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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
Noble Hunting
27/98


――1948年

 〈現世〉の「第二次世界大戦」が終結して三年後。〈魔力世界〉に「第一次世界大戦」が伝播した「第一次魔力世界伝播大戦」は早々に終結したこともあり、我々は現世で再び戦争が起こったことを知ってはいても安穏と構えていた。

『我々“枢軸国”は、“連合国”をはじめとし、全ての国に宣戦する!!』

 放送を聞いた時、皆耳を疑った。そして、ドイツ・イタリア・日本を代表する魔術師や陰陽師が「それ」に至った原因を知った時、我々は如何にして現世の人々を苦しめていたのかを知った。


『狂気』


 魔力世界から現世へ、神々の怒りや災厄が伝播することはあれど、逆が成立する筈が無いと信じていた我々のなんと愚かなことか。

 〈魔力世界〉と〈現世〉は表裏一体。最も近しい隣人のようなもの。現世に生まれた妄執、怯え、後に引けぬ激昂、それらのものは肉体が死しても生きていた。その狂気は世界を渡り、魔力世界の「自分自身に最も近い者」の中に入り込み、爆発したのだ。

 我々は第二次世界大戦の経緯も結末も()っていた。第一次魔力世界伝播大戦に参加した代の者は皆そうだった。故に、最初から全開の戦力投入が行われた。――「第二次魔力世界伝播大戦」が始まった。


 戦火は瞬く間に広がった。期間にして一年もかからなかった戦争だが、戦死者の数は現世とそう変わらなかった。

 その一端に、日本の「術」の秘匿性による優位があった。

 日本はブリテンと同じ島国だが、世界で最も“神”と近しい国だ。“八百万の神々”というように、数多の神を敬い、共に生きている、欧州では考えもつかない暮らしがそこにあった。

 その性質上、日本人は極僅かだがその血に『神性』を持っている。ほぼ日常的に神と接し、また時にはそれらと交わることで、魔力世界の中で最も魔力の質が優秀な国となったのだ。その血と、彼らが作り出した「陰陽術」というものは我々を苦戦させた。

 …また、日本は忠誠心に篤い国だった。国の長のためならと、民間人ですら兵士となった。自身の命を捨てることすら厭わない者ばかりだった。

 竹中崇は、父親はアメリカ人だが母が日本人であったこと、そして何より師がドイツに根を下ろした魔法使いであったことから枢軸軍に徴兵された。彼女の魔力があれば兵器の運用コストも下がる。前線に出しても、高い抵抗力のある彼女ならばまず死ぬことは無い。

 竹中崇は日本の戦線に配属された。師はどうにか彼女を前線に行かせまいとしたが、間に合わなかった。竹中崇は「兵器」の魔力供給源として、旗を持って戦線に立った。

 ――兵器の名は、現世で行われた作戦名をとって、「神風」と呼ばれた。



「『カミカゼ』……!」

 ひ、と誰かの喉が鳴る。

 魔力世界の人間でも、その名は聞いたことがあった。

 現世では航空機による艦船への体当たり攻撃だが、魔力世界のそれは少し異なる。伝播大戦での「神風」は、一般教養として学ぶ中では詳細には教えられていない。フレドリック達が知っているのは、現世の「神風」だ。それだけでも凄惨だというのに、魔力世界の「神風」は一体何なのか。

 「聞きたくない」、と、心が叫ぶ。

 目を背け、耳を塞ぎたくなる。

 辛いことからは逃げたいのが人の性だ。…だがそれだけでは「生きている」とは云えない。

「…その作戦は、竹中崇の魔力が続く限り、永続すると理論上はいわれていた。彼女は肉体こそ普通の人間だが、その魔力は我々のそれとは比べ物にならない。質と量、そのどちらにおいても。

『兵器』として調整し、術を組み込んだ兵士達の燃料である魔力を、竹中崇が一手に担う。兵士は肉を持った絡繰人形(オートマタ)と扱われた。…先も言ったが、日本の兵士達は特に忠誠心が強い。『神風』のように特攻し、命を燃やして戦った。…そして、『神風』の名の通り、その身体を兵器として爆発させた」

 ――ああ、神様。

 こんなに惨いことが、この世界にあったのか。



 軍は、「神風」の兵士には更に仕掛けをしていた。

 魔力さえあれば、例え爆散した肉の欠片でも術は発動できるように。散らばった兵士の肢体が、再び寄り集まり人の形をとるように、術を組み込んでいた。

 そしてまた、「それ」は戦う。力尽き、その身は爆ぜる。そしてまた寄り集まり、そしてまた――……。

 竹中崇は、それを延々と見ていた。同胞は「人ではない」と教え込まれ、その彼らに、もはや人とも認識できないモノとなった彼らに守られ、目の前で死んでいく様を見ていた。

 一年足らずの戦争はどこもかしこも血に濡れていたが、やはり日本軍の交戦地が最も凄惨だったといわれている。

 彼女はそれでも生きていた。生きて帰ってきた。神風部隊は連合軍に拘束されたと公式記録に残されているが、それは「旗持ち」だった竹中崇だけだった。


 伝播大戦は、連合国・枢軸国それぞれの元【警邏隊】隊員が枢軸国の司令官を全員暗殺することで終わりを迎えた。不穏分子はいくらかは残ったものの、兵士の大半は指導者を失ったことで戦意を失い、「狂気」が抜ける後遺症を早い段階で乗り切った者達に後処理は任された。

 〈魔力世界〉の人間は〈現世〉からの「狂気」に感受性が高い――それが分かったのは、何もかもが終わった後だった。



「それからは、こちら側が原因となる現世・魔力世界間の伝播を防ぐために【妖精の輪(フェー=ルウェン)】が中心となって起こりうる「災厄」を未然に防いでいる。書面上は【討伐隊】も【妖精の輪】の提携機関なのは、現世に『感染する呪い』という災厄をもたらさないためだ。……どの組織も年を重ねたものは大戦を経験した者だが、あの三人が前線に立った最後の世代だろうな」

 ダライアスの脳裏に終戦直後の光景が蘇る。

 無機質な白い壁に囲まれた、枢軸国側だった負傷者のための病院。戦争は終わったとはいえ敵同士だった兵士が鉢合わせるのを防ぐため、元枢軸軍の兵士が療養する施設に元連合軍の兵士や関係者が入ることは禁じられていた。その逆も然り。

 あの日、ダライアスは連絡で枢軸側の病院を訪れていた。受付で何やら揉めている声がしたと思うと、そこで息子のウォルフとその友人――クロードのことだ――が、ここに入った親友に会いたい、と訴えているところだった。彼らは友を探すために志願したようなものだったと話していた。若い命がその身命を投げ出すほどに、強い“繋がり”で彼らは結ばれていた。

 親友の名前を――竹中崇の名前を聞いた時、彼女の現状を知る職員は口を噤んだ。ダライアスもその一人だった。

『面会は可能ですが』

 看護婦に詳細を告げられた二人の青年の顔が凍る。

『それでも』

 そう言ったのはどちらだっただろうか。

『合わせてやってくれ』

『師団長殿がそう言うのでしたら……』

 面会許可を取り付け、二人は病室に通される。ダライアスは入らず、外から様子を窺っていた。

『――――っ』


 身体面に問題はなし。

 だが、間近で人の「死」を見続けていた結果、彼女の「心」は欠片となって剥離し続けるように欠けていた。

 拘束がもう少し遅れていたら、全て無くしていた程に。


『――けるな。

ふざけるな!!

誰がこの子をここまで苦しめた!追い詰めた!

誰が戦争なんて起こした!誰がこの世界に地獄を作ろうとした!!

許さない……絶対に許すものか!!

たとえ死んでいようが変わるものか!彼女の命を贄にしようとした兵士も!!彼女を()()()として扱った司令部も!!旗を持たせた兵の一人に至るまで殺してやる!!この子を人と扱わなかったもの全て――殺して、壊して、二度とこの世界に顕れなくなるまで()し潰してやる!!!』


 ……肌の色がシーツと同じくらいに白く抜け落ちてしまった崇を抱きしめたクロードの慟哭が、今もダライアスの耳から離れない。何も、友を失いかけた彼を哀れに思ったからではない。

(我々は、残されかけた者皆が抱える悲憤を、慷慨を「生きているだけで十分だ」という戯言で蓋をしようとしていた大人だったのだ。……ああ、本当に根が深い。後悔ばかりだ)


* * *


「……ん……」

 ぱちり、と崇の眼が開く。

(……記憶が飛んでいる。…確か……前に治療を受けた時に、睡眠で記憶を飛ばす方法だと説明されたっけ…)

 時計を見るまでもなく、窓の外が白み始めているのが見える。夕方四時頃だと仮定すると凡そ十時間は眠っていたことになる。流石にうたた寝程度とはいえない。眠らされたのだろう。おそらくは、再発したPTSDを鎮めるために。

(……足手纏いだと思われるのは、厭だなあ……)

 告白するならば、後遺症か防衛本能かは定かではないが戦線に立っていた頃の記憶は穴が綺麗に開いて抜け落ちているのだ。数十年前だという時間による忘却がそれを増長させているのだろう。だからこそこうして普通に生活が送れているのだし、戦いに出ることもできる。

 その代わり、現代ではもうほとんど揃わない条件が今回のように見事に揃うとフラッシュバックが起こってしまう。「汽車」に乗って「揃いの軍服で」移動する、そんな条件がよく揃ったといっそ笑えてくる。

 戦争を起こした顔も知らない人物に中指を立てて悪態をつけるくらいには回復しているが、早く個室に引き揚げていればよかったかと後悔した。

「――ああ」

 薄明が瞳を濡らす。

 刈り取られた田園風景が再び温度を取り戻していく様に、ぼうっと感嘆の息を漏らす。

 するりと肩に乗って擦り寄ってきた古代の目の間を撫で、壁を隔てているとはいえ隣の部屋で眠る人を起こさないようにゆっくりと窓を開ける。

 古代と一緒に寝ていたお陰で体感温度は快適そのものだったが、窓を開けると冷えた夜の名残が入り込んできた。毛布を肩にかけ、朝の空気を思いきり吸い込む。

 日が昇り、肺を刺すような冷たさだった空気が温められていく。がたごとと規則正しく滑る車輪に揺られ、食堂車の方向からパンの焼けるいい匂いが漂ってくる。

(……生きている)

 少しずつ起き出してくる人の気配が増えるのを耳で捉えながら、朝日の眩しさに崇は目を閉じて窓枠に身を預けた。


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