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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
うちの魔法使いがPatter of little feet!
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「…?」

 皿の上でぷるぷる揺れるプリンを、崇はしきりにつついている。

「…それで、今日を含めて七日経てば竹中さんは戻るんじゃないか、という見立てでした。ただ今の竹中さんを直接診たわけではないので、明日東京都の警邏隊舎に来るようにと仰っていたんですけど…」

「ん、まあ想定通りね。今の崇ちゃんを色々調べておきたいんでしょう。精神状態がどうなったかに関わらず、身体退行系の術は悠長にしてられないものが大半なのよ。崇ちゃんは性質の相性があるからでしょうけど安定してるからね、今後のために経過を観察して情報を増やしたいんだと思うわ」

 崇は一旦古代に任せ、買い出しから帰ってきたクロードとウォルフは優一から警邏隊への問い合わせ結果を聞いていた。

 現世で起きた魔力世界側のものによる事件に【警邏隊】は介入しないが、その事件の犯人が魔力世界出身の人間だったり種族だったりする場合には警邏隊に引き渡すことになっている。

 警察組織なのに現世では警邏隊は動かず、その役目を【妖精の輪(フェー=ルウェン)】が負っているため【(ルウェン)】が割を食っているようだが、【輪】はあくまで『境界』を守るのが職務であって刑罰を担うものではない。むしろ現世とその均衡を守る【輪】の手が回せない、司法の領分は警邏隊に任せることで上手くやっているのだ。

『(…ロベルタ、食べないのか?)』

「?」

『(…これは、こう……)』

「!!」

 慣れないながらも昼食の時の様子を思い出し古代はプリンをスプーンですくう。口元に持って行こうとしたが、崇がフリーズしていることに古代も固まる。

『……?…??』

「――うああああああん!!!」

「「「『!!??』」」」

 突然泣き出した崇に古代だけでなく他の三人も驚いた。

「ど、どうした?」

『(わ、わからない……)』

「プリン、嫌いだったのかしら?」

『(それが、食べていなくて…)』

「ど、どうしたんでしょう」

『(分からない……)』

「ううう…うあああん!」

 見たところ、「古代がプリンを食べさせようとしたところ泣き出した」。それ以外に何かがあったようには見えない。

「まだ食べてなかったのか?」

『(ずっとプリンが揺れているのを眺めていたんだが…)』

「眺めてた、っつってもなあ……。………あー?」

 プリンをすくったままのスプーンを取り、ウォルフは崇の口にプリンを入れる。

「うああん……。………んー!」

「……え?」

「泣き止んだわね……」

『(…どうしてだったんだ……)』

 ぐずぐずと泣きながら口をもにょもにょさせ、ころりと表情を変えた崇に一同戸惑いが隠せない。

「……多分な。プリンをおやつだって認識してなかったんだろ。ぷるぷるしてる不思議な物って感じで」

「……形が崩れたから、壊れたって思った、ってこと…?」

「………多分、な」

 なんじゃそりゃ、とウォルフ以外の全員の顔に書いてある。この時ウォルフはすぐ先の展開に想像がついたという意味で真顔になったが、それには誰も気付いていなかった。

 とりあえず崇がプリンを「おやつ」だと認識してくれたので古代にスプーンを返し、話の続きをしようとしたがどこで切れたか三人供思い出せない。

「…そうだった、外遊びできる公園よ」

「ああ、そうでしたね…」

 流石に崇がこの状態になった今日、外に連れて行くのは得策ではないが、明日以降は外出するのだから子供が遊べる公園に目星を付けておきたい。

「不審者の情報が少ない所がいいわよね」

「大きな公園がいいんじゃないですか?人が多い所なら目も多いですし」

「そうは言ったってここ日本だろ、そこまで神経質になることか?」

 などと、話していたのだが。

「うああああん!!」

『(う、ウォルフ……)』

「…今度は何だ」

『(食べ終わったら泣き出した)』

「………」

 食べ物は食べたら無くなる。当然だ。

「ロベルタ、ごはんもおやつも、食べたらなくなっちまうんだ」

「ぷいん……」

「よしよし、悲しかったな」

 ウォルフがあやすも中々泣き止まず、彼の肩が涙と鼻水とよだれで色が濃くなる。崇が泣き疲れて眠り、ウォルフが戻ってこれた頃には公園の話は「明日考えようか」という空気になっていた。



 夜。問題発生。

「――それしか…ないか……」

「ええ……これ以外は、アタシ達にはもう…」

「仕方ないですよ…」

「んむ?」

 物々しい雰囲気を他所に、崇は古代と積み木で遊んでいる。ウォルフは気合を入れるように机を叩き、覚悟を決めた面持ちで立ち上がる。

「いいか、戻った時に崇が聞いてきたら絶ッッッ対にフォローしろよ!!!」

「分かってるわよ!」

「一歳くらいなら何も悪くないと思うんですけどねえ」

「日本人はそうでも海外(こっち)は違うんだよ!」

 ウォルフは袖と裾を捲り上げると、リビングで遊ぶ崇に近付く。

「ロベルタ、お風呂入るぞ」

「おうろ?」

「ああ」

 という事で、お風呂タイムだ。

 丁度飽きたタイミングだったか、崇は駄々を捏ねることなく抱っこされ脱衣所に入る。無論ウォルフだけに任せきりにするのではなく、やり方を見学するためクロードもお風呂グッズを持って後に続く。洗い場に男三人が入るスペースは無いので優一は明日だ。

 崇の入浴をどうするかをかなり深刻に話していたのは、日本とは違い海外では父親が娘と一緒に入浴する習慣が無いためである。優一はピンと来なかったが、ウォルフとクロードには大問題だった。いくら気の置けない友人だとはいえ、ここに住んでいる人間は血縁関係などない赤の他人で、しかも異性だ。崇は自分が縮む可能性を考えていたとはいえ、シェアハウスで共同生活を送っている異性に食事や着替えだけでなく排泄や入浴の世話になったと知ればショックだろう。だからといって他の手段があったかと問われれば否なのだが。

 ちなみにトイレに関しては補助便座でどうにかなった。同年代の子供がどこまでできるかはもうこの際考えない方がいいだろう。そこまで気にしている余裕は無い。

「思った以上に大丈夫そうだな…」

「ねえ、湯船に入れて大丈夫なの?」

「初めてじゃないみてえだからなあ…。何があっても目ェ離すなよ」

 最初は無の境地で洗っていたが、楽しそうにお風呂に入る様子を見ていると見ている方も気分がほころぶ。

「とぅいんくる、とぅいんくる、りーとぅーすたー」

「…「How(はぅ) I(あい) wonder(わんだー) what(わっつ) you(ゆー) are(あー)」」

 舌足らずだがその出だしはすぐに分かった。クロードの声も加わり低音二人にソプラノともいえない子供の声が重なりなんとも奇妙だが、そのきらきら星は今日一日が無事に終わったことを教えてくれた。


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