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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
聖夜前のさがしもの
21/98


――十二月二十四日、クリスマス・イブ

 ぱちぱちと暖炉の火が爆ぜる。リビングにはツリーが飾られ、ローテーブルには料理とワインが並べてある。

「クロード、結局今年は本部でクリスマスと年越しか」

「まあ、本部ならあいつも実家行くだろ」

「まあそれはそうだけれどね。…あれ、このワインうちにあったっけ?」

「いや、買ってきた」

「本当!?これ、まず出回らないやつじゃん…!……値段を聞くのが怖いんだけど…」

「去年も言ったが、クリスマスの飯代は俺持ちだって言ってるだろうが」

「いや…毎年思うんだけれど、君の用意するものっていいものばかりだから…」

「いいだろ、年に一回なんだから。俺はもうお前に何やったらいいか分かんねえからよ」

「別に気にしないのに」

「本職の魔力技師に下手な物やれるか。ほら、座れ座れ」

 ソファに座らせ、ウォルフがワインの栓を抜くと芳醇な香りが溢れ出す。

「それじゃあ、今年もお疲れ様ってことで」

「ああ」

「Frohe Weihnachten und ein gutes neues Jahr.」

「Happy Christmas and all the best for the New Year.」

 崇がドイツ語、ウォルフが英語で乾杯する。雪は降らないが、しんしんと夜はふけていこうとしていた。



 古代が本来の姿で微睡み、テーブルの上は空になったワインとドイツビールとウィスキーの瓶が一本ずつ、そしてウォルフの前には二本目のウィスキーの瓶。

 ロックでウィスキーをちびちびやっているウォルフは、据わった目で溜め息をつく。その膝を、酔い潰れた崇が枕にして寝ていた。

(いい加減、男の膝で寝るなって言い聞かせねえとな……)

 どこでこんな癖ついた、とウォルフは眉間に皺を寄せる。崇は、小さい頃に母が亡くなって、父が男手一つで育ててくれたと以前話していたことがある。それから“蛇目(バジリスク)”の呼び名を持つ魔法使いに師事し、複数の師に教わったことはないとも言っていた。

 父親か、師か。いずれにしても酒を飲むことはあっても、崇にこの癖をつけたのはどっちだ。まさかそれ以外の男と飲んだことはないだろうな、と余計な心配が増える。

(……。やめだ、やめ)

 気がつけばウィスキーの瓶は空になっていた。ウォルフは古代を横目で見たが、主人が酔っているのに引っ張られているせいか起きる様子がない。

 ウォルフはまた溜め息をついて、起こさないようゆっくりと膝を抜いてクッションを崇の頭の下に敷く。顔にかかっている髪を払ってやって、ウォルフは自室で寝ることにした。


* * *


翌朝

「おはようございます……」

「ああ、おはよう。といっても昼だけれど」

「すみません…」

「そうだ、ツリーの下を見てみなよ」

「?」

 優一がツリーの足元を覗くと、クリスマスラッピングがかけられた包みが三つ並んでいる。宛名はどれも、「Yuichi Huzisaki」だった。

「え、これ、ぷ…プレゼント、ですか?」

「そうだよ。私とウルフ、それとルカから」

「…僕、去年にルカさんにはもういいですって言ったんですけど!」

「そのルカだけれど、『日本の成人年齢は二十歳だからセーフ』って言っていたよ」

「なんで!!」

「嫌かい?」

「いや……嫌じゃあ、ないですけれど、なんというか申し訳ないじゃないですか…」

 そう?と崇はきょとんとした表情になる。

「ルカはどうか知らないけれど、私達は毎年こうしているよ。いい子にしていた子供にはプレゼントを、というのがごく一般のクリスマスなんだろうけれど、私達にとってはその一年をまとめて、お互いを、仲間を労う日なんだ。

藤崎君は来てまだ短いけれど、それでも私達の仲間だ。だから私達は君にプレゼントを贈ったんだよ」

「……。ありがとう、ございます…。開けてもいいですか?」

「ああ、勿論」

 少し頬を赤くして優一はお礼を言う。

 ルカの包みはラム酒のパウンドケーキ(かなりデカい)が一本、ウォルフの包みは魔物や魔力世界の生物についての分厚い図鑑、崇の包みは上等な黒革の箱だった。

「竹中さん、これは?」

「ああ、開けてごらん」

 長方形のそれをおそるおそる開いてみると、優一の目が驚きで見開かれる。

 箱の正体は、記録筆を納めるケースだった。中には優一の記録筆が丁度収まりそうなへこみと青みががった黒い結晶がいくつか入った小瓶、それと『執記』の種類ごとのペン先が入っている。

「こ…こんなにいいものを、貰っちゃっていいんですか…!?」

「え?うん」

「わあ…!ありがとうございます、竹中さん!大事にしますね!」

「…ああ、そんなに喜ばれると作った甲斐があったな」

「?竹中さん、今、なんて…」

「いや、なんでもないよ」

(気のせいかな?)

「ウォルフさんは、今日どこに?」

「ああ、魔力世界の方に手紙を出しに行っているよ。流石に世界を跨いで魔法で送ることはできないからね」

「分かりました。…そういえば、これ、お酒…入ってますよね?食べて大丈夫なのかな……」

「まあ……その後外に出ないならいいんじゃないかな?バレなければいいんだし」

「う、うーん…?」

 そうなのかなあ、と優一は首を捻る。

(……あ、そうだ)

 せっかくだから、三人で食べないか聞いてみよう、と優一は思いつく。どこか懐かしい、わくわくする緊張感に、意識して引き締めたはずの頬がつい緩んだ。



(了)

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