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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
学院に妖精は謡う
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 五日目。

 月曜日から始まって今日は金曜日、授業が終われば休みだ。午後の授業の教科書を取りに寮に戻っていた優一だが、学校の温室に出る廊下の近くでウォルフを見つけた。

「ウォルフさん!来てたんですね」

「よ。調子はどうだ?」

「あはは、どうにか…。ウォルフさんの授業ってなんですか?」

「座学はねえな。前衛学部の演習でこき使われてる」

「あっ、じゃあ、こっちの授業内容には入ってませんね…」

「放課後も普通にやってるから来てもいいんだぜ。やってくか?」

「え、遠慮しま~す…」

 冗談冗談、とウォルフが笑う。その時、ウォルフの背後から猛ダッシュで走ってくる人影を優一は見た。

「ウォルフさん、うし「お兄ちゃーーーーーんっ!!!」

「う゛っ!!」

 ドスッ、と明らかに硬いものにぶつかった音がする。腰にハグタックルを直撃され呻いたウォルフは首だけ後ろを向くと、腰からその人物を剥がした。

「へへへ、奇襲成功~~」

「思いっきり頭ぶつけといて何言ってんだお前は……」

 ウォルフにタックルをかましたのは、斜めぱっつんのミントグリーンの前髪にウェーブブロンドの後ろ髪、眉と眼の色はパッションピンクという、かなり派手な見た目の女子生徒のような女の子だった。

「お知り合い、ですか…?」

「ああ、妹だ」

「へっ!?」

 確かに、突撃してきた彼女はウォルフのことを「お兄ちゃん」と呼んでいた。が、これまで会った彼の弟妹と比べてこの少女はその誰とも似ている感じはしない。

「んー、見ない顔だね。夏期講習の生徒さんかな?」

「あっ、は、はい」

「だったら初めましてだね!私はイザベラ、ウォルフお兄ちゃん達の義理の妹でっす!」

「義、理?」

「そそ!血の繋がりはないの。おかーさんが今のおとーさんと結婚したから、義理なんだ」

「えっ、あ、そうだったんです!?」

 優一にとっては初耳だ。堂々と「似ていない」と言うのも憚られるが、どう返したらいいのかと焦る優一に「イザベラ」はひらひらと気にしてない様子で手を振る。

「気にしなくていいよ~。ところで君は?」

「あっ、すみません。藤崎優一といいます。お兄さんにはお世話になっております」

「フジサキ。…!!君、もしかして一月の狩りの時に部隊についてきてた!?」

 鼻息荒くイザベラは優一の両手を掴む。目を白黒させる優一にお構いなしで、キラキラした目で語り始めた。

「思い出した!君、記録者でしょ!?魔法使いの『変身』を、『自己の変身』と『他者の変身』、そのどちらもを見たんだよね!?」

「え、あ、はい」

「素晴らしい!!魔法使いの変身を、しかも()()()()()を見るチャンスはまずないの!最近の魔法もインスタント化してきてて、そういう複雑な工程を踏む魔法使いは少ないんだ!羽を生やすとか脚を変化させるとかそういう身体の一部を変えるだけで、全身丸ごと変わる『変身』はリスクが高いんだよ!ねえねえ、私の研究室に是非来てくれないかな!?記録者なら証言に更なる信憑性が増すし、私見や認識の変化もまずないからね!どうかな!?悪いようにはしないよ!!」

「ヒョエ…」

「…藤崎、お前午後も授業入ってるだろ。そろそろ放してやれ、イザベラ」

「あっ。…じゃあ、月曜日!月曜日の放課後にうちの研究室においでよ!お菓子あるよ!」

「菓子で釣るなよ…」

「あはは…。えっと、月曜日の放課後ですね。どこの研究室ですか?」

 優一の返事にイザベラはきょとん、と目を丸くしたがすぐに喜びの表情で満たされる。

「やったあ!研究室はね、『変身学』の研究室!大学棟の三階だよ。場所分かんなかったらお兄ちゃんとか他の子に聞けばすぐ分かるから!」

「ありがとうございます。…あっ、じゃあ僕はこの辺で」

 失礼します、と頭を下げていった優一にイザベラが手を振る。お前なあ、とウォルフは呆れた様子で妹の赤くなった額を軽く弾いた。

「あいてっ」

「入りたての講習生にあそこまでがっつくな」

「だって~~。普通変身の目撃者はいないんだよ?被変身者の証言なんてそこらじゅうにあるし、魔法使いの説明はふわっとしてるんだよね~。まあ『奇跡』を起こすのが魔法だからそれは仕方ないんだけど…」

「崇も来てるんだし、頼んでみたらいいだろ。前から見たい見たい言ってたじゃねえか。…おいコラ腹を掴むな」

 ススス…とイザベラはウォルフの後ろに周り、何故かその腹を掴む。

「前かなり巨大化させられたって言ってたけど、筋量そこまで変わってないね」

「話聞いてねえのかよ」

「聞いてますよー。でもでも、流石にご本人にお願いするのは気が引けるんだよ~」

「内弁慶か」

「あと調子に乗って嫌われるのはヤダ…」

「…気をつければいいだけだろ。まあ、頼むんなら自分で頼め。俺はもう行くぞ」

「途中まで一緒に行く~」

 お互いの都合で数年ぶりの再会となったせいか引っ付き虫になった妹を剥がすこともせず、ウォルフは訓練場の方向に歩いていく。が、イザベラが何の気なしに発した単語に足を止めた。

「そうそう、お母さん順調に七か月だって~」

「――は?」

 明らかに落ちた声のトーンに思わずイザベラは口を押さえる。

(あっ、これ言っちゃダメなやつだった?)

「…ベラ、それいつ聞いた?」

「えーーっと…四月に電話した時、かな」

「……っの……」

 ウォルフの名誉の為にここで追記するが、ウォルフは兄弟が増えることに何も文句はない。確かに当主の継承絡みの話はあるが、そこの判断は父親がすることで、ウォルフが言うべきことはもう言い終えている。

 義理の母はまだ若いが、父親は魔力世界の基準でももういい歳だ。

 つまり。

「枯れちまえあのクソ親父!!!」

「こ、声が大きいってばー!」



 ウォルフは臨時講師というよりは、イギリスの【討伐隊】に属し【妖精の輪】の常駐部門で今なお戦闘員として前線に出ている経歴を買われ、先述の機関に加え【警邏隊】などの、いわゆる前衛職に進路を決めている生徒相手の戦闘訓練の教官という形で演習を行っている。

「声が小せえ!!!腹から出せ!!!」

「イエッサー!!!」

「乱戦でそんな声が届くと思ってんのか!!!頭ブチ抜かれたくねえんなら声を張れ!!!」

「…ひえー…。こっちはおっかないわねー…」

「あ、クロードさん!お疲れ様です!」

「久しぶりね、アレン君♪」

 ウォルフ達が訓練を行っているのは第一訓練棟で、近接戦闘の訓練を主に行う棟だ。射撃訓練を行う第二訓練棟、魔法・魔術の戦闘演習で使われる第三訓練棟が学院の敷地内にはあるが、最近の戦闘形態は多様化しており接近戦に魔法や魔術を組み込むことは珍しくもなんともないため、最も広く頑丈な第一訓練棟がトレーニングによく使われている。

「クロードさんはもう授業終わりですか?」

「ええ。最近ちょっと鈍ってるから、体動かしにね。それにしても…」

 今まで部門では見せたことのない様相で檄を飛ばすウォルフにクロードはやや苦笑いする。

「あれを見ると、討伐隊も『軍』なのねって納得できるわ」

「現世でいう陸軍、みたいな感じですよね。俺今空いてますけど、お相手しましょうか?」

「あら、それじゃあお願いしようかしら。あの時はこんな――」

 クロードが立ち上がりかけたその時、訓練場に風が吹き抜ける。

 殺気。この場にいる全員がそれを感じ取った。生徒は咄嗟に警戒姿勢を取り、ウォルフも殺気の方向を振り向く。

 ナイフが三本、風を切ってウォルフ目がけて飛んでくる。

「《止まれ》」

 言霊がナイフを捉えるとナイフは「静止」し、サクサクとグラウンドに刺さる。

「――相変わらず。お前は躾がなってねえ犬のままか?フィリップ」

 ウォルフが見上げた真上には、投擲用のナイフを指に何本も挟み込み、ウォルフそっくりな表情で笑う青年が空中でぶら下がっていた。

「まさか。ソレだってちゃーんと、訓練用のナイフだぜ?」

 茶色の短髪に金色の目、色も顔もウォルフによく似たその青年――「フィリップ」は悪戯を思いついた子供のように笑っている。

「本当に生きて帰ってきたんだな。久しぶりに、俺と遊んでくれよ!」

 飛び降りた動きからフィリップはウォルフのガードした腕に踵落としを入れ。弾かれる勢いで着地しナイフを地面へ向かって投げる。

「《跳ねろ》!!」

 フィリップがその言霊を使うと、地面に向かったナイフは光がガラスに反射するように推進力を増して跳ね上がり、更にフィリップは見えない壁を立てたのかナイフはジグザグに反射し軌道の読めない動きで飛んでいく。

「《落ちろ》!」

 ウォルフに切っ先が迫る間近でウォルフの言霊がフィリップの言霊の力を圧し、ナイフはまたもや地面に刺さる。その間に接近したフィリップはまずは一発、と拳を突き出し、ウォルフはそれを読み片腕でいなす。

 体制を崩した隙を狙ってウォルフはフィリップの体幹を崩しにかかるが、フィリップはそれを読みするりと躱すと距離をとった。ウォルフが蹴りを繰り出すとフィリップは左腕でそれを受け止め、フィリップが体制の狙い目を打った拳はさっとしゃがまれ躱される。

 流れるような拳蹴のやりとりはさながら演武のようでもあった。あくまで外観だけの話、打ち合いの音は重いものだが。

「はっ!!」

 フィリップの拳が『風の刃』を纏う。

「《(はし)れ》!!」

 言霊で突進速度を一気に引き上げ、ウォルフの目が追い付かない内に眼前まで迫る。

「ここだあっ!!」

 強い踏み込みで右ストレートが繰り出される。風がウォルフの頬を掠めた感触にフィリップは口元を緩めた――が、その瞬間、天地がひっくり返った。

「――――は?」

 胸倉を掴まれ、すとん、と地面に尻餅をついている。見上げた真上には、真顔でこちらを見下ろすウォルフの顔があった。

「足元がガラ空きだっての」

「…………あーーーーー!!!」

「うるせえっ」

「あいだっ!」

 決まり手は簡単、足払いだった。綺麗な流れにギャラリーからは拍手が起こったが、幸いかフィリップには聞こえていなかった。

「お前まだ仕事終わりでも何でもないだろうが。警邏隊の常駐は暇なのか?」

「いってええ~~~。脳天打つかよバカ兄貴!」

「乱入してきたお前が悪いだろ。まだまだガキンチョだな」

「るっせーー!!」

「ほらさっさと持ち場戻れ。相手ならお前が非番の日にしてやるよ」

 「ぜってー泣かす!!」と頭にたんこぶを作ったフィリップは来た時とは逆に即座に姿を消す。

「ウォルフ先生…フィリップさんと似てるなーとは思いましたけれど、ご兄弟だったんですね」

「ああ。その様子じゃしょっちゅう来てんのか、あいつ。まあいい、今日はここまでだ」

「「「ありがとうございました!!」」」

「おう。…ん、クロード。お前来てたのか」

「え、ええ。

…って、アタシ達何もしてなくない!?」

「ほんとだ!?」

 この後ウォルフも混じって三人で組手をして、この日は特段何事もなく終わった。


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