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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
学院に妖精は謡う
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 夏期講習最初の授業、「基礎魔力学」。

 優一とユノスはここにいる在学生が全員同じネクタイを付けていることにどこか安堵しつつ、二つ空いている席を探す。その時、優一の肩を後ろから誰かが叩いた。

「っ、はい!」

「っふふ、緊張し過ぎだよ藤崎君」

「あ、竹中さん!」

 悪戯っぽく笑う崇は、暑いのかそこそこ伸びた髪をポニーテールにしていた。その襟元には、ある模様の入った銀色のバッジが付けられている。

「知ってる人?」

「えっと、部門の先輩。竹中崇さん」

「君も夏期講習生かな。初めまして」

「初めまして、ユノス・エムレ・イワノです。聴講ですか?」

「まあ、そんなところ。席を探しているなら、あそこが空いていたよ」

 崇が指さした先には確かに席が二つ空いている。しかも前の方だ。

「ありがとうございます」

「どういたしまして。初めてだらけで戸惑うこともあるだろうけれど、楽しんで」

 にこやかに手を振ると、崇は上の席に戻っていった。

「先輩って言ってたけど、あの人も『記録者』?」

「ううん。竹中さんは魔力技師。ここの卒業生って話してたよ」

「ああ、それは分かったんだ。あのバッジ、多分古老寮のだと思う」

「どうして分かったの?」

 ユノスは時計をちらりと見ると、まだ時間があることを確かめて話を続ける。

「寮にはそれぞれシンボルカラーとシンボルマークがあるんだ。シンボルマークは学院の設立者にちなんだもので、私達が入った竜騎寮はドラゴンで、『錬金寮』はライオン、『古老寮』は羽化した妖精。寮ごとに特徴があって、古老寮は……『一人の師匠に師事している』生徒が入る寮だったかな」

「あ、そういう風に決まるんだ。確かに竹中さん、お師匠としばらく暮らしてたって言ってた」

「そう。錬金寮は貴族とか王族が入る寮って話で、竜騎寮は複数の師匠に師事したり、最初からここで魔法魔術を勉強する人の寮だって。だから一番人数が多いようだね」

 そんなことを話していると、ドアが開き白衣を着た中年男性が入ってくる。

「やあこんにちは、生徒諸君。それでは夏期講習最初の授業を始めようか」

 ざわつきが収まり、男性教師はぐるりと講堂を見回す。

「外部から申し込んで来た学生もいるのだね。では簡単に自己紹介といこう。私はユリウス・マクラミアン、基礎魔力学の教師だ。このひと月の間が、楽しいものとなることを願っているよ」

 と、そこでマクラミアンの視線が上段の席にとまる。

「さも聴講生のように座っている者がいるが、君は講師側だろう?竹中崇よ。授業進行の見学かね?」

 いくつもの視線が崇に向けられる。崇はに、と悪そうに笑うと、「講師は初めてなので」と悪びれもせずにそう言った。実際悪いことはしていない。

「聴講届を出すなりしなさいよ、まったく。まあいい。彼女は現役で【妖精の輪】の常駐部門で働いている魔力技師だ。本学の首席卒業生でもあるので、興味がある者は彼女の特別講義を取るのもいいだろう。では、授業をはじめようか」

 マクラミアンが崇にウインクする。「何で宣伝するんですか」と崇は渋い顔になった。

「教科書を開く前に、属性のテストをしよう。全員席はそのままで。説明をするまで、いまから配られるものには触れないように」

 彼が手を叩くと教壇に置かれていた箱の中身が一斉に浮遊しそれぞれの席に着地する。箱の中身の正体は、中が何も入っていないスノードームに似たものだった。

「では、早速やってみよう。水晶を包み込むように手を当てて、目をつむって深呼吸。自分の内側から手のひらへ向けて、自分のエネルギーを放出するのをイメージするんだ」

 いきなりだが、とりあえずやってみる他ない。優一は言われた通り、水晶部分に両手で触れ、目を瞑り深呼吸する。

「集中すること。水晶がキンッと震えたら手を離すように」

(集中……。イメージ……)

 エネルギーを放出する、と言われたものの、いまいち感覚が掴めない。力んでも水晶が震える様子はなく、吐き出す息と共に力を一度抜く。

 するとその瞬間、腕に冷たいものが流れた気がした。一瞬の感覚に戸惑ったが、脳裏に女性の声が「集中」と響く。

(……み、ず……?)

 冷たい水が身体に流れている。そんな感覚が優一の全身を満たした。胸の真ん中から、どくどくと血液が押し出されるようにその「水」が全身を巡っている。胸元から腕に、腕から手のひらへ移動するイメージを掴んだその時、手元の水晶から透明な震えが伝わってきた。

「……!」

 ぱっと手を離して水晶を見ると、それまで机の向こうが見えるほど透明だった水晶は大きく様変わりしていた。

(海……と、星空……?)

 水晶玉の中身は暗く、目を凝らして見ると魚が泳ぎ底には砂利が積もっている。まるで深海のようだがその上層には星が瞬き、現実ではありえない景色が広がっていた。

「ほう、『海』と『(そら)』が成立しているとは、なかなかに珍しいものを持っているようだね」

「!め、珍しいんですか」

「後で解説するが、この二つは真逆の位置に存在するものだろう?君の属性は『海』だから、『宙』を飲み込んでいても不思議はないが。……ふむ。君は、『宙』のものと縁があるようだ」

 全員の水晶にそれぞれの「景色」が出たところで、解説が入る。

「君達が魔力を放出したこの水晶は、魔力の『属性』を視覚化するものだ。魔力には『属性』と『性質』があり、これらは同じ属性でも個人で異なる。全く同一の魔力を持つ者はまずいないとされているな」

 『属性』はまず、『四大精霊』で有名な「火・風・水・土」、生命が持つ根源の「闇」、神や天上のものに近しい「光」の六種に大別される。今し方優一が判定された『海』は、正しくは『深海』だ。これは「水」と「闇」からの派生属性だが、派生属性を持つことは別に珍しくもなんともなく、当たり前ですらある。

 珍しいと言われた理由は、この『深海』ともう一つ、『宙』の属性を持つからだ。『宙』は「光」の分類の属性で、『星』と比べて「広大な星空」を表している。『深海』は闇からの派生属性であるが故に「光」の分類の属性とは持ち合わせないとされているが、優一の場合はそれが成立している。だから珍しいのだ。

 黒板に四大属性と光と闇、その大まかな関係図が描かれていく。火は水に、風は土に弱い。火は風との相性が良く、光と闇はお互いが弱点同士、など。このあたりは優一のやっていたゲームの属性関係に似ているため、そこまで難しいとは思わなかった。

 しかし、派生や分類となると一気に数が増える。イメージで分類するのはできそうだが、どんなものがあるか挙げろ、と聞かれたら本当にあるのかどうか自信がないものを答えるだろう。それくらい数があった。

「――それでは、今日はここまで。来週の授業は今回の内容を踏まえた上で『性質』を勉強するから、属性の分類は各自しっかりと行っておくように」



「ひ~~…多いよ~…」

「すごいな……あんなに覚えなきゃならないのか…」

「まとめ分担して作らない?」

「名案だね」

 寮の談話室でやろうか、と話しながら寮に戻ると、掲示板の所に一時間前に別れた後ろ姿があった。

「オリバー」

「やあ。初授業はどうだった?」

「属性って全部覚えなきゃなのかな…」

「ああ、マクラミアン先生か。分かるよ。どこまであるんだって」

 眉を寄せて笑うオリバーの前には、「特別講義 魔力言語学」と書かれた張り紙があった。そこにオリバーの名前と番号が既に記入してある。

「特別講義?」

「毎年夏期講習で招致される先生の講義だよ。今年は元首席の先生が来るんだって?」

「ああ、さっき聴講してた人だよね。優一さんの先輩だって」

「そうそう、【妖精の輪(フェー=ルウェン)】の常駐部門に入ってる人だろ?って、優一と同じところなのか!?」

「あはは…そう。この時期は時間が空くからって、全員で来たんだ」

「全員?そんなに臨時講師って来るのかい?」

「いや、五つくらいだったと思うけど……」

「うち、人が極端に少ないんだ。これって、見学はできるっけ?」

 張り紙には「持ち物は魔力言語学の教科書及び辞書。参加者は事前課題としてゴーレム生成の札を作成し授業開始時に提出すること。」と追記されている。

「ああ、見学は記入なしでいいみたいだよ。魔力言語は苦手なやつ多いからな…。俺も教師になるのが夢な以上、自分が苦手ですじゃ話にならないし」

「そうなの?」

 ああ、とオリバーは力強く頷く。

「俺の出てきたところ、魔法も魔術も学校がないんだ。でも民間魔法じゃ狼から家畜を守るにも限界があるし、教会の守りがいつ壊されるかも分からない。だから、俺がその方法を教える教師になろうって思ったんだ」

 授業があるから、とオリバーは談話室を出る。

(進路か……。ちゃんと考えたこと、今までなかったな)

 ――あの時家にいたなら、今自分はどうなっていたのだろう。

 変わりもしないことが思い浮かんで、振り切るように頭を振った。


* * *


「竹中さん!久し振りですね~」

「モリー先生、お久し振りです。お世話になります」

「職員用の宿舎に案内しますね。行きましょう」

 オーベックは崇の記憶と変わらず、ふくよかで優しげな先生のままだ。母親を幼い頃に亡くし、ここに来るまで男手で育てられた崇にとって、彼女は母親のような存在だった。

「元気そうでよかったわ。ちゃんと食べてます?痩せてはいないのよね?」

「あはは、はい。仕事も頂けてますし、大きな怪我もしていませんよ」

「あなたはすぐ食事と睡眠を削るもの。植物じゃないんだから」

 返す言葉も無い、と乾いた笑い声が出る。割り当てられた個室はベッドと机、クローゼットと簡素なものだが、寮と同じ木の床の匂いがした。

「そういえば、崇。あなた、()()()はできた?」

「――…いえ。いませんよ」

 あからさまに声が固くなってしまったのが自分でも分かるが、この手の話題は一番嫌いだった。母のように思う人で、心配をかけているのは分かっていても。

「…以前よりは大分ましになったけど、人嫌いは相変わらずなのね」

「…すみません」

「でも、長く友人と住むことはできているのでしょう?」

「――それは」

 それは、彼らが私を理解してくれているから。

 ……その言葉が、どうしても声に出てこない。

「……私は、一人でも生きていける生き物ですから。たまに手紙のやり取りでもして、たまに街に出て、森の中で微睡むような生活ができれば、それで」

 困ったようにオーベックは微笑むと、崇をベッドに座らせてその頭を撫でた。

「私は、世の人が言う「普通の幸せ」しか知らずに生きてきた人間だけど…。いつか、あなた自身の幸せを続けられる暮らしができるといいわね」

「………はい」

 後で夕食に行きましょう、そう言ってオーベックは部屋を出て行った。

 崇は一人になった部屋で、日なたの匂いがするベッドに体を投げ出す。

(………………)

 「幸せ」。その言葉を聞く度に、身体の奥底が快か不快かも分からずざわめいた。


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