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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
聖夜前のさがしもの
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 月は十二、日は二十一。

 クリスマスが近づき、どの国でも浮足立つこの季節。宗教的にはクリスマスと全く無関係なはずのこの国も、例外なくその雰囲気に浮かれていた。

 “パンドラの檻”の拠点である喫茶店「Lampe」も、シーズンに合わせた飾りで彩られている。時刻は午後四時半、三人は開店前に遅めのティータイムをしていた。

「そういえば、藤崎くん。君はクリスマスの日はどうするんだい?」

「へ?」

「君くらいの年頃なら遊びに出るんだろう?外泊なら前もって言ってくれれば特に問題ないし」

「あー。泊まりはしませんけど、二十四日は晩ご飯いらないです。ゼミでパーティーすることになったので」

「なんだ。別に朝帰りしても茶化したりしねえぞ」

「あ、朝帰り!?」

「藤崎くん、あいつの話は聞かなくていいよ。爛れた大人だから」

 真っ赤になる優一にウォルフは喉の奥で笑う。崇がそれに溜息をつきつつテーブルの上を片付け、二人も一旦家の方に戻ろうとした時、ドアベルがころりと鳴った。

「すみません。まだ、開店はしていなくて――」

 客だと思った崇が断わりをいれようと振り向いた瞬間、その目ははっと見開かれた。

「――ッ!!」

 ほぼ反射的に崇は膝をつき、首を垂れる。

「?おい崇、どうした…」

 入ってきたのは、深い紺の髪に暗い瞳、夜をそのまま生地にしたような重厚なスーツとコートに身を包んだ、背の丈は優に二メートルは超えるであろう偉丈夫だった。

「…よい、我らの仔(ポーロス)よ」

 その重低音が重く響いた途端、ウォルフも優一の頭を掴み反射的に下げる。()()()()()()()()()()()と思わせる絶対的な存在感が、その男から放たれていた。

「顔を上げよ。此度はそなたに頼みがあり、忍んで来たのだ」

「…はい、“冥府の父(ハデス)”よ」

((“ハデス”!?))

 ウォルフと優一の心の声が一致する。「ハデス」と、今確かに崇は偉丈夫に向けてそう言った。その名前を持つものは、どちらの世界合わせても一柱しか存在しない。

「…そこの男らも、頭を上げよ。我は私用で来た故、権能を振るうものは無い」

 威圧感はあるが、静かな声にウォルフと優一もゆっくり頭を上げる。「ハデス」が奥のテーブルに座るのを見て、にわかには信じられない気持ちで顔を見合わせた。



「…それで…貴方は、本当に…」

「ああ。我は冥府の神、ハデスという」

 ウォルフの問いにならない言葉にハデス神はさっくりと肯定する。現在“パンドラの檻”はギリシャ神話に名を連ねる冥界神と席を共にし、紅茶を飲むという極めて異例の事態に居合わせていた。

 崇はハデス神とどうも知り合いのようだったが、男二人は全くの初対面である。そもそも「神」というものは、名は広く知られていてこそすれ直に会う存在では決してないのだ。優一はもちろん、今までの経験で胆が据わっているウォルフも、正直紅茶の味など分からないくらいに緊張している。

 横目で崇を伺い見ると、彼女も背筋を正してはいるものの柔らかな表情でハデスと談笑していた。どういうことだ。

「変わりはないか?崇よ」

「はい、お陰様で。ハデス様もお変わりありませんか?」

「うむ。……「父」とは、呼ばぬのか」

「…本当に、享受を戸惑うくらいによくしていただいて。有難きことです」

 いやホントどういうことだよ。

「それより、本日はどういった御用で?私で用立てることができるものでしたら、何なりと申し付けください」

「…いや、物ではないのだ」

「では、どのような?」

 ぐっと眉間に皺が寄せられ、沈痛な面持ちでハデスが言葉を紡ぐ。

「……ペルセポネーが、現世に行ったきり、帰って来ぬ」

「…ペルセポネ様が?」

 崇はぱちくりと瞬きした。男二人は頭に何かタライのようなものが落ちた気分だった。

「夕刻前には帰ってくると言っていたのだが…この国の夕刻になっても戻って来ぬ。我は…あれが、不埒者に連れ去られでもしてないかと気掛かりになって……」

 どんどんハデスの眉間に谷ができる。妻の身を案じているのは分かるのだが、客観的に見ると怨敵を前にしたような顔になっている。

 だが、それを聞いた崇の顔はかなりの真顔になっていた。そして、淡々とこう訊ねる。

「ハデス様、浮気をしましたか」

(!!??)

「しておらぬ…」

 神をも恐れぬ質問に優一は全身の毛が逆立った。それくらいビビった。

「よかった。もししていたら、私は突っ撥ねるところでしたよ。ペルセポネ様がどこに行くかはお聞きになられましたか?」

(「……!?…!?」)

(「落ち着け」)

「…糸と、本を求めに行くと書き置いていた。ヘカテーが言うには、縫製の本を見にいったのではないか、と」

 崇はいくらか考えると、了承しコートを出してくる。

「では、捜して参ります。こちらでお待ちになられますか?」

「うむ」

「分かりました。ウルフ、表のランプは消していくから、後はお願い」

「分かった」

 ウォルフは了解したものの、内心どうしようもない感覚に見舞われる。

 かくして、崇は冥界神の細君捜しに、ウォルフと優一は世界一気まずい待機をすることになった。


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