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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
Noble Hunting
33/98

12


「……そうか。ウォルフは…奥へ入ったか」

 ぱちぱちと火が爆ぜる。先ほどまで戦いの場だった錬金樹(ラスゴヴニク)の周りで、討伐隊は一時的に負傷者の救護のためキャンプを敷いていた。

 フローラは着地した場所が運よく樹の根元だったため、背中を強かに打ち付けた程度で済み外傷も特にない。しかし樹に吹き飛ばされたダライアスは、肋骨が五本折れ、肩の骨が一部砕ける重傷だった。

「…どうしますか。総司令官」

「……目標の討伐は完了した。あれが戻って来ないうちに森を出る。準備が整い次第、焼却封殺を行う」

「!!お言葉ですが、司令官。今のウォルフは望まない転化をした身です。噛傷によって呪いを撒くことなどありません」

 今、このジュラの森はすっぽりと結界に収まり入り口が封鎖されている状態だ。焼却封殺はその字のまま、「無人」となった森に特殊な火を放ち、燃やしきることで対象を処分する方法である。そうはさせまいとクロードが声をあげた。

「獣血剤を打った獣人は理性を容易く失うか壊される。そうなった人狼こそが『終転人狼(テロファス)』なのだ。一度狩りに臨んだだけの者が知った顔をするな!」

「獣の姿であれば人でもなんでもないと言うおつもりですか。そも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「口の利き方に気を付けろ、“赤の聖約(ルージュ・プロミーズ)”。人狼狩りの統括者は私だ」

「ウォルフだけではありません。それを追った崇も、二人とも信頼すべき私の部下だ。私には部下を守る責務がある!そうである以上、私は引かない!」

 人狼狩りの総隊長と“パンドラの檻”の部門長、その視線が火花を散らす。

 正に一触即発。ガチャ、カチリ、と武器を握る音と安全装置を外す音がする。

「ちょっ、いくらなんでも……!!」

「おーおー、こりゃ随分しっかりやられたなぁ」

「「「!?」」」

 だがコートニーが仲裁に入ろうとしたその時、全く別の人間の声がした。

「どれ、もっとよく見せてみろ。なあに、今すぐ死にやしない」

「ちょっ…な、なに、なんなの!?」

「……“蛇目(バジリスク)”…!」

 “蛇目(バジリスク)”と呼ばれた男は縫い留められた瞼をダライアスの方に向け、にたりと蛇のように口角を吊り上げた。

「ば、“蛇目(バジリスク)”!?あ、()()…!?」

「…騒ぐな。齢数千、旧い時代の…『原初の時代』の魔法使いだ。迂闊に手を出そうものならどうなるか分からんぞ」

 ダライアスが立ち上がると、“蛇目”――「テオドール・ギフト」はアナスタシアの腕を一旦離すとダライアスに向き直る。

「よお、久しいな“灰銃(グレイ)”。後継に任せきりにしないとは、随分と元気なことだ。ああ、そういえば双子が生まれたのだったな?おめでとう」

「…黙れ。どうしてこの森に入れた。そもそも貴様はこの時期眠っているだろう」

「相も変わらず血気が盛んなことだ。共に()()()()を殺した仲だろう?なに、少し触れば『緩んだ』。そう驚くことでもあるまい」

 まるでなんでもないことのように、誰でもできると言わんばかりにテオドールは哂う。

()()の魔力が近くまで来ていたのを感じ取ったのでな、顔を見に来ただけよ。しかし…ふむ、あれは数十年ぶりに癇癪を起こしたか。まあ、何をしたかは大体想像がつくがな」

 再びしゃがみ込み、アナスタシアの左腕をテオドールが診る。その左腕は肘まで黒の侵蝕が進み、感覚がほとんど無くなっていた。

「おお、これならよかったな。左腕を落とせば命には関わらん。この呪いは腐食性だからな、まだ間に合う」

「えっ……あ、貴方は、これについて知っているんですか!?そ、そうなら除去できるのではなくて…!?」

(おれ)はあれの師だからな。知ってはいるが、解呪の見込みは無いぞ。“魔精殺し(ブリシム)”とはそういうものだ」

「そんな…!!嫌、絶対に嫌ですわ!腕を切り落とすなんて、私には耐えられません!」

 ヒステリックにアナスタシアは叫ぶ。余りの身勝手さに、優一も眉を顰める。

「…ふむ。なら、これだな」

「え…!」

 アナスタシアの表情が明るくなる。テオドールは立ち上がり、崇のものより荒削りで金色の羽根を括り付けた、身の丈程ある杖の杖先をアナスタシアの額にこつりと当てる。

「《変われ》」

 一言、テオドールは唱えた。

 その瞬間アナスタシアの身体に変化が現れる。両足が伸び、ぴたりとくっつく。両腕も胴に張り付き、感覚が無くなっていく。まるで一本の「なにか」になった胴と足が無理矢理締め付けられるような違和感が訪れ――。

「ーーーーー!?」

 「アナスタシア」は思わず叫んだ。だが喉から出てきたのはシューシューという掠れた音だけ。テオドールを見上げようとしても、眼を動かすだけでは見えない。やっと上体を逸らしてようやく見上げると、愉しそうにテオドールが片目で「アナスタシア」を見下ろしていた。

「魔精殺しで死ぬも厭、腕を落とすも厭というなら、それが無くとも済む(かたち)にするしかないだろう?まあ足も無くなったが、それを足してしまったら文字通り『蛇足』というものだからな」

「ーーーーー!!」

 そこでアナスタシアはようやく分かった。分かってしまった。アナスタシアは、「蛇」に変えられてしまったのだ。

「っ、ああもう、あれだよね!?俺が追いかけるよ!」

 何と言ったかも仲間には理解されないまま(テオドールには分かっていたが)、アナスタシアは草むらに逃げ出す。裏切り者だと分かっていても人の善いコートニーがそれを追いかけ、再び場がしんと静かになる。

「……相変わらず性格の悪いことだ」

「さて、どうだろうな?己はあくまであの娘の言う通りにしてやっただけだ。その結末をあの娘は想像できていなかっただけの話よ」

 するり、と蛇のようにテオドールはダライアスに近づき、その耳元に囁きかける。

「しかし、父親というのも辛いものだな」

「……」

「お前は実に窮屈なものを選んでいる。師団長であるならば、噛まれた息子を隊が納得する方法で処断せなばならない。しかしお前にとってはただひとりの、大切な子供達の中のひとりという「個」だったのだろう。手にかけることも、放してやることもできなかった。誠、辛いことだ」

「…黙れ。人としての営みを捨てた貴様に語られる道理などない」

「そうでもない。己も弟子を持つ身だ。血縁に依るものは識らないが、親としてはそれなりであろうよ」

 ダライアスはクロードと対峙した時よりも鋭い、文字通り射殺しかねない視線を向けているが、テオドールはそれを真正面から受けてもにたりと笑う。

「だからこそ、お前は血縁にしがみつかねばならない。そうだろう?そら、『満月の晩以外は転化しても噛傷によって呪いは感染しない』との研究結果も出ていることだ。獲物を狩り終わったなら、後は待つことだな。お前達の規則にもそうある。お誂え向きではないか」

「……俺は心底、貴様が嫌いだ。虚言ばかりならば下らないと一蹴できるというのに、貴様は全て真を語るから質が悪い」

「嘘吐き共と違って、己は武器となる真が数多いからな」

 金色の眼が細くなると、テオドールは崇の足跡に咲いた水仙を摘む。月光に翳して眺めると、ローブのポケットに仕舞い込んだ。

(さむ)い割には長く居たな。ああ、崇には己が来たことを言わなくてもいいぞ。分かるからな」

 杖を担ぎ、杖先に光も灯さずテオドールは森を出て行った。それにダライアスは大きく溜息をつくと、やりとりを見守っていたフレドリック達を見回す。

「撤退する。アナスタシア・サローの身柄を確保し次第、入り口の封鎖を解除しキャンプに戻る」

「――はい!」


* * *


 崇は針葉樹が天を突きそうな森の間を進んでいく。本来の人の姿とは違い、変身した姿だと視線の高さも何もかもが変わる。

 すん、と鼻を鳴らすと夜に眠る花の匂いがする。それに混じって、温かい鉄の臭いも。方向は間違っていないが、夜に紛れるものを見つけるのは難しい。

『……あれを探しているのか、お前は』

影の精(メネストレル)

 樹の影が起き上がり、不定形の形となる。やや疲れた様子で影の精は語りかけてきた。

『あれは我らは好かん。鉄そのものではないか』

『お前達にとってはそうだろう。私はお前達とは違うものだよ』

『…あれにその身を任せるのか?お前は……』

『私は()()()()()()()()()()()。私にとって大切なものは、お前達と違う。それだけのことだ』

『……そうか。……あれはこの先の泉にいる。鉄の匂いがするのは見れば分かるだろう』

 少し残念そうに影の精は消えて行った。

『(…)』

 古代は何も言わない。崇は一つ、また一つ水仙を咲かせ森の奥に進む。

 近づくにつれ、鉄の臭いが濃くなる。

「……。……、……」

 静かな、くぐもった荒い息遣いが聞こえる。半分から僅かに痩せた月がくすんで映る泉のほとりに、茶色い塊が蹲っていた。

『……ここに居たんだね』

「……。……なんで、来た……」

 じゃり、と鎖が擦れる音がする。その脚にはトラバサミがかけられ、手近な樹に楔が打たれている。

「動物なら無事ってわけじゃねえぞ……!」

『分かっているよ。……ねえ、私は、側に行くよ』

 ゆっくりと崇はウォルフに近付く。少し鎖が鳴ったが、ウォルフは立ち上がらなかった。

『……君は、藤崎君を襲いかけたんだよ。覚えている?』

「ああ」

『…私、あれは本当に怒ったよ。君ではないと分かっていても、見損ないかけた』

「…ああ」

 膝を折り、傍らに崇はしゃがむ。一回りも二回りも大きい体が、遠慮がちに擦り寄る。

『……君、朝を迎えられる?』

「…さあな。分からん」

 ウォルフは静かに息を吐いた。生きることはできるだろう。だがこうしている間にも、夜の空気は人狼の狂気を強め精神を削っていく。

 厭だ、と崇は心の滴を一滴零した。

「だから、離れろ。いつまた獣性が顔を出すか分からん」

『君の呪いより私の呪いが勝つよ。…付き合うよ、夜明けまで。夜を超えて、生きて帰るために私は君を探していたんだ』

「眠れやしねえぞ」

『構わないさ。夜はまだ続くんだ、昔話でもしてよ』

「俺に話させるのかよ」

『ふふ。…君にとって今も続く痛みは、君をここに繋ぎとめてくれる傷だ。もう何年も…それ以上一緒にいたんだ。……傷を見せてくれても、いいんじゃないかい…?』

 夜空には雲が点在している。薄らと光る星がある。

「…いいぜ。楽しい話じゃないが」

 梟の鳴く声がする。森は、静かだった。


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