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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
学院に妖精は謡う
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13


 本棟、第七講堂。

「きゃあああ!!」

「皆、落ち着いて!私達が先導します。転ばないようについてきて!」

 鳴り響くサイレンにパニックになる生徒が出たが、運よく講堂の近くにいた教師が生徒を誘導する。

「藤崎さん!こっち!」

「あ、う、うん!」

(あれ、ユノスは?)

 優一は周りを見回すがユノスの姿は見えない。とりあえず前の人について行こうとした時、紫色の燐光がきらめいた。

「!?」

『ユウイチ、来なさい!』

「えっ!?」

 声が降ってきた時には、優一の足はうごいていた。

「藤崎さん!?」

 自分を呼ぶ声がすぐに遠くなる。あの一言だけで、優一には彼女が「自分」を必要としていたのが分かった。理由は何でもよかった。

「め……一体、何があったの!?」

 それはそれとして、気にならないわけではなかったが。

『…もういいわよ。…この学院には、学院の「全て」を司っている魔石があるの』

 メルヴィスはやや唇を尖らせていたがもう怒ってはいない様子だった。優一は校舎を飛び出し、メルヴィスの後について走っていく。

「魔石?結界の支柱にしているようなやつ?」

『「石」というのは同じだけど、あれとは質も魔力量も格段に…いえ、そもそも規格が違うものよ。それは「魔導石」と呼ばれてる。この学院はそれを保有しているの。途方もない力を秘めているから、この学院は独立した組織でいられるのよ』

「『魔導石』…」

『さっき、その魔導石がある塔から信号弾が上がってたわ。…塔の結界に何かが侵入したのを感じたの。多分この襲撃はそれが目的。あまりにも規模が大きすぎるもの』

「!」

『一回やったきりだけど、あんたとならもし何かあっても戦える。あんたが来たばかりの頃に魔法を使えたのはただの偶然じゃないわ』

 本棟の玄関先にはまだ襲撃の手は入っていないが外側から戦いの音が絶え間なく聞こえてくる。間近に争いが迫ってくる。優一は肩を震わせたが、立ち止まりはしなかった。

「…メルヴィス、竹中さん達がどうなってるか、分かる?」

 優一は走りながらポケットの中に入れたバッジ型の通信器をカチカチと押していたが、その表情は硬い。

『…分からないわ。……苦手なの。ううん…得意なことなんて、ないの』

 メルヴィスが辛そうに目を伏せたのは、優一からは見えなかった。

 塔に向かって真っ直ぐに走る。魔力世界に来たことで優一の魔力探知はやや鈍っていたが、それでも塔に近付けば近づくほど魔力が濃くなっているのを感じた。重く、しかし透き通っている魔力は、まるで宇宙のようだ。

『――あれは…!』

「え…クロード、さん……!?」

 塔の前に、見知った赤髪が伏していた。視線が辿った先に優一はぎょっとする。二刀流の彼が本来剣を握っているはずの左腕は肘上で途切れ、赤い池を作っていた。

「そん…な……っ」

『…息はあるわ。ユウイチ、止血の術式をかけて!』

「……」

『ユウイチ!』

「あ……う、うん……」

 覚束ない動きで記録筆を出し、術式を書く。執記でクロードの出血は止まったが、優一の目には動揺がありありと映っていた。

『…しっかり、しなさい!!』

「痛っ!」

 メルヴィスが指を鳴らすと小さな火花が優一の額に直撃する。

『大丈夫。気を失ってるだけよ。命があるならどうにかなるわ』

「そう…かもだけど」

『忘れたの、クロードは貴方達の部門代表よ?あたしも詳しくは知らないけど、ウォルフがクロードは今までで正面からの戦いなら絶対に負けたことがないって言ってた。その強さは目の前で見たことのあるあんたなら知ってるでしょ?』

「……」

『奇襲されたとしても防御はできたはず。それでもクロードは、ここを絶対に守らなきゃいけないって分かってた。だから自分の守りより伝達を優先したんだと思うの。誰かが必ず気付くって信じていたから!それをあたし達が潰すわけにはいかないでしょう!』

「…そう、だね」

 掌で膝を押さえ優一は立つ。その顔は青かったが目はしっかりとメルヴィスを捉えていた。

「ありがとう、メルヴィス」

『どういたしまして。それじゃ、行くわよ』

「うん!」

 塔の螺旋階段を駆け上がる。不思議と息切れもしないが、張り付いた煤のような不安感が拭えない。最上階の扉の鍵は壊されていた。

 間違いなく、誰かがいる。

(行くよ)

 目線で伝え、優一は扉を開ける。



 天井の形が吹き抜けのような錯覚を起こす。蒼く蒼く佇む巨大な魔導石の前に、ブレザーの後ろ姿が立っている。

「ユノス……?」

 その声に彼は振り向くと、優一の姿を見て目を丸くした。

「優一。よかった、無事だったんだね」

「どうしてここに…?」

「あー…はぐれて、外に出てしまって。建物の中に避難すれば安全だって聞いてたからここに入ったんだ。…すごいね、ここ。こんなに大きな魔石があるなんて…」

 優一は信じられなかった。違う。彼は、違う。言っていることの辻褄も合わないが、そうではない。ユノスとは、「違う」。

「どうしたんだ?優――」

『御芝居は終わりにしてもらっていいかしら?』

「え…?…どうしてそんなことを…?」

『あんた、腐った鉄の匂いがする。ヒトに紛れて上手く隠してたけど、あんた一人、しかもここでなら余計に匂うわ』

「…」

『ついでに、あんたが自分を魔法使いなんて(うそぶ)くならそれも否定してあげる。魔法使いのクラスなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

「…ホームズかよ。あーあ、ちょっと揺らしてやればコロッといくと思ったんだけどなぁ』

『あら、ソウの癖がうつったのかしら』

 目の前の「それ」は嗤うと、自分の顔に手をかける。そして、決して怪盗が変装マスクを脱ぐようにではなく、ミチミチと音を立てて「ユノス」の顔を剥がしていく。

「あれ…は……」

 顔を剥がし捨てると、わざとらしく「それ」は腕を広げる。「ユノス」だったもの、それは肌も顔も髪も、全てが赤色の悪魔(レッドキャップ)だった。

『よお、改めて「久しぶりだな」、優一』

「お前……っ!本当のユノスをどうしたんだ!!」

『おいおい怒るなよ。外見(そとみ)を借りただけだぜ?それよりちょっと取引しねえか』

『取引?襲撃の手引きをしておいて?』

 学院に入る方法は、学院に通じる『門』を使うか学院の森の案内人に乗せてもらうしかない。学院の敷地内にはドーム状の結界が張られているため空からは入ってこれないようになっている。

 しかし現に結界は割れ、襲撃者が降りてきた。外から結界を通るには途方もない時間がかかる。結界の厚さを削るには一日二日では足りないし、そもそもその段階で警邏隊の巡回に引っかかるだろう。ならば、内側から薄くしてやればいい。それならダイヤモンドの熔鉱蜥蜴が壊すことも理論上は可能であるし、それは現実となった。

『この魔導石は結界の出力そのもの。少し弄ってやれば、結界の厚さを変えることなんて造作もないわ』

『流石創立者の娘。よく知ってるなぁ。まあそう決めつけるなよ、良いことないぜ。

俺達の目的は複数あるが、主目的さえ達成すれば引き上げる。そういう契約だからさ。それに優一、ここで会ったのも縁ってやつだよ』

「何を言ってるんだ。お前に会った覚えなんてない!」

『お前は覚えてないけど、俺は知ってるんだぜ。どうして家族がお前を残して死んだか、知りたいんだろ?』

「!!」

 その反応に満足気に赤鬼(レッドキャップ)は嗤う。

「いや…母さん達は、押し入り強盗に殺されて…」

『いいや、違うさ。今のお前ならそれが嘘だって分かってる。だってお前はもう、こっち側を視れるようになってんだから』

 優一の膝の力が抜ける。赤鬼は優一の額に指を突き、その顔を上げさせる。

『ダメ!聞いちゃダメよ!ユウイチ!!』

『確か、深海の魔力だったか。ほら、「潜れよ」。お前の本当の記憶の中に――』


――そうすれば、お前の願いも叶うんだぜ?


 悪魔の囁きが、優一を記憶に突き落とした。


『離れなさい!!』

『うぉっとぉ』

 星の魔力の火花が赤鬼を弾き、メルヴィスは優一と共に魔導石を背にする。

『ユウイチ!ユウイチ!!』

『無駄だぜ、深海の魔力は元々そいつの魔力だ、外からはどうにもできねぇよ』

『あんた……一体何がしたいわけ…!?』

『そんなの、穏便にやりたいだけだよ』

『嘘ね』

『嘘だよ』

 馬鹿にした笑みで赤鬼はメルヴィスを見下す。

『っつてもさー、アンタにも抵抗してほしくないんだけど?アンタが死んだらこの石使える妖精いなくなるし。まあ、母親の劣化版のメルヴィスちゃんにはできる抵抗もないけどな』

『…簡単についてくと思わないで頂戴』

『いーや?優一を助ける小さな希望とか命とかちらつかせられたら簡単に来ちゃうでしょ?辛いねー弱いのって!』

 ケタケタと癇に障る笑い声が響く。だが以外にも、メルヴィスは表情を変えなかった。

『そう。じゃあ、抵抗させて貰うわね』

 抑えた苛立ちの声だが、極めて冷静だ。

『妖精の魂を燃やしてあげる。あんたみたいなお子様には分かんない、価値あるものをこの子にあげる。あんたは精々欲しがって泣き喚く準備でもしておくことね』

 メルヴィスの身体が輝きだす。優一を丸ごと呑み込んで光が形をとる。

 赤鬼は何も分かっていないが、危機感知だけは備えていた。だから動こうとはしなかった。


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