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こんにちは。【妖精の輪】の常駐部門“パンドラの檻”所属の記録者、藤崎優一です。
四月になって年度が変わり、【輪】の日本支部から部門員の日常業務を記録し送るようにと書類が来たので、部門の皆さんの一日を見ていきたいと思います。
今日は竹中さんです。うちは部門員が妖精のメルヴィスや古代さんを除くと僕含め四人しかいないので、任務や依頼がなくても皆さん色々と忙しいので邪魔にならないようにやっていきます。
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竹中さんは、他の方からの話と、あと今までの経歴や戦い方からみて、この部門では唯一の「正統」な魔法使いです。なんでも、『魔法使い』を名乗るには妖精と話ができたり力を借りるくらいのことができればいいみたいで。部門代表のクロードさんやウォルフさんも魔法使いではあるけれど、昔ながらの魔法使いのようなことはしてないらしいです。
イギリス系アメリカ人のお父さんと日本人のお母さんの間に生まれたそうで、ぶっちゃけるとリアル二次元な中性的な美形です。女性ですが、どちらか分からなくなる時がちょくちょく…いや結構あります。クロードさん曰く、「中性的な見た目の人の、いわゆる『中性の生き物』な見た目の時期で外見が止まっている」、とのこと。加えて身長が百八十センチあるので、正直隣に立ちたくない…。いや、竹中さんが悪いわけじゃないんですけどね?
妖精や幽霊などを視ることができる『妖精眼』の持ち主で、使い魔の古代さん以外の妖精の力を借りているところを見かけることもあります。大きい声では言えないけど、あれはたらしですよ。絶対。
僕が十一月にこの部門に来た時、最初にお会いしたのが竹中さんでした。あれから半年近く経ちますが、今でも色んなことを教えてもらってます。すごく分かりやすいんですよ、竹中さんの説明。学生時代は奨学生で首席だったそうです。日本ではあまり聞きませんけど、学年トップってことですよね?すごいなあ…。
そうそう、竹中さんは使い魔がいるってさっき書きましたが、使い魔の古代さんも個性的なんですよ。メルヴィスのような妖精ではなくて、普段は小さいワニのような姿をしている『精霊』だそうです。熔鉱蜥蜴(字、間違えてたらすみません)の一種で、岩蜥蜴の仲間なんです。なのでよく見ると宝石みたいに輝いてて綺麗なんですよ。火と岩の属性なので、持ってるととても暖かかったです。なので冬場は何回かお世話になりました。
許可を貰えたので、竹中さんの日課にご一緒してきました。
竹中さんは家の裏に庭を持っています。この家、路地裏の表に喫茶店「Lampe」があって、裏が家になってるんですが、どう見ても外観と内装の大きさが一致していないんですよね。それは魔力世界側の技術で空間を操作しているからみたいで、竹中さんの庭も十分な広さがありました。
春になったので、竹中さんはまず庭仕事から始めると言っていたのですが。…五時起きでした。早い。
今日は種まきと植え付けをしました。カモミールやマリーゴールド、ジャスミンなど、よく聞くハーブや花から、ディルにルー、という薬草もありました。それ以外にも色んな植物の種を植えるそうで、畑には植物の名前が書かれたタグが刺さってました。
ウォルフさんの満月の晩の転化のために「睡狼薬」という人狼専用の睡眠薬や解毒薬、怪我の種類に合わせた軟膏に湿布の材料は、栽培が特殊なもの以外は自分で育てているそうです。
庭仕事が終わったら朝ご飯で、その後は工房で送られてきた魔法の道具や本の調整・修復をしていました。
『魔力技師』の中でも職種が更に分かれるそうで、一月にイギリスでお会いしたコートニーさんは『裁縫師』といって服飾を専門としていると聞きました。竹中さんは何かを専門としているのではないようですが、外部からの依頼や注文を断ったのを見たことがないです。
午後は軟膏作りをしました。僕もやらせてもらったので、後ろにレシピを付けておきますね。
「時間がある時に軟膏は作り足しているんだ。ウルフに使った分で残り少ないからね」
「ウォルフさん、まだ怪我が残ってるんですか?」
「今はほとんど治っているよ。裂傷は数が多かったけど極度に深いものは無かったし。ただこれから先必要が無くなるというわけでもないからね」
材料は蜜蝋と植物油、そして要のポプラの若芽。
「ポプラは昔から力のある樹として知られているんだよ。『魔女の樹』とも呼ばれているかな。これがね、火傷によく効く軟膏になるんだ。そう、よく磨り潰して」
「これ、どのくらいまで潰せばいいんですか?」
「……元型がなくなるまで?」
(長そう……)
乳鉢で芽を磨り潰して、どろどろのペースト状になったところに温めて柔らかくなった蜜蝋と植物油を入れる。そこからひたすら混ぜて混ぜて、ようやくポプラ軟膏が完成した。
「ちょっとだけ甘い匂いがしますね」
「蜜蝋だね。蜜蜂が巣を作る時に分泌する蝋だから、甘い匂いがするんだ。蜜蝋と植物油は軟膏の基礎だから、それに加えるもの次第で色々な効果のものが作れるよ」
「他にも作ったりするんですか?」
「ほとんどは自分と身内用だけれどね。あかぎれとか手荒れ用の軟膏とか。クロードに頼まれて練り香水を作ったこともあったかな」
「練り香水?」
耳慣れない単語に優一が聞き返すと、崇はリビングの棚から直径三センチほどの円形ケースを取り出してきた。
「手首を出してごらん」
「あ、はい」
蓋を開けると半透明な白色の軟膏のようなものが詰まっている。手首の内側にほんの少しだけ付けられ、言われるまま手首を擦り合わせると、手首からふわりと石鹸の香りが立ち上った。
「…!」
「どうかな。保湿効果もあるけれどメンソールのような薬用の匂いもしないから、ハンドクリームとして使えたりするから最近人気みたいなんだよ。…気に入ったならあげようか?」
「い、いいんですか?売り物なんじゃ…」
「え?ああいや、私、作ることはできるけれど売ることはできないんだよ。許可証を取っていないからね。部門員に処方するもの…ウルフの睡狼薬とかの材料費は経費で落としているんだ」
優一はぽかんとしたが、当たり前のことだと一拍おいて気付いた。確かにここに住んでいるのは魔法使いで、接している世界はファンタジーのものだが、今生きている時代は真っ当な現代社会である。
「そういえばそうですよね…!いえ、当たり前で大事なことってのは分かってたんですけど…!」
「まあそこら辺りがしっかりするようになったのは割と最近の話だしグレーゾーンもちらほらあるけれど。魔力世界は法律の整備も差があるからね~」
「なんというか…魔力世界は中世くらいの生活なんですかね?あ、でも、車はあったっけ…」
「極端なんだよ。私が師匠と住んでいた所は森の中だったし。都会と田舎で差がありすぎるんだよね…。ウルフがそこは一番詳しいから、今度聞いてみたらどうだろう」
…と、こんな感じで今日は終わりました。
竹中さんの業務記録は他のお二方と一緒に送るので、そちらに届くのはまだ先になると思います。
それでは。まだまだ朝晩は冷えることもありますので、体調に気を付けてお過ごしください。




