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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
学院に妖精は謡う
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 休日を挟んで、月曜日の放課後。

「ここだな」

「大学棟…っていうか、大学、ですよね」

「確かに留塚もこんな感じだったか」

「ウォルフさんは大学までいたんですか?」

「いや、俺とクロードは高等部で卒業した。崇だな、大学部までいたのは」

「ここの大学部ってだけでもう想像つかないんですけど…」

 ウォルフはイザベラに「定期健診もここでやっちゃおう」と言われ、学院の地理を完全に把握していない優一と一緒に来ていた。一階入り口にある案内図を見て、エレベーターで三階まで昇る。

「あっ、来た来た!よかったーすれ違ったらめんどかったでしょ。ささ、入って入って!」

「お邪魔します」

「おう」

 丁度エレベーター前を通ったイザベラの後に続いて研究室に入る。…と、金曜日に見た顔(優一は見てない)が堂々とコーラを飲んでいた。

「おせーよ」

「ちょっっっと!!!何勝手に冷蔵庫開けてんの!!」

「別にいーだろ後から入れとけばよー」

「それ助手さんのだから!!あーもー、ふんぞり返って座るんじゃないっ!」

 我が物顔で座っているフィリップを椅子から追い落として座れないようにデスクにくっつける。そのデスクには「イザベラ・グレイズ准教授」と書かれたネームプレートがあった。

「さてと…。見苦しいところをお見せしましたが」

 こほん、とイザベラは軽く咳払いをし優一に向き直る。

「改めて自己紹介するね。私はイザベラ・グレイズ。ウォルフお兄ちゃん達の義理の兄妹…ってのはいいか。【討伐隊】の技術開発部兼、この【学院】の変身学の准教授をしています。私はまあ想像つくかと思うけど、討伐隊といっても第二師団…人狼部隊専門の技術開発部の所属だよ。だからウォルフお兄ちゃんと、そこのフィリップの定期健診もやってます」

「おいこらそこのって何だよ。そこのって」

「そこので十分でーす。まあ、今日は別の人にそれをやってもらうとして…」

 イザベラはがらがらとホワイトボードを引っ張てくる。その間にウォルフが先に別室に呼ばれた。

「ではでは、お茶でも飲みながら魔法使いの『変身』のこと、お話しましょう!ほんとに見たまま、感じたままを話してほしいな」

「は、はい。では…」



「っはははは!まーじかよ、ほんとに蛇に変えられたのかあいつ!」

「うわひっどー。いくらやったことがダメなことでもそれは不謹慎でしょ」

「なんだよ、「人を呪わば穴二つ」ってやつだろ?“蛇目(バジリスク)”なあ…。一度見てみたかったけどな」

「でもそっかー…アナスタシアの腕を診て、だめだなーって様子で、どうしようもないけどじゃあこれ…みたいな感じだったんだね?」

「はい。杖の先端をアナスタシアさんの額に当てて、一言唱えただけでした」

「呪文の締めだけ発声したのかな…。じゃあ、次は竹中さん『自己の変身』だけど」

「山羊に変身したこと、ですよね。あれは…竹中さん、詠唱をしないで変身したんです」

「詠唱しないで?」

「はい。月の光のような光に包まれて、ゆっくり前に歩いたんです。一歩一歩進むごとに人の姿から、四足歩行の動物の姿になっていって。光が消えた時にはもう完全な山羊の姿になってました」

「ゆっくりとした変身だった、ってことかな。ぱっと姿が変わるんじゃなくて、姿の変化に逆らわない感じの」

「はい」

「うーーんん……ゴメン藤崎君!【右筆】の方に閲覧申請出すので、藤崎君のとこにその申請書来たら通してください!」

 イザベラは勢いよく手を合わせて頭を下げた。

「えっいやそんな!全然大丈夫ですよ!」

「勉強に来てるのにお仕事増やしてほんとゴメンねー…。やっぱり証言に映像での検証もいるなあ…」

「フィリップ、次お前だぞ」

「んあ?はえーな」

「おかえりー。体調とか筋力とか力加減はもう安定した感じ?」

「ああ。前とほとんど変わらないとこまで戻ったよ。握力は別のとこで計れだと」

 丁度一区切りがついたところでウォルフの健診が終わり、ポットから紅茶を入れる。

「あー壊したんだっけ、前の」

「壊した!?」

「藤崎君、知りたい?ちなみに男性の平均は45から50くらいだよ」

「聞きたいような……聞きたくないような……」

 そもそも計測器は機械の塊だ。固いし重いのが当たり前。

「特に役立ったことねえよ。二百キロだ」

「二百!?」

「人狼だとそれくらいは普通なんだと。骨格とか筋肉がそもそも人間のと比べて機能が明らかに違うかららしい」

 まあ、そんなことはどうだっていいだろとウォルフは紅茶を飲む。

「イザベラ、変身のそもそもは説明してやったのか?」

「ううん、まだ。まっさらな知見が欲しかったから説明してなかったの。それじゃあ、今度は『変身』についての特別講座といきましょう!」


 まず、「変身」がどういうものなのか、だけど。現世の日本出身なんだよね?ならアニメとかでそういうシーンもあったかな。

 ここで研究している「変身」は、まずそもそもの前提として「魔法の変身」と「魔術の変身」に分かれるの。じゃあまず、その大元の「魔法」と「魔術」について簡単に説明するね。

 『魔法』は、一言で言うなら「奇跡を起こす」ことだよ。妖精や精霊、時には神様の力を借りて起こす、人間には絶対にできそうにない「奇跡」を『魔法』と呼ぶんだ。力を借りる相手に指示を届けるための「呪文」と、その魔法を起こす「イメージ」。この二つが合わされば魔法になる。

 対して『魔術』は、一言で言うなら「化学」なんだ。その「結果」が起こる理由…「原理」っていうんだけど、それが魔術では全て成立している。技量があれば、誰がやっても同じ結果を出せるんだ。ただ、その原理を100%理解して術を組み立てなきゃいけないから、一から行うのはものすごく難しいんだ。

 だからといって魔法が簡単なわけじゃなくて、魔法はふんわりとしたイメージでも成立するし他人の力を借りるようなものだから力加減が難しいんだよ。妖精や精霊に、そもそも力を貸してもらえるかどうかも結局は才能とか運に依るしね。魔力世界(こっち)出身の人は魔法使い寄りの人が多いけど、現世出身は魔術師になる人が多いんだって。それはまあ、そのまま「世界」の違いだろうね。

 脱線したけど、魔法と魔術で「変身」に違いがあるのはそのまんまで、魔法でぱっと姿を変えるか、魔術で自分の身体を瞬間的に別のものに構築するかの違いなんだ。でね、ここが言葉のややこしいところなんだけど、全身が変わるだけを「変身」とは呼ばないの。例えば腕を翼に変えたり、足をチーターのものにする、とかも「変身」なの。

「別のものに構築って…魔術って、そこまでできるんですか?」

 うん。ぶっちゃけると、かなりの博打だよ。原理があるといっても、それはあくまで紙と計算の上で成り立ってるだけで、それを人の身体に当てはめたらうまくいく保証はどこにもないんだよね。体の一部を変化させるなら成功率は30%から50%、全身だと20%あればいい方かな。あ、これ「とりあえず姿が変われば」だから、後遺症とか…怖いことが起こらないってわけじゃないからね?

「うわ…」

 しかーし!魔法使いの変身はそうじゃないの!

「え?」

 まず前提として、魔法使いはその大体が無謀な魔法を使わないの。他人の力を借りていて匙加減が難しいってのを分かってるから、自分の能力でできる範囲でしか魔法を使わない。だから彼らが変身を失敗することはまずないんだ。

 私はその「魔法使いの変身」から、色んなアイテムとかそれを応用した魔法を研究してるの。私の髪の毛もそうなんだよ。染めてるんじゃないの。前髪はミントグリーン、後ろ髪は金髪になるように「変えて」るんだー。染めた髪みたいに痛んでないし、違和感ないでしょ。


「とりあえずこんな所かな。変身ってけっこー色々できるんだよー」

「聞けば聞くほど便利ですけど、難しいですね…」

「私はこれが好きでやってるからねー!大学部は変人ばっかだよ」

 でもさ、とイザベラはふわりと笑う。

「これやってるとさ、見た目とかだけじゃなくて、何であっても変われるものだと思うんだ、私は。魔法は特にそうで、考え次第で性質も真逆の結果になるから。何に詰まったりしても、見る角度を変えてみたり、違う面からやってみれば面白くなるんじゃないかな」


* * *


「ふう…」

 大学棟を出てようやく息をつく。研究室での時間はかなり濃密なものだった。

『遅かったじゃない』

「メルヴィス。でも、ためになったよ」

 ウォルフは討伐隊絡みの用事でまだ研究室にいる。メルヴィスがついてこなかったのは、鉄の匂いがするウォルフには近付きたがらないからだ。

『そう。なら、よかったんじゃない?あんたはまず知識が足りてないもの。どんな形でも吸収することはいいことだわ』

 ぽかん、と優一は意外そうにメルヴィスを見上げる。すぐにその目に気付いたメルヴィスは、何よ、と心外そうに眉を顰めた。

「いや、そういう風に言ってもらえるなんて思ってなくて…」

『何言ってんのよ。あんたとあたしじゃ生きた年数が全く違うのよ。あたしのほうが知識も経験も多くて当たり前じゃない。だから言ってんのよ』

「いたたた。ごめん、ごめんって」

 目尻を的確に突かれるれるのは流石に妖精サイズであっても痛い。そうして本棟と寮を繋ぐ連絡通路に向かったその時、メルヴィスが前に進むのを止めた。

「メルヴィス?」

 突然止まったメルヴィスに優一は横目で声をかける。その時、廊下の向こうから人影がやってくるのが分かった。

「おや、こんばんは。講習生かな」

「あ…こんばんは。はい、そうです」

 その人物は、鹿のような動物の骨を顔の半分まで被り、ゆったりとした森色のローブを着た女性だった。

「ああ、彼女と一緒ということは、君が常駐部門から来た子かな。はじめまして。私が学院長のカルラさ」

「あっ、すみません。記録者の、藤崎優一です!」

「ふふ、構わないさ。それより」

 くすくすと特に気分を害した様子もなく「カルラ」は笑う。だがカルラが視線を向けたメルヴィスは、あからさまに不機嫌な様子を隠しもしていなかった。

「め、メルヴィス…?」

「“夜継ぎの精(セーマ)”、少し時間をくれないかな。君と話がしたい」

 そう言うカルラの目元は、骨の頭に遮られて分からなかった。


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