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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
Noble Hunting
26/98


 翌朝。

「――時間だ。これより、会議を始める」

 ダライアスの声が重く響く。隊員全員で囲める巨大な円卓は、グレイズ家、サロー家、セラド家の各家から選抜された狩人達が、ある者は眉間を寄せ、またある者は余裕を匂わせるなど、それぞれの面持ちで席についている。“パンドラの檻”は食客扱いのため、ウォルフの右隣にクロードから順に座る。

「見たところ、顔合わせも既に終わらせているようだな。先に通達を出した通り、今回の討伐には【妖精の輪(フェー=ルウェン)】より常駐部門一つが隊列に加わることとなる」

 視線がさっと崇達に向けられる。あからさまな内談をする者はいないのは当主の「躾」が行き届いている証でもあるが、その分視線がものを言うのは避けられない。

「この円卓についた以上、身分や階級という肩書は無いものと心得よ。あるのは役割を明確にするための名であり、我々は共に歩を進め獣を狩る使命を負う同胞であることを忘れるな」

(「同胞(カムラッド)」…ね)

「まず始めに各小隊隊長、並びに隊員の叙任を行う。司令部隊――」

 小隊は歩兵部隊のグレイズ家、偵察部隊のサロー家、補給部隊のセラド家、“パンドラの檻”から基本それぞれ一名ずつで編成される。“パンドラの檻”は魔法使い三人は従軍経験者だが記録者の優一は前線向きではないため、後衛からの偵察部隊員扱いとなった。よって、小隊の編成は以下の通りである。


司令部隊 隊長並び総司令官 “灰銃[グレイ=ガン]”ダライアス・グレイズ

 隊員 “夜魔達の目”アナスタシア・サロー、アレン・セラド、“赤の聖約[ルージュ・プロミーズ]”クロード・G・リュピ、藤崎優一

第一機動部隊 隊長 フレドリック・グレイズ

 隊員 ニノン・サロー、コートニー・J・セラド、“煌角の黒山羊”竹中崇

第二機動部隊 隊長 エルトン・セラド

 隊員 “灰鉄[グレイ=アイアン]”ウォルフ・グレイズ、ダスティン・サロー

第三機動部隊 隊長 “灰花[グレイ=フラウ]”フローラ・グレイズ

 隊員 ディアドラ・サロー、モーリス・セラド


「――以上である。次に、偵察部隊長アナスタシア・サロー。今回の終転人狼(テロファス)についての偵察結果を報告せよ」

「はっ。では皆様、資料と併せてこちらをご覧ください」

 円卓の中央にディスプレイが顕れ、資料に描かれたものと同じ狼が表示される。

「今回の終転人狼の人名は『カミロ・レネ・カサルス・マドリガル』、スペイン出身の人狼ですわ。名が既に割れておりますので、これからこの終転人狼は『カミロ』と呼称します。

カミロの全長は半月の段階でおよそ五メートル弱、明日には四メートル半程度の大きさだと予想されます。ご覧の通り、稀に見る大きさの人狼です。カミロは犯罪歴のある人狼で、これまでにも満月以外で五件の殺傷事件を起こしているとスペインの【警邏隊】から報告があがっています。現在はフランスとスイスの国境沿いにある森に潜伏しており、既に第三機動部隊と別働の偵察部隊が現地に向かい、森を封鎖しておりますわ」

「森に住む動物で既に噛まれている可能性のあるものはいるのか?」

「現状では牡鹿と雌の熊が噛まれ、死体となったのが確認されていますわ。行動するのは主に夜、食事をするために動物を襲うだけのようで。今のところ感染行為には出ていませんが、この森には狼も住んでいるとのことなので時間の問題かもしれませんわね」

「封鎖の範囲では…――」

 討伐の作戦が練られていく中、崇は隣で『速記』の術式で会議の内容を記録している優一に声をかける。

「藤崎君。今までの内容をここに写せる?」

「はい、いけますよ。ちょっと待ってくださいね…」

 白紙の紙に優一は『転』と術式を書き入れる。すると優一の手元にある議事録がさっと崇の紙にも記載された。

 小声で礼を言って、崇は議事録を検める。そして資料と議事録に視線を行き来させると、区切りがつこうとしていたところで手を上げた。

「ここに居る狩人で分かる方がいるのならお聞きしたい。転化した人狼が『呪言(スペル)』を使った前例はあるか?」

「「「――!」」」

 あちこちで息を呑む音が聞こえる。

「この『カミロ』の経歴を見たが、魔術師と記載されていた。私は専門的に人狼の対処をしたことも、他の討伐隊に属したこともないのでお聞きしたい。…認識共有のために言うが、私の言う『呪言』は心内呪言も含む。転化した人狼が魔術やそれに類似するものを扱ったことはあるのか?」

「そ、それは……」

「呼び名を得ている割に、見識が浅いのではないか?終転人狼に限らず、人狼は気の触れた獣だ。術を扱うすべなど失っているに決まっているだろう――」

「――否。()()

 誰かが反論したが、当主のその肯定が全てを塗り潰した。

「竹中崇。貴様は、終転人狼が『呪いを振り撒く狼』とは思っていないようだな」

「仰る通りです。狂乱し、理性を失っても知能までは失っていないのではと。只の狼ならトラバサミだけで事足りるでしょう」

「…旧き学びを得ただけのことはある。見解を改めよ、ダスティン・サロー。振舞いこそ人を捨てれど我々が狩るは『人狼』だ。

竹中崇。では、人狼が『呪言』を使った際の対処策をあげてみよ」

(だ、ダライアスさんが、笑った……)

 頷くと、崇はつらつらといくつかの術式や呪文をそらであげていく。

 戦々恐々と見守っていた優一の裾を、隣の誰かが引いた。

「ひゃ?」

「いや~君のとこの魔力技師さんもなかなかおっかないね。あ、俺、君と同じ司令部隊のアレンでっす。噂は聞いてたけど、なんにも見ずに呪文すらすら出てくるのって頭おかしいわ…。後で君の書いてるやつ、写させてもらえない?」

「あ、っと、藤崎優一です。大丈夫ですよ」

 堂々と話すわけにもいかず、こそこそと小声で返す。見た目だけでは判断できないが、アレンは優一と歳が近く見える。優一は少しだけ、友人の友樹に似ていると思った。

(こっちで……)

[有名っていうのはやっぱり…]

[ま~そりゃ色々あるよ。大半は尾びれ付きまくってるやつだけどさ。「部門代表の髪は返り血で赤く染まった」とか]

[ああうん…そういうのは流石に分かるよね]

[だよねー。でも、竹中さんが呪文とか言語絡みに強いってのはマジだったのな。うちのヘタレより強いぜ?あれ]

[ええと…コートニーさん?]

[そうそれ]

[「それ」って……]

 筆談でやいやい話しているとアレンが小さくうめき声を上げる。そちらを見ると彼の兄がしかめっ面で彼を小突いたのが見え、お互い肩を窄ませた。

「――では、以上で会議を終了とする。十三時までに各々装備を整え、正面入口へ集合せよ」

「全員、起立!」

 書記の声に全員が一斉に立つ。

「我ら討伐隊第二、女王陛下の名の下に、呪い持つ獣を骨の一欠けまで誅殺することをここに誓約する!」

「「「Yes, sir!!」」」

 ダライアスの号令に応える声が、会議室に轟いた。



「…汽車だ」

「汽車ね」

「おいさっさと乗れ。何やってんだお前ら」

 十三時過ぎ。ダラム駅に停車していた蒸気機関車に優一は思わず足を止める。

「汽車なんて初めて見ましたよ、僕」

「日本はもう走ってないものね~」

「こっちの日本ももう電車になっているって聞いたから、蒸気機関はほとんど残ってないんじゃないかな」

 車両は部隊ごとで分けられており、司令部隊のクロードと優一と別れて崇とウォルフは車両通路を行く。

「しっかしお前がフレッドと同じ部隊か…」

「今言ったってもうどうしようもないでしょ」

「俺がそっちに突っ込まれるかと思ってたからな」

「兄弟一緒にするかなあ、あの方。まあ先輩がいるし大丈夫だと思うよ」

 それじゃあ、と崇はひらりと手を振って第二機動部隊の車両に入る。

「や」

「ああ、私が最後でしたか」

「まあそんなに時間も経ってないし。そういやニノンとは話してたっけ?」

「いや、顔は見たけど話してないな。初めまして。私はニノン。サロー家の三男です。会議での弁舌、見事でしたよ」

「ありがとうございます。何分、言い方が分からなかったものですから失礼をしたかと」

「いやいや、ああいう風にしっかりものを言う女性は好ましいですよ。先ほどトランプでもと話していたのですが、貴方もどうですか?」

「良いですね。是非」

 そうしていると蒸気の鳴る音が聞こえ、ゆっくりと汽車は動き出す。シュッシュと汽車は真白な煙を吐き出し、真黒な大蛇のように線路を走り出した。


* * *


「……」

 誘われたポーカーも何戦かで飽きが生じ、誰が言うでもなく各々ゆったりと過ごしていた夕暮れ。

 崇は夕日が沈み、空が薄紫から暗い薄青へ、更に群青へと変わっていく様子を眺めていた。

(…………)

 がたん、ごとん、と揺れる鉄箱の外装が夜の色に塗られていく。下がりかけた瞼に、ここではないものが映った。

「――……!」


 「そこ」も汽車の中だった。だが、崇が今乗っている寝台列車のような上等なものではない。左右に二人掛けの椅子が列になって並べられ、自分の隣には学生服に似た軍服を着込んだ年若い兵士が座っている。

 自分の隣だけではない。後ろの列も、隣の椅子にも、同じ軍服・同じ年頃の青年兵が座っている。兵士達は先端に槍のついた銃を持っている。自分は、『旗』を持っている。

(まずい……駄目だ、これは……っ――)


「おい、どうした。顔色が悪いぞ」

「――……ああ……すみません」

 崇の肩をフレドリックが掴み揺する。皮肉の一つでも出てきそうな口元が、少し思考を巡らせて開かれる。

「おい……本当に大丈夫か?酔いでもしたか」

「――……いえ……」

 どくん、と崇の耳の奥が鳴る。

「常備薬程度ならあるはずだ――」

『貴様は“旗持ち”だ。決して膝をつかず、立っているだけでいい』

 自分を覗き込むフレドリックが、崇の記憶に焼き付いた過去と重な(ダブ)る。

『何を見ても、誰が死んでも。()()()は死ぬために行く者達だ。人ではない』

「―――……ぃっ……!!」

「“黒山羊”!?」

 胸が詰まる。うまく息ができない。無機質な過去が、崇の視界を覆っていく。

「ど…っ、どうしたの!?」

「敵ですか!?」

 フレドリックの声に、うたた寝をしていたコートニーとニノンも目を覚ました。

「わ、分からない。僕は何もしていないが、こいつが急に…」

「……息ができていない…!?竹中、落ち着いて、今救護医を……」

 周りが慌ただしく動き回るのが分かったが、崇にそれを知る術はなかった。

(駄目だ。この列車は――これから行く場所は――……)

 暗い、暗い、鉄臭い記憶が蘇る。鉄の匂い、血の匂い、それと――。

「何の騒ぎだ」

「お、お父様……」

 人を呼ぼうとドアを開けたフレドリックと出くわしたのは、司令部隊の車両にいたはずのダライアスだった。

 ダライアスはフレドリックを一瞥したが、内部の様相を見ると呆然と立つ息子を押し退け崇の前に膝をつく。

「――ぁ……」

 泥のように濁った崇の眼を見て、ダライアスは口元を硬くする。そして崇の目の前で、「パン!」と大きく手を叩いた。

「!!」

「何を…!?」

「しっかりと私の指を見ろ。目を離すな」

 崇の前でダライアスは人差し指を立てる。

「《現在は西暦2019年、泰平の世である》」

(これは…『言霊』!)

 ダライアスが使い始めたのは『言霊』だった。ウォルフのそれよりも格段に長く、単語ではなく「文」の長さに魔力が乗っている。

「《第二次魔力世界伝播大戦は既に終結した。この列車は死に行く兵士を乗せてはいない》」

「…………」

「《貴様は「旗持ち」などという役割を持っていない。そのような名で呼ばれてもいない。貴様は兵士ではない。『魔法使い』である》」

「……っ…」

「竹中!」

 がくん、と崇の体が座席から崩れ落ちる。

「…竹中崇。私の声は届いたか」

「……ダライアス…さん……」

 崇はダライアスに支えられ、「ええ…確かに…」と力なく返す。

「…《眠れ》。……根が深いものだな」

 ダライアスが再度言霊を使用すると、崇はことりと眠りに落ちた。

「伯父さん…竹中は、大丈夫なんですか?」

「ああ。明日の朝まで目覚めまい。眠らせてやれ」

 ほう、とコートニーが大きく安堵の息を吐く。

「お父様…。さっきのはどうして……?」

「…何故『言霊』を使ったか、か」

 素直にフレドリックはこくりと頷く。

「…先の竹中崇の、あの状態はPTSDによるものだ」

「「PTSD」……?」

「――失礼します。司令官、先ほどの声は……っ!崇!」

「ああ、赤の。竹中を寝台の方に運んでやってくれるか」

 意識を失ったような崇の様子に後を訪ねてきたクロードの血相が変わる。

「ええ。彼女は一体……?」

「PTSDを再発したようだ。一旦は落ち着いたが、念のため眠らせておいた」

「分かりました」

 腑に落ちない様子のフレドリックに、話す腹を決めたのかダライアスも座席に腰を据える。

「心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder)。頭文字をとってPTSDと呼ぶ。竹中崇のは、大戦によるものだ」

「大戦…伝播大戦のことですか?」

「ああ。…そうか。お前達は皆出兵はしていないのだな」

 その言い方にフレドリックはむっとする。だが次に発せられた言葉に、フレドリックだけでなく全員が目を見開いた。

「竹中崇は枢軸国による徴兵で参戦した元兵士だ。竹中だけではない。長兄のウォルフも、部門代表のリュピも、連合国側だったが参戦していた。あの忌々しい“第二次魔力世界伝播大戦”にな」


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