は崇の心の声に、どう言葉をかけてやればいいか分からないでいた。

(やだ、やだ、ここ、いや!こわい……!)

 恐怖と拒絶が直に伝わってくる。どれだけ「大人」が優しくても、今の崇の中は「こわいことをされた」という気持ちでいっぱいなのだ。

(《おそと》……!)

「!」

 崇の怯えと願いが『魔法』に繋がる。クロード達の目の前で、崇は魔法の光に包まれ姿を消した。


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