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今日はウォルフさんです。
ウォルフさんは“パンドラの檻”の経理担当です。言霊の魔法と錬金術を主体とした格闘戦がメインで、長い呪文を唱えるのは苦手だとか。
【輪】の部門のうち常駐部門は、その部門が担当する区域の管理も業務のうちです。魔力世界には【警邏隊】という…現世の警察と同じような組織があると聞きましたが、その警邏隊は現世で起きた〈魔力世界〉絡みの事件には基本関与しないので、そういったことには【輪】が対応しているそうなんです。
ウォルフさんは“パンドラの檻”の管理区域…中央区の見回りや魔力世界への「抜け道」などの調査・管理などの、外回り…?の仕事が主で、今日の見回りに同行させてもらった時も色々な人に声を掛けられていました。大半が怖い人でしたけど…。
と、いうのも、いわゆる裏社会の職業の方は〈魔力世界〉絡みの品の持ち込みや事件に一番最初に接する頻度が高いそうなんです。裏路地でそういう取引などもあるので、そういった面での治安を保持するためにも「ヤ」の付くご職業の方とのパイプが必要だったのだとか。
どうやってそのパイプを作ったのかは……まあ、知らない方がいいことですよね。
念のために書いておくと、ウォルフさんは決して任侠やマフィアの人ではないです。元々彼はイギリスの【討伐隊】に所属していた軍人だったそうで、その中でも『人狼』を狩ることを担う「グレイズ家」の長男さんです。ご兄弟がたくさんいて、七人兄弟だそうで。なので一見怖そうに見えますけど、かなり面倒見がいい人なんですよ!
「そういえば、このわんちゃんってウォルフさんの使い魔なんですか?」
ウォルフは「見回り」に、吸血鬼の一件の時と同じように複数の「犬」を伴っていた。全体的に輪郭がぼんやりとしており、半透明のこの犬がただの犬でないことは優一にも分かる。
「あーー。…使い魔っつうか……なんだろうな」
「え」
「こいつらは『亡霊犬』っつって、動物寄りの妖精だ。使い魔ってより、召喚獣って言った方が順当だな。お前も知っての通り、俺が使うのは鉄だ。鉄は『隣人』を傷つける金属だ、それを使う者も彼らに嫌われる。だからまあ…こうして「手懐ける」ことができるやつを使ってる」
確かに、この犬達は優一の知る妖精のように言葉を話したりはしていない。もともと「こう」と決めることができないのが妖精だ。動物寄りのものがいてもおかしくはない。
と、そこで優一はウォルフに聞こうと思っていたことがあったのを思い出した。
「この前竹中さんと話してたんですけど、魔力世界って法律とか生活ってどうなってるんですか?」
「あ?なんだよいきなり」
「一月に魔力世界の方のイギリスに行きましたけど、なんというか…ヴィクトリア朝?の頃のような風景だったじゃないですか。貴族がお城に住んでいて田園風景がずっと続いてたところなんか、中世みたいな感じでしたし」
「まあな」
「でも、あちらの日本はもう電車が普及してるんですよね?分かんなくなってて」
そういうことか、とウォルフは合点がいった。
「現世は、まあ国にもよるが…先進国って言うんだったか。その国の国民が受ける、科学や農業の『技術』はおおむね同じだよな」
「そう…ですね。発展途上国や、そこまで成長していない国とかはまた違う部分がありますけど」
「けど、魔力世界の方は、国という形態は現世と同じだが、現世と比べて『時代の経過』が相当緩やかだ。これは単純に魔力世界の人間の寿命が長いから、世代の変化が遅いんだよ」
「――…えっと、参考までに、どれくらい長いんですか?」
「あー…大体現世の人間の五倍だっけか。ただその分、死亡率が高いから現世よりも人口は少ないはずだぞ」
「五倍!?」
日本人の平均寿命が八十歳だとして、魔力世界では四百歳ということになる。徳川幕府が続いたのが十五代、年数にして二百六十五年だというのに、魔力世界の人間はそれを軽く超える長さの命を持っているというのだ。
「つっても、まずあてにならねえからな。そこ勘違いすんなよ」
「な、なんでですか?」
「覚えてるか?ジュネーヴに向かった時、デーモンの集団が襲ってきただろ」
「あ…はい」
「魔力世界はああいう魔性がそこら中に住み着いている。言語を介する種族で、人間とどうにか折り合いをつけてやっているやつも少なくは無いが、人間が何も対抗策なしに生きるには厳しい世界だ」
「は…はい。でも、警邏隊とか、そういう組織が守ってるんじゃないんですか?」
優一の返しは至極普通のものだった。だがウォルフは、それに何とも言えないものを――嫌悪、最も近しいものはそれであるものを滲ませた目で視線を返す。
「さっきお前、田園風景がどうこうって言ってただろ」
「はい…」
「魔力世界の『技術レベル』は、国の都市部が最も現世に近い。そこから離れるにつれて…郊外になってくに従ってその『レベル』は下がり、田舎までいくと中世同然の生活をしているところがざらだ」
「…」
「――それで、そういった組織の末端で、本部から離れているのをいいことに疎かにしている奴も少なくない」
「うわ…」
「魔性に近代兵器が通じるものでもなし、避けられねえところはあっても、安全性でいったら魔力世界は現世に劣るさ。悪いことばかりでもねえが「あ゛あ!?くっちゃべりながら歩いてんじゃねえよ!」どういう口利いてんだてめぇ」
「!?」
「ぐああっ!!??な、なにしやがる!!」
話しながらやや薄暗い路地に入った最中、明らかに前を見ずに早足で歩いてきたチンピラがぶつかってきた。
「ひぃっ!」
『バウ!!ガウウッ!!』
睨み上げたチンピラをウォルフは迷いなく殴り倒したが、亡霊犬が吠え立てたことに何かに気付いたのかチンピラのジャケットの中にある膨らみを引きずり出す。
「あっおい!?ふざけんな!!」
「!」
「おいクソ野郎、何だこの鞄。良い趣味してんじゃねえか。ああ?」
優一はすぐにスマホを起こし、キーパッドに110番を押した。チンピラの懐から出てきた鞄は明らかに女性のもの、しかも若い女性が持つようなデザインのものだったからだ。
「藤崎、警察かけろ」
「もうかけてます。もしもし、警察ですか?……」
……そうして、ウォルフの話は中断されたがひったくり犯だったチンピラは五分も経たず駆け付けた警察に確保された。
「――ご協力、誠にありがとうございました」
「いえそんな…」
「…その、協力いただいた方にお聞きするのは申し訳ないのですが……」
「?」
対応した警察官の、申し訳なさがありありと分かる声の落ち方に優一は「あ」と何かを察する。
「職業をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ああああの、そういう職種ではないです決してこの人!」
「自営業です。以前イギリス陸軍にいたんで、ああいう事には慣れてたんですよ」
あわわと優一はあからさまに慌てたが、ウォルフはそれにどうと感じることもなくさっさとパスポートとビザ、運転免許証を三連コンボで警察官に提示した。
「ああ、なるほど!はい、はい。特に問題ありませんね。ありがとうございます。今回は怪我もなかったようなんでよかったんですが、次はできるだけ被疑者を刺激しないよう、署への通報を優先してくださいね」
「はい……」
……後半、主旨からずれてるような。とりあえず、見回りの最中に色々な話を聞けました。
そうそう、竹中さんからもらった練り香水、ルカさんにもどうだろうっていくつか貰ったので、よかったら試してみてください。それでは。




