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「どこ行っても人多いな」
「仕方ないよ。藤崎君、はぐれそうになったらすぐに呼んでね」
「迷ったらウォルフを目印にしてね。ほら、この中じゃ一番大きいし」
「皆さん目立つのですぐ分かりますよ…」
正直嫌味にしか聞こえないが、そうではないのでひがむにひがめない。
バスから降りて、清水寺までの坂道に一行は一瞬真顔になる。清水寺を一番最初にして正解だったと崇は思った。
「京都は平地だって聞いたけど、高いわねー…」
「あ、でもお店が見えてきましたよ!」
「おー…」
「覗いていく?」
「んんん……いえ、外から見るだけ、見るだけにしましょ。今は。うん」
「…そうだな」
日本に住んで何年も経つウォルフとクロードだが、京都に来たことはない。そして方向性の違いはあるが、二人とも日本文化が好きだ。やろうと思えばこの参道で一日過ごせるが、それは勿体なさすぎる。
「っと…着いた着いた」
「はあー…。これが清水寺ね…!」
清水の仁王門が四人を迎える。そうだ、とクロードはスマートフォンを出した。
「折角なんだし、写真撮りましょ!」
「はーい!」
「いいよ。…入るかな?」
まあまあな身長差がある面子なので、クロードがインカメラで撮ろうとしても誰かが見切れる。
「ウルフ、ここ押して撮ってくれない?さっきアタシがやろうとしてたみたいに」
「あ?…なんでこんな撮りにくいやり方でやるんだ…」
「こうした方がオシャレだからよ!みんな、笑って!」
カシャ、とやや危なっかしく画面のシャッターボタンが押される。ウォルフの顔は固かったが、初めての集合写真が撮れた。
「オッケー!それじゃ入りましょうか!」
「オッケーじゃねえだろそれ!」
「いいのいいの。こういうのも思い出なんだから!」
「っふふ」
「クロードさん、後で写真ください」
「りょうかーい♪」
受付で拝観料を払い、本堂へと入る。
「今は屋根の葺き替え工事をしてるから、舞台の方は狭くなっているみたいね」
「ああ、『清水の舞台から飛び降りる』ってヤツのか」
「あれってなんでそんな言葉ができたんだろうね。……わ。思っていたよりも高い」
「確か、ここから飛び降りて怪我をしなければ願いが叶うって言われてて、それで飛び降りる人が絶えなかったって話だったと思います」
「「「へー…」」」
「いえあの、修学旅行前の取り組みで調べただけなので…」
優しい視線に居た堪れなくなる。
工事で暗くなっているのもあるが、空気が澄んでいる。せり出した手摺り部分からは舞台と木々が見え、季節になれば様々な表情を見せるのだろう。
道なりに進むと、舞台の下にまで下りてきた。陽射しは暖かいがまだ肌寒いのもあって音羽の滝はそこまで混んではおらず、すぐに順番が回ってくる。
「この清めの水は恋愛・学業・健康の御利益があると云われているけれど、飲むのは一つ、一気に飲み切るようにしてね」
「分けたらダメなの?」
「二口で飲むと御利益は二分の一、三口なら三分の一と云われているそうだから。…ん」
冷たさに添えた手が痺れるようだ。御利益があるのかどうか、それは分からないが、千年という時を超えて湧き続ける清水の力が解け入るように流れ込んでくる。
「今でもこういう場所や水は残ってるのね…」
「こっちの大戦も戦火が大きかったんだろ。よく残ったもんだ」
「…貴重なもの、美しいものは避けようとした動きがあったそうだよ。それでも、戦火の清算ができるわけじゃないけれど」
横目でウォルフを見ると、頬の傷が薄くなっていくのが見て取れる。
(…良かった。お夕さんには厭われたけれど、この地は彼らを受け入れてくれている。これなら、回復が見込めそうだ)
京都に行くと決まった日、崇は人狼狩りでウォルフが負った傷の治りをどうにか早められないだろうかと考えていた。
骨折や深い裂傷は人狼特有の再生能力で癒えてはいるものの、銀を用いた攻撃で受けた傷は治りが遅く、今も外には見えないがガーゼと包帯で覆っているのを崇は知っている。湯の花といえば、古来より武人がその傷を癒したとされる湯治場だ。それは湯の効能だけでなく、この地に住む精霊がその霊気を分け与えたからなのは魔力世界側の日本では有名な話だ。
だが元々、日本とイギリス・フランスは大戦で敵対していた国だ。七十年の時が経ったとはいえ、大戦の記憶を忘れることの無い精霊が、その国から来たウォルフとクロードを迎え入れてくれるかどうか。傷を彼らの力の一部を借りて癒すのにはまずその条件を満たす必要があったのだが、受け入れてもらえたようで崇は密かに安堵した。
「お昼はどうしましょう?」
「崇ちゃんならどこか知ってるんじゃないかしら?仕入れで何度も来てるんでしょ?」
「うーん…そう言われると妙にプレッシャーだけど。すぐそこに美味しい湯葉のお店があるけれど、行く?」
「んじゃそこで」
(いいんだ…)
小路のような奥まった入り口の暖簾を潜り、昼食がてら次にどこに行くかを話す。
「チェックインは五時だから、このあたり散策したら金閣寺に行くことにしてもう車借りちゃうのははどうかしら?」
「だな。道が混んでるって聞いてたが、この程度なら細い道で気を付ければいい程度だし」
「旅館への距離も金閣寺からの方が近いですね。大体四十分くらいです」
「まあ、急ぎ過ぎずに行こう。御手洗い行ってくるから、先にお勘定してていいよ。私の分置いておくから」
「あっ」
やられた、とクロードは眉を寄せた。
「えっ。…何がですか?」
「女の人にお財布を出させないのが男ってものなのよ。でも崇ちゃん、今でも奢らせてくれないのね…」
「あいつも大概頑固だからな。自立してるのは悪いことじゃねえけどよ…」
「…はっ。僕も自分の分は出しますからね!はい!」
間髪入れず優一も自分の頼んだ分を出す。ウォルフがはっきりと舌打ちをした。
「なんでそういうところは勘付くのが早ええんだ」
「ゼミの先輩にもそういう人がありがたいことにいるんですが、僕一応これでもお給料頂いてるので!外では大っぴらにはできないけどここならできるので!社会人理論です!」
「…あらヤダ。納得しちゃった…」
「おい」
「でもウルフも分かるでしょ?お給金の管理アナタなんだから」
「自分の娯楽でも何に使ったってどうってことねえのによ。精々この前来てた新品のPS4とソフトのパックくらいじゃねえか。あれだって許可もなにもいるわけねえってのに自己申告してきたし」
「いやほら、思い切った買い物するとなんかこう…ちょっと罪悪感というか」
「なんでだよ」
やいのやいのと騒いでいると崇が戻ってくる。そこらで流石に区切りとして、四人は会計を済ませて店を出た。
「どうだった?私は好きだけど、薄味だから好みが分かれるかと思ったんだけれど」
「初めて食べたけど、美味しかったわよ?ヘルシーだし、風情があって素敵じゃない♪」
「ああいうのはかき込むようなもんじゃねえしな。味は悪くなかったぜ」
「僕も初めてでしたけど、美味しかったです。…あ、ちょっと買ってきていいですか?」
「俺も行くわ」
言いつつ、優一とウォルフは生姜のいい匂いにつられて露店の肉まんに引き寄せられる。
「まあ、あれだけじゃお腹減るよねぇ」
「優一君も結構食べる時は食べるものね。若いわね~」
その後は参道に出ている店を覗いたり買い食いなどして十分満喫したところで一旦荷物を預けた駅に戻る。
「車借りたわよー」
「おう。んじゃ行くか」
そうしてレンタカーに乗って次に向かったのは金閣寺。受付や途中の砂利道は人がまばらだったが、池に近付くにつれ人が多くなっていく。撮影スポットの松の木が見える頃には、晴天の金閣寺を撮ろうとする人でごった返していた。
「わー…すごい、本当にあんな金色だったんだ…」
「前は修復工事中だったって言ってたもんな」
「はい。修学旅行で乗ったタクシーの運転手さんが、水面に見事に映るくらい晴れた日の金閣寺の写真を名刺にしてて、それを見ることしかできなかったんですけど。やっぱり一度はちゃんと見たかったんです」
「ここがいいかしらね?今度は撮ってもらいましょうか」
「ん。すみません、写真撮ってもらっても良いですか?」
崇がクロードのスマホを受け取り、同じ観光客のおば様に話しかけに行く。
「最近の子は国が違ってても仲ええんやねえ。私らは大阪やけど、お兄さんはどっから来たん?」
「私達は東京からですね。こんなに晴れた日に来れたのは運が良かったです」
「ほんまになー!ほんならこれ、みんなで分けて」
「あ、ありがとうございます」
「気にせんといてな。それじゃ!」
スマホを返すのと一緒に飴を握らされる。
「…またたらしこんでんな」
「言い方。良い感じに撮ってもらえたよ」
「ありがと!」
「あと飴貰った」
「飴?」
「飴」
(関西のおばさんは飴が標準装備なのかな…)
道なりに進むと金閣が間近に見えるポイントまで来る。魔力技師の性か、崇はじっとその金箔が貼られた外観を飽きもせずに眺めていた。しかし流石に時間が押してくる。放っていると永遠に離れそうにない崇を引きずって、一行は金閣寺を出た。




