表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精眼のパンドラ  作者: 文車
聖夜前のさがしもの
18/98


「…して、お前達があれの(ともがら)か」

「はい。…あの、一つお聞きしても?」

「申してみよ」

「その…崇とはどういう関係で?」

 ウォルフに改まってそう訊かれると、ハデスは顎に手を当て思案顔になる。

「そうさな…。“深み”に連なるもの全ての父というのが、我だ。我はあの子の師の父であり、あの子の父でもある」

「えーと…?“深み”っていうのは…?」

「…あれはそう、己の持つものについて語らぬか。今の者の言葉なら、「闇」というのだったか。深みは、(オド)持つもの全てが触れる資格を有するものであり、全ての命の根源(もと)であり、還る場所である。

魔法使いの端くれなら聞いたこともあろう。「闇」は強く、扱い易い。だがそれ故に呑まれ、己を食い尽くされるものが後を絶たぬとな」

「ああ…。同期にも、崇と同じ魔法を使うやつはいませんでした。単純に、使い手が少ないもんかと」

「真に扱える使い手は殆どおらぬ。崇は、旧い時代の魔法に囲まれ育った子供だったのもあるが…」

 そうだ、とハデスは口元を緩める。

「折角だ、あの子の昔話でもしてやろう」


――――――――――


――ドイツ、「黒い森」

 現世と魔力世界が交わる森には、魔法使いが住んでいた。

 魔法使いの名は「テオドール」。片目を縫い付けた、隻腕の男の弟子が、崇だった。

 歳は十三、四といった頃合いか。成長期の急激な背丈の伸びが始まり、成長痛に悩まされていた頃。聞いた話では、この時分には既に師と並んでいたという。

 この日、崇はいつもの通り庭に植えた薬草に水をやっていた。

「…?」

 不意に、空を覆う雲がゆっくりと切れ目を作り、光の梯子が森に射し込む。

「あれは…」

『……!ああ…よかった!』

「!?貴女は…!」

 崇の目の前に梯子がかかり、女性を型取った光が舞い降りる。

 その光が大地を踏みしめた瞬間、彼女の足元を草木が若々しく生い茂り花が咲き乱れる。光が徐々にその容貌を人のものに変わっていくのを、崇はただ茫然と見つめることしかできなかった。

「あなた、テオの弟子よね?」

「……!」

 光から羽化したように現れたのは、春の息吹を纏い、その桃色がかった黄金色の髪を風に舞う花弁に遊ばせた、崇の知る中で最も可憐で美しい女人だった。

「貴女は…春の…?」

「ええ、“冥府の女王(ペルセポネー)”、の方が聞き馴染みがあるかしら。私は“乙女(コレー)”、芽吹きの女神。貴方のことは夫から聞いているわ」

「…無礼をどうかお許し下さい、女神よ。私は確に“蛇目(バジリスク)”の弟子ですが、名乗れる名を持たぬ未熟者です。今、師を呼んで参ります」

「あ、待って!」

 下がろうとした崇の腕をコレーがぱっと掴む。

「今回は貴方にお願いがあって来たの。テオじゃ、どう考えても周りにバレちゃうから…」

「私に…ですか?」

 崇は彼女の言葉をとても現実のものとは思えなかった。まさか豊穣の女神の一柱、春と芽吹きを司る乙女が自分を頼るなど、とても信じられなかったのだ。



「実は…私、芽吹きに必要な『初芽の魂(エアル)』の入った箱を、海の上空で落としてしまったの」

「『エアル』、とは……?」

 どうもこれは夢ではなく現実らしい。どうにかそれを受け入れた崇は、ひとまず師と共に女神コレーの話を聞いていた。

「世界に存在する全ての植物が発芽に至る、その可能性を得るための『魂』そのもの。それが、『初芽の魂(エアル)』よ。今まで一度も落としたことなんてなかったのだけど、ゼピュロス様が例年以上に張り切ったせいで風に煽られちゃって…」

 春の女神に似つかわしくない重い溜息が彼女の唇から零れる。

「コレー様、あんたがそんな溜息吐くものじゃあない。落としたのは地中海だろう?すぐに見つけられる」

「ええ…ただ、あのひとに海には近づくな、と言われているの。ポセイドン様も最近は弁えていらっしゃるけれど、誰に目を付けられるか分からないから、って…」

「ああ…まあ、親父殿の心配も分かってやって下さいよ。崇、行ってこい。探し物はお前の得意分野だからな」

「はい。…コレー様、謹んでその御用命をお受け致します。どうか、安心してお任せください。若輩ではありますが“蛇目”の弟子として、必ずや見つけ出してみせましょう」

 崇は跪いて女神に誓うと、立ち上がって身の丈以上もある杖をとり足元を突く。

「《開け、魔と霊の境のものよ。その(しるべ)に付き従い、灯籠よ先触れとなれ》」

 唱えると崇の姿が消える。

「…今のは…呪節の略式詠唱?」

「ええ」

 信じられない、とコレーは呆然と呟く。

「綻びのひとつもなく「門」を開くなんて…。テオ、貴方、自分の分身でも作ったの?」

(おれ)はあんなに性格がよくできた分身を作れる気がまるでしないな。貴女にそう言われるなら、徹底して魔力操作を叩き込んだ甲斐があったものだ」

 テオドールは棚の上に据えてあった黒曜石の石鏡を杖で叩く。すると水面のように表面がたわみ、そこには今し方見送った崇の姿と、エメラルドグリーンの海が映し出されていた。


* * *


「…ふう」

『(「門」も安定してきたな。だが…海か)』

「古代は塩水は苦手だよね。……あ、そうだ」

 シーズン前というのもあり、浜辺は人がまばらだった。ひとつ思いついた崇は、人の寄り付かない岩陰に足を向ける。

「あれ…?」

『(…海精(ネレイス)か。少し様子がおかしいが…)』

 岩場で見つけた海の精霊(ネレイス)は、顔を覆い項垂れていた。その表情は自然を守護し、歌と踊りを好む精霊(ニュンペー)らしからぬ沈痛なものだった。

「…すみません。貴女はこの海に宿る精霊とお見受けしますが、何か…悲しいことでもあったのでしょうか」

『…あなたは……?』

「私は、ある魔法使いの弟子です。ある方の頼みで、この地中海に落としてしまったものを探しに来たのですが…私だけでは海に潜ることができず。海の精霊である貴女達の力をお借りしたいと思い、ここに来たのですが……」

『魔法使い……。ああ、あなた、懐かしい声なのね。旧い時代の言葉を紡ぐ声。もうその声を使える人間はいないと思っていたけれど…』

 そう言うとネレイスは淋しそうに微笑む。

『…ねえあなた、私の勘違いじゃなければ、()()()()()()()()()()()()()()わよね?』

 その言葉に崇は身を硬くする。ネレイスは眉を寄せたまま微笑むと、崇の頬を掬い覗き込む。

『もし、あなたが私の願いを成し遂げられるのなら――イルカでも海馬でも貸してあげるし、あなたの伴侶になったっていい。だからお願い…。

私を、ゼウス様から逃がして』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ