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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
Noble Hunting
22/98


――一月中旬

 (ホーム)の電話が鳴る。

「はいはい」

「あ?誰だ」

「総合部門かな…。もしもし、こちら東京都中央区常駐部門、“パンドラの檻”です」

『あ、もしもし。崇ちゃん?ごめんなさいねー、いきなり』

「…クロード?」

「あ?なんでこっちにかけてきたんだよ」

(クロード…?)

 以前聞いたような名前に、書類の合わせをしていた手が止まる。

『急いでたら家の方にかけちゃって。今成田に着いたのよ』

「…え?空港?」

『そう。悪いんだけど、魔法強化できるもの持って駅で待っててくれないかしら?そっちに着くまでにはなんとか保たせるから』

「おい、ちょっと待て。()()()()()()()のか!?」

『まだ身動きとれるから平気…』

「莫迦!!お前のそれは呪いだって分かっているだろう!」

「ひえっ!」

 電話の内容は聞こえないが、初めて怒鳴った崇の剣幕に思わず優一は肩を竦める。

「すぐにそっちに行くから、お前はそこを動くな。…藤崎君、一緒に来てくれるかい。面倒だけど、認識結界を張ってほしい」

「は、はい。Ⅰですか?」

「うん。とりあえず、着いたら分かるから」

 優一は靴を履いてから記録筆のケースを持つと、崇が出現させた魔法陣の中に入る。そのまま転移すると、空港の床を踏みしめた。

「…と。さて、あいつは……」

 周りを見回すと、冬休みの帰宅ラッシュか人が多い。荷物受け取り場から出た所に「彼」はいた。

「すごーい、背高ぁ~い!」

「かっこいいですねー!モデルさんですか?」

「この辺りでおすすめのお店知ってるんですよ~。私達とデートしません?」

 文字通りわらわらと女性に囲まれている、見るも目に鮮やかな赤髪の男性に崇はしっかり溜め息をつく。

「結界を掛けて」

「は、はい」

 崇は手袋を外し、すたすたと男性に近づく。

「?」

「あっ、崇ちゃ――」

 スパァン!!

「え」

「……」

「い゛っ…!」

「……?」

 崇のノーモーション平手打ち(ギャグマ○ガ日和のアレ)が綺麗に男性の左頬にクリーンヒットする。だが驚くことにその瞬間、男性の周りに集まっていた女性達は全員彼から離れていった。

「え。…え?」

「いったあーーい!!もうちょっと手加減してくれてもいいじゃないのよお!」

「声が大きい。もう一回やっておくか?」

「あゴメン、真面目に痛いから遠慮するわ…」

 頬をさすって痛がっているのは、間違いなく男性だ。そう、赤髪の男性。

「ところで、そこの子がウチに来た記録者さんかしら?」

「ああ。…藤崎君?」

「え……あの、この方、は…?」

 露骨に困惑し崇の後ろに引く優一に、男性はショックを受けたように口元に手を当てる。

「あらヤダ、そういえば前申請もらった時はアタシいなかったのよね」

 男性は乱れたマフラーを巻き直し、表情をくっと引き締め優一の目を見る。

「はじめまして、新しい記録者さん。アタシは“赤の聖約(ルージュ・プロミーズ)”、クロード・グロリア・リュピ。“パンドラの檻”の代表をしているわ」

「…あ!あの時の…!」

「そう、去年の吸血鬼との戦闘で、結界の申請先だった魔法使いよ。あの時は間が悪くてすれ違っちゃったのよね」

 「クロード」は長い赤髪を後ろにやると、優一に手を差し出す。

「遅くなっちゃったけど改めて、ようこそ中央区常駐部門へ。“パンドラの檻”の代表として、心から歓迎するわ」

「…!は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 おそるおそる差し出された手をとると、しっかりと握られる。まだ少し落ち着かない目の優一に、クロードはにっこりと笑いかけた。


* * *


「たっだいまー!帰ったわよー!」

「おー、相変わらずうざってえな」

「ひどぉい!」

 再会のハグをばっさりと拒否られクロードはめそめそと泣き真似をする。

「崇が怒鳴るから何事かと思ったが、お前お守り切らしたのかよ」

「気をつけてはいたんだけどねー。あ…そうだ、さっきはびっくりさせちゃったわよね、優一君」

「あ…その…はい」

 家に着くと、崇はすぐにクロードから「お守り」を預かって工房に籠っている。落ち着いたところで改めて顔を見てみると、左頬に残った真っ赤な痕は魔力を帯びているのが目に見えていた。

「ここの事情は知ってるかしら?」

「はい、大まかには」

「なら話が早いわね。アタシ、ほんと小っちゃい頃に『魅了の呪い』をかけられちゃってるの」

「魅了……?」

 確かに、あの時クロードを囲んでいた女性の数は異様に多かった。思い出してみれば、年代もばらばらだったかもしれない。

「そう。経緯も術者も知らないんだけど、アタシはそれのせいで…女の人に付きまとわれるの。いつもは崇ちゃんが作ってくれたお守りで抑え込めているんだけど、空港についた時はそれが弱っちゃってて」

「え、でもじゃあ、どうしてそれがビンタに?」

「ああ、それはね、崇ちゃんの魔力はものっっっっっ凄く強い『退魔』と『抗魔』の力があるの。うーんと…RPGでいうなら、魔力防御と状態異常耐性が9999ある感じかしら。軽い呪いとか低級悪魔くらいならビンタ一発で消し飛ばせるのよ。すごいわよねぇ」

「な、なるほど……」

 分かるような、分からないような。

「クロード、終わったよ」

「ありがとう。…よし!」

「あっおいバカ」

「え?…あ、ゆ、優一君……?」

「……クロードさん…」

 丁度クロードがお守りを内ポケットに入れた瞬間、優一の目がとろん、と惚け、頬が少女のように赤く染まる。

「そっ、崇!」

「…怒る気も失せる」

「いっっだい!!」

 崇がクロードにデコピンすると、優一の目がはっきりする。

「あれ……今、何かあったんですか?」

「……こいつもどうにかしねえとなあ」

 額を押さえてうずくまるクロードに、何が起きたか覚えていない優一。崇とウォルフは揃って溜め息をついた。



「かかってたんですか!?僕が!?」

「そうだよ」

「男もかかるからな。というか、なんでこんな急に帰ってきたんだ?クロード」

「ああ……それなんだけど、帰ってきたには帰って来れたんだけど、すぐ出なきゃいけないの」

「?」

 クロードは鞄から封筒を出すと、その中身を三人に向けて見せる。

「総合部門より正式な通達よ。『終転人狼』の討伐にアタシたちも加わるよう、指令が下ったわ」

「!」

「…特に、ウルフ。あなたは絶対よ」

「……分かってるよ」

「あ、あの、『終転人狼』って……」

 苦虫を嚙み潰したようにウォルフは犬歯を軋ませる。一気に変わった凍るような空気に、優一は小さく声をあげる。

「…終転人狼、魔力世界では『テロファス』と呼ぶわね。「終わり」に「転ずる」と書いて『終転人狼』。呪いによって人狼になった者の、成れの果てよ。

満月の晩、呪いの人狼は狼へと転化する。転化は月の満ち欠けによる周期的なものだけれど、それを外れ、ヒトに戻れなくなったもの……常に狼の姿をとる人狼が、終転人狼とされるわ。人狼の呪いは噛み傷で感染する。だから発見され次第、一刻も早く討伐しなければならないのよ」

「あ……」

 ウォルフから貰った本の、人狼の呪いについての記述を優一は思い出す。

[人狼の呪いは噛み傷より感染する。――…変異の痛みで感染者が暴れ出し、狼のように四つん這いにになって行動することや、狂乱し他者を噛むことも少なくない。たとえ噛まれたばかりの感染者であっても夜が明けるまでは人狼と変わりない性質を有するため、この噛み傷によっても人狼の呪いは感染する。]

 …本には、そう書かれていた。

 漠然と、大きい「なにか」が感覚としてやってくる。それは自身が震えていることの原因だと気付いた時、優一は生まれて初めて「知らないこと」に恐怖した。

「明日の朝の便をもう取ってあるから、出張の準備をしておいて。ロンドンに着いたら魔力世界に移動して、そこからの道案内はウルフに任せるから、お願いね」

「俺かよ」

「アンタイギリス出身じゃない。とりあえず、忘れ物だけないように気をつけてちょうだいね、皆」

「分かった」

「は…はい…」

「何か分からないことあったら聞いてちょうだい。……はーー!疲れた~~!討伐隊の辞令システムもメールでできるようにしてくれればいいのに~~!」

 ぐったりとクロードはソファにもたれかかる。聞けば、この辞令を伝えるためだけに本部から戻ってきたというのだ。「これで本部詰めから解放されるわ~」と本人は言うが、「(効率が悪すぎる…)」と崇とウォルフの心の声が一致した。

「僕、準備…しますね」

「ああ。…ウォルフ?どうかした」

「いや。何でもねえよ」

「あ…」

 何かに気付いたクロードに、ウォルフは目で「黙ってろ」と釘を刺す。

(……任務に影響はないと思いたいけど…。親族が絡むとやっぱり、面倒よね)

 崇も工房に入り、誰もいなくなったリビングでクロードは書類をめくる。辞令の最後は、狼の紋章と共に討伐隊の隊長の署名で締めくくられていた。

[――討伐隊隊長、“灰銃(グレイ)”ダライアス・グレイズ]


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