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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
マゼンタの血脈
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『(…これで、よさそうか?)』

「ん、上手にできたね」

 いい子いい子、と崇が人型のままの古代を撫でる。

 眠るように横たわる亮子の手首には、優一から送られてきた拘束術式の上に古代が生成した手錠がかけられている。

「藤崎くん。こちらは無事、終わったよ」

『―― はい!姫宮さんの魔力反応も、落ち着いたのが確認できました。姫宮さんは…』

「気を失っているだけだ。彼女と遥を繋げていた『契約(アドバース)』を壊したから、まだしばらくは目覚めないと思う。このまま【輪】の救護部門に任せるよ」

『そうですか…。よかった』

 優一がほっと溜息をついたのが崇にも届く。遥に対しては「敵」だと区切りをつけていたようだが、ゼミが違うとはいえ同年代の亮子のことは心配だったようだ。彼らしい。

「そっちは?」

『こちらは――』



「…その…なんというか。怪獣大決戦みたいになってます…」

『―― …うん?』

 怪訝な顔をしているのが分かる声が「鳥」を介して聞こえてくる。しかし、それ以外でこの景色を表現する言葉が優一には思い浮かばない。

『ユウイチ、また降ってくるわよ!』

「うん!…その、空から紅い弾丸が降ってくるわ、ビルの階層が一つ分丸々吹っ飛ぶわで…」

『…ああ、どちらがやったかは聞かないでおくよ。藤崎くん達は大丈夫かい?』

「はい、何とか。メルヴィスが『夜の帳(ナイト・ヴェール)』?をかけてくれているお陰で、僕たちの居場所は特定されてません。その弾丸の雨を防ぐだけで、どうにか」

『分かった。遥を怒らせたみたいだから、私は行かない方が良さそうだね。ウルフも一対一(サシ)の方が好きだし』

「あの…どうして、あそこまで怒ったんでしょうか?堪忍袋の緒が切れるとか、そういうレベルじゃなくて…」

 眼下で行われている戦闘の様子に注視しつつ、聞こうにも聞けなかったことを思いきって訊ねてみる。

『ああ、私も師匠から教えてもらったんだよ。「吸血鬼連中は顔を殴れば簡単にキレる」って』

「お師匠さんから?」

『これは私の推測だけれど、吸血鬼は自分の顔が好きなんだよ。全員がそうというわけではないけれどね。「時を経ても変わらない」ことが、彼らにとっての美しさの基準なんだと思う。だから多分…(それ)を崩されるのが我慢ならないんじゃないかな』

「なるほど…?」

 何となく納得はできるが、それでも「あそこまで怒るのか」とも思ってしまう。それが伝わったのか、『種族による価値観の違いだから、そこまで気にしなくていいよ』と返ってきた。

「また状況が変わったら連絡します」

 そう言って、通信を切る。

(といっても…ああやって啖呵をきったのに、ウォルフさん達を追うのが精一杯だ)

 戦いの余波で今潜んでいる建物が揺れる。

「…!《執記・強化術式》!」

 シールドを強化する術式(スクロール)を書いた途端、また紅い弾丸が降り注ぐ。

「メルヴィス!ウォルフさんは!?」

『生きてるわ!大丈夫だから、あんたは自分の方に集中しなさい!』

「…ありがとう!」

 術式を書き、探図の精度を上げる。そこに、交戦中のウォルフと遥の詳細なデータが更新された。


* * *


「まったく…ここまで苛立ったのは、初めてだよ」

「へえ、それはどうも。スッキリしたか?」

「よく回る口だ。…だが、それなりに腕は立つようだ。激昂状態の吸血鬼を相手にして無傷とはね」

 瓦礫を量産したせいで立った埃を払い、遥はウォルフを睨みつける。

「認めよう。貴様は私の敵だと。だが…誇り高き狼の血族にしては、随分と性格が悪いようだ」

「単にてめぇが嫌いなだけだ、気にすんな。お前こそ性格が悪いじゃねえか。怯えさせたくないだとかほざいてたのどの口だ?」

 優一がつけた鳥がいるのを分かってウォルフは言う。だがその直後、鳥は歪な鳴き声を上げて墜ちた。

「ギィ…」

「!」

「いけないな…ここまで激昂していたのは初めてだったからね。忘れていた」

 鳥の頭、「核」を備えたそこを血でできた針が撃ち抜いている。

(冷静になりやがったか…)

「…まあ、やることは変わらねぇな。《喰らいつけ》!」

 ウォルフの号令に犬達が遥に飛び掛かる。

「…ふふ」

――『薔薇の棘(エグランティエ)

『ギャアウ!!』

「ちっ…!」

 棘の生えた紅い蔦が犬達を串刺しにしていく。

「《鉄鋼蔦(ガーデンアーチ)》!」

 ウォルフも鉄の蔦を錬成し、紅い茨を相殺する。

「まだだ」

「多芸な奴だ…なっ!」

 紅い斬撃を鉄の爪で弾き、遥との接近戦に持ち込む。遥もまた紅い双剣を生成し、ウォルフの首を狙ってくる。

「おいおい…城育ちの吸血鬼が、野良狼に勝てると思ってんのか!」

「ぐぅっ!」

 ウォルフの左ストレートがもろに入り、茨に体を打ち付けられる。鉄の棘が背中に刺さるが、遥はそれに笑んだ。

「馬鹿め……『大薔薇棘(グラン・エグランティエ)』!!」

 遥から流れ出た血を触媒に、巨大な棘が道路を覆う。杭といっても差支えないそれは、ウォルフの喉を正確に刺し貫いた。

「が…ア…ッ!!」

 爪で棘を砕くが、どさりとその体が崩れ落ちる。

「は…っ…」

「無様なものだ。所詮は噛み傷の人狼か。月の有利すら活かせないとはな」

「……《・・・・・・》」

 ウォルフの口が動く。

「貴様のその魔法は『言霊』だ。単純故に力は強いが、喉を潰してしまえば何もできまい。苦痛が増すだけだ、――」

 よせ、と言いかけたその瞬間、遥に灼熱の痛みが走った。

「!!がっ…あああああアアアッッ!!!貴様、まさ、か…ッ!!!」

 ニイ、とウォルフの口元が大きく歪む。

「はァ…呪いの人狼が、成り方で劣ると…誰が決めた?」

 不敵な笑みを浮かべ、ごぼりと血を吐きながらウォルフは立ち上がる。棘を引き抜いたせいで血が溢れ出していたが、その喉元が不意に冷たくなり、何かの術式がかけられる。

(藤崎か…。ありがてえ、これでまだ声が出せる)

 どこにいるかは分からないが、鳥が消えても回復の術式がかけられたのは近い場所にいるということだ。周りは巻き込めない。ウォルフは自身も焼け爛れるような痛みを伴うのも構わず、遥を地面に打ち据えたそれを…『銀』を錬成する。

 吸血鬼と人狼、夜に蔓延る「魔物」。それらには共通の弱点がある――『銀』だ。聖なるものを宿し、この世で最も異端を殺せる金属。遥にとって、そしてウォルフにとって猛毒に等しいものだ。

 この男は狂っている。遥はそう思った。触れただけで激痛を伴うだけではなく、その清浄は文字通り身を削る。同族ではないが、同じく夜を庭とするものが…ましてや、銀の弾丸一つで死に至る種の人狼が、そんなものに触るはずがないとすら思った。

 一瞬、この体を貫いた銀色は違うのではないかとさえ思う。だが、刺し口から己を蝕む痛みが本物だと叫ぶ。

「覚悟が違うんだよ、覚悟が」

「貴様…にっ……誇りが…ある、の、か…ッ…?」

「誇り?」

 何だそりゃ、とウォルフは片眉を上げる。

「命令通り、お前は生かす。だから、てめぇの脳に刻んどけ」

 ウォルフがその手で錬成した銀が、「杭」の形に変形する。

「誇りなんて大層なモン持ってたまるか。俺にあるのは、『気に食わねぇものはぶっ潰す』って覚悟だよ」

 じゃあな、長く苦しめ。そう言って、ウォルフは銀の杭を遥の喉に打ち込んだ。


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